メディアアートの保存に関する取り組みについては、本ウェブサイトで度々取り上げてきた。今回は、スミソニアン(米国)のTime Based Media Art (TBMA)によるインタビューを中心にした最新レポート「Questions on Technical Standards in the Care of Time-Based and Digital Art: Ten Insights from Artists and Experts in the Field(タイムベースド&デジタルアートのケアにおける技術的基準の問題──アーティストと専門家による10つの見識)」(2014年7月発表)を中心にスミソニアンの取り組みについて紹介する。

まず、これまで10年以上にわたり北米や欧州で展開されてきた同テーマに関する研究プロジェクトについては、本ウェブサイトの記事や、スミソニアンが列挙する主要なプロジェクトを参照いただきたい。

TBMAは2010年に開催されたシンポジウム「Collaborations in Conserving Time-Based Art (タイムベースド・アート保存の恊働)」を皮切りに、スミソニアンの博物群が所蔵するメディアアートや現代美術の長期保存の戦略とその手法の確立を目指して設置された。おそらく同テーマのプロジェクトでは、予算/人材共に最も大規模なプロジェクトであろう。

最新レポートは、アーティスト、キュレーター、コンサベイター、アーキビスト、エンジニアなど27名の専門家へのインタビューを基にまとめられている。ここで提示された10の見解は以下の通りである。

1.作品保存は可能(Preservation Is Possible)
2.作品ごとに寄り添った準備(Be Prepared to Meet Each Work on Its Own Terms)
3.本質的に標準化が答えではない(Formal Standards Per Se Are Not the Answer)
4.学際的な恊働と情報交換の促進(Promote Interdisciplinary Collaboration and Communications)
5.各専門家同士のクロス・トレーニング(Cross Train Collaborating Experts)
6.各組織による制度上知見の創出(Develop Institutional Knowledge)
7.他分野と基盤を築く(Build on Foundation from Other Fields─Within Reason)
8.新しいドキュメンテーションの活用(Embrace New Practice of Documentation)
9.可能な限りアーティストと取り組む(When possible, Work with the Artists)
10.不確定要素の考慮とその対処(Embrace Uncertainty and Take Action─Changes is Rapid and Constant)

極端に言えば、予算、人材、時間が充分に費やされればメディアアートは保存できる。しかし、多くの場合、これまでの美術館制度や人材、予算編成がメディアアート保存の現状にそぐわないことが大きな問題であることは明らかである。「3. 本質的に標準化が答えではない」と提示された通り、これまでの様々なプロジェクトにおいて実践された個別の作品におけるケーススタディは「お手本」にはなるが、必ずしも標準化できるわけではない。さらに、将来の機器劣化や技術的変化など不確定要素が多い作品の保存には、長期的というよりは終わりのない取り組みが求められる。

そのことを踏まえて本レポートで筆者が注目する点は、様々なケーススタディを経て、いよいよメディアアート保存のために本格的に体制を整えるフェーズに入ったという意味で、「4. 学際的な恊働と情報交換の促進」で言及された「共通言語」の整備である。作品保存の手法についての標準化は不可能であっても、それに取り組むために異なる専門家が保存コンセプトや専門用語を共有できるような言語の標準化は可能だと考えられるからである。

さらに「各組織による制度上知見の創出」では、外部組織との情報交換や協力は不可欠とはいえ、より安定した取り組みのために内部に新しい技能を持った専門家を設置することが不可欠であることに言及する。新しい技能を持った専門家とは、テクノロジーに明るいコンサベイターだけではなく、「8. 新しいドキュメンテーションの活用」で提示された、作品保存に必要なドキュメンテーションを収集/保存するための新たなドキュメンタリストの専門家像が含まれる。写真や映像などからは読み取れない「技術的な来歴(Technical Narrative)」を含めた記録とその保存が、作品本体の保存へ直結するからである。もちろん、ドキュメンテーションの重要性についてはこれまでも議論されてきたが、数々の過去のプロジェクトの成果を踏まえ、キュレーター以外の専門家の協力を得てスミソニアンが提示した、必要とされるドキュメンテーションの包括的な図解は示唆に富む。

0813ma1.jpgのサムネイル画像
ウェブサイト:http://www.si.edu/tbma/aboutより

この図解と合わせて、下記に掲載した「Documentation and Conservation of the Media arts Heritage (DOCAM)」(2005-2010年)が作成した作品保存の手法に関する手順の図解を参照すると、それに従事するためのより具体的な専門家像が浮かび上がるだろう。

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DOCAMウェブサイトより(筆者翻訳、2010年)

現在、多くの実践成果が実際の運営に応用できる段階になってきていることを考慮すると、メディアアートの保存問題に取り組む好機と考えられるが、メディアアートの保存をめぐる日本の美術館等文化施設では、欧米諸国と比較すると専門家の不在のみならず、関係機関同士の問題意識の共有さえも充分にできていないといえる。メディアアート保存の問題について関心が寄せられ、まずは現行の体制でできることから実践されることを期待したい。

Time Based Media Art (TBMA) at the Smithsonian Institution
http://www.si.edu/tbma