スーパーマンが誕生したのは1938年、日本においては、泥沼化していく日中戦争のなかで国家総動員法が制定された年だった。そして、その後を追うようにしてバットマンが登場したのが翌1939年のこと。日本軍による真珠湾攻撃まで、あと2年のことだった。

以来、アメリカ・マンガのスーパーヒーローたちは、ときに政府よりも先に敵国との戦いに身を投じながら、この国の神話を形成していくことになる。しばしばスーパーヒーローたちと共に使われるこの「神話」という言葉は、建国の歴史のきわめて浅いこの国において、文字通りのものとして受け止められなければならない。人ならぬ力(スーパー・パワー)を備えた超人(スーパー・マン)たちは、アメリカの正義を体現し、またその理想と現実とのギャップに悩む神話上の人物として、実際にこの国のアイデンティティを支えてきたのだ。

本書『THE HERO―アメリカン・コミック史』は、そんなアメリカン・スーパーヒーローたちの誕生から現在の姿までを、前ページ・カラー、約300ページの大型本という豪華な装丁で概説した本だ。もともとは、2013年にアメリカで放映されたテレビ・ドキュメンタリー「Superheroes: A Never-Ending Battle」の副読本して刊行されたもので、本書の構成もそのテレビ番組にならい、第1部:真実と正義と「アメリカン・ウェイ」(1938-1954)、第2部:大いなる力、重い責任(1955-1987)、第3部:誰もがヒーローになれる(1988-2013)、の3つに分けられている。テレビ番組は、スーパーヒーローたちの名前と初出の掲載誌をただ並べるだけでなく、そのヒーローが登場した当時の社会的な背景や、出版社の経営戦略、ラジオ・テレビ・映画といった他メディアへの露出による復活、あるいは作家の創造性などがバランスよく語られ、よくできた構成になっていた。書籍化されたことでより情報量は増えているが、やはりそれぞれの時代の空気などは当時の映像を見たほうが容易に体感できるので、ぜひ映像と合わせて読んでもらいたい本だ。

ただこの映像は翻訳されていないので、字幕が欲しいというひとは、「ザ・ヒストリー・オブ・アメリカン・コミックス」(監督:ロン・マン、字幕監修・解説:小野耕世、ナウオンメディア、2007年)を見ればある程度代替できるかもしれない。こちらのほうは1988年の制作と少し古いが、メインストリームのヒーローものだけでなく、アンダーグラウンド・コミックスも扱っているので、より視野は広がることだろう。そもそも、本書の邦訳タイトルには「アメリカン・コミック史」と謳われているものの、その前史としての新聞コミックが多少触れられているくらいで、実際には日本語でいわゆるアメコミと呼ばれている、メインストリームのヒーローものしか扱われていない点には注意が必要だ。

それでも、アメコミのわかりやすい通史がようやく日本語で読めるようになったことは素直に喜びたい。少々値段は高いが、アメリカ・マンガの歴史と日本マンガの歴史を比較したい人や、近年のアメリカにおける日本のマンガ・ブームの背景をよりよく理解したい人、あるいはアメリカという国そのものに興味がある人にもお薦めできる書籍である。

『THE HERO―アメリカン・コミック史』
著:ローレンス・マズロン、マイケル・キャンター、訳:越智道雄
出版社:東洋書林
出版社サイト
http://www.toyoshorin.co.jp/detail.php?isbn=9784887218192