フランスではここ数年、疾病や障害をテーマにしたバンド・デシネの刊行が目立ち始めている。病院を舞台とし、医療従事者のストーリーが展開されていく類のものではなく、疾病や障害に悩む当事者の手記のようなものだ。日本には多くの医療マンガがあるが、海外にもさまざまな医療マンガ/コミックス/バンド・デシネが存在し、「グラフィック・メディスン」という言葉も誕生するほど広がりを見せている。今回は、そんな医療マンガの世界を紹介する。

『見えない違い 私はアスペルガー』表紙

「見えない違い」を描く

今年2018年8月、ジュリー・ダシェ&マドモワゼル・カロリーヌ『見えない違い 私はアスペルガー』(拙訳、花伝社)が翻訳出版された。原書は2016年、フランス刊。副題にある通りアスペルガー症候群をめぐるバンド・デシネ(フランス語圏のマンガのこと)である。
主人公は27歳の女性マルグリット。名前こそ変えてあるが、原作者のジュリー・ダシェに他ならない。本書は彼女の自伝的バンド・デシネであり、グラフィックノベル(註1)と言い換えてもなんら差し支えない。マルグリットには仕事もあるし、恋人もいる。一見何の不自由もなさそうだが、なぜか生きづらい。職場での人間関係、就労環境、恋人や友人との相互理解、隣人との人づきあい……。何もかもが負担である。自分にとって心地いいことはなんとなくわかっているが、社会生活を送る以上、他者の存在を無視するわけにもいかない。どうにかやりすごしてはいるものの、我慢はとうに限界に達していて、ふとした瞬間に押しつぶされそうになってしまう。ある日、恋人との間に起きた事件がきっかけで、マルグリットは自分の置かれた状況についてそれまで以上に深刻に考えざるをえなくなる。ネットでの検索、医師の診察を経て、やがて診断がおり、生きづらさの原因がはっきりする。彼女はアスペルガー症候群だったのだ。その日から彼女の新しい生活が始まる。万事が解決したわけではないが、それまで自分がどこか“おかしい”のではないかと思ってきた彼女は、人と“違う”だけだと気づき、自分自身と“仲直り”することに成功する。
海外マンガはそうそう売れるものでもない(翻訳者にとっては残念なことに……)のだが、本書は発売から1カ月あまりで重版がかかった。当事者はもちろんのこと、その周りにいる人たちにとっても関心の高い問題なのだろう。アスペルガー症候群は、現在では広汎性発達障害、さらに最近では自閉症スペクトラムというより包括的な名称で呼ばれることが多いそうだが、本田秀夫『自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体』(SBクリエイティブ、2013年)によれば、非障害自閉症スペクトラムと呼ばれる日常生活に支障のない人たちを含めると、自閉症スペクトラムは人口の10%にも及ぶのだという。
本書はもちろんアスペルガー当事者だけに向けられた専門書ではない。「見えない違い」とは、多くのマイノリティが直面する困難をすくいあげる言葉でもある。そんなところもまた、本書が今の日本で受け入れられている理由だろう。“正常”の押しつけに苦しむあらゆる人たちにとって、本書は決定的な解決策にはならないにしても、胸のつかえをおろすきっかけくらいにはなってくれるのかもしれない。

フランス語圏で広がる医療バンド・デシネ

『見えない違い 私はアスペルガー』は、このテーマの海外マンガとしては最初の邦訳だと思うが、実はフランス語圏ではこの手の医療系の自伝/伝記/エッセイがここ数年次々と出版されている。テーマはアスペルガー症候群や自閉症スペクトラムに限られない。さまざまな障害や病を扱う医療バンド・デシネが存在する。
例えば、『見えない違い 私はアスペルガー』の作画を担当しているマドモワゼル・カロリーヌは、この作品以前の2013年に自身の産後鬱体験を描いた『自由落下―深淵日誌(Chute libre – carnets du gouffre)』(註2)を出版している。出産と育児が引き金になった6年間にわたる長い鬱の闘病生活を描いた作品である。リリ・ソーンは『おっぱい戦争(La guerre des tétons)』(註3)で自身の乳がんの闘病体験を語っているし、白血病をテーマにしたカトリーヌ・ピオリ『血球とその顛末―白血病の小さな物語(Globules et conséquences: Petite histoire d’une leucémie)』(註4)といった作品もある。前回取り上げたセクシャル・マイノリティ関連では、その後、カトリーヌ・カストロ作、カンタン・ズゥティオン画『ナタンと呼んで(Appelez-moi Nathan)』(註5)という作品が発売されたが、これも性別適合手術を描いているという点では医療バンド・デシネと言ってもいいだろう。フィクションがないわけではないが、事実をもとにした自伝や伝記が多いのが特徴である。
現在のこうした趨勢の原点としてとりわけ重要なのが、原書が1996年から2003年にかけて出版されたダビッド・ベー『大発作』(フレデリック・ボワレ監修、関澄かおる訳、明石書店、2007年)。兄の癲癇の発作とその治療に奔走する家族の姿を時代背景ごと濃密なヴィジュアルで描いた傑作である。それに続くのが、2001年に刊行されたエイズ患者との恋とその連れ子との交流を内省的に描いたスイスの作家フレデリック・ペータースの『青い薬』(拙訳、青土社、2013年)。その他、エマニュエル・ギベールの『フォトグラフ』(大西愛子訳、小学館集英社プロダクション、2014年)では、1980年代のアフガニスタンを舞台に国境なき医師団の戦時下における極限的な医療行為が描かれているし、スペイン人作家パコ・ロカは『皺』(小野耕世、高木菜々訳、小学館集英社プロダクション、2011年)で、老いの問題、とりわけアルツハイマー型認知症を描いている。いずれも邦訳があるのでぜひ読んでみていただきたい。
ちなみについ最近知った「BDMédicales(http://www.bdmedicales.com/albums/)」というサイトには、なんと1700点にも及ぶ医療バンド・デシネのリストが掲載されている。さすがに全部が全部真っ向から医療を扱っているわけではないだろうが、医療バンド・デシネは案外広く深い世界なのかもしれない。

