本書は、戦前に東京で出版されていた主要新聞8紙、『時事新報』『万朝調』『読売新聞』『東京朝日新聞』『国民新聞』『東京日日新聞』『報知新聞』『東京毎夕新聞』を対象に、「新聞連載子ども漫画」の変遷をたどった労作である。

著者の定義によれば、この本における「子ども漫画」は、「子どもを主人公、または主人公の一人にして創作された漫画作品」のことを指す。

また、挿絵などと区別するため、コマ数が2つ以上ありストーリー性があるものが抽出されている(一部例外あり)。

これらの基準にもとづいて作成された作品リストは、それだけでも貴重な資料であるが、著者はこれらの作品を以下の時代区分にしたがって整理してみせる。

▽黎明期(1902—1912:明治末期)▽成長期(1912—1923:関東大震災までの大正期)▽発展期(1923—1930:関東大震災以降)▽繁栄期(1930—1937:昭和恐慌の時代から日中戦争開始まで)▽定着期(1937—1945:第2次世界大戦終結まで)。

「黎明期」および「成長期」においては、「漫画」という言葉を新たに定着させた北沢楽天や、「漫画家」という職業の社会的認知に貢献した岡本一平、子どもマンガ家の代表格であった一平門下の宮尾しげおなどが取りあげられる。

著者によれば、この時代の特徴として、西洋のコミック・ストリップに影響を受けた作品と、講談的な立川文庫にルーツを持つ作品、これら2つのジャンルが挙げられるという。

関東大震災が起き東京が壊滅状態に陥ったあと、再編されていく新聞において子どもマンガも新たな局面を迎えた。この「発展期」7年間で発表された「新聞連載子ども漫画」は、「成長期」の10年間に比べると、16篇から59篇へと、約3.5倍に増加する。

震災をきっかけに、ジョージ・マクマナス作の『親父教育』と同じく、『アサヒグラフ』から『東京朝日新聞』へと移った『正チャンの冒険』、そして『親父教育』に直接影響を受け『報知新聞』で掲載されるようになった『ノンキナトウサン』などは、「発展期」の代表作として挙げられるだろう。

また、この時期にジャンルも広がりをみせ、科学マンガや探検マンガ、「女学生」を主人公とするマンガ、児童文学誌『赤い鳥』に代表される「童心主義」に則ったマンガなどが登場した。この時期には海外マンガの転載も盛んで、その作品一覧も本書には掲載されている。

続く「繁栄期」は、世界恐慌に連動した昭和恐慌の時代が始まりとして設定されており、この不景気下に新聞各社は価格を値下げするかわりに日曜付録をつけることで乗り切ろうと試みたという。

それまで「漫画欄」「子ども欄」「婦人欄」などに掲載されていたマンガは、ここにより広いスペースを得ることによって「繁栄期」を迎えることになる。「繁栄期」には、さらに倍の128篇が発表されている。

『読売新聞』の日曜付録「読売サンデー漫画」に掲載された、手塚以前に映画的手法を取り入れたとされる宍戸左行の『スピード太郎』は、「繁栄期」の代表的な作品として挙げられるだろう。

さらにこの時代、写真、紙芝居、映画、ラジオといった他メディアとの「メディア・ミックス」や、広告におけるマンガの活用なども行われている。また、「新漫画派集団」などいくつもの漫画家グループが結成されていることもこの時期の特徴として見逃せない。

そして日中戦争開戦後の「安定期」には、「児童読物改善ニ関スル指示要項」(1938年)をはじめとする政府の統制が始まり、紙不足という要因もあって、「新聞連載子ども漫画」の掲載数は45篇に減少していく。その中で、戦後の『サザエさん』へと直接繋がっていく、子どもを中心とした家庭の日常生活を描いた「家庭漫画」がその存在感を増していった。

本書は2部構成になっており、こういった歴史的変遷を扱った第1部のほかに、▽日常生活を題材にした漫画▽忍者漫画をはじめとする歴史・伝記を題材にする漫画▽冒険・ファンタジー漫画という、著者の提案する戦前における新聞連載マンガの3大ジャンルや、マンガに描かれた子ども像(少年・少女・動物の擬人化)の変遷、吹きだしやコマ数といった表現形式の推移が第2部で扱われる。

とりわけ、しばしば初の少女マンガ(より正確に言えば少女を主人公としたマンガ)として取りあげられてきた『とんだはね子嬢』より以前に、「みい子」「ダダ子ちゃん」といった作品がいくつも存在していることには驚かされるし、関東大震災後の紙面縮小を受け、それまで「総合漫画欄」の中で比較的自由にレイアウトされてきたマンガが、紙面上で通常の記事とともに4コママンガという表現形式を確立させていった様子も興味ぶかい。

本書では、マンガ作品だけでなく、マンガ作者の社会的地位や、新聞購読者の違いによる読者層の違い、学校教育制度の改革、他メディアとの関連、当時の社会情勢なども含めて考察されており、手塚治虫以前のマンガがマンガとみなされず、それほど注目を集めることのない今日、もう一度現在の日本マンガを見直すよき道しるべとなることだろう。

著者の徐園氏は、1981年中国生まれ。2006年から2010年にかけて同志社大学へ留学し、同志社大学大学院社会学研究科教授竹内オサム氏の下で書いた博士論文を加筆・修正したものが本書となる。本書は第14回「華人学術賞」を受賞している。

『日本における新聞連載子ども漫画の戦前史』著者:徐園、出版社:日本僑報社
出版社サイト
http://duan.jp/item/126.html