2019年4月13日(土)から9月16日(月・祝)まで、六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー(東京都港区)で展覧会「PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス」が開催中だ。作品ではなく、作品をつくるための技術とクリエイターに焦点を当てており、主催者側の「次世代のクリエイティブ人材を育成したい」というコンセプトが隅々まで伝わってくる内容になっている。
会場には映画『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013年)のキャラクターも
北米で150万人以上を動員した人気展がアジア初上陸
本展覧会はボストンサイエンスミュージアムが、映画『トイ・ストーリー』シリーズ(1995-2019年)などで知られるピクサー・アニメーション・スタジオ(以下ピクサー)との協力で開発し、2015年にアメリカで初開催された「The Science Behind Pixar」の内容をベースとしたものだ。これまでアメリカとカナダで8カ所にわたって開催され、150万人以上を動員した人気展で、アジアではこれが初開催となる。
展覧会は3Fで5分程度のオープニング映像を鑑賞するところから始まる。ピクサーの制作スタジオを見学しながら、実際のスタッフがCG制作の流れをわかりやすく説明するという内容で、映画制作の工程がつかめるとともに、参加者のモチベーションを自然と高めてくれる。その後、東京シティビューに続くエレベーターを上がると、目の前が展覧会場だ。入り口では映画『トイ・ストーリー』シリーズで活躍するバズ・ライトイヤーの大型フィギュア展示が出迎え、記念写真も撮影できる。
「PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス」紹介映像
入ってすぐ目につくのは映画『インサイド・ヘッド』(2015年)のシーンを用いた、ピクサーのストーリー&アートからレンダリングまでの制作パイプライン紹介コーナーだ。各工程を紹介するパネル展示に加えて、制作中の映像が表示され、大人から子どもまでわかりやすく理解できるように工夫されている。なかでも目を引いたのが、これらの工程が川上から川下まで流れるように進むのではなく、各工程を行き来しながら徐々に完成度を高めていくことを示したパネルだ。業界関係者なら、これがどれだけ贅沢なことか、身につまされるのではないだろうか。日本では時間や予算の都合から、この理想がなかなか実現できないからだ。
ピクサーの制作パイプラインを説明したパネル
その後、CG映画制作の詳細が「モデリング」「リギング」「サーフェイス」「セット&カメラ」「アニメーション」「シミュレーション」「ライティング」「レンダリング」の8工程で詳しく解説されていく。各工程はパネル展示に加えて、映像展示や体験型の展示を盛り込み、来館者が遊びながらCGの制作技術や原理原則を直感的に理解できるような工夫がなされていた。どれもシンプルな内容ながら、いざ説明しようとすると、難しい概念ばかりだ。その結果、本展覧会が一般の映画ファンや親子連れだけでなく、プロのCGアーティストの鑑賞に堪える内容になっていた点に、強く驚かされた。
カジュアルな外見をまとったディープな内容
実際、もし本展覧会に足を運ぶ機会があれば、展示内容だけでなく、来館者にも注目してみるといいだろう。展示内容を楽しんだり、記念写真を撮ったりしている来館者に交じって、明らかに雰囲気の違う人々がいることに気づかされるはずだ。彼ら・彼女らは集団で行動することが多い一般の来館者と異なり、たいてい単独で行動している。みな目が真剣で、パネルの内容をじっくりと見たり、ビデオを端から順番に見たり、詳細にメモを取ったりと、情報収集にいとまがない。彼ら・彼女らはプロのCGクリエイターか、その予備軍(学生)だと思われる。
CGアニメーションに携わる人たちにとっても充実した内容のようだ
展示内容で興味深かったのが、日本のCG映画・ゲーム制作との違いだ。モデリングは好例で、ピクサーではアーティストが描いたキャラクターをもとにマケット(粘土模型)がつくられ、それを3Dスキャナーでデジタライズすることでモデリングされる。これに対して日本ではマケットをつくらずに、3DCGアーティストが直接モデリングすることが多い(近年になってようやく3Dスキャナーが制作工程に入ってきたが)。早くから立体物をつくらずに、設定資料だけで作画に進むようになったのが日本のアニメの特徴で、この伝統がCG制作にも影響を与えている。
『トイ・ストーリー』シリーズのキャラクターのマケット
3Dモデルのメッシュ(3Dモデルを構成するポリゴンの集合体)とリグ(動きの点)の違いも重要なポイントだ。日本のCGアーティストからすれば、ピクサーのキャラクターモデルはメッシュの分割がシンプル(いわゆるローポリゴン)すぎるとともに、リグが多すぎるように感じられるのではないだろうか。実際、キャラクターの表情をつけるだけで1000以上のリグが存在するという展示に、筆者も驚いた。裏を返せばアニメーターがリグで細かい動きをつけやすいように、メッシュはシンプルなままに留めているというわけだ。その上で動きが固まると、メッシュが自動的に分割され、表面が滑らかな形状になる。そのためのツールやアルゴリズムは自社開発され、一般に公開されている(註1)。
