「食」をテーマにしたビデオゲームは少ない。そんななか、「料理」をテーマにしたユニークなタイトルが「クッキングママ」シリーズだ。本作はまた日本もさることながら、海外で圧倒的に受け入れられている点でも興味深い存在だ。「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されるなど、あらためて日本食への注目が集まるなか、本作が成功した要因は何か。開発者にインタビューを行った。

アプリ『クッキングママ お料理しましょ!』(2015)より

累計5000万ダウンロード以上の隠れたヒット作

我々の生活に欠かせない「食」。なかでも「和食」は2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されるなど、世界中で注目が集まっている。その一方でビデオゲームでは、食をテーマにした作品は多様性に乏しい。「食べる快感」をゲームシステムで表現しにくい点が理由だ。そのため、多くのゲームではレストランを題材に「配膳する」「経営する」といったアプローチを選択している。

こうした中、「料理をつくる」という独自の手法で隠れたヒット作となったのが「クッキングママ」シリーズだ。ママの手ほどきを受けながら、ゲーム機上で料理をつくるという内容で、第一作は2006年にタイトーから発売。ニンテンドーDS、Wii、ニンテンドー3DSでシリーズを展開し、2015年には最新作『クッキングママ お料理しましょ!』をスマートフォン向けに配信開始。現在に至っている。

本作のもうひとつの特徴が、国内よりも海外で圧倒的に受け入れられている点だ。第一作は国内で7万本、海外で499万本(北米309万本、欧州192万本、その他58万本、VGChartz調べ)で、スマホ版も累計5000万ダウンロード以上を達成(2018年2月末時点)。合計25言語にローカライズされ、地域別のダウンロード数もアメリカ・中国など、スマートフォンユーザーの地域別割合にほぼ等しいという。

2018年3月には和菓子と魚料理がつくれる課金アイテム「さくらパック」の配信も始めるなど、ゲームを通して和食の魅力を世界に広めることにも意欲的な本作。タイトー側のプロデューサーとして初期シリーズの開発に携わり、その後オフィス・クリエイトに移籍。同社で代表をつとめる戸隠規泰氏と、プロデューサーの篠原千枝氏に制作・配信の舞台裏について聞いた。

アプリ『クッキングママ お料理しましょ!』より。「さくらパック」でつくることができる「さくらもち」(左)と「サワラみそやき」(右)

コンセプトは「おままごと」

「ニンテンドーDSのヒットがなければ、本作は存在しなかった可能性が高い」。戸隠氏は「クッキングママ」シリーズの立ち上げについて、このように振り返る。2004年に発売され、二画面とタッチペン操作でゲーム文化を一変させたDS。『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える 大人のDSトレーニング』(2005年、任天堂。以下『脳トレ』)など、新感覚のゲームが多数登場し、ゲームユーザーの層が一気に広がった。

本作もそうした波に乗り、オフィス・クリエイトからの持ち込み企画としてスタートしたものだ。コンセプトは「料理がテーマのおままごと遊び」で、プレイヤーは実際の調理に即した操作を行っていく。ハンバーグをつくるなら、玉ねぎをみじん切りにしてフライパンで炒め、ひき肉と混ぜてこね、余分な空気を抜いてタネをつくり、最後に焼いて出来上がりといった具合だ。

「DSでユーザー層が女性やカジュアル層に広がったことと、『つく、なぞる』といったタッチペンの操作が、『包丁で切る、菜箸で混ぜる』といった調理の動作に即していたことが、決め手となりました。ただ、企画について疑問視する声もありましたね。女児向けゲームは市場が小さい。もっとヒットが狙える内容にしたらどうかと。自分の判断で開発をスタートさせました」(戸隠氏)

当時、電車の運転手を疑似体験する『電車でGO!』シリーズで、家庭用版のプロデュースを手掛けていた戸隠氏。同作も「まったく新しいユーザー層を掘り当て、大ヒットを記録した」タイトルだった。期せずして「クッキングママ」シリーズも、同様のヒットを海外で記録することになる。しかし、それはまだ先の話だ。第一作の開発では「ゲームらしくしない」ように留意したという。

「ファミコン時代、ゲームはクリエイターからユーザーに向けた『挑戦状』でした。それが市場が広がるにつれて、次第にカジュアルになっていきました。本作ではその方向性を突き詰め、時間さえかければ誰でもクリアできるようにしました。課題に対する達成感を提供するのではなく、ゲームを遊んで料理に興味を持ってもらうことが目的でした」(戸隠氏)

戸隠氏は「男性はスキルを極めたがるが、女性にはそれがない」と言う。『電車でGO!』も運行ダイヤを守って電車を運行する「なりきりゲーム」だったが、停車位置にできるだけ近く車両を停止させるスキル要素があった。「クッキングママ」には、そうした要素が薄い。料理に失敗しても、ペナルティをできるだけ感じさせない配慮がなされている。まさに「おままごと感覚」というわけだ。

