2013年12月7日、8日に渋谷ヒカリエ 8/ COURTで東京藝術大学大学院映像研究科オープンラボ「いま、映像でしゃべること? – Orality in Moving Image -」presented by GALAXY Lab. が開催された。東京藝術大学大学院映像研究科がサムスン電子ジャパン株式会社の協力のもと、スマートフォンなどの各種センサーが組み込まれたデジタルデバイスによる映像表現をテーマに研究を進めており、今回はそのプロジェクト発表であった。プロジェクトには東京藝術大学大学院映像研究科の教員、在学生、卒業生だけでなく、同大学他学科の学生や4名のゲスト・アーティストが参加している。
8日に行われたトークイベント「いま、映像でしゃべること?」では、藤幡正樹氏(東京藝術大学大学院映像研究科教授)と北野圭介氏(立命館大学映像学部教授)が現在の映像環境を巡って語り合った。トークの冒頭で藤幡氏は「いま、映像でしゃべること」という不思議なタイトルについて、「映像で語る」という言い方は普段よく使われているが、それは映像が文字に従属している状態であるため、今回は「映像で/を考える」ために「語る」前段階である「しゃべる」状態を提示しようということになったと切り出した。そして、「しゃべる」状態で映像を考えていくなかで、物語映画が押しつぶしてきた映像の原初的状態を見出していこうと続けた。
藤幡氏の指摘を受けて、北野氏は映画やテレビなどの「巨大なエンターテイメント」だけで映像を考える時代は終わったとして、これからはスマートフォンなどのデジタルデバイスによって映像が手元に来た時代であり、そこでは「映像と身体」との関係を考える必要性があると語った。さらに、北野氏は映像の帰属先を問題にし、そのひとつの転換点として「グーグルマップ/ストリートビュー」をあげる。このウェブサービスを見ることは「現在地=You are here」というかたちで見る人を映像の世界に帰属させるのであって、これまでのように映像が世界を写しとったものとして機能していないと指摘した。
グーグルマップが示す「現在地」とそれを見る人の帰属関係は会場に展示されていた作品のなかにも見られたものであった。ゲストアーティストの谷口暁彦氏の《くるくるカメラ》は、持ち手のついたリグ(外枠)にはめ込まれたスマートフォンをディスプレイに自分の足が映るように持って歩くと、スマートフォンのデジタル・コンパスが働き、本体が向いている方へ足が映った映像が回転し始める。装置を持って会場を歩き回ると、映像の自分の足はあっちこっち行ったり来たりする。身体の足の向きと映像の足の向きが合っている際の映像は「のぞき窓」のように機能しており、このとき映像は装置を持つ人の「現在地」を示して身体に帰属しているように感じられるが、足の向きがズレるとこの帰属感が失われ「You are nowhere」といったような身体と映像との関係が撹乱された状態に置かれる。
トークの終盤で北野氏は欧米で盛んに言われるようになってきた「ニューマテリアリズム」を引き合いに出し「あたらしいブツ」が出てきていると言い、それを受けて藤幡氏は「情報の物質化」が起こっていると述べていた。このふたりの言葉を借りると、「いま、映像でしゃべること?」で展示されていたのは「あたらしいブツ」であって、それらは様々なセンサーと演算処理装置を備えたスマートフォンが生み出す情報を物質化したものであったのだろう。
しかし、私たちは普段からスマートフォンに触れているが、スマートフォン単体では「情報の物質化」を感じることは難しい。なぜなら、スマートフォンは「スマートフォン」というモノとしか認識していないからである。だから、スマートフォンがレーザーカッターによって切り出された「あたらしいブツ」と重ね合わされることではじめて、この板状のデジタルデバイスが持っている「情報の物質化」という特性が顕現したのだと考えられる。実際に展示されていた多くのスマートフォンは、MDFという木材チップを特殊な方法で固めた板でできた外枠で挟まれて「一枚の板」というブツとなってその気配を消しながらも、センサーで外界の情報を得ながら映像を撮影・再生する装置として機能してその存在を主張してもいた。「物質なのか? 情報なのか?」というどちらに振りきれることがない中途半端な状態のなかに「情報の物質化」を探るヒントがあるのではないだろうか。
私はここ1年くらいのあいだ、スマートフォンを使った作品に対して言語化できないモヤモヤしたもの感じていた。そのモヤモヤを取り払ってくれるのではないかと期待して「「いま、映像でしゃべること?」を見に行った。しかし、そのモヤモヤは晴れることがなかった。それは作品をつくっている側もモヤモヤしているなかで試行錯誤していたからではないだろうか。藤幡氏は今回の展示を、完成した作品を展示する「展覧会」ではなく、「ワークインプログレスの場」にしたかったと述べていた。だとすれば、今回の展示は作品を中心としてつくる人と見る人とでおしゃべりしながら、スマートフォンやレーザーカッターといった「あたらしいブツ」が示す新しい感覚を探っていくような場として機能していたのだろう。この現在進行形の場をきっかけとして「映像でしゃべること」が続けられて、スマートフォン時代の新しい映像のつくり方や見方が生まれることを期待したい。
東京藝術大学大学院映像研究科オープンラボ「いま、映像でしゃべること?– Orality in Moving Image -」
presented by GALAXY Lab.