人々の高齢化が進む日本では、高齢者を主人公としたマンガが裾野を広げている。現実ではそうそうないであろう特殊な設定を取り入れたものや、年を重ねることによって立ち現れる問題に向き合ったものなどその内容はさまざまだ。そしてこのような高齢者を描いたマンガは海外でも出版されている。日本の作品と海外の作品を取り上げて、「老い」がどのように表現されているのかみていこう。

『セブンティドリームズ』表紙

高齢者を主人公にしたマンガ

しばらく前のこと、書店の新刊マンガコーナーを眺めていて、思わずハッとさせられた。安堂ミキオ『はたらくすすむ』(既刊1巻、講談社、2019年)とタイム涼介『セブンティドリームズ』(既刊1巻、新潮社、2019年)が平台に並べて置かれていたのである。『はたらくすすむ』は、定年退職後、妻に先立たれた66歳の主人公が、妻の死というショックから立ち直るために風俗店でアルバイトをし始めるマンガ。一方、『セブンティドリームズ』は、夫65歳、妻70歳で超高齢出産を迎えた夫婦とその娘の日常を描いたマンガ。どちらも高齢者を主人公にしたマンガである。
何も高齢者を描いたマンガが珍しいわけではない。既におざわゆき『傘寿まり子』(既刊9巻、講談社、2016年~)や鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』(既刊3巻、角川書店、2018年~)など、幅広い読者を獲得している人気作だってある。後者は2019年3月1日に発表された第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で新人賞を受賞した話題作で、高齢者そのものというよりは、女子高生と高齢者のBLを通じた友情に焦点を当てた作品である。上述の『セブンティドリームズ』にしても、実は同じ作者による『セブンティウイザン』(全5巻、新潮社、2017~2018年)という作品が先にあって、その続編である。ちょっとインターネットで検索してみれば、ほかにもいろいろな高齢者マンガが存在していることがわかるだろう。筆者が思わず驚いたのは、新刊コーナーに高齢者を主人公に据えたマンガが2つ同時に並ぶくらい、このテーマがもはやマンガにとって当たり前のものなのだと改めて気づかされたからだ。
「高齢者」の定義はいくつかあるようだが、世界保健機関(WHO)の定義では65歳以上の人を指し、これが一般によく用いられている。内閣府が発表する平成30(2018)年版高齢社会白書によれば、2017年10月1日時点の日本の人口は1億2,671万人で、そのうち65歳以上の人口は3,515万人とのこと。65歳以上人口が総人口に占める割合である「高齢化率」は、27.7%。実に4人に1人が高齢者なのだとか。
このような現状を考えてみれば、高齢者をターゲットにしたマンガや高齢者をテーマにしたマンガ、さらには高齢者が描くマンガはあって当然だし、今後さらに増えても何ら不思議はない。

看取りと団地の高齢化―齋藤なずな『夕暮れへ』

最近出版された高齢者をテーマにしたマンガでとりわけ興味深いのが、やはり第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞した齋藤なずな『夕暮れへ』(青林工藝舎、2018年)である。なお、この作品は2019年4月19日に発表された第48回日本漫画家協会賞優秀賞も受賞している。

