食の安全性や写真映えするスイーツなど、食に対する注目度が年々増している。それはアートの世界でも例外ではない。テクノロジーを駆使したメディアアートと食は、一見すると関係の薄い事柄のように思えるが、実際はどうなのであろうか。いくつか実例を見てみよう。
アートや音楽と並ぶ食の文化
このところ、アートと食の関係が広がりを見せつつある。
たとえば美術館では、展覧会の企画内容に沿った特別なランチやスイーツなどを用意する館内レストランやカフェが数多い。そして地方の芸術祭でも、地元の食材をふんだんに使ったメニューが注目を集める。その一例が、昨年の夏から秋にかけて宮城県石巻市の市内中心部と牡鹿半島にて開催された「リボーンアート・フェスティバル 2017」だ。その謳い文句は、「アート×音楽×食で彩る新しいお祭りを東北に」。つまり、食をアートや音楽と同等に企画の軸に据えた試みである。
この芸術祭では期間限定で数々のレストランやカフェがオープンし、シェフが考案したメニューを展開。地元の農家の方々はもちろん、漁師やハンターたちによる協力のもと、新鮮な魚介やジビエが楽しめた。
野菜や魚介の料理を強く打ち出す芸術祭は、これまでにもいろいろとあった。地元産の肉も珍しくない。
だが、ジビエをメニューに採用したという話は聞いたことがない。
この点においても、「リボーンアート・フェスティバル 2017」は、アートと食に関して画期的だったと言える。というのも、開催地の特性をアピールすることが、昨今の地方芸術祭では課題のひとつに位置づけられていることが多いからだ。このように、芸術祭における食は、来場者が開催地の固有性を把握する要素でもあるのだ。ソリューションとしてのメディアアートと食
ではここで、メディアアートと食に関する最近の動向を見てみたい。
2017年「第20回 文化庁メディア芸術祭」エンターテインメント部門では、食をテーマにしたプロジェクトが優秀賞を受賞した。大学研究室 × 料理研究家 × 広告会社で構成された川嵜鋼平、中野友彦、中村裕美、橋本俊行、宇田川和樹、天野渉による、「NO SALT RESTAURANT」である。
さっそくこの作品を紹介したいところだが、焦りは禁物だ。「NO SALT RESTAURANT」について伝える前に、本作の前提に触れておきたいからである。昨今、高齢者を中心に塩分の過剰摂取が問題視されて久しい。ご存じのとおり、塩をとり過ぎると、高血圧症や脳卒中などの病気を招きやすくなる。また、高血圧症や脳卒中などの患者たちは、塩分摂取に制限が強いられるケースが多い。
なお、世界保健機関(WHO)の調査では、25歳以上で高血圧と診断された人は、10年前の2008年にすでに世界中で10億人を超えているほどだ。10億人と聞いても、ピンと来ないかもしれない。そこで言葉を換えると、25歳以上の3人に1人が高血圧だと言われているほどなのだ。
だが、塩が料理の味の重要な決め手となることは説明するまでもないだろう。健康のためだからといって塩分を減らすことは、すなわち味気の乏しい食事となり、料理を楽しむ機会を奪う。
そこで、こうした課題に取り組むのが、「NO SALT RESTAURANT」なのである。つまり、「患者たちの健康」と「塩味の利いたおいしい食事」を両立させようと目論むプロジェクトだ。「NO SALT RESTAURANT」は、このストレートなタイトルどおり、無塩の料理が楽しめる。
制作者たちは無塩料理のフルコースを考案。前菜の「SALTLESS SALAD(無塩マグロサラダ)」に始まり、ごはんは「SALTLESS FRIED RICE(無塩ガーリックライス)」。
そして、メインは「SALTLESS MEATLOAF(無塩ハンバーグ)」と「SALTLESS PORK CUTLET(無塩トンカツ)」も用意。さらには、デザートとして「SALTLESS CAKE(無塩ケーキ)」もある。ハンバーグとトンカツを食べた後にケーキは重いかもしれない。だが、どんなときもデザートは別腹なのである。
