カナダ第2の都市モントリオールを抱えるケベック州。州都ケベック・シティーもまた、ゲーム産業が盛んな都市として知られている。地域産業を支えるのが自治体の手厚い支援政策だ。ゲームジャムからピッチイベント、そして海外展開に至るまで、首尾一貫して行われる同市の取り組みについてレポートする。

複合ジャンルハッカソン「Pixel Challenge」

カナダ東部に位置するケベック・シティー。カナダ第2の都市、モントリオールを抱えるケベック州の州都で、日常会話がフランス語で行われるなど、北米におけるフランス文化のゆりかごとして知られている。同市はまた、ゲーム産業の支援政策に熱心なことでも有名だ。毎年4月上旬に開催される「Digital Week」はその象徴で、今年も2018年4月5日から15日まで、ゲーム・IT分野で大小28種類ものイベントが開催された。

もっとも、各々のイベントはバラバラに開催されるのではなく、「地域のデジタルコンテンツ開発力を高め、世界に向けて発信するとともに、地域社会に成果を還元する」ことを目的にデザインされている。なかでもゲーム分野はその傾向が強く、プロトタイプを開発する「Pixel Challenge」、優れたインディゲームに開発予算をつける「Catapult」、そして本開発を行うための各種ファンドなど、さまざまな取り組みがみられた。

日本でも世界でもGame Jamの風景は変わらない。ツールもミドルウェアも同じだ
ゲームだけでなく短編アニメーション部門がある点がユニーク

48時間でデジタルコンテンツをチーム制作するPixel Challenge。毎年1月末に開催されるGlobal Game Jamをはじめ、日本でも近年急速に身近になってきた開発イベントだ。しかし、Pixel Challengeには
・ゲームだけでなく、短編アニメーション部門や、サウンド・シナリオの個人部門がある
・総額15500カナダドル(約137万円)が贈られる競技イベントである
・最初からチームをつくって参加する
などの特徴がある。

このように多くのゲームジャムが教育目的で実施されるのに対して、Pixel Challengeでは当初からコンテンツのクオリティにこだわって実施される。参加部門はゲーム(プロ・学生)、アニメ(2D・3D)など合計10部門で、2018年度は合計384名が参加。統一テーマ「パーフェクトストーム」にあわせて、さまざまなゲームやアニメが制作された。その後、地元企業や自治体による審査が行われ、入賞作が発表された。

ゲーム部門
団体プロ部門 受賞作『Wannable Gods』(BEYOND FUN)

団体学生部門 受賞作『BREAKING STORM』(Melonslice)

全受賞作品はこちら
https://www.pixelchallenge.org/

モントリオールのGRIZZLYS対ケベック・シティーのTRENSENDANCEで『オーバーウォッチ』の親善試合を開催
根強い人気を誇る『ロックマン』のスピードラーニング(=タイムアタック)大会
家族向けにビーズでドット絵を作成するワークショップも実施

Pixel Challengeの初開催は2013年で、6回目を迎える今年は新たに「Pixel Warzone」が併催された。これはゲームをつくるのではなく、楽しむためのイベントで、地元のeスポーツチームを招いての親善試合や、レトロゲームの体験コーナーなどを設置。地元の親子連れやゲーマーなど、約500名でにぎわった。中にはPixel Challengeエリアを周遊し、ゲームの開発風景を見学する姿もみられた。

インディゲーム向けのピッチイベント「Catapult」

Global Game Jamを筆頭に、多くのゲームジャムでは「つくったら終わり」になりがちだ。しかし、Pixel Challengeでは開発したプロトタイプをもとに、本制作につなげる仕組みも用意されている。それがインディゲーム開発者向けのピッチイベント・Catapultだ。今年度も最終候補に残った5名が2018年4月5日に登壇し、審査員に対して自慢のゲームアイディアをプレゼンテーションした。

SWEET BANDITS STUDIOによるプレゼンテーション

今年度の栄誉は、動画共有サイトのTwitchと連携する、新機軸の3Dスパイアクションゲーム『Deceive Inc.』についてプレゼンテーションしたSWEET BANDITS STUDIOが輝いた。同社には現金55000カナダドル(約489万円)を含む、1万カナダドル(約890万円)相当のサポートが贈られる。同社はアクティビジョン出身の3名の開発者が2016年に創業したインディスタジオで、2019年度の発売を予定している。

優勝したSWEET BANDITS STUDIO代表のPhilippe P-Baribault氏(中央)と歴代のCatapult優勝者たち
Catapult 1stで優勝し、2015年11月にリリースされた対戦アクションゲーム『Knight Squad』
https://store.steampowered.com/app/294000/Knight_Squad/