『夕暮れへ』表紙

単行本に収録された呉智英の解説によると、齋藤なずなは1986年、40歳のときに「ダリア」という作品でビッグコミック賞入選を果たし、マンガ家のキャリアをスタートさせた遅咲きのマンガ家。決して多産な作家ではなく、新刊単行本が出るのも20年ぶりなのだという。
『夕暮れへ』は10編の短編を集めた作品集。うち8編はもともとミニコミ誌『話の特集』に掲載されたもので、その後『片々草紙』(話の特集、1992年)に収録されたものの再録。比較的新しい作品は、総合マンガ誌『キッチュ』3.5復活号(2012年12月)に掲載された「トラワレノヒト」と『アックス』Vol.108(2015年12月)に掲載された「ぼっち死の館」である。どの作品も直接間接に老いの問題を扱っていておもしろいのだが、作者が齢を重ねたことも好材料になっているのか、直近の「トラワレノヒト」と「ぼっち死の館」(デビュー時の1986年のときに40歳なら、どちらも70手前で描かれたことになる)が特にユニークである。ちなみに齋藤本人が登壇した「人生の哀感を描く―優秀賞『夕暮れへ』」というイベント(註1)での発言によれば、どちらの作品も作者の実体験に基づいているらしい。
「トラワレノヒト」では、斎藤本人と思しい初老女性の母親が病院で最期を迎える様子が描かれる。母親はしばらく前から幻覚や妄想にとらわれているようで、例えば自分のことをアウン・サン・スーチーだと思い込んでいる。そんな彼女や介護する主人公と弟夫婦の様子が時におもしろおかしく、時にうら悲しく描かれていく。最後の最後まで死神に毒づくことをやめない母親がこと切れる瞬間が印象的で、真っ白な見開きページで表現されている。
「ぼっち死の館」にも「トラワレノヒト」と同じ齋藤本人らしき初老の女性が主人公として登場する。往時は若い家族たちで賑わったであろう古い団地に越してきたばかりの彼女は、すぐに自分と同じ高齢者の隣人たちと打ち解け、ほかの独居老人たちの生態を観察し、噂話に花を咲かせる。「ぼっち死の館」というタイトルからも容易に想像がつくように、「トラワレノヒト」同様この作品にも死の影が付きまとっている。しかし、さまざまなしがらみがあったであろう実の母親の死とは異なり(母親との確執、親の介護というモチーフはその他の短編にも繰り返し登場する)、ここで描かれている死は、もの寂しくはあるものの、あっけらかんとしていて、どこかすがすがしい。
看取りを描いた「トラワレノヒト」にしろ、団地の高齢化を描いた「ぼっち死の館」にしろ、超高齢社会真っただなかの日本の高齢者たちを取り巻く状況が垣間見えるリアリティに富んだ作品である。
なお、「ぼっち死の館」は、その後、小学館の雑誌『ビッグコミックオリジナル増刊』で不定期連載されているとのこと。その第1話「永遠のリア充」がウェブ上で無料公開されている。どうやらまだ2話までしか進んでいないようだが、単行本化が今から待ち遠しい傑作なので、ぜひ一読をおすすめしたい。

老人ホームの孤独―パコ・ロカ『皺』

海外マンガに目を転じてみよう。必ずしも新しい作品ではないが、老いを描いた邦訳海外マンガで真っ先に思い浮かぶものと言えば、パコ・ロカ『皺』(小野耕世・高木菜々訳、小学館集英社プロダクション、2011年)である。海外マンガファンにはおなじみの作品だし、2011年にはイグナシオ・フェレーラスの手でアニメ化、日本でも2013年に公開され、その後DVD化もされているから、ご存じの人も多いだろう。偶然ながらこの作品も、齋藤なずな『夕暮れへ』と同じ文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を、2011年の第15回で受賞している。

