これまで3回にわたって、「移民」、「セクシュアリティ」、「グラフィック・メディスン」と、テーマ別にいくつかのグラフィックノベルを取り上げてきた。今回は社会問題に直結するような作品にこだわらず、これまでとは少し違った角度からその越境的なありようを紹介してみたい。

『ラディアン』表紙

フランス発の少年マンガ

昨2018年を振り返ると、世界のマンガの国境が曖昧になりつつあることを実感させる事例がいくつか見受けられた。今回は社会問題系のグラフィックノベル(註1)から離れて、そうした観点からマンガの「越境」について考えてみたい。

最初に取り上げる話題は、フランス発の“少年マンガ”トニー・ヴァレント『ラディアン』(拙訳、飛鳥新社、2015年~)のアニメ化である(註2)。

“少年マンガ”と言ったが、これは単なる言葉の綾ではない。右開きの構成、巻頭カラーありの白黒の本文、カバー袖の作者近況コメント、巻末に据えられたあとがきマンガや読者からのおたよりコーナー、さらには横書きのアルファベットを収めるには不都合な縦長のフキダシ……。『ラディアン』は原書版からして日本のマンガの定型を徹底的に模している。そして、その絵柄とストーリー、新書版に近い判型が参照しているのは、特に少年マンガである。

フランスで原書の第1巻が出版されたのは2013年。当初はそこまで大人気という印象はなかったが、着実に巻を重ね(2018年末時点で10巻まで刊行されている)、さらに2015年に日本語版が出版され、昨2018年にはアニメ化されるに及んで、押しも押されもせぬ人気作となった。

日本での売れ行きも好調である。本のつくりといい、絵柄といい、一見日本の少年マンガだから、海外マンガに慣れていない読者にも手に取りやすいのだろう。魔法使いの少年セトが、差別にさらされながら、ネメシスという怪物や魔法使いを取り締まる異端審問官といった敵たちと戦いつつ、さまざまな問題の根源であると思しい伝説の地ラディアンを探すというストーリーも、少年マンガに馴染んだ者には親しみやすい。ちょっとした演出や間の取り方、ロジックなどに違和感があったとしても、海外在住の外国人作家がここまで日本のマンガに寄せられるのかという驚きのほうが大きい。

フランスでは1970年代末から日本のアニメの放送が本格化し、子供たちのあいだで絶大な人気を獲得するに至った。90年頃からはアニメの原作を中心に日本のマンガの翻訳が活性化し、やがてアニメ化されていない作品も次々と翻訳され、2000年代以降それがすさまじい数に達する。その結果、“フランス語圏のマンガ”を指すbande dessinée(バンド・デシネ)と並んで、“日本のマンガ”を指すMangaという言葉が定着し、さらには自らの創作物をMangaだと称するフランス人作家が登場するまでになった(註3)。それらは当初、日本マンガの不完全な模倣と見なされ、満足のいく評価を得られなかったが、そうこうするうちにルノー・ルメール『ドリームランド』(註4)のようなヒット作も登場。ここ数年はかなりの賑わいを見せるようになっている。

2013年に刊行が始まった『ラディアン』は、そうしたフランス産Mangaとしては第2世代に属する。フランス産Mangaは今やかなりの数にのぼるが、日本で翻訳出版され、さらに日本のアニメプロデューサーの目に留まりアニメ化されたのは、おそらく『ラディアン』が初だろう(註5)。日本でアニメ化の対象になったという点で、『ラディアン』はMangaでありながら、日本のマンガと同じ土俵に登ったのだと言える(註6)。

興味深いことに、こうして日仏を股にかけて活躍することになった『ラディアン』の作者トニー・ヴァレントは、フランス人でありながら、現在はカナダのフランス語圏ケベック州に住み、そこで創作活動を行っている。このまるっきり日本マンガという体裁の作品は、カナダで執筆され、フランスで出版され、それが日本で翻訳出版され、ついでアニメ化され、そのアニメが今度はフランスや北米に戻っていくというサイクルを生み出しているのだ。フランスで出版されている以上、フランスの作品ということになるのだろうが、国籍を断定するのが一瞬ためらわれるような作品である(註7)。