ニンテンドーDS『クッキングママ』より

E3出展がきっかけで大ブレイク

ただ、話はこれだけに留まらない。国内向けのマスターアップ前後、オフィス・クリエイトにタイトーから海外版制作の依頼が舞いこんだ。北米版がマジェスコ、欧州版が505 Gamesから、それぞれ販売されることになったのだ。しかし、これも「タイトーは当時から両者と取引があった。先方も数あるタイトルのひとつとして契約しただけで、特段思い入れがあったわけではなかった」(戸隠氏)という。

国内版の販売実績は約7万本で、「きちんとリクープできた」(戸隠氏)ことから、海外向けの移植作業も粛々と行われた。風向きが変わったのは2006年のE3だった。マジェスコがブースでプレイアブル出展したところ、米ゲーム専門誌IGNの「Best DS Most Innovative Design」アワードを受賞したのだ。これをきっかけに北米・欧州で受注が急増し、冒頭の大ヒットにつながった。

「国内市場しか念頭になかったので、海外市場はすごいと驚きました。今から考えれば、料理ゲームという他に類のない内容だったこと。任天堂から『脳トレ』『おいでよ どうぶつの森』(2005)が出た後で、女児、女性向けゲームが望まれていたこと。海外で日本食がブームになりかけていたことなど、いくつかの要因がありました」(戸隠氏)

その後、第一作のヒットを受けてシリーズ化が行われ、『クラフトママ』(2010)『ガーデニングママ』(2013)などの派生タイトルも開発されていく。海外市場を意識して、ニョッキ・ラタトゥイユ・フィッシュ&チップス・ボルシチなど、各国の定番料理もメニューに積極的に取り入れられていった。もっとも、制作の過程で海外サイドから意外な反応があったという。

「ホットドッグにレタスは要らない、ピザにコーンはトッピングしないなど、我々の考える料理とのギャップに驚かされました。日本の食文化は海外の要素を何でも取り入れて、日本風にアレンジしてきました。ゲームデザイン的にいえば、いろいろな食材を使う方が遊びに幅も広がります。しかし、そこには『越えられない一線』があるようです。現地の要望を取り入れて修正しました」(戸隠氏)

料理とは食材の状態が変化すること

もっとも、そうした細かい食材にまでチェックが入るということは、それだけ現実の料理に即したゲーム内容になっていたということだ。グラフィックにおいても顕著で、本作は背景やキャラクターの絵柄が抽象化されているのに対して、食材や料理は具象的に描かれている。日本の料理マンガではおなじみの表現手法で、海外のマンガには見られないものだ。

第一作からグラフィッカーとして制作にかかわり、出産をはさんで休職。復職後はスマートフォン版でプロデューサーをつとめる篠原氏も、「できるだけ美味しそうに感じられる絵柄にした」と言う。開発中、記号的なハンバーグと写実的なハンバーグを描き、社内でアンケートをとったこともあった。その結果、後者が圧倒的に支持を得たという。

完成形だけでなく、食材の状態変化をきちんと再現することも重要だった。赤身の肉を炒めると茶色くなり、やがて焦げ目がつく。溶き卵に醤油を入れてかき混ぜると、色が黒ずむといった点だ。玉ねぎのみじん切りを炒めるとき、速度を上げすぎると玉ねぎがフライパンから飛び出してしまう。こうした細かい動き一つとっても、「料理らしさ」が出るように工夫されている。

学生時代にイタリア料理のレストランでアルバイトを続け、調理師免許も持つという篠原氏。チームで紅一点ということもあり、グラフィックだけでなく、シリーズを経るごとに企画、そしてプロデューサーまで活躍が広がっていく。「もっとも学生時代は就職活動の武器になる、ぐらいしか考えていませんでした。『クッキングママ』が後からついてきました」(篠原氏)。

ゲームの核となる「料理の手順をどのように簡略化し、ゲームに落とし込むか」を考案するのも篠原氏の役割だ。切る、混ぜる、炒めるといった動作を、いかにタッチペンや指の操作で代用させるかもポイントだという。「DSでは利き手でない手で操作してもクリアできるようにしました。スマートフォン版は指で操作するので、判定がアバウトになり、より間口が広がりました」(篠原氏)

アプリ『クッキングママ お料理しましょ!』より。溶き卵を混ぜるところ(左)と型にカップケーキの生地を流すところ(右)

スマホゲーム版がヒットした理由

市場の変化にあわせて、プラットフォームを携帯ゲーム機からスマートフォンに移した本シリーズ。有料版・フリー版を経て、現在は最新作『クッキングママ お料理しましょ!』がF2P(Free to Play。基本プレイ無料のアイテム課金モデル)で配信されている。ただし、大量に広告を投下しつつ、週替わりでイベントを打ち、アイテム販売の最大化を狙う、日本で一般的な運営モデルとは異なっている。

