リンツ(オーストリア)にて毎年開催される国際的なメディアアートの祭典アルスエレクトロニカにおいて、2015年に最高賞であるゴールデン・ニカ賞を受賞するなど、国内外で評価の高まる赤松音呂。受賞作を含む2点を展示する個展「Chozumaki / Chijikinkutsu」が東京のミヅマアートギャラリーにて開催された。
感知できないものの存在を可視聴化する
今回展示されたのはアルスエレクトロニカの受賞作である《チジキンクツ》と、新作《チョウズマキ》の2点。一部屋につき一作品の構成で、それぞれを空間全体で味わうサウンドインスタレーションとして展開した。
まずは2015年、アルスエレクトロニカでのゴールデン・ニカ賞受賞作《チジキンクツ》から紹介したい。空間をしばし傍観していると、どこからともなく「カツン」「コツン」と金属を打つような音が聞こえる。音の所在を確かめることはできないまま、壁面に近づくと、棚板にはさまざまなガラスの器が並び、中の水には金属板が付いた縫い針が浮かんでいる。器の外側に取り付けられたコイル状の銅線に時折流れる電流に、磁気を帯びた針が吸い寄せられ、ガラスにぶつかり音を発する。むき出しの細い動線が壁面を伝うプリミティブなそのビジュアルには、ドローイングのような繊細な印象を受ける。
ギャラリー奥の小さなホワイトキューブに設置された《チジキンクツ》2013年
《チジキンクツ》はホワイトキューブに隣接する茶室にも展開。床の間の彫刻も赤松によるもの
そして、手前の空間には新作《チョウズマキ》を展示。大きな展示台の上に、不思議な形をした透明なガラス瓶が並ぶ。ベースは花瓶やフラスコなどの見慣れた形状をしているが、口の部分はさまざまな曲折や凹凸を経て、拡声器のように広がっている。三半規管のようなその造形に見入っていると、展示室に入った時から聞こえていた流水音の元が、瓶の中にあることに気づく。瓶の底にはデバイスで制御された磁石が仕掛けられ、この磁石の回転によって瓶の水に渦巻きが発生している。その音が、ホーン状に広がった口で増幅されるのである。
《チョウズマキ》2017年
「見える」「見えない」の両方を内包し、様々な哲学と共鳴する作品として評価された(註1)《チジキンクツ》には、人の目には見えないが確かに存在する「地磁気」と、見えないところで響く水の音を楽しむ「水琴窟」、二つの名前が掛け合わされている。そして、茶室の前に置かれ、日常から離れることを示唆する「手水鉢(ちょうずばち)」と、宇宙から体内まであらゆるところに存在するエレメントである「渦巻き」を組み合わせた《チョウズマキ》。そのネーミングからは赤松のユーモアと、作品に対する一貫した姿勢を読み取ることができる。
インスタレーションとしての見せ方と、作品の在り方
ギャラリースタッフによると、赤松は音を扱うことにこだわっているわけではないとのことだったが、アーティストネームにその文字が入っていることからも、音に対する意識が強いことは想像して問題ないだろう。
赤松の2作品はどちらも展示形態としては空間に広がるインスタレーションである。しかしそれらは《チョウズマキ》であれば瓶ひとつ、《チジキンクツ》はコップひとつでも成立する単純な仕組みの装置の反復で構成されている。一つひとつの小さな装置が、各々のタイミングで稼働を繰り返すことで生まれる偶然の関係性。第三者的な鑑賞者の視点があってはじめて捉えられるその関係性のありようは、物事をより遠くから眺めることの重要性を伝える。
とはいえ、《チジキンクツ》は群像となってはじめて成立する作品であることに比べ、《チョウズマキ》は群像としての魅力もさることながら、単体の作品としての強度が格段に増している。一つひとつデザインし、制作は職人に依頼したという瓶の数々は、単なるオブジェとしても手元に置いておきたくなるほどの完成度を持ち、実際に瓶単体で販売されていた。メディアテクノロジーを用いた空間インスタレーション作品の多くは、その作品形態ゆえ販売や個人所有が難しいイメージがつきまとう。しかし赤松の作品は、インスタレーションという展示方法と作品単体をある意味切り離して考えることで、そのハードルを乗り越えているといえよう。現象体験型のインスタレーション作品が、ものとしての強度を持ち、分散可能になる。一つひとつがさまざまな場所にコレクションされ、稼働する姿を想像する時、私たちはさらに遠く、俯瞰的な視点を得ることになるだろう。
(脚注)
*1
Press release: Prix Ars Electronica 2015 with all the winners and facts & figures / PDF
(information)
赤松音呂展「Chozumaki / Chijikinkutsu」
会期:2018年4月4日(水)〜4月28日(土)
休館日:日曜日、月曜日、祝日
会場:ミヅマアートギャラリー
http://mizuma-art.co.jp/exhibitions/1804_akamatsunelo/