アニメ『ラディアン』ムービー

日本人が描くフランス産Manga

もっとややこしい作品が2018年の秋にフランスで出版された。作者にメートル・ギムス、ダルシー、ジャン=ダヴィッド・モルヴァン、そして田村吉康の名前がクレジットされた『悪魔の聖遺物(Devil’s Relics)』(註8)である。もはや一目瞭然だろうが、作者のひとり田村吉康は日本人。『筆神』(全2巻、集英社、2004年)で知られる日本のマンガ家で、現在は画家としても国内外で活躍している。『ラディアン』はフランス人作家が日本マンガに影響を受けて描いたフランス産Mangaだったが、本作はもともと日本でマンガを描いていた日本人作家がフランス向けに描いたフランス産Mangaなのである。

物語の舞台は何らかの災害が起こり、太陽が射しこまなくなった近未来の世界。とある伝説によれば、それは悪魔が世界から去ったことに起因するのだという。悪魔は姿を消す前に世界のあちこちに聖遺物を残した。それを手に入れたものは絶大な力を得ることができるらしい。地下格闘技で生計を立て、唯一の縁者である叔母の生活を助けているカイスは、ひょんなことからその聖遺物争奪戦に巻き込まれていくことになる――。

日本人マンガ家がフランス市場向けに仕事をした先例はいくつか存在している。筆者が知る限り最も早いのは、寺田亨がジャン=ダヴィッド・モルヴァンの原作で描いた『プチモンド(Le Petit monde)』で、第1巻が2005年に刊行されている(註9)。以降、高橋光、谷口ジロー、オオシマヒロユキなどがいずれもジャン=ダヴィッド・モルヴァンの原作でフランスでオリジナル作品を出版している。もっとも彼らがフランス向けに制作した作品は、いずれも大判、左開き、ハードカバー、オールカラーのバンド・デシネだった。

それではフランス産Mangaを日本人が描くのは田村が最初なのかというと、実はこちらにも先例がある。2004年、フランスのキューン(Ki-oon)社(註10)がたきざきまみやの『エレメントライン(Element Line)』(註11)と筒井哲也の『ダズハント(DUDS HUNT)』(註12)を出版しているが、どちらもいきなりフランスで、もちろんフランス語で出版された純然たるフランス産Mangaである。後者は後に逆輸入の形で日本語版も刊行されている(註13)。筒井はその後もキューン社から継続的に作品を発表。日本で映画化、ドラマ化もされ話題になった『予告犯』(全3巻、集英社、2012~2013年)もキューン社発の作品である。フランスで出版された作品が軒並み日本でも出版されている筒井の場合、もはやフランスの市場向けに仕事をしているというよりは、日本も含めたグローバルな市場で仕事をしていると言ったほうがいいかもしれない。なお、同社は昨2018年1月に「キューン・マグ(Le Ki-oon Mag)」という書店で無料配布されるプロモーション雑誌を制作。そこにはなんと5人の日本人作家の作品の冒頭部分が掲載されていた。いずれもオリジナル作品で、その後キューン社から単行本として出版されている(註14)。

話を『悪魔の聖遺物』に戻すと、この作品の版元はこのキューン社ではなく、『AKIRA』や『ドラゴンボール』のフランス語版を刊行し、フランスにおける日本マンガの翻訳出版をリードしてきたグレナ(Glénat)社である。グレナ社はここ数年、フランス人作家によるフランス産Mangaの出版にも力を入れていた。キューン社の成功を受けて、日本人作家の田村に白羽の矢が立ったのだろう。この手の企画は今後さらに他社にも広がっていくのかもしれない。