『皺』表紙

作者のパコ・ロカはスペイン人。両親が高齢を迎えたこともあり、「老い」というテーマに興味を持った彼は、半年間老人ホームに通って取材を重ね、本作を執筆した。テーマが地味なこともあり、スペインよりもマンガ出版が盛んなフランスの出版社に持ち込むと、たまたま編集者のなかに本作のテーマである認知症を患う家族を抱えている人がいて、その出版社から出版されることになった。本作『皺』は、スペイン人作家が描き、翻訳もスペイン語からなされているが、最初の出版はフランスでなされたという、おもしろい経緯で成立した作品である。
物語の主人公は高齢者のエミリオ。かつて銀行の支店長まで務めた人物だが、認知症を患っていて、症状はひどくなる一方。介護に疲れた息子夫婦は、ついに彼を老人ホームに入居させる決断をする。多くの老人たちと一緒に共同生活を始めることになったエミリオは、ふと小学校に初めて登校した日のことを思い出す。同室のミゲルとは親しくなったものの、無為な生活の繰り返しと周囲の老人たちの姿、日々衰えていく自分自身の記憶に、気は塞ぐばかり。ホームの2階には重度のアルツハイマー患者など、介助が必要な高齢者たちの専用スペースがあり、その存在がエミリオを怯えさせる。そんなある日、エミリオらといつも一緒に食事をしていたモデストとドローレスの夫婦が2階に連れていかれる。夫のモデストの症状が重くなり、妻のドローレスも彼に付き添うことにしたのだという。やがて、老いて衰えるだけの日々にもどかしさを抱いたミゲルは、エミリオといつも食堂で顔を合わせる老婦人のアントニアに老人ホームを脱走しようと持ちかける……。
興味深いことに、本作『皺』でも、齋藤なずなの「トラワレノヒト」と同じように、真っ白な見開きページが用いられている。物語の終盤で、最初は白い1コマとして表現されていたエミリオの記憶障害が、最終的には見開き大に広がってしまうのである。マンガならではの表現が実に印象的である。
しかし、本作で最も印象的なのは、何よりも老人ホームで暮らす高齢者たちの姿だろう。徐々に記憶障害が進行し、しまいに自分が身につけているものの名前すら忘れてしまう主人公のエミリオ。かつてはラジオのアナウンサーだったが今では人の言葉を繰り返すことしかできないフアン。いつも窓辺に座って外を眺めイスタンブール行きのオリエント急行に乗っていると思い込んでいるロサリオ。かつて国内陸上競技会でとった銅メダルを首からさげ当時の新聞の切り抜きを見せびらかすペリセール。食堂のケチャップやバターをくすねては面会日にやってくる孫に押しつけるアントニア……。
作者のパコ・ロカは、巻末のインタビューで次のような発言をしている。「日本ではどうかわかりませんが、老いるということは、社会から疎外されることでもある。老人ホームを訪ねると、そこはちょっと悲しい場所です。まあ、ちょっと社会から取り残され、置いていかれてしまった人たちの姿がある。老いに対する感じ方は人によって違うでしょうが、老人ホームでは人それぞれの孤独が急に現れてきますね」。
事実、老人ホームという小さな社会のなかで多くの仲間たちに囲まれているにもかかわらず、本作の高齢者たちは日々老い衰え、職員たちからは子ども扱いされ、孤独で、人間性を剥奪されているようにも見える。彼ら彼女らの奇矯なふるまいは、どこかかわいらしく、そして痛々しい。だが、いくら奇矯に見えたとしても、彼らのふるまいの一つひとつは、あくまで人間的である。だからこそ読む者の胸をうつのだろう。
ちなみにパコ・ロカの作品では『家』(小野耕世監訳、高木菜々訳、小学館集英社プロダクション、2018年)も邦訳されていて、こちらも老いの問題を扱っている。別の場所でレビューしているので、よかったらお読みいただきたい。

人生最良のときとしての老年―ジドルー作、エメー・デ・ヨング画『身体の老いとともに感情もまた老化する』

上述のインタビューで、パコ・ロカは「老い」の問題を扱うことは欧米ではタブー視されているところがあると述べている。実際、老いを正面から描いた海外マンガは決して多くはないが、それでもいくつか存在しているし、年々増えてきている印象があるのも事実である。例えば、アメリカン・コミックスでは、スーパーヒーローの老いという興味深い問題を描いた『バットマン:ダークナイト・リターンズ』(註2)が既に1986年に出版されているし、筆者が専門にしているフランス語圏のマンガ“バンド・デシネ”でも、未邦訳ながら、パスカル・ラバテ『小川(Les petits ruisseau)』(註3)やウィリフリド・ルパーノ作&ポール・コウエ画『古ぼけたかまど(Les vieux fourneaux)』(註4)などがすぐに思い浮かぶ。
最後に未邦訳のバンド・デシネのなかから、ジドルー作、エメー・デ・ヨング画『身体の老いとともに感情もまた老化する(L’Obsolescence programmée de nos sentiments)』(註5)という割と新しい作品を紹介しよう。

