海外のゲーム展示会を取材すると、プレスルームで50代以上とおぼしきベテランの海外記者にしばしば遭遇する。テック(テクノロジー)ジャーナリストだ。マイクロソフトのXboxリリース以後、PC業界とゲーム業界が融合をはじめ、今ではウェブ業界も巻き込んで、壮大な「ガラガラポン」が続いている。こうした動向を最前線で追いかけているのがテックジャーナリストで、長年にわたる経験に裏打ちされた記事は味わい深く、新しい発見を与えてくれる。
彼らに活躍の場を与えてきたメディアの一つが、1993年にアメリカで創刊され、現在も高い人気を誇る「WIRED」だ。全世界に「フリーミアム」という用語を知らしめたクリス・アンダーソン氏は、同誌の元編集長。これ以外にも同誌で活躍した編集者やライターは数多い。1995年に創刊された日本版では、当時日の出の勢いだったプレイステーションを中心に、ゲーム業界をしばしば特集。専門誌では読めない記事が多く、ユニークなポジションを保持していた。
しかし「日本版WIRED」は諸般の事情から1998年に休刊し、その後2011年に復刊されるまで、11年以上もブランクが空いてしまう。これ以外にもIT系の雑誌やメディアは存在したが、翻訳記事を通してシリコンバレーの熱気をダイレクトに伝えてくれるWIREDとは、温度差が否めなかった。中でもアップル、そしてスティーブ・ジョブズ氏を巡る報道はその一つだろう。本誌の保存版特別号『WIRED×STEVE JOBS』は、そうした関係者の思いを払拭させるかのような内容だ。
周知の通り、ジョブズ氏の経歴は次の3期に分かれる。アップル・コンピュータを創業して追放されるまで(〜1985)、ネクストとピクサー時代(〜1996)、復帰して立て続けにヒット作をリリースした時期(〜2011)だ。このうち「日本版WIRED」は、一番美味しい復帰後のジョブズの声を、読者に届けることができなかった。そのため本誌では二部構成を取り、前半では復帰後のジョブズ氏についてインタビューしたアメリカ版の翻訳記事、後半はかつて「日本版WIRED」で掲載された記事が再録されている。
中でも白眉は巻頭記事で、これはスティーブン・レヴィ氏が、ジョブズ氏の死後2カ月で発表したものだ。レヴィ氏は同誌の創刊時からジョブズ氏のインタビューを掲載し続けてきた、全米でも随一のテックライターで、当事者しか知り得ない情報が満載されている。ジョブズ氏がアップルをテクノロジーとリベラルアーツの交差点に導いたように、本記事もまた、専門用語はできるだけ避けられ、平易な説明が心がけられている。それはまた、「WIRED」全体をつらぬく編集方針でもある。
もっとも、惜しむらくは日本語版が11年間も休刊していたことで、日本のテックジャーナリストにとって、記事の掲載機会がそがれてしまったことだ。「デジタル革命に意味と文脈を与える」ような記事が掲載できる媒体は、やはり「WIRED」しかなかったからだ。ゲームメディアにおいても同様で、あえて自分を棚に上げて記せば、良質なゲームジャーナリストが過去数十年で大量に輩出されたとは、とてもいえない。市場的にも文化的にも、そこまでの奥行きに欠けるからだ。
幸いなことにIT技術は日進月歩で進化を続けており、ゲーム業界もその渦中にいる。特にソフトバンクによるスプリントの買収に代表されるように、モバイル・ソーシャルゲームにおいて、世界の中心は今、日本にある。つまり日本のテックジャーナリスト、そしてゲームジャーナリストは、世界の誰よりも優位な位置にあるのだ。2011年に復刊した「日本版WIRED」においても、第二・第三のジョブズ氏を世界に先駆けて日本から紹介するために、さらなる活躍を期待したい。
『WIRED×STEVE JOBS』