2011年 9月24日から2012年1月8日まで、ドイツのZKM(Zentrum für Kunst und Medientechnologie Karlsruhe)において、世界的なコンピュータ・アートの先駆者、川野洋の回顧展「川野洋:コンピュータの哲学(Hiroshi Kawano: Der Philosph am Computer)」が開かれている。会場の中心に、1970年に東京でおこなわれたコンピュータ・アート展で発表された川野の代表作が、当時と同様に壁から床面を覆うような形で復元され圧倒的な印象を与えている。また、1963年以降の川野の作品およびプログラミング関連資料を中心に、人工短歌(プログラムで生成した短歌)、コンピュータ音楽、人工知能研究まで至る多様な実験、美学者としての主要著作と数百件の文献のリスト(筆者がリサーチと翻訳を担当)などが幅広く紹介されているほか、世界各地のコンピュータ・アートの先駆者たちと意見を交換してきた文通資料や関連作品が、川野の世界を理解するための豊かな文脈を提供してくれている。
ドイツの新聞・TV放送局から注目を浴びているこの展覧会は、川野洋のアーカイブの資料をもとに構成されているが、興味深いのは、ZKMがこのアーカーブを誘致し、川野から寄贈を受けている点だ。1967年の来日以後、川野の存在をヨーロッパに紹介したのは他ならぬ情報美学の創始者マックス・ベンゼ(1910-90)であり、2010年にZKMでおこなわれたベンゼ誕生100周年記念展を契機に、川野はすべての資料をZKMに寄贈するように決心したという。
だが、川野洋アーカイブがドイツにあるという事実は、二人の美しい友情からだけでは説明できない現実的な要因もあるのではないか。それは、日本国内に同様の資料保存機関が不在であるからなのか、あるいは氏の作品と美学の価値が最も理解される場所が海外であるからなのか。正直にいうと、筆者もまだその答えを見いだせていないままである。
「川野洋:コンピュータの哲学(Hiroshi Kawano: Der Philosph am Computer)」