『身体の老いとともに感情もまた老化する』表紙

未邦訳と言ったが、この作品の冒頭部分の邦訳をウェブ上で読むことができる。実はこの作品、昨年12月に発表された第12回日本国際漫画賞で優秀賞を受賞し、冒頭部分の試読版が公開されているのだ。ちなみに日本国際漫画賞は、日本の外務省が主催する、外国籍の作家が3年以内に制作した発表・未発表の作品を対象にしたマンガの賞で、2007年に第1回が行われてから、ほぼ毎年行われている。一般に広く知られてはおらず、海外マンガの翻訳紹介に携わる身としては多少不満がないでもないが、それでも、海外マンガと日本を橋渡しする非常に貴重な機会である。
『身体の老いとともに感情もまた老化する』のストーリーは以下の通り。
物語の舞台はフランス北部の都市ランス。かつてモデルとして活躍し、男性向け雑誌でヌードを披露したこともあるメディテラネ・ソレンザ(メディテラネは「地中海」の意)は61歳。今はチーズ屋を営んでいる。9カ月に及ぶ闘病生活を送った母親を亡くしたばかり。一方、ユリス・ヴァレンヌ(ユリスは「ユリシーズ=オデュッセウス」の意)は引っ越し業一筋で長く働いてきたが、59歳にしてある日突然会社をクビになってしまう。45歳のときに妻を亡くし、子どもはとうに独立。生活が苦しいわけではないが、何をしたらいいかわからず、急にできた時間をもてあましてしまう。そんなある日、ユリスは息子が働く病院で、メディテラネと出会う。他愛のない会話から親しくなった2人は独り者同士逢瀬を重ね、やがて結ばれる。ところが、しばらくしてメディテラネが妊娠したことが判明する。
『身体の老いとともに感情もまた老化する』と聞くと、なんだか暗い話を想像してしまうのではないかと思うが、L’Obsolescence programmée de nos sentimentsというフランス語のタイトルは、直訳すると「私たちの感情の計画的陳腐化」となる。「計画的陳腐化」とは、マーケティングの手法だそうで、新製品を投入したり、製品の寿命を人為的に短縮したりすることで、既存の製品を時代遅れにし、新製品の購買意欲を上げるものなのだとか。これはこれで使われる場面によっては若干ネガティブなニュアンスの言葉だろうが、この場合、物語の流れから判断するに、いわゆる高齢者ではないにしても、60歳前後の中高年である主人公の2人が、偶然出会ったことでお互いの気持ちを高ぶらせ、社会的な通念に逆らって前向きに人生と向かい合おうとする事態を指しているように思える。老いとともにさまざまなものを諦めなくてはいけないなどという感情は陳腐だというわけだ。60歳という年齢も何のその、ユリス(ユリシーズ=オデュッセウス)とメディテラネ(地中海)という象徴的な名前を持った2人は、これ以上ない大冒険に漕ぎ出すことになる。もちろんこんな老後だってあっていい。奇しくも冒頭で触れたタイム涼介の『セブンティウイザン』と『セブンティドリームズ』ともかぶる内容の『身体の老いとともに感情もまた老化する』は、第12回日本国際漫画賞で優秀賞を受賞したのもむべなるかなという作品である。


(脚注)
*1
2019年6月8日(土)に行われた第22回文化庁メディア芸術祭 アワードカンファレンス[マンガ部門]セッション4「人生の哀感を描く―優秀賞『夕暮れへ』」

*2
現在流通している日本語版は『DARK KNIGHT バットマン:ダークナイト』(フランク・ミラー作、クラウス・ジャンセン画、石川裕人・秋友克也訳、小学館集英社プロダクション、2009年)所収

*3
Pascal Rabaté, Les petits ruisseaux, Futuropolis, 2006

*4
Wilifrid Lupano & Paul Cauuet, Les vieux fourneaux, Dargaud, 既刊5巻, 2014-

*5
Zidrou, Aimée de Jongh, L’Obsolescence programmée de nos sentiments, Dargaud, 2018
邦題は後述の「日本国際漫画賞」サイトに従う。

※URLは2019年6月13日にリンクを確認済み

◀ 第4回