●「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業」
京都市立芸術大学
「タイムベースト・メディア」とはフィルムやビデオ、コンピューターなど、時間経過による映像や音声を生成させる機器を指し、本事業はそれらを表現に用いた美術作品(現代アート)の修復と保存に、「産・学・官」に国立美術館を含めた「産・学・館(官)」が連携し、実践的に取り組むことを目的とした事業である。さらに学芸員、研究者、作家らにその情報を提供し、広く公開すると共に共有することも目的としている。
●中間報告会レポート
報告を行ったのは京都市立芸術大学・芸術資源研究センター准教授の加治屋健司氏で、おもな事業内容として以下の四つを紹介した。
1) タイムベースト・メディアを使った作品の典型例である古橋悌二(故人)のビデオ・インスタレーション『LOVERS 永遠の恋人たち』(1994年)の修復と保存。
2) タイムベースト・メディアの修復・保存に取り組む海外の機関等を対象とした、先行事例に関する調査研究の実施。
3) 修復作業や調査研究の成果をシンポジウム等で公開することによる、成果の共有。
4) タイムベースト・メディアを用いた美術品の運用ガイドの作成と公開。
以上を元に『LOVERS 永遠の恋人たち』(1994年)の修復と保存の現状について、説明が加えられた。元々は11台のプロジェクターで映像が投影されていた『LOVERS 永遠の恋人たち』は後にプロジェクターが7台に省略され、それの復元も含めたプロジェクターの交換や、ベータカムの映像素材のデジタル化等の修復が、京都市立芸術大学・芸術資源研究センターとせんだいメディアテーク、ダムタイプオフィス、国立国際美術館の連携によって行われたという。今後は2016年2月にかけて映像素材用のプログラムを制作しつつ、作品を調整するとのこと。
そして「海外の機関等を対象とした、先行事例に関する調査研究の実施」については、ドイツ、カールスルーエのZKMとイギリス、ロンドンのテート・モダンを対象とした調査をすでに行い、2016年2月にかけて調査研究を進めていきたいとのことであった。
さらに成果の発表と共有については国立国際美術館や京都精華大学などと連携し、2015年12月に国立国際美術館でシンポジウムを、2016年2月に京都でワークショップを行うことが伝えられ、また「美術品の運用ガイドの作成と公開」についても『LOVERS 永遠の恋人たち』の修復と保存をモデル事業として、ほかの作品にも適用可能なノウハウを2月までにWebサイトで公開する予定という。
ほかにも国内でまだ事例の少ないタイムベースト・メディアの作品の修復と保存を手がけていくうえで、どんな問題が起きてどう対処していくのかを議論していかなければならないことが課題として伝えられた。
なお『LOVERS 永遠の恋人たち』は、最終的に国立国際美術館に所蔵されることが予定されている。以下、報告後の質疑応答。
1) 修復は調査に行ったZKMとテートのモデルを踏襲して行っているのか?
A:向こうの考え方を踏まえたうえで、現在の日本が置かれている状況に合わせて修復・保存のあり方について考えていきたい。
2) シンポジウムのサブタイトルが「現代美術の保存と修復」になっているが、なぜメディアアートではなく現代美術なのか?
A:本来はメディアアートについて話すべきだと思ったが、その前により大きな枠組で議論できればと思って現代美術にした。自分は現代美術よりもメディアアートのほうが、大きい概念と考えている。
3) 『LOVERS 永遠の恋人たち』以外の作品を分析する予定はあるか?
