「LLマンガ」とは、「Lättläst(スウェーデン語で「やさしく読める」の意)マンガ」のことで、障害を持つ人や外国人など一般的なマンガを読むことが困難な人を対象とした読みやすい形式で描かれたマンガのことである。2018年に出版された『障害のある人たちに向けたLLマンガへの招待 はたして「マンガはわかりやすい」のか』(吉村和真・藤澤和子・都留泰作編著、樹村房、2018年。以下『LLマンガへの招待』)では、LLマンガを実際につくるための前提となる議論や調査、実際にLLマンガを制作するためのガイドラインがまとめられ、それに基づいてつくられたマンガ作品が収録されている。LLマンガを追求するなかで、マンガ表現の根幹についても考えることになったと述べる編著者の一人、吉村和真氏(京都精華大学マンガ学部教授)に、マンガ研究との関わりについて語っていただいた。

吉村和真・藤澤和子・都留泰作編著『障害のある人たちに向けたLLマンガへの招待 はたして「マンガはわかりやすい」のか』(樹村房、2018年)表紙

北欧を中心として海外には「LLブック」というものが存在しています。これらは、知的障害や自閉症、読み書き障害などの障害者や高齢者、外国人など、一般の書籍を読むことが難しい人たちに、読書の楽しみや必要な情報を提供するために、読みやすく書かれた本です。この度、「LLブック」の発展形ともいえる「LLマンガ」に挑戦することになった経緯を、吉村さんのこれまでの研究活動や問題関心との関連から教えてください。

吉村氏(以下、敬称略):動機そのものは、LLブックを研究しており障害者教育がご専門の藤澤和子先生(大和大学保健医療学部教授)から打診があり、LLブックのマンガ版をつくれないかとお話をいただいたのがきっかけでした。LLブックを読んでいる方々のなかには、日本のマンガが好きな人が多くいらっしゃる。LLブックは現在主に海外で出版されたものを翻訳したものが多いのですが、まだまだ多様なテーマや種類があるというわけではありません。
日本のLLブックの読者から、もっと大人向けの読み物を読みたいという声が上がっているということを藤澤先生から伺いました。わかりやすく読める本、といえば子どもが読むものに限定されていたりして、内容としては大人向けの読み物を見つけるのが難しいというのが現状です。また、子どもっぽいテーマではないけど、障害者でも読める本というのもあまりない。対して、障害のある人のなかには、『ドラゴンボール』や『ドラえもん』などのマンガを好きな方が多くいらっしゃるとのことでした。しかし、その先の大人向けの読書体験も求めたい。日本のマンガは大人向けの読み物として定着しており、多様なテーマやニーズのものがあります。一からLLマンガとしてつくり上げるというより、そういった題材を扱っているマンガがせっかくたくさんあるのだから、それらをベースにしたLLマンガというものがつくれるのではないかと考えました。

スウェーデンのLLマンガ
『今からセックスストライキだ』(Johan Werkmäster, Kristina Abelli-Elander, Eva Ede, Sexstrejk nu! Sa Lysistrate, LL-förlaget, 2009)表紙
『今からセックスストライキだ』より抜粋(p. 18)
スウェーデンのLLマンガ
『黒猫』(Edgar Allan Poe, Anneli Furumark, Fabian Göransson, Johanna Hellgren, Ola Skogäng, Den svarta katten, LL-förlaget, 2003)表紙
『黒猫』より抜粋(pp. 18-19)

これからのLLマンガというのは、マニュアル的、学習マンガ的な本よりも、もう少し文学寄りのものになりますね。

吉村:障害者向けのものに関してはそうです。もう少し言えば、文学というよりも、大人向けの恋愛や性を扱ったものになります。性表現は大人向けマンガには多く登場しますが、障害者向けの読み物となるとそういう部分を扱ったものが少ない。だからそのあたりをちゃんと描いた作品を求める読み手側のニーズもあります。なので、本書では「赤いハイヒール」と「はだか男」という2作品を実験的にLLマンガ化しました(註1)。「赤いハイヒール」ではキスシーンがありますし、女性としてのこころの成長も描かれている。「はだか男」は老人同士の恋の話ですね。これは、あえてそういう作品を選んでいるわけです。実際にこの2作はLLブックとしてはとても人気があるそうです。「赤いハイヒール」は日本語に訳されて出版されていますが、「はだか男」はされていません。まずはこうしたLLブックとして発表されているものをLLマンガ化してみようと考えました。

日本語に翻訳されたLLブック
左:『山頂にむかって』(スティーナ・アンデション文、エバ・ベーンリード写真、藤澤和子監修、寺尾三郎訳、愛育社、2002年)表紙
右:『赤いハイヒール〜ある愛のものがたり〜』(ビョーン・アーベリン写真、ロッタ・ソールセン文、中村冬美訳、日本障害者リハビリテーション教会、2006年)表紙。『LLマンガへの招待』巻末に掲載されているマンガ「赤いハイヒール」の原作

