「ゲームの作り方を学ぶために読んだけど、わかりませんでした。でもおもしろかったです」。おそらくこれが『白井博士の未来のゲームデザイン』における最大限の賛辞ではないだろうか。
ゲーム関連書籍は大きく二つに分けられる。一つ目は「指南書」で、プログラミングやグラフィックツール、最近ではゲームエンジンの解説書だ。内容の正確さや、わかりやすさが重要で、著者の氏素性は問われない。もう一つは「哲学書」で、ゲームデザインに関するもの。こちらは反対で、内容に正解がないかわりに、著者が有名ゲームクリエイターであることが求められる。
本書はそのどちらでもない希有な例だ。著者は神奈川工科大学情報メディア学准教授の白井暁彦氏。国際学生バーチャルリアリティコンテスト(IVRC)実行委員や芸術科学会理事を長く務めてきたが、一般的な知名度は乏しいというのが正直なところだろう。一方で内容は、著者の長年の研究や経歴に基づく知見が凝縮された「哲学書」だ。しかもエンジニアが就職して「10年食べられる」方法や姿勢について記されたもの。およそ類書は存在しないと言ってよいだろう。
本書は学術書の体裁をとっており、ゲームを含むエンターテインメントシステムの定義や、「おもしろさ」を巡る研究の歴史から始まり、エンターテインメントシステムのデザインや未来像などが論じられていく。その一方で著者が体験したフランスでの生活や、日仏における玩具文化の違いなどのエピソードなども挟み込まれている。ゲームデザインと言えば文系的なイメージが強いが、一貫して技術の進化や研究開発といった、エンジニアリング視点から記されている点が特徴だ。
得られる知見は多いが、中でも「動的複合ペルソナ」の考え方はおもしろい。ペルソナとは開発者が想定する架空ユーザーの意味で、通常は「都内在住で一人っ子、アイドルを夢見る女子高生」などペルソナが固定される。しかし、本書は各々のペルソナは年齢や経験と共に動的に変化し、お年寄りと孫といったように、複数の集団で形成されると解く。実際に子ども向けゲームは、プレイヤー(子ども)と購入者(親)が別であることが多い。こうした考え方は、これまでゲーム開発者が経験的に行ってきたが、議論が成熟したとは言えず、本書で問題提起がなされた点は重要だ。
あらゆる書籍がそうであるように、本書もまた著者の背景抜きには語れない。「東京工芸大学で写真を学び、研究室でバーチャルリアリティに遭遇→旧ナムコに企画職で合格するが、教授推薦でキヤノンに入社→工場で事務管理課に配属されるが、英クライテリオンに出向し、ミドルウェアの普及開発に従事→東京工業大学に復学し、卒業後はNHKで属託研究員として勤務しつつ博士論文を執筆→フランスでテーマパーク開発に従事→日本科学未来館で科学コミュニケーター勤務→現職」という慌ただしさだ。ポイントは産業界と学術界を行き来しながら、キャリアを重ねてきた点。日本では極めて珍しく、日本のゲーム研究や関連書籍の成熟ぶりを示した1冊だとも言える。
一見すると堅苦しく、理屈っぽい本にも思えるが、文章は丁寧でわかりやすい。理系漫画家のはやのんによる、ポイントを押さえた漫画も読みどころだ。10年という月日も昔で言えばゲーム機の二世代分にあたり、新卒で入社した社会人が第一線で働く頃に相当する。その頃にはゲームの定義も今とは大きく異なっているはず。社会で求められているのは、そうした新しい体験を作り出せる人材だ。
主な読者対象はバーチャルリアリティやロボット研究などを行う工学系の大学院生だが、日々あくせくと「売れるゲーム」作りにいそしみ、神経をすり減らしているゲームクリエイターにとっても、新鮮な気づきが得られるだろう。また、日々ゲーム作りの方法論「だけ」を学ぶ専門学校生にも、ぜひオススメしたい1冊だ。
『白井博士の未来のゲームデザイン―エンターテインメントシステムの科学―』
著:白井暁彦、出版社: ワークスコーポレーション
出版社サイト
http://www.wgn.co.jp/store/dat/3284/
著者サイト
あわせて読みたい記事
- これまでの5年、これからの5年――「VR元年」の終焉から世界同時参加のXRライブエンタメへ2020年10月29日 更新