それにしても、サラダといい、2種の肉料理といい、塩をふんだんに使う料理ばかりがそろう。本当に無塩でおいしい一品に仕上がっているのだろうか?その疑問に答えるのが、「ELECTRO FORK(電気味覚フォーク)」の存在である。
電気味覚とは、舌に電気刺激を受けた時に感じる味のこと。そして、塩味をはじめ、酸味や苦味などの電気味覚が感じられるよう、食べ物の味と一緒に舌に届けられるよう設計されたのが「ELECTRO FORK」である。
すなわち、このフォークを使うことによって、脳が記憶している塩味を錯覚として呼び起こし、しっかりと味わいながら食事が楽しめる仕組みなのである。
つまり、「NO SALT RESTAURANT」は電気仕掛けの特別なカトラリーによって、無塩の料理をおいしく食べるプロジェクトである。
無塩や減塩の食生活を送る方々は、本当に食べたいものを我慢しているケースが多い。しかしそれでは、豊かな暮らしから遠ざかる。
ちなみに、総務省の調査によると、日本の高齢化は世界の中でも著しい速さで進みつつある。2020年には65歳以上の高齢者が人口の29.1%、さらに2035年には33.4%に達し、人口の3人に1人が高齢者になるという推計もあるほどだ。
こうした時代を迎えるにあたっても、メディアアートと食を結ぶ「NO SALT RESTAURANT」は意義が大きいと言えるだろう。食を彩るメディアアート
一方、メディアアートと食の話題でいうと、2017年は「食神(たべがみ)さまの不思議なレストラン展」も注目を集めた。1月28日から5月21日にかけて中央区日本橋茅場町特設会場で開催された、体験型デジタルアートと食を融合した営みである。
アートを手掛けたのは、カナダのモントリオールを拠点に活動するモーメント・ファクトリー。映像をはじめ、照明や音響、特殊効果などを駆使し、カナダのエンターテインメント集団、シルク・ドゥ・ソレイユのショーを手がけたり、スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリア大聖堂で大胆な作品を発表したりしてきたメディアアートの大規模集団である。
たとえ、モーメント・ファクトリーの名は知らなくとも、2010年のバンクーバー冬季オリンピックの開会式で、膨大なプロジェクターによって床やオブジェなどにスペクタクルな映像を投影した模様を覚えている人は多いはず。そして、「食神さまの不思議なレストラン展」では、彼らが手がけたメディアアートと和食を結び付けた。インタラクティブな映像やプロジェクション・マッピングによる数々の作品を発表。入場者が手で触れたり、体を動かしたりすることによって作品が反応する趣向で、和食の世界を表現した。
さらに、レストラン・ゾーンに進むと、手の凝った和食が楽しめる。入場者がもれなくいただけるのは、「神様のおいなりさん」。宗田鰹や鰯、鯖の枯れ節を配合した出汁で丁寧に揚げを炊き、五目酢飯を包んだ逸品だ。こちらは、野草一味庵「美山荘」の中東久人が料理の監修を務めた。
また、「神様のおいなりさん」の他にも、「実山椒をきかせた親子出汁巻」など中東久人による料理が有料で楽しめた。さらに、菊乃井の村田吉弘も監修を手がけたほか、フレンチの巨匠、ジョエル・ロブションが監修した和食も登場。「能登産黒豆をのせた、"吟醸仕込純米" のブランマンジェ」などを期間限定で提供した。これらふたつの事例は、メディアアートと食を結びつける点では共通するものの、方向性はかなり異なる。「NO SALT RESTAURANT」は、テクノロジーを駆使し、無塩の料理を人工的においしく味わう。一方、「食神さまの不思議なレストラン展」は、和食をテーマにしてデジタル作品を鑑賞した後に、一流料理人の逸品を堪能できる。
アートと食の関係において、これからどんな展開が広がるのか期待したい。
時代や地域の特性を映し出す
メディアアートと食のインタラクティブな関係
新川 貴詩2018年7月4日 更新
新川 貴詩2018年7月4日 更新