実際の現場のニーズを出発点に始まったプロジェクトということですね。

吉村:一言に「障害」といっても、知的障害や身体障害、言語障害、自閉症などいろいろな障害があると思いますが、身体的な障害についてのバリアフリーについては、車いすや点字ブロックなどの形で目に見えるものですし、ある程度一般的になってきているところがあると思います。しかし、一見すると普通の人と変わらないように見える障害については、なかなかわかりづらいのでバリアフリー化が遅れている部分があると思います。読書活動などはその一つですよね。

実際にLLマンガをつくってみようというとき、どこから着手されましたか。

吉村:まず、障害のある人にとって「読みやすいマンガ」って何だろう、という話になりました。障害者の体験は私たちが追体験することができないので、アンケートを取って調査をするなどしなければならなかったのですが、そもそも本質的な問題として「わかりやすいマンガ」というのはどういうものなのか、ということを理論的に考えるのが難しかったです。なぜかというと、一般的な人々のなかに「マンガはわかりやすいものだ」という前提があるからです。例えば学習マンガとか実用マンガのようなものは、マンガにすればわかりやすくなるという前提の下でつくられています。でも、それらの本を障害者が読んだとしても、知識や論理の解読以前に、マンガに込められた表現自体がわかりにくい部分があるのです。では、どこがわからないのか、という当事者の方々の声を集めていくという作業が発生するわけですが、一方で、そもそもマンガの表現として「わかりやすい/わかりにくい」という概念を持ち込んだときに、コマ割りなのか、言葉なのか、絵の解釈のことなのか、どのレベルのことなのかを考えていく必要が出てきます。そのための分析方法として、既存のマンガ表現論を応用できるな、というのがわかってきました。実際にアンケートなどを通じて障害者の方々の動向を把握する専門分野と、マンガ研究の先行研究を理論的に組み合わせながら、LLマンガとはどのようなもので、どうあるべきかということを、共同研究会で意見を重ねていったというわけです。

吉村和真氏

そうした議論のなかで難しいと思われる点が、当然ながら「障害」と一口に言ってもさまざまな障害があって、知的障害のなかにも軽度や中度、重度がある。発達障害のなかにも何に対する障害かという違いがある。文章がわかりにくいのか、コマに対する理解が難しいのかなど、マンガのどこでつまずくかということは人それぞれ違うわけですよね。『LLマンガへの招待』では、障害のある方だけではなく、これから増えていくかもしれない移民を含めた外国人の方についても触れられていて、そうなった場合、それぞれ異なるLLマンガを制作する必要がありそうです。

吉村:そうですね。結論から先に言えば、LLマンガというジャンルの提示の仕方として、複数の表現で描かれたものを一冊の本に同時収録して読み手が表現形を選ぶというのが理想的ではないかと考えています。実際、結果的にではありますが、本書も巻末に実験的に制作した複数の表現形式によるバージョンを載せています。

巻末に掲載された「赤いハイヒール」。レベルの異なる表現方法によって制作されたマンガが収録されている
左:「赤いハイヒール」Ver.1.1 四コママンガタイプ(『LLマンガへの招待』、p. 15)
右:「赤いハイヒール」Ver.1.2 ストーリーマンガタイプ(『LLマンガへの招待』、p. 33)
「赤いハイヒール」と同様に巻末に収録された「はだか男」
左:「はだか男」ストーリーマンガタイプ(難)(『LLマンガへの招待』、p. 60)
右:「はだか男」ストーリーマンガタイプ(易)(『LLマンガへの招待』、p. 68)

吉村:既存のマンガというのは、ある一定のレベルのマンガリテラシー(註2)を持っているということを前提に描かれています。しかし、障害者を読者対象とする場合は、それぞれ障害の重さが異なるので、つまずくポイントが異なってくる。障害のありかたによって四コマ形式が読みやすい人と、ストーリー形式が読みやすい人がいるだろうし、普通のマンガに近づけていったほうが読みやすい人もいれば、それでは全然わからない、という人もいる。LLマンガにおいては、ひとつの物語をマンガ化する際に複数の形式で出していくというのが理想というか、とても重要なのではないかと思います。今後、LLマンガを実際に出版する場合、さまざまな表現形式、例えば四コマ形式のものや、ストーリー形式のなかでも少女マンガのような重層的なコマ割りを使用したもの、シンプルなコマ割りのもの、漫符(註3)などを使わないものなど、異なる表現方法のものを同時に載せるということを想定しています。読み手側がどれを読むか選ぶことができるからです。巻末に載せているマンガたちは、ただ羅列しているだけではなく、どれかひとつに絞らないで、同時に載せるということの意義を実例として示しているわけです。