『大発作』表紙

グラフィック・メディスンという概念

フランス語圏以外の医療マンガにはどのようなものがあるのだろう? 筆者が見落としている可能性もあるが、邦訳はあまりない印象である。
アジアの作品では、韓国人作家フツーの『ガンカンジャ』(既刊4巻、KADOKAWA/アスキー・メディアワークス、2016年)がある。ある若者のファンタジーを交えたがん闘病生活を描いた作品で、作者は父親をがんで亡くしたことをきっかけにこの作品を描いたのだそうだ。ウェブトゥーン(註6)については紙の書籍として翻訳されているものはそう多くはないが、アプリではいろいろ翻訳されているようだから、もしかしたらほかにもいろいろな作品があるのかもしれない。
アメリカの医療コミックスも邦訳で読めるものは多くない。まずはデイビッド・スモール『スティッチ あるアーティストの傷の記憶』(藤谷文子訳、青土社、2013年)。14歳にしてがんの治療で声帯を失い、家族の不和もあって心身ともに傷を負った作者が、自ら傷口を縫い合わせるように過去と折り合いをつける自伝である。そして、今年翻訳されたブライアン・フィース『母のがん』(高木萌訳、ちとせプレス、2018年)。長年にわたる喫煙がたたってステージⅣの肺がんと診断された母親の闘病生活を、サポートする家族たちの様子も交えつつ描いた自伝的作品である。もともとは2004年からウェブ上で発表され、2005年にマンガ界のアカデミー賞とも言われるアイズナー賞のベスト・デジタルコミック部門を受賞、2006年に紙の書籍として出版された。

『母のがん』表紙

『母のがん』日本語版の解説および出版社ウェブサイト上の寄稿文(註7)で、愛知県がんセンターの小森康永氏は、本書が“グラフィック・メディスン”というムーブメントを後押しした旨を説明している。この“グラフィック・メディスン”については、今年2018年6月23日(土)と24日(日)に京都で行われた日本マンガ学会第18回大会の「マンガと医療――グラフィック・メディスンの動向とマンガ研究の応用可能性」というラウンドテーブルでも取り上げられている(あいにく筆者は参加できなかったのだが……)。実は既に一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会(JGMA)が設立されていて、ウェブサイト(http://graphicmedicine.jp/)も存在している。とても興味深い運動なので、以下にその概要を抜粋しておこう。

グラフィック・メディスンは、2007年にイギリスのコミックス・アーティストであるイアン・ウィリアムズを中心に提唱された概念です。コミックス表現がどのように医療の領域を扱うことができるかを包括的に探る試みとして、医療人文学とも連携し、医療従事者と人文系研究者、表現者とを繋ぐ国際的交流活動の場が構築されつつあります(註8)。

JGMAのサイトはまだできたばかりで、今後の充実が期待されるところだが、2007年から運営されているという本家の英語のサイト(http://www.graphicmedicine.org/)には世界中の医療マンガのレビューやポッドキャストを始め、さまざまなコンテンツが設けられている。興味深いのは、中心人物のイアン・ウィリアムズとMK・サーウィックが医療従事者であると同時に研究者でも表現者でもあり、概要に謳われている「交流」がまさに実践されているという点である。
サイトの「Comic Reviews」というボタンをクリックしてみると、まだ日本で知られていない海外の医療マンガが実にたくさんあることがわかる。このレビューコーナーでは日本のマンガも紹介されているが、逆に実際の膨大な数に比して取り上げられているのはわずか数点である。まだまだ相互に交流する余地があり、そのための人材も不足しているということだろう。JGMAの設立もそれこそ「国際的交流」のひとつにほかならない。上述の日本マンガ学会第18回大会のラウンドテーブル「マンガと医療――グラフィック・メディスンの動向とマンガ研究の応用可能性」で配布された資料には、1970年代から2010年代に至るまで、実に多くの医療マンガがリスト化されていた。おそらく今後、それを活用して交流が深められていくのだろう。運動の最重要書『グラフィック・メディスン・マニフェスト』(註9)が北大路書房から近刊予定だと聞くし、JGMAでも、「医療マンガ50年史―医療マンガを定義する」というプロジェクトを立ち上げるのだとか。医療マンガをめぐる今後の展開に大いに期待したい。


(脚注)
*1
「グラフィックノベル」という言葉については第1回をお読みいただきたい。

*2
Mademoiselle Caroline, Chute libre – carnets du gouffre, Delcourt, 2013

*3
Lili Sohn, La Guerre des tétons, Michel Lafon, 3 tomes, 2015-2016

*4
Catherine Pioli, Globules et conséquences: Petite histoire d’une leucémie, Vents d’Ouest, 2018

*5
Catherine Castro & Quentin Zuttion, Appelez-moi Nathan, Payot, 2018

*6
ちとせプレス「ブライアン,ビックリさせないでよ!―『母のがん』刊行に寄せて」
http://chitosepress.com/2018/04/02/3335/#note3

*7
デジタルコミックの一種。特に韓国発祥で東アジア、東南アジアに広まりつつある縦読みのマンガを指す

*8
一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会のウェブサイトから引用

*9
MK Czerwiec, Ian Williams, Susan Merrill Squier, Michael J. Green, Kimberly R. Myers, and Scott T. Smith, Graphic Medicine Manifesto, The Pennsylvania State University Press, 2015

※註のURLは2018年11月22日にリンクを確認済み

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