東京都写真美術館では、2012年2月10日より第4回恵比寿映像祭「映像のフィジカル」が開催中だ。映像フォーマットや出力形態などの「物質性」と映像が鑑賞者へ与える「身体性」に着目し、映像体験をめぐる「フィジカリティ」をテーマにした展示、スクリーニング、ライブ、シンポジウムなどがおこなわれている。また、「映像の記録性と共有」をテーマに、ドキュメンタリー作品や映像アーカイブの実践も紹介する。
関連イベントとしてシンポジウム・シリーズの1回目「映像アーカイヴの現在 01:フィルム、ヴィデオ、アートの交差点」が2012年2月12日におこなわれた。田坂博子氏(東京都写真美術館 学芸員)がモデレータをつとめ、ゲストにレベッカ・クレマン氏(エレクトロニック・アーツ・インターミックス(EAI) 配給部門ディレクター)、ジェド・ラップフォーゲル氏(アンソロジー・フィルム・アーカイブズプログラマー)、松本圭二氏(福岡市総合図書館 映像管理員)を迎え、映像の「物質性」に直結するフィルムやビデオの保存に関する実践とその問題について議論された。EAIとアンソロジー・フィルム・アーカイブズは、ニューヨークに拠点をかまえる40年以上の歴史を持つプライベート組織である。前者はビデオを中心にした配給と保存を、後者はアヴァンギャルド映画や非商業的なフィルムを中心に収集と保存、上映、研究をおこなう。福岡市総合図書館はアジア映画専門の「福岡市フィルムアーカイヴ」を保有し、日本劇映画、アニメーション、実験映画などの収集、保存、上映をおこなう。各組織のコレクション作品や実践の詳細についてはウェブサイトを参照されたい。
本シンポジウムでは、フィルム/ビデオ作品への「アクセス」をキーワードにした、オリジナルの保存とそのデジタル化やフォーマット変換の意義にまつわる議論が興味深かった。松本氏は、フィルムは半永久保存の可能性はあるが、ビデオやディスク、データは不可能であるという見解から、レーザーキネコの技術を使ってビデオ作品(ベータカムSP)を35mmフィルムに焼いたケーススタディを紹介した。作品の保存を考えた場合にはフィルムは圧倒的に安定していることを確認しつつ、デジタル化されることによって作品へのアクセスや流通が簡便になることが指摘された。EAIとアンソロジー・フィルム・アーカイブズは両者ともにマテリアリティを重要視し、オリジナルの保存を基本にするが、フィルムラボの閉鎖や再生機器の問題からデジタル化を余儀なくされている。コスト面やオリジナル保護の観点からも、デジタル化のメリットは大きい。やや暴力的ではあるものの、オンラインベースでの映像共有の可能性についても無視できない。今後、オリジナルのコンディションを継承することを前提にしながらも、デジタルとアナログがそれぞれ抱えるジレンマを補完しあいながら複合的なアーカイブが検討されていくのではないだろうか。また、EAIのクレマン氏はオリジナル保存をめぐる多角的な「ミュージアム的」アプローチについても言及した。流通/公開の保持、劣化や散逸の恐れがある作品について情報発信と共有をつづけること、資料提供による人材育成などが資金調達も含めて結果的に作品の保存につながる、というものだ。
田坂氏は『東京都写真美術館紀要 No.11』(2011年)において、「フィルム・キュレーターシップ」の議論をとりあげ、映画の歴史化という意味で作品の保存(preservation)と発表(presentation)を平行しておこなう必要性について言及した。同時に、アーキビストの職能を持つキュレーターが新たな専門家像として浮かび上がる。この問題意識の延長上で、具体的な実践を知り、対話する機会を与えてくれた本シンポジウムは、場、資金、専門家、手法などさまざまな課題を抱える国内の映像メディアの保存に携わる人々にとって大きな一歩であったと思う。
シンポジウム・シリーズの2回目は、「映像アーカイヴの現在 02:《AA》をめぐって—音楽と映像の交差点」と題し、2012年2月25日開催予定。
第4回恵比寿映像祭「映像のフィジカル」
シンポジウム「映像アーカイヴの現在 01:フィルム、ヴィデオ、アートの交差点」
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シンポジウム「映像アーカイヴの現在 02:《AA》をめぐって—音楽と映像の交差点」