「社員数は12名で、運営らしい運営はしていない。広告も大々的に打っておらず、口コミがメイン。これは携帯用ゲーム機の時代から変わらない」と戸隠氏は語る。ビジネスモデルはアイテム販売とゲーム内動画広告のハイブリッドモデルで、売上比率は半々。アイテムも追加メニューが中心で、一般的なソーシャルゲームに慣れた目からすれば、前時代的にも映る。そして、これがヒットの秘訣だという。

日本のスマホゲームは海外展開が難しいというのが、業界の常識だ。背景にあるのが「高スペック端末」「4G LTEのリッチな回線」「重課金ユーザー」という、日本ならではの市場特性にコンテンツが最適化しすぎていること。一方でイベント不要で売上が立つ本作のスタイルは、海外のスマホゲームに近い。だからこそ、世界中で受け入れられたとも言える。

もともとの内容がスマホゲームに適していた点も大きかった。家庭用ゲームでは一般的に「クリアしたら終わり」だが、スマホゲームにはクリアという概念がない。これに対して本作のコンセプトは、前述のとおり「おままごと」であり、当初からクリアを目的としていなかった。そのため移植展開がしやすかったのだ。

実際、スマートフォン版のリリース後、「魚を釣って食材にする」「レシピを増やしてレストランを運営」といったアップデートが加わった。ユーザーはログイン後、料理づくりを楽しんでも良いし、これらの遊びを楽しんでも良い。戸隠氏は「縁日をうろうろする感覚」に近いという。その過程で気に入れば、追加メニューを購入してもらうというスタイルだ。

本作のユニークさは、類似アプリがほとんどない点にも表れている。「追加メニューの制作負荷が高すぎて、大半の企業は敬遠する」からだ。これができるのも、家庭用ゲーム機向けにゲームを開発した蓄積があったから。戸隠氏は「ゼロからスマホゲームで開発するなら、弊社でも別の企画を選択すると思う」とあかした。

戸隠氏はヒットの要因に「海外では日本ほど、家庭で料理をする習慣が少ない点がある」とも語る。特にアメリカは顕著で、ファーストフードや冷凍食品の夕食が幅を利かせている。一方で料理に関心がないわけではない。好奇心の旺盛な子どもたちならなおさらだ。そうしたニーズに対して、誰でも簡単に料理が楽しめ、後片付けも不要な本作がピタリとはまった……そのように分析された。

左:アプリ『クッキングママ お料理しましょ!』より、メニュー画面
右:ニンテンドーDS『クッキングママ』より、料理完成時の画面

プレイヤーの役割とママの必要性

もっとも、スマートフォンで世界中に広まったからこそ、思わぬ批判を受けることもある。「料理は母親の仕事という、古い価値観を押し付けている」というわけだ。実際に本作を遊ぶと、これが誤解であることがわかる。料理をするのはプレイヤーで、ママはコーチ役だからだ。この関係性はマンガ『ドラえもん』にも通じる。主人公はのび太で、ドラえもんはひみつ道具の提供者だからだ。

実際に『クッキングママ』は、ママがスコアという抽象概念でも成立する。同様に『ドラえもん』も、四次元ポケットがあれば成立するだろう。しかし、それではおもしろさが半減する。両者に共通するのはキャラクターだ。「ゲームではプレイヤーを褒めて、自己承認欲求を満たすことが重要です。そのためには具体的なキャラクターがあった方が良く、ママが生まれました」(戸隠氏)。

もっとも、タイトルだけを見ると「プレイヤーがママとなって料理をつくるゲーム」だと誤解されかねないのも確かだろう。そのため戸隠氏は「今後、ゲーム内におけるパパの描写を増やすことも検討したい」と語った。裏を返せば、それくらい世界中にリーチする、普遍的なテーマを扱っているということだ。にもかかわらず、類似ゲームが出にくい点に本作の妙がある。

これまで見てきたように、「クッキングママ」の成功にはさまざまな要因がある。料理に関心が高いユーザー層に対し、ゲームを通して安全・手軽な「料理体験」を提供した。ゲーム内容も海外のスマホゲーム環境に適したもので、高いクオリティの追求で、参入障壁を築くことに成功した。ママというキャラクターを創出した、などだ。

戸隠氏は最後に「本作を遊んで、飽きて卒業するユーザーもいれば、下から新しく入ってくるユーザーもいる。そんな風に、長く楽しまれるゲームに育てていきたい」と抱負を語った。まさにスマートフォン時代のヒット作であり、多くの企業にとって参考になるケーススタディだと言えるだろう。


(作品情報)
「クッキングママ」シリーズ
http://www.ofcr.co.jp

アプリ『クッキングママ お料理しましょ!』
App Store (iOS):
https://itunes.apple.com/jp/app/cooking-mama-lets-cook!/id987360477
Google Play (Android):
https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.ofcr.cm00
Amazonアプリストア (Amazon):
http://www.amazon.co.jp/dp/B00ZCOON8Y/

©2006 COOKING MAMA Ltd. / Published by SQUARE ENIX
©2015 COOKING MAMA Ltd. / Published by OFFICE CREATE