A:今年度は『LOVERS 永遠の恋人たち』の修復で手一杯なので、この作品に限定して報告書をまとめようと思っている。
●最終報告会レポート
報告者 京都市立芸術大学・芸術資源研究センター 加治屋健司氏
まず本事業の目的・主旨は、2点ある。1)タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存について、産・学・官が連携して取り組み、その成果を広く公開・共有すること。2)他のタイムベースト・メディア作品の修復のモデルとなること。
事業内容として、以下の3点が紹介された。
1)タイムベースト・メディア作品の典型例である古橋悌二の《LOVERS―永遠の恋人たち―》(1994年)の修復/保存。このビデオインスタレーション作品では、2台のスライドプロジェクター、9台のビデオプロジェクターを用いているが、一部が不具合のため展示できない状態だった。修復作業は、《LOVERS》の制作に関わった高谷史郎氏が、2015年8月から2月まで行なった。
修復作業の内容は主に3点ある。①不具合のプロジェクターの交換。②作品に関するデータを集め、映像を仮想空間で動かすシミュレーターを作成した。物理的な展示がなくても作品の構成が分かり、また将来、他の技術者による修復や再構成が可能になる。③最初の展示にあった、天井からの投影装置を付属させた。
2)タイムベースト・メディアの修復/保存に取り組む海外の機関等を対象とした先行事例に関する調査研究を実施した。ドイツ、カールスルーエのZKMとイギリスのテート・モダンの修復部門に伺い、映像メディアの保存方法と連携体制について調査した。
3)修復作業や調査研究の成果発表と共有。2015年12月に国立国際美術館で、「過去の現在の未来 アーティスト、学芸員、研究者が考える現代美術の保存と修復」と題するシンポジウムを開催した。また2016年2月に、修復作業を行なった元・崇仁小学校でワークショップを開催した。《LOVERS》の一般公開の後、修復を手がけた高谷氏の報告と、メディアアートの保存/修復やアーカイブに取り組む専門家を招いて議論を行なった。美術館と大学におけるメディアアートの修復/保存や、アーカイブについて、機関どうしの連携、継続的に取り組む際の人材育成、新しい作品記述の必要性など、様々な課題が浮かび上がった。またウェブサイトも公開した。
実施体制は、京都市立芸術大学が中心となり、3つの事業内容ごとに様々な機関と連携した。1)《LOVERS》の修復:せんだいメディアテーク、ダムタイプオフィス、国立国際美術館と連携。2)海外機関を対象とした調査研究:国立国際美術館と連携。3)成果発表の公開:国立国際美術館、ICC、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]、多摩美術大学、京都精華大学と連携。
事業の成果は、2点挙げられる。1)映像をデジタル化し、映像とモーターに関するデータを集めてダイヤグラムを作成して、作品の構成を視覚的に示すシミュレーターを作成した。これにより、将来、作品制作に携わった人がいなくなっても、他の技術者が修復・再構成できるようになる。2)ウェブサイトを構築し、実施体制、作品情報、作業内容などを全て公開した。
今後の課題は、2点ある。1)タイムベースト・メディア作品の修復/保存のための情報を、より一般的に公開する手引きを作成する必要。2)修復が必要な作品のデータベース化。
講評・質疑応答
企画委員からの「モデル事業として《LOVERS》の選択は極めて適切であり、そのアーカイブを実際にやってみた点で非常に貴重である。ただ、アーカイブされるべき要素の選択、評価基準に関して、まだ個別に整理されていない印象がある。また、メンテナンスや修復の技術者の存在は重要だが、人材育成に関しては、こうした事業を継続して実施することで育てていくしかないと思う。また、制作当時の映像機器と現在の映像機器とでは、映像のアウトプットの質に違いがあるので、その違いについても言語化して、次の修復に参照できるようにしてほしい。」に対し、「何をアーカイブ化するか」に関してまだ十分に整理されていないことは、私たちも感じている。今回、一つの作品の修復に膨大な時間がかかったが、実際に作品を収蔵するのは美術館なので、今後は、美術館の学芸員と一緒に、何をアーカイブするのかモデル化していきたい。」と応答があった。
企画委員より「今回一番重要だったのは、シミュレーターの制作だと思う。ソフトウェアをベースにした、新しいアーカイブの方法を考えていくべきだ。」とも述べられた。