アメリカの映画製作会社スヌート・エンタテインメントは、アメリカのアニメーション作家ドン・ハーツフェルト氏の監督・脚本による長編アニメーション『アントラクティカ(Antractica)』の製作を発表した。

ハーツフェルト氏は、棒線画を用いたシンプルなドローイングと様々な特殊効果とを組み合わせる独特のユニークな技法で知られる短編アニメーション作家だ。氏の作品は、『リジェクテッド』(2000年)が米アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネート、『きっとすべて大丈夫』(2006年)および最新作『明日の世界(World of Tomorrow)』(2015年)がサンダンス映画祭の短編部門で審査員グランプリを獲得するなど、アメリカの映画界を中心に高い評価を受けているほか、短編作家としてのユニークな活動で知られている。前述のアカデミー賞でのノミネートや動画サイトなどインターネットの活用などによるカルト的な人気を背景に、氏は、全米作品上映ツアーとDVDの販売によって自身の生活費と制作費を賄うという、ミュージシャンにも似た活動のスタイルを確立、とりわけアメリカのインディペンデント映画の分野で大きな影響力を持つようになっている。

ハーツフェルト氏が長編を手がけるのは今回が初めてではない。2012年には、脳の病気に悩まされるビルの生活を描く三部作(『きっとすべて大丈夫』、2008年の『あなたは私の誇り』、2012年の『なんて素敵な日』)をあわせ、長編『なんて素敵な日』として再リリース。同作品は、動画共有サイトVimeoが、2013年のサウス・バイ・サウス・ウェストにてオンラインデマンド配信サービスVimeo On Demandの立ち上げを発表した際に併映し(ハーツフェルト氏自身も発表には登壇した)、同サービスの目玉とするなど、大きな注目を集めた。また、Time Out New York誌による「史上最高のアニメーション作品」で16位に選出されるなど、批評的にも高い評価を獲得している。

アメリカのインディペンデント作家が長編アニメーションを製作するケースは、2000年代以降、珍しいものではなくなってきている。ハーツフェルト氏も影響を公言するビル・プリンプトン氏は1990年代からすでに7本の長編を発表し、ニーナ・パーレイ氏の『シタ・シングス・ザ・ブルース(Sita Sings the Blues)』(2008年)、全編ピクシレーション(実写による人間のコマ撮り)を用いたブレント・グリーン氏の『あのとき重力は』(2010年)、15年をかけて制作されたクリス・サリバン氏の『コンシューミング・スピリッツ』(2012年)など、優れた作品が数多く生み出されている。今年1月には、シーニュ・バウマネ氏が自身や家族、親類たちの鬱病をめぐる実話をベースにした『ロックス・イン・マイ・ポケット(Rocks in My Pocket)』(2014年)をオンライン・ストリーミングにて公開するなど、その流れは定番化しつあるといえる。

インディペンデント作家による長編作品が増えた背景には、制作のデジタル化による制作費の削減、ソーシャルファンディングなど新たなかたちの資金集めなどにより、個人制作で長編を作ることが可能になってきたということがある(たとえば『ロックス・イン・マイ・ポケット』のケースでは、kickstarterにて5万ドルを集め、さらに、アフィリエイトシステムを通じて観客自身が配給と宣伝を手伝うことのできるストリーミングサイトYekraで作品を公開することで、観客を巻き込んでいる)。

アメリカはヨーロッパと比較するとアニメーション制作への助成金がほとんど存在しない。アニメーション映画祭のコミュニティがヨーロッパを中心にできあがっていることもあり、その結果、インディペンデント作家たちは実写も含めたインディペンデント映画の枠組みの一部で活動することになる。アメリカの作家を取り巻くそういった環境により、近年生まれた新たな可能性を活用した、規模の小さな長編ビジネスのシステムが生まれつつある。

しかし、ハーツフェルト氏にとって長編第2作となる『アントラクティカ』は、こういった流れとはまた異なり、自主制作ではなく製作会社による出資で作られるという点で珍しい。特筆すべきは、アニメーターのチームが組まれ、ハーツフェルト氏は監督という立場に専念するものの、作品自体は、これまでのハーツフェルトのビジュアルのスタイルに沿ったものとなることだ。ハーツフェルト氏は昨年末に「シンプソンズ」のカウチギャグを手がけるなど、自主制作以外の方法論を試しはじめていたが、今回の長編は、作家自身の独特な世界観を保ったままに規模の大きいアニメーション長編が作られるという意味において、氏にとってのみならず、インディペンデント短編界隈にとっても、新たな展開となる。

スヌート・エンタテインメントは、ホラーやコメディに定評のある製作会社で、日本でもここ数年、アダム・ウィンガード監督の実写映画『サプライズ』(2013年)、『ザ・ゲスト』(2014年)といった作品が公開されている。アニメーション関連でいえば、脚本家・映画監督のチャーリー・カウフマン氏が初めて手がけるアニメーションとなる中編『アノマリサ(Anomalisa)』も、現在製作中である。同社が今回ハーツフェルト氏の長編を手がけるのは、氏がインディペンデント映画業界において長年人気を保ってきた存在であることが大きいだろう。しかし、今回のケースが成功を収めれば、短編作家が活動をしていくうえで、新たなルートが開ける可能性もある。そういった点において、今回の製作発表は興味深い。

ドン・ハーツフェルト氏の公式ホームページ
http://www.bitterfilms.com/
スヌート・エンタテインメントの公式ホームページ
http://www.snoot.com/