その試みは非常に興味深いですね。一冊の本に、さまざまな形式を載せるというのは新しい試みなのではないでしょうか。

吉村:そうです。本書のp. 97に、「LLマンガのレベル分け」という四象限の図がありますが、これはマンガの読書経験の多い・少ないと障害の程度が重い・軽いで区分してあります。レベル1はマンガ初心者で障害の度合いが大きい人を指し、レベル4はマンガの読書経験が多く障害の度合いが軽度の人を意味します。もちろんこの図の区分けに沿って読書体験がきれいに分けられるわけではなく、それぞれ異なるレベル向けに描かれた表現のものをおもしろいと感じる場合もあります。この表現がすべての障害者にとって読みやすい表現だ、というひとつの形式を決めるのではなく、自分で読みやすいものをそれぞれに選んでくださいという姿勢を示しています。

「LLマンガのレベル分け」(『LLマンガへの招待』p. 97) ※図中の「傷害」は「障害」の誤り

LLマンガを読んでいく過程で、例えば最初レベル1だった方が、LLマンガを読んでいくうちにマンガリテラシーが高まり、レベルが上のマンガを読んでいくということも考えられますか。

吉村:それも考えられるのですが、ここで注意したいのが、私たちは学習していくことが積みあがっていくと考えており、リテラシーが身体化されていくわけですが、障害者の方は必ずしもそうではなく、いつも同じところでつまずいたり、こだわったりしてしまう場合があります。だから、すべてのLLマンガにおいてレベル1のものをつくっていく必要がある。その方たちがどこでつまずくかは規則的であるわけでもなく、また、人とうまく会話することができない方などはその声を直接聞くことも容易ではありません。トレーナーさんたちと推測の下で判断していかなければならない場合もあり、障害者の方たちがどうやってマンガを読むのか、あるいは読めないのかについて、きちんと分析していくのは本当に難しかったです。しかも実験の段階では、読んでもらうマンガはまだ製本された状態ではなく1ページずつバラバラになっている状態なので、物質的な要素としても単行本化されたマンガの読書体験とは異なるわけです。

マンガ研究の視点からお伺いさせていただきたいのですが、本書の帯に「マンガ表現論の新展開」とありますが、LLマンガを追求するなかで、マンガ表現論の視点からどのようなことが新しく見えてきましたか。

吉村:一人の読者として障害のある方と向き合ってみると、その人がどうやってマンガを読んでいるか、つまずいているかを深く考えていくことになる。それは、マンガの多様な表現を、描き手の側からではなく、読み手の側から考えていくことであり、これまでほとんど気に留めていなかった要素がこんなにあるのだな、ということがよくわかりました。「マンガとは何か」という本質的な問題を、健常者である読者の目線から分析する部分と、マンガを読めないかもしれない読者、本書で提示した概念でいえば、障害者だけではなく、マンガを読んだことがない「非〈マンガ読者〉」やマンガを読みたくても能力的に読むことが困難である「半〈マンガ読者〉」(『LLマンガへの招待』pp. 26-28)の目線から、相対化された視点でマンガ表現論を見直すということにもつながりました。文字通り多角的にマンガ表現論を見直し、それを読者へつなぐための応用を図ったということです。

もう少し具体的に、マンガ表現のどういった部分について、特に目を向けましたか。

吉村:本書の最後に、LLマンガ制作のガイドラインとしてまとめたところに反映されているのですが、特に私たちが気にした要素の一つが、「略画表現」ですね。マンガ特有のデフォルメや誇張表現と呼ばれるもので、例えば、原型は7等身だった登場人物がいきなり2等身に変わる表現などもありますよね。こうしたものは、一般的なマンガリテラシーを身に付けていれば暗黙の了解で楽しめますが、そうでない場合はそれを瞬時に同一人物として把握するのは難しくなってしまうわけです。そのような意味において、マンガの本質的な部分にも関わってくるのです。

このガイドラインに、「原則的に「マンガ的記号表現」を用いないこと、「コマ割り・コマ運び」のルールを順守することなどマンガの約束事を、知的障害者にとって、より優しく設定することを基本とします。」(『LLマンガへの招待』、p. 88.)とありますが、これはマンガ表現史的に考えれば、より多様化、複雑化していった漫符や効果線等を排除して、コマ割りの複雑さも簡易にしていくという、マンガ表現を解体していくような作業にも感じられます。比喩表現などについても言及されており、こうしたガイドラインを突き詰めていくと、結局はすごくシンプルな図みたいなものになるのかなと感じたのですが、それは一般のマンガ読者からすれば違和感があり、読みづらいものになるのではないでしょうか。

