成功したゲームクリエイターはみな、基礎の重要性を力説する。ツールの使い方もさることながら、学生の間にデッサンやドローイングに注力しろというわけだ。正論だが、基礎の勉強はそれほど心躍るものではない。将来アーティストとしてゲーム制作に関わる上で、基礎がどのような意味を持つのか、多くの学生は理解できないからだ。

一方で学校側も教育カリキュラムが体系化されているとは言いがたく、業界の激しい変化に対して後手に回りがちだ。学生にツールの使い方を一通り教え、就職先が決まれば良しとする風潮も進んでいる。かくして、多くの学生は就職後に嘆くことになるのだ。「もっと基礎を学んでおけば良かった」と...。

こうした中で実際のゲーム開発と教育現場をつなぐ、優れたテキストが出版された。『ゲームアート 古典に学ぶキャラクターと世界の描き方』(ボーンデジタル)だ。

本書の最大の特徴は、西洋絵画に見られる古典的なアート技法と、今日の大作ゲームに見られるアート技法を、一つにつなぐという野心的な試みを行っていることだ。「基礎」「高度なドローイングの概念」「人体」「美術解剖学」「デザインの要素」「キャラクターデザイン」「環境デザイン」「色とデジタルツール」の8章から構成され、各ステップで古典的なアート技法における解説と、ゲーム内における応用事例が解説されている。

ベースになるのはボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」や、フェルメールの「ディアナとニンフたち」といった名画の数々だ。これがゲームアーティストの視点で解説され、ゲームとの関係性について考察されている。レオナルド・ダ・ビンチが描いた女性の顔のスケッチと、「アンチャーテッド 黄金刀と消えた船団」のヒロイン・エレナの共通性に、驚かされる読者も多いのではないか。書籍はオールカラーで図版もふんだんに使用されており、パラパラとめくるだけでも引き込まれる。

学生や若手アーティストが、実際に手を動かして自習できるように、工夫されている点も特徴だ。鉛筆や練り消しゴムの使い方から、明暗の表現、構図の取り方などから、じっくり学んでいけるのだ。中盤では骨格の構造や重力の影響が人体にどのような影響を及ぼしているか、美術解剖学的な解説が行われている。終盤ではカメラアングルや、丸・三角・四角といった基本的な形状が与える印象、色彩の持つ意味、背景の作り方などの解説もある。

このように本書では主に西洋美術における人体の描かれ方を通して、CGアーティストに必要な知見がわかりやすく整理されている。キャラクターデザイナーを志望する学生にとっては必須の書籍だろう。またそれ以外の職種を志す学生や、日本と西洋のゲームデザインやビジュアル表現の違いについて学びたい業界人にとっても、格好のテキストとなっている。

『ゲームアート 古典に学ぶキャラクターと世界の描き方』
著者:クリス・ソラースキ(Chris Solarski)、訳:株式会社Bスプラウト、出版社:ボーンデジタル
出版社サイト
http://www.borndigital.co.jp/book/4925.html