海外でマンガのような日本産コンテンツが流通すること、その事実を知ることにはどのような意義があるのだろうか。
そのような状況に具体的な関係や関心を持たない多くのひとにとって、それは多少ナショナリスティックな誇りを喚起されるか、ちょっとした好奇心が満たされる程度のトリビアルな情報に過ぎないかもしれない。
だが、出版社やマンガ家といった当事者にとって「マンガの海外流通」は「輸出」という現実的なビジネス上の問題である。それに携わるひとがそこに「異文化交流」のような自身の理想を仮託している場合もあるだろうが、まずそれは商行為であり、はじめから外交的な意味や意図があっておこなわれているわけではない。
●異文化「交流」が生まれる条件
ただ、マンガのような商業出版物が海外で翻訳出版され、それが一定期間継続的に流通し、量的にも増加していくことによって、結果的にある種の文化的影響を生じさせてしまう側面はある。
たとえば第二次世界大戦後、ハリウッド映画をはじめとするアメリカの大衆文化は圧倒的な浸透力で国際的に伝播していった。かつての被占領国である日本は、特にその影響を強く受けた国のひとつだといっていいだろう。
実際に映画、音楽、小説、そしてマンガにおいても戦後の日本の大衆文化は圧倒的なアメリカ文化の影響下で成立している。
だが、そのような一方的な影響関係が異文化交流とはいいがたいことは、チョムスキーやサイードによるアメリカ「帝国」批判を待つまでもなく、国内でも繰り返し指摘されてきたことだ。
それが異文化「交流」であるためには、本来そうした影響関係が「双方向」である必要がある。マンガというメディアにおいて、日本のマンガが世界各地で現地の社会的あるいは文化的な状況と衝突し、混じり合うことでリアルタイムに引き起こしている変化への関心がないのであれば、そこには「交流」など生じようがない。
もちろん、ちょっとおもしろいニュース程度の関心で「日本マンガの海外での人気」を語る場合にそんなことを意識している必要はないが、「おもしろいか/おもしろくないか」のレベルでいっても具体的に世界各国で「どう人気があるか」という話のほうが単に「人気がある」というだけの話よりおもしろいのも確かだろう。
要は「『人気がある』のはわかった。で、実際どうなってるの?」という話である。
●モノとしての「マンガ」のあり方の違いを浮き上がらせる情報
そうしたまじめな学術的関心や率直な好奇心に答えようとする試みのひとつが2014年9月に報告書が公開された文化庁による事業「日本マンガの海外出版状況調査―手塚治虫・海外出版作品リスト調査―」だ。
じつは筆者は今年度(2014年)からこの事業の追加調査にかかわっているのだが、具体的な調査にかかわるものとして、すでに公表されているこの事業の調査報告書は「特定の国でどんな風に手塚マンガが出版され流通しているのか」という課題と今後研究をおこなっていくための豊かな示唆を内包したものだといえる。
まず課題についていえば、出版された作品の海外版がフランスやドイツ、アメリカ、中国(簡体字、繁体字)、韓国といった国別にリスト化されたこの報告書には(ある意味当たり前なのだが)それぞれの国での当該出版物の位置づけや各国のマンガメディアの出版状況を理解するための解説やデータなどは付されていない。
しかし、このリストにまとめられた情報は本来そうした知識をある程度は持っている人間にこそ有用であり、また興味深いものだ。
筆者はアメリカのコミックスについては基本的な知識を持っているが、フランスをはじめとするヨーロッパ各国については大づかみにしか知らず、東南アジア、東アジアに関しては韓国を除けばほとんど知らない。したがってアメリカについては、現地の出版状況の中で手塚マンガを取り巻く状況がここ10年ほどのあいだにどのように推移し、どう変化していったかを、この報告書の情報からだけでもある程度は論じることができる。
それはたとえば書店市場における中堅のオルタナティブ系出版社の躍進やアメリカでの「MANGA」観の変化、クラウドファンディングの導入などといったトピックと関連付けて語られるだろうが、逆に他の国、地域に関しては現時点で筆者自身、この報告書の情報のみからそこまで突っ込んだ議論を展開することはできない。
だが、だからこそこの報告書が提示している具体的なモノとしての情報は、自分が知らない国や地域の出版状況、出版物のあり方を読み解くために今後「何を知るべきか」を示唆するものになっているともいえる。
この点について一例をあげれば、簡体字で出版されているある出版社の本はリスト上3冊もしくは4冊の単行本にまったく同一のISBN(International Standard Book Number、国際標準書籍コード)が記されている。このリスト記述に疑問を持ち、現物を確認したところ、その単行本には定価として「セット価格」と「単品価格」が併記されていた。つまり、それらの単行本はセット販売を前提にして一冊分のISBNしか取得せず複数冊が出版され、にもかかわらず分売も可能という日本の出版物ではまずあり得ないものだったのである。
このような差異は日本におけるマンガ出版、流通の感覚と現地でのそれとのズレを示すものだ。こうしたモノとしての「マンガ」のあり方の違いを浮き上がらせる情報(または情報の欠落)は今後私たちが各地での「マンガ」文化やその消費を理解しようと試みる際に恰好のヒントになってくれるはずのものである。
●「東京マンガ・アニメカーニバルinとしま2014」で現物に触れる
ここまで文化交流や調査研究といった多少なりとも大仰に聞こえることを書いてきたが、まずはそういう具体的なモノに触れること、そのモノからなにかを読み取ろうとする好奇心が重要なのだということもできる。
その意味で、この調査が対象とする「手塚治虫作品の海外版単行本」の現物に触れることのできるちょうどよいイベントがこの年末に開催される。12月20日から23日まで豊島区民センター1階総合展示場でおこなわれる「東京マンガ・アニメカーニバルinとしま2014」がそれだ。
このイベント自体は豊島区主催による同区の「マンガ・アニメを使ったまちづくり」をアピールするための展示会のようなものだが、この展示企画として「日本マンガの海外出版状況調査―手塚治虫・海外出版作品リスト調査―」もブース出展し、参加者が手に取ることができるかたちで各国版単行本が展示される予定である。他にトークイベントなども予定されているこの催し、お時間がある方にはぜひご覧になっていただきたいと思う。
「東京マンガ・アニメカーニバルinとしま2014」
平成25年2月に初めて豊島区主催により開催された事業、「東京マンガ・アニメカーニバルinとしま」の第2弾。マンガやアニメーションに関連したシンポジウムや展示会、ステージイベントなどを開催。
「日本マンガの海外出版状況調査」に関連して、手塚プロダクション代表取締役社長松谷孝征氏を招いて、生前積極的に海外を訪れ海外作家たちと親交を深めていた手塚の姿、そしてその遺志を継ぎ、手塚プロダクションとして行ってきた海外との交流についてのトークイベントを開催。本調査の報告も行われる。
また、20〜23日に豊島区区民センター1階総合展示場で開催されるマンガ・アニメを活かした街づくりに取り組む自治体、専門学校、企業による活動紹介を行う『マンガ・アニメ展示会』において世界各国の手塚作品の紹介展示も行われる。
詳細はこちら 「東京マンガ・アニメカーニバルinとしま2014」
https://www.city.toshima.lg.jp/kanko/kankoevent/033908.html