フランスのパリ市立近代美術館で、2012年4月13日から8月19日まで、「クラム:アンダーグラウンドから『旧約聖書 創世記編』へ」と題された回顧展が開かれている。

700点の原画と200点の雑誌、等身大フィギュア、グッズ、さらには1994年に制作されたドキュメンタリー・フィルムの上映など、かなりの規模の展覧会だ。

ジャン=ポール・ガビエ氏の伝記『ロバート・クラム』(Jean-Paul Gabilliet, R. Crumb, PU Bordeaux, 2012)によれば、クラム氏の展覧会はこれまでに個人展が39回、グループ展が102回開かれているという。他に類がないほど芸術の世界から好まれているマンガ家と言えるだろう。

ロバート・クラム氏は1943年アメリカ生まれ。Comixとも呼ばれる、アメリカのアンダーグラウンド・コミックス(Underground Comics)を代表する作家の一人だ。“cs”の代わりに“x”を用いることで、それ以前のマンガとの断絶が意識されており、成人対象を「Xレート」と表現することから、やがて大人(adult)向けであることも含意するようになる。

性的タブーを嘲笑し、暴力と社会の醜悪な一面を強調する彼らの作品群は、確かに大人向けだった。ただしここで言う大人とは、ヒッピーたちのことを指す。時は1960年代末、戦後生まれのベビーブーマーたちが体制に異を唱え、カウンター・カルチャーとしてのヒッピー・ムーヴメントを繰り広げていた頃だ。

Comixは登場当時、作者たちが街角で直接販売したり、ヒッピーたちの生活に欠かせないマリファナなどを扱う「ヘッド・ショップ」で売られたりしていた。一般の流通経路を通さない、まさにアンダーグラウンドな同人誌だったと言える。

1970年代後半にComixの勢いは失われていくが、その流れはオルタナティブ・コミックへとつながっていった。やがてクラム氏は1990年代にフランス南部へ移り住み、旧約聖書の創世記を一字一句違えずマンガ化した『旧約聖書 創世記編』(静山社)を2009年に発表する。

今回の展覧会カタログの中で、フランスのマンガ家ジョアン・スファール氏はこう述べていた。「マンガには至高の名が2つある、クラムとメビウスという名前だ」。スファール氏は美大生時代にクラム氏のあらゆる資料を手に入れ模写し続けたという。

その一方でメビウス氏は、とあるインタビューの中で「わたしたちは皆、クラムの子どもたちです。さらに言うならばMadの子どもたちです」と答えていた。Madとは、1952年にハーヴィー・カーツマン(1924-1993年)らが創刊したパロディー・風刺マンガ雑誌だ。クラム氏をはじめ、Comix作家たちは皆大きな影響を受けており、彼らは「Madの子どもたち」とも呼ばれる。メビウス氏もまたMadに影響を受けた一人であり、その意味ではクラム氏の子どもというよりも、兄弟とでも言ったほうがいい。

だがMadの精神を深く受け継いでいるクラム氏への尊敬の念が前述の言葉を導いたのだろう。1960年代末、各国で大人化・青年化していったマンガを理解するためにも、クラム氏の歩みは重要だ。

「クラム:アンダーグラウンドから『旧約聖書 創世記編』へ」
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