これに対して日本のCG制作では一般的に、モデルはハイメッシュ(いわゆるハイポリゴン)だが、リグ数は極端に少なくなる。どちらが良い悪いというわけではなく、ピクサーのワークフローは、映像制作に向くプリレンダーCGに最適化されている。これに対して日本のCG制作は、世界に先駆けてリアルな等身のキャラクターを登場させた映画『ファイナルファンタジー』(2001年)を筆頭に、ゲーム業界からの影響も大きい。ゲームではリアルタイムにキャラクターを動かす必要があるため、リグを最小限に抑える傾向にあるのだ。こうした違いがワークフローに影響を与えているように感じられた。
CG映画をつくるのはコンピュータではなくクリエイター
展示の仕方も興味深いものだった。すべての展示で写真・ビデオの撮影(3Fのオープニング映像を除く)が許可されていたのだ。最近は写真撮影を許可する展覧会が増えているが、それでもすべての展示物が、写真だけでなくビデオ撮影も可能というのは、ほかに例がない試みだと言える。入り口のバズ・ライトイヤー以外にも、複数の写真撮影スポットが設けられており、テーマパークに遊びにいく感覚で展示を楽しむとともに、積極的にSNSなどで拡散してほしいという意図がうかがえた(考えてみればディズニーランドは一部のアトラクションをのぞけば、撮影スポットの集合体で構成されている)。日本の展覧会などでも、ぜひ見習ってほしい施策だろう。
技術だけでなく、クリエイター一人ひとりに焦点が当てられている点にも驚かされた。通常、光が当たるのは監督やプロデューサーだ。脚本家やコンセプトアートといった上流工程の人間が取り上げられることもあるが、現場のアニメーターやエンジニアに関心が向けられることは少ない。しかし本展覧会では、各コーナーで現場のクリエイターがビデオで登場し、自分はどのような人物で、どのような経歴でピクサーに入社し、何をつくっていて、どのような点に誇りを感じているのかといったことが、生の言葉で紹介されているのだ。反対に監督やプロデューサーはほとんど登場しない。この違いが意味する物は大きい。
参加者は普段は聞く機会のない制作者の声に触れられる
実際にCG映画やゲームは、誰がどのようにつくっているのか、一般の人にはなかなかわかりにくい。CGはコンピュータによって自動的につくられている、という誤解もあるほどだ。もちろん、個々の工程で自動化が進んでいるが、そうした開発環境を整えるのは人間である。つまりCGは機械ではなく、人間の力でつくられているのだ。そのことを象徴するかのように、本展覧会では「ピクサーの作品はアートと数学と科学のコラボレーションでつくられている」というメッセージが繰り返し提示されていた。これを見た子どもたちに、将来CG制作に進みたいという関心を持ってもらうことが、本展覧会の隠れた目的だと言えるだろう。
アニメーションを制作する工程を体験できるコーナーも設けられている
通常、映画の展覧会で主役となるのは作品や、撮影に用いられた小道具類だ。これに対してカメラやライトといった撮影機材や、その仕組みが解説されることは珍しい。いわんや撮影機材をつくった人が紹介される例は皆無だろう。そう考えれば、作品ではなく技術や、それをつくり出すクリエイターに焦点を当てる本展覧会の姿勢が、いかに特殊か理解できるはずだ。私見すぎるかもしれないが、これらの点からもわかるように、日本のCG・ゲーム・アニメ産業のクリエイターは本展覧会に大きな感謝を示すべきだろう。本来、我々が独自に行わなければいけないことを、彼らが肩替わりしてくれたのだから。
(脚注)
*1
参考ページ
4Gamer.net「[CEDEC 2013]なぜPixarのCG制作手法はゲームグラフィックスと違うのか? 「OpenSubdiv」セッションレポート(前編)」
https://www.4gamer.net/games/999/G999902/20130824013/
(information)
PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス
会期:2019年4月13日(土)〜9月16日(月・祝)
開場時間:10:00〜22:00(最終入場21:30)
会場:六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー
入場料:一般1,800円、高校生・大学生1,200円、4歳~中学生600円、シニア(65歳以上)1,500円
主催:東京シティビュー、NHKプロモーション
https://www.tokyocityview.com/pixar-himitsu-ten/
※URLは2019年6月5日にリンクを確認済み
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