2014年6月19日から8月31日まで、スロベニアのリュブリャナ市民ギャラリーで「net.art Painters and Poets」が開催されている。タイトルからもわかるように「net.art」の展覧会である。「ポストインターネット」という言葉が言われて久しいが、「net.art」は1995年頃に発生したインターネットを用いたアートの「元祖」とも言えるものである。今回の展覧会は、ギャラリーのディレクターであるAlenka Gregorič氏と、net.artの初期から活躍するアーティストであるVuk Ćosić氏によってキュレーションされている。ギャラリーなどのリアル空間への展示を拒むような姿勢で、インターネットというインフラを活かした作品を発表していたnet.artのシーンをつくりあげてきた張本人であるĆosić氏が中心となってどのような展覧会が開かれているのだろうか。

展覧会の特設サイトには展示されているすべての作品のリンクが掲載されている。私は日本にいながらにして、今回の展示されている作品をネットですべて見ることができる。リアルな場所を限定せずに作品を体験できるというのは、net.artだけでなく現在インターネット上で展開さている表現の大きな利点である。しかし、作品の本来のかたちはリンクの先にあるとなると、ギャラリーでの展示で作品を見るという体験は何を意味しているのであろうか。私は今回のテキストを作品や予告動画の閲覧も含めてネットの情報だけで書いたのだが、「net.art Painters and Poets」はリアル展覧会をすごく見てみたいという思いがとても強い。その理由を展覧会を紹介しながら考えていきたい。

特設ページに行くと、展示がいくつかのセクションに分けられていることが説明されている。はじめに紹介される「バロックルーム」では、net.artの代表的な作品を金縁の額に入れて「絵画」として展示し、次の「カッセルルーム」は、net.artとコンテンポラリーアートとが交わろうとしたが失敗に終わった1997年のdocumenta Xでの「青いオフィス」を模した展示が行われている。次の部屋は「カールセルルーム」とされている。これはPit Schultz氏がベルリンで世界初のネットアートの展示を行ったのだが、その際にカールセル(回転式)スライドプロジェクターが使われていたことから、同じ様式で展示をしてみようという企画である。次は展覧会の予告編動画にもなっている「net.artdatabase」が紹介されている。「net.artdatabase」はオランダの Constant Dullaart氏とRober Sakrowski氏によるネットアートのアーカイブプロジェクトで、ネットアートを体験している人の映像とその体験中のスクリーンの記録映像の二つが並べられて再生される形式になっており、ネットアートが時間に基づいたインタラクティブ表現である点をうまくアーカイブに残している。Ćosić氏は今回の展示のためにnet.artの作品を使って映像を作成している。その次はnet.artのリンク集とも言えるJodimapを展示室の床にプロジェクションして、そこに記されている作品を実際にその地図に則して展示するというものである。「Second level」と題されたセクションでは、net.artのアーティストたちから選ばれた「ポストインターネット」世代の作家の作品が展示されている。最後にAram Bartholl氏が提案したネットアートの作品提示の仕方で、会場に設置されたWi-Fiルーターにインストールされた作品を見る「ルータースペース」がある。Wi-Fiルーターはインターネットにつながっていないので、その電波を拾える範囲でしか作品を体験することができないという点で、ネットの技術を使いながらもリアルな場所が強調されるものとなっている。

この盛りだくさんの展示はnet.artの回顧展なのだろうか。net.artはもともと美術館やギャラリーなどの既存の展示に対して「リアルではなくネットで見る」と批判的であった。それゆえにnet.artの作品はリアルでの展示は難しいものであって、documenta Xでの「青いオフィス」のようなリアル展示の失敗例が多くあった。しかし、今回の展示はnet.artを「絵画」に変換したり、Jodimapという地図を模したネットのリンク集をプロジェクションを使ってとてもシンプルにリアルスペースにインストールしてしまうなど、net.artがもっていた「リアルよりもネット」という関係性を逆手にとった展示を構成して、スロベニアのリュブリャナの市民ギャラリーに行かなければ体験できない状況をつくっている。「net.art Painters and Poets」という展覧会タイトルが示しているように、Gregorič氏とĆosić氏はnet.artを含めたネットアートをリアルにインストールする際に「絵画」や「詩」といった伝統的な美術の枠組みをインターネットの隣に置くことで、この展覧会に注目する人にネットではなくリアルを強く意識させることを目指したのではないだろうか。展示のタイトルにもある「詩」の部分は、ネットの情報だけではどのように展示が行われているかは確認できなかった。おそらく、net.artは「文字」を使ったものが多いのでこれを「詩」という枠組みで展示に落とし込んでいると推測されるが、やはりリアル展示を見る必要がある。

ポストインターネット・アートの多くの作品がネットとリアルの境目をあまり意識しないでそのあいだを行き来しているとすれば、net.artの作品群は、かつてはネットを強く意識させたが、今回は展示の方法をうまく使うことでリアルを強く意識させるものになっている点で、20年かけてネットとリアルとの境目を跨いだとも言える。しかし、ネットとリアルの「どちらか一方を強く意識させる」ことでその境目を意識させる点は「過去」から「現在」まで通底しているのである。「ネットとリアルの境目」に対する意識がnet.artとポストインターネット・アートとの分岐点として機能しているからこそ、私はその境目を強く意識しているĆosić氏のキュレーションによるnet.artとポストインターネット・アートのリアル展示をとても見たい。どんな展示になっているのであろうか。

リュブリャナ市民ギャラリー
http://www.mgml.si/en/city-art-gallery/future-exhibitions/net-art-painters-and-poets/