ゲームデザイン研究の古典『クロフォードのゲームデザイン論 / コンピュータゲームは芸術たりうるか』の日本語翻訳版が電子ブック版(ePUB版)として再公開された。原文は1982年に公開されたもので、ゲーム研究と開発を志すものであれば、一度は目を通して欲しい内容だ。
著者は東西冷戦をモチーフとしたシミュレーションゲーム「バランス・オブ・パワー」の制作者として、また世界最大のゲーム開発者会議「Game Developers Conference」(GDC)の生みの親として有名なクリス・クロフォード氏だ(GDCは同氏のリビングルームからスタートした)。日本語版は同氏の許諾のもと、あっとnifty RPGフォーラム (FRPG )の有志によって翻訳、作成されている。
内容は全8章から構成されており、前半がゲームの定義論をはじめとした学術的な内容、後半がゲームデザイン上のテクニックだ(第7章「ゲームの未来」は1982年の状況から見た2000年の状況が想定されており、すでに現実が追い越しているとして未訳)。なにしろ日本でファミコンが発売される前の話で、アメリカではゲームセンターで「パックマン」が大ブレイクし、家庭用ではアタリVCSの成熟期にあたるため、ゲームを巡る状況が大きく変わっている点はあるが、本質をついた議論には驚かされる。
中でも第5章「ゲームデザインの各工程」は必読だ。クロフォード氏はゲーム開発において一番重要なことに「目標と題材の選択」をあげ、はじめに目標を決定して、つぎに題材を選択するべきだが、これが逆転する例が多いと警鐘を鳴らしている。たとえば「ゲームの目標はプレイヤーにリーダーシップを体験させること」で、「題材はアーサー王についてのゲーム」というわけだ。これは「シューティングやアクションといった、既存のジャンルからゲームを作ってはいけない」ということでもある。耳の痛いゲームデザイナーも多いのではないだろうか。
また具体的な開発プロセスを「I/O構造」「ゲーム構造」「プログラム構造」に分割しており、その中でも「I/O構造は、プレイヤーが見るゲームの顔であるから、三つの構造の中で最も重要である。それはゲームの相互作用ための媒介なのだ。それはまた、三つの構造の中で最も難しいものである」と指摘している。「I/O構造」とはインプットとアウトプットの仕組みのことで、ユーザーインターフェース(UI)デザインのことだ。ここから「UI/UX」の関係性(=特定のユーザー体験(UX)を実現するために必要なUIをデザインする)を読み解くことは用意だろう。
その上で「ゲーム構造」については、「題材の中からキーとなる要素を見つけ、そのもとでゲームを構築しなければならない」としている。例として挙げられたのが、第二次世界大戦の欧州戦線を扱ったシミュレーションゲームにおける「移動」の概念だ。敵の位置に移動すれば戦闘が始まり、背後に移動すれば補給経路や逃走経路を遮断でき、都市に移動すれば占領できる。実際にクロフォード氏は「東部戦線1941」というゲームで、この「移動」を中核に据えたゲームを開発し、好評を博した。まさに慧眼と言うしかないだろう。
一方で前半部分の学術的な解説については、本人が認めているとおり、いささか未整理だ。ゲームの要素についてクロフォード氏は「世界の再現」「インタラクティブ性」「対立関係」「安全性」を挙げているが、明確な定義については避けている。ゲームの分類についても古すぎる点は否めない(繰り返すがファミコン登場前の文章だ)。この点については過去30年以上にわたるゲーム研究の成果を実感させられる。
つまり本書は天才が無意識のうちに創り出したゲーム開発およびゲームデザインの暗黙知を、形式知にすることがいかに難しいかについて、制作者自らが証明している。すでに述べたように後半の内容は30年以上前に書かれたものとは思えないほど正鵠で、今でも教科書として使用できるものだ。一方で前半部分は未成熟な点は否めない。おもしろいゲームを作ることは天才の仕事で、それを研究することは凡人の仕事だともいえるだろう。
もっとも、これまでのゲーム研究の成果をみれば、凡人によるこつこつとした積み上げもまた、捨てたモノではないことがわかる。世界にクロフォード氏は一人しかいないが、クロフォード氏が記した本書を土台に、様々な知見が積み上げられ、体系化と共有化が進められていくからだ。また本書を翻訳し日本語で公開したコミュニティのスタッフにも改めて敬意を表したい。
クロフォードのゲームデザイン論
http://epubs.jp/watch_video.php?v=B66B4KAS9WRS