Catapultは2014年10月に創設され、2015年から顕彰が始まり、今年で4回目を迎える。第1回目の優勝チーム、Chainsawesome Gamesが開発したオンライン対戦アクションゲーム『Knight Squad』はPCとXbox One向けに同年リリースされ、全世界で140万ダウンロードを超えるヒットを記録した。本作はまた、Pixel Challenge 2014のプロゲーム部門で受賞した経緯もある。Pixel ChallengeとCatapultを経て発売され、大ヒットした好例というわけだ。

インディゲームを支える多彩なファンド

Sabotage Studioで共同経営者をつとめるプロデューサーのMartin Brouard氏

もっとも、市場である程度のヒットが期待できるゲームを開発するには、インディゲームといえども多額の費用と期間がかかる。その多くは人件費で、スタジオの家賃や光熱費、そして宣伝広告費なども必要だ。そこで開発者の多くは自己資金をはじめ、複数の資金調達手段を組み合わせるのが通例だ。ここでも他の国や地域に比べて、ケベック・シティーの開発者にはさまざまな支援策が用意されている。

処女作『THE MESSENGER』のリリース準備を進めるSabotage Studioもそのひとつだ。同社が活用したのは、カナダの多くのクリエイターが活用するCanada Media Fund(CMD)。もともと映像・教育コンテンツが対象で、条件のひとつにカナダの伝統的な文化に即したコンテンツであることが掲げられていた。しかし近年、ゲームが対象に含まれるようになり、あわせて「カナダらしさ」という条件がぐっと緩和されたという。

CMDではプロトタイプの開発費用に10~50%の助成が行われ、『THE MESSENGER』でも337,578カナダドル(約300万円)を調達している。これに地元銀行からの融資を組み合わせてプロトタイプを制作。2018年1月に米サンアントニオで開催されたゲーム展示会「PAX SOUTH」に出展した。そこで米インディゲーム専門パブリッシャーのDevolver Digitalに注目され、同社とのパブリッシング契約を得ることに成功した。

米Devolver Digitalからリリース予定のアクションゲーム『THE MESSENGER』
多くのカナダ製インディゲームを支援しているCanada Media Fund

ケベック・シティーでは他に、インディゲーム開発者向けのコワーキングスペース「LE CAMP」や、より規模の大きなスタートアップ向けの入居施設「LE TOWER」などが存在する。Investissement Québecでは税制控除などのプログラムも提供中だ。ケベック州全体に視野を広げると、UBIモントリオールやスクウェア・エニックス・モントリオールなどの大手企業が、独自にインディゲーム開発者向けのファンドも実施している。

こうした施策が実を結び、過去5年間で市内のインディゲームスタジオは数社から約30社に増加したという。もっとも、その多くはUBIケベックやアクティビジョン、FLIMAといった大手スタジオからの独立組だ。一方で市内の雇用者数はいまだ限られており、多くの学生はケベック州やカナダ全土(時には海外企業)で職を求めることになる。このギャップを是正することが中長期的な課題となっている。

Digital Week発起人のひとりで、現在は行政サイドで起業家支援を行うPierre-Luc Lachance氏

このように地元の産業支援に力を入れるケベック・シティー。その上で興味深い点に、一連のイベントが行政主導で行われている点にある。Digital Weekはケベック州とケベック・シティーが企画し、運営実務は非営利法人のQuébec numériqueが担当。企業や大学を巻き込み、開催されている。県庁や市役所が音頭をとって予算をつけ、NPO法人を窓口に協賛やボランティアなどを募り、産官学連携で実施するスキームだ。

もっとも元Québec numérique 代表で、Digital Weekの発起人にも名前を連ね、現在は起業家支援を行うPierre-Luc Lachance氏によると、「最初は企業の側も関心が薄かった」という。企業サイドに連絡を取り、企画の説明を繰り返して、2014年に実現にこぎつけた。そこから年々規模が拡大し、今やIT向け開発者会議のWAQ(Web à Québec)では約1500人の参加者を記録。会場の移転を検討するほどだという。

コンテンツ産業において産官学が連携し、産業育成や輸出に取り組む例は、いまや世界中で見られる。そのなかでもケベック・シティーの取り組みは頭ひとつ抜けているように感じられた。Lachance氏は成功要因のひとつに、ケベック・シティーの人口が80万人程度とコンパクトで、住人が互いに顔見知りであることと、地域に誇りを持っていることを上げる。日本の地方都市でも参考になる事例ではないだろうか。


(information)
Pixel Challenge 2018
会期:2018年4月4日(水)~6日(金)
会場:カナダ・ケベック、Le Terminal