2015年1月17日、政策研究大学院大学にて、「ゲーム業界におけるキャリアパス、人材育成の過去・現在・未来」(主催:文化庁)と題したシンポジウムが開催された。本記事では、パネリストである、松原健二氏(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特別招聘教授、株式会社セガネットワークス取締役CTO)、中村隆之氏(神奈川工科大学情報メディア学科特任准教授)、橋本善久氏(株式会社リブゼント・イノベーションズ代表取締役社長)からの提言と、3氏によるディスカッションの内容を紹介する。
モデレータを務めた小野憲史氏
冒頭でモデレータを務めた小野憲史氏(ゲームジャーナリスト、NPO法人国際ゲーム開発者協会日本理事長)が、「本シンポジウムについて」と題した講演を行い、日本と世界のゲーム開発者教育の現状を紹介した。さらに「中長期にわたり世界的視野で活躍できる人材の育成方法について、日本の教育機関や会社の事情も視野に入れつつ、多彩なキャリアを持つ3名のパネリストと共に議論していきたい」と語った。
●キャリア形成のためには、自分で自分を磨くしかない
パネリストの松原健二氏
松原氏は「ゲーム産業のキャリア形成〜楽しく売れるゲームを作る開発者育成〜」と題した講演を行い、最初にゲーム市場が成長し続けていることを紹介した。そのなかで、家庭用ゲームソフト、ハード市場は横ばい・縮小傾向が続いており、一方でオンラインゲーム市場は拡大している状況を取り上げ、「ゲームの中身は数年間で激変している。現在はオンラインゲームの主要デバイスとなっているスマートフォンですら、数年後の動向は不透明である」と語った。
そのように大きく変化する市場が相手のゲーム開発では、チーム体制や職務の定義が追いつかないため、社内教育制度の充実が難しいという。そして「ゲーム会社の教育制度はケースバイケースとなることが多く、とくに日本では教育という『管理』より、自然発生的な『創造性』を容認する雰囲気があり、OJT(On-the-Job-Training)による人材育成が主流となっている」と具体的な状況を解説した。
そんな状況下で、開発者たちがキャリアを形成するためには、「自分で自分を磨くしかない」という。最近は国内ゲーム開発者が多様な書籍を出版しており、代表的なものは「CEDEC Awards 著述賞」や、「IGDAゲーム開発者推薦図書」で紹介されている。それらを活用することはもちろんだが、CEDEC、IGDA日本、GDCを始めとする社外コミュニティも人材交流や情報交換の有効な場になっているという。2014年にCEDECが実施したアンケートによると、開発者は1ヶ月当たり平均17時間を自己啓発に使っているそうだ。最後に松原氏は「知識をただ見聞きするだけでなく、咀嚼し、自分で使えるよう体系化することが重要。ゲーム開発を一生の仕事にしたければ、学びに時間を割き、努力し続ける必要がある」と語り、講演を締めくくった。
●10年、20年と通用する智恵、物事の見方、考え方 を伝える
写真:パネリストの中村隆之氏
中村氏の講演は「ゲーム開発教育のあるべき姿の模索〜大学での実践を通じて〜」という題で行われた。中村氏はナムコ(現:バンダイナムコゲームス)でプロデューサー等を務めた後、2012年からゲーム開発教育に従事するようになった。前職で開発、ディレクター、新人研修なども担当していたことがあるという中村氏は「その時々の求められる事に応え、役割を果たしていった結果、積み重なるのがプロのキャリアだと思う」と語った。
前述の松原氏も述べたように、ゲーム開発で求められる事は常に変化する。しかし「10年、20年と通用する智恵、物事の見方、考え方もあるのではないか?」と考えているそうだ。そうして出した解答が、今まで誰も取り組んだ事がない問題を発見し、仮説を立て、検証を繰り返し、問題を解決する能力、つまりは研究開発能力を持った人材の育成だという。この研究開発能力は、アカデミックな領域だけでなく、ゲーム開発などの産業領域でも必要だと中村氏は語る。
「ゲーム開発では、お客様の立場に立って考え、決まりのない答えを探し求める姿勢や考え方が求められる。学生たちには、実践的なゲーム開発を通して、『お客様に楽しんで遊んでいただくためには、どうすべきか?』を強く意識するよう指導している」。
指導の際には、あえて教えすぎず、やった事がない事に取り組ませ、失敗を経験させるよう心がけているそうだ。学生には「迷っているならやれ。やってみて、早く、沢山、安く失敗しろ」と伝えており、失敗を含めた実体験を繰り返すことで、揺るぎない自信を付け、真に社会に求められる人材に成長することを期待しているという。
●多くの変態を量産することが、日本にとって重要
パネリストの橋本善久氏
「ゲーム業界が本当に求める人材像とは〜大切な16のテーマ〜」と題した講演の冒頭、橋本氏は「スキルやセンスではなく、マインドや仕事力に問題があり、開発が上手くいかないケースが増えている」と語った。数多くのゲーム開発を経験し、最近は開発コンサルティングも行う橋本氏は、そこから得た次の16のテーマを紹介した。
「1.終わらせる」「2.プロダクトを作る」「3.おもてなし」「4.タスク計画と管理」「5.好奇心と向学心」「6.行動力と決断力」「7.人に対する興味」「8.社会に対する興味」「9.当事者意識と責任感」「10.客観性と謙虚さ」「11.感謝」「12.利他」「13.論理性と想像力」「14.戦略的思考と自立」「15.本質を捉える力」「16.変態」。
例えば「1.終わらせる」では、新人は早い段階でプロジェクトを「終わらせる」経験を積んだほうがよく、半年程度で終了するプロジェクトへの投入が望ましいと解説した。「2.プロダクトを作る」では、試作段階からプロダクトへと仕上げるまでには多くの困難があるため、終盤での仕上げの大変さを学んでほしいと語った。さらに「11.感謝」では、上手くいかないプロジェクトは、お客様に加え、会社の経営者、上司、同僚などへの感謝の気持ちが薄いと続けた。多くの物事は白黒に分けられず、片方だけが悪いという状況は少ない。一緒に働く人への感謝の気持ちは必須であり、もしチーム内に敵対関係が発生すると、ゲーム内容は二の次になってしまうという。最後の「16.変態」では、「止められてもやってしまうのが『変態』と呼ばれる存在であり、楽しさを教えると『変態化』が始まる。様々な分野で、多くの変態を量産することが、日本にとって重要なことだと考えている」と語った。
●尖っているだけでは、"楽しい開発"の維持は困難
パネルディスカッションの様子
最後に、登壇者全員でパネルディスカッションが行われ、橋本氏が語ったような「変態」は育成できるのかが話題の1つとなった。「変態」と聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、「尖っている人」だろう。それも必須要素だが、チームワークではマインドも求められる。さらにゲームをプレイするお客様や、納期、利益も視野に入れる必要があるという。これらの要素をリーダーだけに求めてしまうと、チーム内に対立が生まれ、"楽しい開発"の維持が困難になる。大学や会社の新人教育はもちろん、その前段階から、変態性を内包しつつ、豊かなマインドと広い視野をもった多様な人材を育成できる環境作りが求められている。
(尾形 美幸)