ちなみに同作の作者のひとりにクレジットされているメートル・ギムスはフランスの人気ラッパーである。1986年、アフリカのコンゴに生まれた彼は、2013年に最初のソロアルバムをリリースし、今やフランスで最も有名な歌手のひとりとなった。代表作のひとつ「Est-Ce Que Tu M’aimes?(君は僕を愛しているかい?)」はYouTubeで実に2億7千万超の再生回数を数える(註15)。メートル・ギムスはもともと日本のマンガの大ファンだそうで、ギムス(Gims)というアーティスト名も『ONE PIECE』の主人公ルフィの通り名「麦わら」の「麦(Mugi)」に由来するという話もあるほど。『悪魔の聖遺物』の企画は、もともと彼が温めていたもので、弟のダルシーと一緒にマンガの原案としてまとめているのだとか。その原案をジャン=ダヴィッド・モルヴァンがマンガの脚本に仕上げ、田村が作画を担当するという役割分担がなされている。ミュージシャンがフランスのバンド・デシネやマンガの制作に関わるという話はほとんど聞いた記憶がないが(註16)、そのファンを潜在的な読者として見込めるという意味で、非常に現代的でおもしろい企画だと思う。

田村は普段からイタリア、フランス、オランダなど、ヨーロッパを中心にさまざまな国を転々としているが(註17)、この『悪魔の聖遺物』については、奥付のクレジットに記されている世界有数のマンガのフェスティバルで有名なイタリアのルッカにあるマンガスクール(Lucca Manga School)を拠点に、その学校のスタッフや生徒をアシスタントに迎えて制作したのだという。

『悪魔の聖遺物(Devil’s Relics)』表紙

越境するマンガ

マンガの国境が曖昧になりつつあることを実感させる事例は、ここに紹介した2つに留まらない。日本人作家では、第2回の「セクシュアリティ」の回でも少しだけ触れたサナ・タケダ(註18)が、アメリカのイメージコミックス(Image Comics)から出版されている『モンストレス』(マージョリー・リュウ作、椎名ゆかり訳、誠文堂新光社、2017年~)の作画を務め、今年2018年、コミックス界のアカデミー賞とも称されるアイズナー賞で5冠を達成し(註19)、さらにハーベイ賞2018の大賞も受賞した(註20)。『グウェンプール』シリーズのアーティストを務め、日米で人気を誇っている日本人女性二人組のユニット、グリヒルの存在も忘れてはならない。『グウェンプール』は、2017年後半から邦訳の刊行が始まり、2018年末までに4冊が立て続けに出版されている(註21)。先ほど紹介した田村のケースは日本のマンガ家がフランス人作家やイタリア人スタッフと組んでフランス産Mangaを作っている点に独自性があったが、サナ・タケダとグリヒルの場合、日本人でありながら、日本のマンガとは大きく異なるアメリカのコミックス界で活躍していて、これはこれで快挙である。もっともフランスの場合と同じように、アメリカでもやはり先例がいくつか存在していることは付け加えておこう(註22)。

アジアの事情には疎いのだが、文藝春秋から2018年に単行本が出た東村アキコの『偽装不倫』は、もともとは韓国系のウェブマンガサービス「XOY(ジョイ)」(註23)で連載されていた。筆者が知らないだけで、もしかしたらほかにもいろいろな作家が、韓国を始めとするアジアでオリジナル作品を発表しているかもしれない。

