インターネットの黎明期である90年代初頭に、コンピュータ・ネットワークを利用したネットアート(internet art、Net art、Net.art、Web-based artなどとも呼ばれる)が現れた。インターネット上で発表される作品のほか、広義ではインスタレーション作品も含まれることがある。『NET PIONEERS 1.0 Contextualizing Early Web-Based Art』(Dieter Daniels&Gunther Reisinger編、Sternberg Press、2010)によれば、2000年前後を最後に、ネットアートについてあまり考察がされなくなったという。また、歴史あるメディアアートのフェスティバルであるアルスエレクトロニカ(オーストリア)では、ネットアートに関する授賞カテゴリは1995年から2006年まで設けられていた。
本著書は「なぜ、ネットアートは突然失速していったのか?」という問題意識を根底にして、史実や社会背景、経済動学、ネットワーク社会に基づき、ネットアートの歴史をあらためて考えるさまざまな論考から構成されている。そこからは、ネットアートが内包する新たなコミュニケーションのビジョン、メディウムの脆弱性、情報社会のパラダイムシフトの要素、そしてネットアート史上では90年代の重要性が浮かび上がる。ディーター・ダニエルズ氏(ビジュアルアーツ・アカデミー・ライプツィヒ(HGB)教授、美術史/メディア論)の「アヴァンギャルド」としてのネットアートの問いかけは興味深い。また、キュレーターやメディア論の専門家らによって、未だ解決策のないネットアートのアーカイブと保存の問題、美術史への文脈化や美術館での展示の試みについても詳細に論じられている。
本書は、2006年から2009年までThe Ludwig Boltzmann Institute Media.Art.Research(リンツ、オーストリア)が美術史研究プロジェクトの一環として実施した「netpioneers1.0.」の成果として刊行された。2007年のアルスエレクトロニカフェスティバルでの協議会に発表された小論文とその前後の研究がベースになっている。「netpioneers.info」のウェブサイトで本書のPDFや、アーティストらへのインタビュー映像を閲覧することができる。なお、「netpioneers1.0」プロジェクトは、グラーツ大学(オーストリア)に引き継がれたようだ。
近年は、大学でもネットアートの研究がおこなわれ、ネットアートの収集とマーケットに関する研究論文「OWING ONLINE ART SELLING AND COLLECTING NETBASED ARTWORKS」(Markus Schwander&Reinhard Storz編、2010)やネットアートの保存に関する研究論文「The preservation of Net Art in museums. The strategies at work」(Anne Laforet、2009)が発表され始めている。現在、ネットアートは比較的新しい分野であるにも関わらず評価と研究対象になりつつある。それはネットアート第1期の終焉後、すでに第2期、第3期のネットアートのシーンが展開されていることを示しているかもしれない。そのような意味で、『NET PIONEERS 1.0 Contextualizing Early Web-Based Art』はネットアート史に新たな視座を開いたと同時に、さらなる歴史研究の必要性を投げかけたといえる。
『NET PIONEERS 1.0 Contextualizing Early Web-Based Art』
Dieter Daniels & Gunther Reisinger(編)
http://www.sternberg-press.com/index.php?pageId=1262&l=en&bookId=157
netpioneers.info