1994年、カナダ・トロント大学のポール・ミルグラム氏は、日本のATR(現ATR:株式会社国際電気通信基礎技術研究所)のコンピュータ・システム研究所のメンバーたちと発表した論文のなかで、リアリティとバーチャルリアリティ(Virtual Reality、以下VR)を連続線上で表した「Reality-Virtuality Continuum」を提示した。この図表は、現実環境とバーチャル環境が両極にあり、その間にある、リアリティとバーチャリティが複合された領域をミックスド・リアリティ(Mixed Reality、以下MR)と定義している。さらにMRには、拡張されたリアリティ(Augmented Reality、以下AR)と拡張されたバーチャリティ(Augmented Virtuality、以下AV)があることを簡潔明瞭に視覚化することで、VRとARとの関係性を明らかにした。
用語としてARが導入されたのは1990年であるが、社会一般まで拡がりを持ち始めたのは2000年代以降、比較的最近のことだと知られている。現実環境の対極としての完全なVRより、現実環境のなかにバーチャルな情報を追加させるARの方が、普及まで時間がかかったのである。実際、筆者自身は、ARという技術に初めてふれた約10年前、この技術の抱えている現実的制約に魅了されたことがある。最終的には技術そのものの発達によって解決されるとはいえ、過渡期における技術の制約と限界は、日常化された技術の芸術的応用とは異なるクリエイティビティを生み出す可能性を秘めているからである。軍事と産業で開発された技術が後になってアートへ応用され、さらに一般的な表現メディアとなっていくという単純な図式だけでは、メディアアートの歴史を語ることができない理由もここにある。
2013年7月30日(火)から9月1日(日)まで、NTTインターコミュニケーション・センターICCで開催される、「もの みる うごく AR美術館」は、毎年好評のICCキッズ・プログラムとしてだけでなく、AR技術の今を垣間見る機会としても注目に値する。赤松正行氏とARARTプロジェクトによる本展では、既存のARで使われるQRコードのようなマークを必要としない、写真やイラストなどの自然画を検出する、モバイルARシステム「ARART」をベースに開発されたソフトウェアを用いている。本展に合わせて公開・アップデートされるiOSアプリ「ARART」を使うと、チラシ表面でARを体験することができるそうだ。
ARの実用化に時間がかかった理由のひとつは、人間の持つ現実知覚の繊細さにある。技術の実装よりも、現実空間とバーチャル情報の組み合わせにおける滑らかなコンテクストをつくりあげることが困難だった側面があったのである。例えば、スマートフォンの開発が早かったとしても、スマートフォン無しには成り立たない日常のリアリティがないと、スマートフォンを基盤とするARも、HMD(ヘッド・マウンディッド・ディスプレイ)を利用したARと同様、身体的違和感から自由にはならなかったかもしれない。本展は、拡張現実、強化現実、増強現実などで訳されてきた既存のARから一歩進んで、新しいARとして、「現実そのものも変えてしまう」変容現実(Alternated Reality)を提案している。ARという言葉より後に生まれた今の子供たちにとって、拡張され、さらに変容される「リアリティ」とはいかなるものであるだろうか。答えは、子供たちのつくっていく未来そのものになるだろう。
ICCキッズ・プログラム2013「もの みる うごく AR美術館」展
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2013/KidsProgram2013/index_j.htm