逆に日本で活躍している外国人マンガ家も何人かいる。「北欧女子オーサ」シリーズで知られるオーサ・イェークストロムやシンガポール出身の女性マンガ家フー・スウィ・チン、タイ人マンガ家ウィスット・ポンニミットなどはよく知られた存在だろう。ここ1~2年で出版されたおもしろいケースとしては、スイッチパブリッシングの「HARUKI MURAKAMI 9 STORIES」シリーズをあげておきたい。2017年6月から刊行が始まったこのシリーズは、村上春樹の9つの短編「パン屋再襲撃」、「かえるくん、東京を救う」、「シェエラザード」、「バースデイ・ガール」、「どこであれそれが見つかりそうな場所で」、「眠り」、「七番目の男」、「恋するザムザ」、「ハナレイ・ベイ」を、Jc ドゥヴニとPMGLというフランス人コンビがバンド・デシネ化していく企画で、既に「パン屋再襲撃」(2017年)、「かえるくん、東京を救う」(2017年)、「シェエラザード」(2018年)、「バースデイ・ガール」(2018年)の4冊が刊行されている。バンド・デシネとは言っても、先にフランスで刊行されたわけではない。フランス在住のフランス人作者たちが創作してはいるが、純然たる日本の書籍なのだ。『ラディアン』や『悪魔の聖遺物』がフランス産Mangaなら、本シリーズはさしずめ日本産バンド・デシネといったところだろうか。

『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES パン屋再襲撃』表紙(左)、『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES かえるくん、東京を救う』表紙(中)、『HARUKI MURAKAMI 9 STORIES シェエラザード』表紙(右)

マンガの世界史をひもとけば、このような越境は、アメリカでもヨーロッパでも実は案外古くから存在している。日本のマンガの黎明期において、チャールズ・ワーグマン(註24)とジョルジュ・ビゴー(註25)という外国人作家が重要な役割を果たしたことを思い起こすにつけても、さらにさかのぼって19世紀前半、近代マンガの父と呼ばれるスイスの作家ロドルフ・テプフェール(註26)の作品が、発表されるや、多くの模倣者を生み、翻訳や翻案、海賊版を通じて、あっという間に世界中に広がったことを考えるにつけても、越境というのはマンガの本質のひとつなのではないかという気がする。今年2019年、どのような越境マンガに巡り合えるのか、今から楽しみである。


(脚注)
*1
「グラフィックノベル」という言葉については第1回をお読みいただきたい

*2
2018年10月6日からNHKのEテレで放送開始。毎週土曜日午後5時35分から。全21話予定
http://www.nhk.or.jp/anime/radiant/

*3
これはフランスに限ったことではなく、2000年代以降、世界中で日本のマンガに影響を受けた作品が出版されるようになった。例えば、アメリカでは2000年にフレッド・ギャラガー『メガトーキョー』がウェブ上で発表され、のちに邦訳もされた(フレッド・ギャラガー『メガトーキョー』vol.1、椎名ゆかり訳、講談社、2009年)。『メガトーキョー』が邦訳された2009年には、ほかにも複数のアメリカ人作家のマンガが相次いで邦訳されている。その中のひとりフェリーぺ・スミスに至っては、2008年から2010年にかけて「モーニング・ツー」で『PEEPO CHOO ピポチュー』というオリジナル作品を連載し、全3巻の単行本も刊行されている(講談社、2009~2010年)。当然ながら、韓国を始めとするアジアでは、もっと早い時期から日本のマンガの影響が見られることだろう

*4
Reno Lemaire, DreamLand, Pika Édition, 2006-。2018年末時点で既刊18巻

*5
海外マンガが日本でアニメ化されるケースは過去にもあったはずで、割と近いところでは、フランスのバンド・デシネ『ヴァレリアン』が日本のアニメ制作会社サテライトによってアニメ化され、2007年から2008年にかけて、全40話のテレビアニメ『ヴァレリアンとローレリーヌ(Valérian et Laureline)』としてフランスで放送された。あいにく日本では放送されなかった

*6
日本のマンガを想起させる海外マンガが日本でアニメ化されたケースとしては、最近のものでは例えば2017年にTOKYO MXで放送された『兄に付ける薬はない!-快把我哥帯走-』がある。原作の中国マンガも2018年に邦訳されている(幽・霊『兄に付ける薬はない!』蔡星晨、金則栩訳、集英社、2018年)。筆者が知らないだけで、特にアジアに関してはもっと古い例がほかにもいろいろあるのかもしれない

*7
マンガの国籍を断定することに伴う困難については、小田切博が「「マンガ」の「国籍」について」(小山昌宏、玉川博章、小池隆太編『マンガ研究13講』水声社、2016年)で論じている

*8
Maître Gims, Darcy, Yoshiyasu Tamura, Jean-David Morvan, Devil’s Relics, T1, Glénat, 2018

*9
Jean-David Morvan, Toru Terada, Le Petit monde, 3 tomes, Dargaud, 2005-2011。後に日本語版も出版されている。ジャン=ダヴィッド・モルヴァン作、寺田亨画『Le Petit Monde―プチモンド』(全3巻、集英社、2010-2011年)

*10
キューン(Ki-oon)社については以下に詳しい
http://ichi-up.net/2016/064

*11
Mamiya Takizaki, Element Line, 7 tomes, Ki-oon, 2004-2009

*12
Tetsuya Tsutsui, Duds Hunt, Ki-oon, 2004

*13
筒井哲也『ダズハント』スクウェア・エニックス、2005年

*14
なお、2019年1月末には「キューン・マグ(Le Ki-oon Mag)」の第2号が制作・配布されるとのこと

*15
再生回数は2019年1月9日現在

*16
同じくラッパーのオレルサン(Orelsan)もマンガ好きで知られ、マンガではないが、アニメ『ワンパンマン』のフランス語版で主人公サイタマの声優を務めている。また、2018年にリリースされた「Paradis(パラディ)」では、日本のマンガ家の小池桂一がミュージックビデオのシノプシスを担当している

*17
本人からの聞き取りによる

*18
「タケダサナ」、「タケダ・サナ」という表記もなされるが、ここでは『モンストレス』日本語版の表記に準じる

*19
アイズナー賞の正式名称はWill Eisner Comic Industry Awards。2018年度のアイズナー賞については以下のCJ・スズキの記事を参照のこと。
http://comicstreet.net/review/event-report/eisner-awards-2018/

*20
正式名称はThe Harvey AwardsのBook of the Year Award

*21
クリストファー・ヘイスティングス作、グリヒル画、ほか『グウェンプール:こっちの世界にオジャマしま~す』、『グウェンプール:イカしたやつらが攻めてきた!』、『グウェンプール:第四の壁、破っちゃいました』、『グウェンプール:デップーなんかこわくない』(御代しおり訳、ヴィレッジブックス)

*22
例えば、麻宮騎亜は2000年前後からアメコミで活動を始め、『BATMAN CHILD OF DREAMS』(講談社、全2巻、2000-2001年)や『X-MEN―アンキャニー』(新潮社、2003年)といった邦訳もある。また、夏目義徳『バットマン~デスマスク』(ソフトバンククリエイティブ、2008年)もある

*23
2019年1月18日でサービス終了。「LINEマンガ」に統合

*24
1832年生まれ1891年没のイギリス人画家・マンガ家。1862年に日本初のマンガ誌とも言われる「ジャパン・パンチ」を創刊。イギリスの風刺マンガ誌「パンチ」のテイストを日本に持ち込んだ

*25
1860年生まれ1927年没のフランス人画家・マンガ家。1884年にマンガ誌「トバエ」を創刊。創刊号のみで終わるも、1887年に第2次「トバエ」を創刊。フランスに帰国後、バンド・デシネの先祖のひとつとも言われるエピナル版画に関わった点も興味深い

*26
ロドルフ・テプフェールについては以下を参照のこと。ティエリ・グルンステン、ブノワ・ペータース『テプフェール―マンガの発明』(古永真一、原正人、森田直子訳、法政大学出版局、2014年)

※註のURLは2019年1月9日にリンクを確認済み

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