吉村:その感想は正しいと思います。なぜなら、LLマンガは、場面転換や時系列などをきちんと説明するための「のりしろ」が多く、一般的なマンガ読者が読めば間延びしたように感じてしまうでしょう。そもそも読者としての宛先が違うわけです。しかしこの「のりしろ」は、LLマンガの制作に慣れてくると、この部分にこんなコマを入れたほうがいい、というのがわかってきます。むしろ難しいのはデフォルメとか、漫符の使用を控えるといった点です。なぜなら、これらは描き手からすればほとんど無自覚のうちに身に付いた技法なので、意識的に相対化するのがとても大変だったようです。

デフォルメや漫符が使えないとなると、表現の根幹に関わりますよね。描き手にとって自然と身についているものでしょうから。

吉村:そうです。マンガを描くという作業は理論的というより、感性的な行為に近いものなので、漫符を控えるとか削るという作業は、漫画家にとってはやろうと思ってもなかなか自在にできないとのことでした。
逆に読者の目線から考えるうえで、例えば、本書の巻末に収録されている「はだか男」の四コママンガタイプの「難」(一般的なマンガ表現を一部取り入れたもの)のマンガのなかに、はだかの男性が自分の部屋から締め出される場面があります(下図、「はだか男」四コママンガタイプ(難))。ところが、この表現だけでは、彼が部屋の外にいるのか中にいるのかがわからないという意見があることが、実験の結果から得られました。ですので、もうひとつのバージョン(筆者註:LLマンガのガイドラインに忠実な描き方のもの)と比較するとわかりやすいのですが、そちらはドアが閉まっていくという場面が描かれています(下図、「はだか男」四コママンガタイプ(易))。
というわけで、誤解を招くと思われる漫符や略画表現に注意を払わなければなりませんが、といってマンガ表現を何も使わなければ当然ながらマンガにならないので、その塩梅が重要になるのです。私たちがいつの間にか身に付けたマンガリテラシーを自覚的かつ論理的に相対化しながら、「半〈マンガ読者〉」の人たちの読書行為を想像する、この二つの作業を並行して行わなければならないというのが難しかったです。

「はだか男」四コママンガタイプ(難)(『LLマンガへの招待』、p. 43)
「はだか男」四コママンガタイプ(易)(『LLマンガへの招待』、p. 51)

まだ現段階ではLLマンガの出版は実現されていませんが、今後の出版予定や展望をお聞かせください。

吉村:今回提示したガイドラインを踏まえて、新しいLLマンガをつくっていきたいですね。まずは、今回と同様にLLブックのLLマンガ化に着手するというのが考えられます。今後の展望としては、障害者向けにいろんなジャンルのLLマンガをつくっていくということと、この方法を応用して、障害者だけではなく、外国人やお年寄りなどマンガを読み慣れていない方に向けての、LLマンガの拡張ということも考えています。まだ決定ではありませんが、本書の帯を書いてくださった竹宮惠子先生と、『ギガタウン 漫符図譜』(朝日新聞出版、2018年)で漫符表現について関心を持たれたこうの史代先生が、そのうち時間が許せばLLマンガを描いてみたいとおっしゃってくれています。その場合は、既存のLLブックのLLマンガ化ではなく、まったく新しい作品をつくっていくことになりそうで、私自身とても楽しみです。

LLマンガの出版に際して課題となることは。

吉村:課題は、LLマンガの読み手が一般化されていないというか、障害者向けのものであれば障害者に読み手を限定するので、発行部数だけでいえば商業的に成功することが難しいということです。要するにLLマンガでは稼げない。だから原稿料ひとつ考えてみても、作家にお願いするには商業出版とは異なるルートを確立しないと、回らないわけです。

公的な資金を活用するとか、障害者施設に置いてもらうようにするとか、何らかの方法が必要ですね。需要自体はあると思いますが、LLマンガを必要とする方々に行きわたるかどうか、流通ルートがどうなるかという課題がありそうですね。

吉村:LLマンガを図書館に入れてもらって活用してもらうということは、企画段階から考えていました。竹宮先生が帯で「万人が本当にやさしく読めるマンガを求めて」という推薦文を書いてくれましたが、「万人」というのは、画一的な意味でのたくさんの人というよりも、多様な読者層のことを含意しているのです。いわばそれぞれ身に付けたマンガリテラシーが凸凹している多様な人たちに向けてマンガを活用していくという、新たな研究になればいいなと。そういう想いで、やはり本書の帯に「『マンガ表現論』の新展開」という言葉を掲載しました。

マンガ自体が商業的、市場経済において成り立っているということがあると思いますが、ここまで普及して文化になっている現在、公共の観点から、さまざまなハンデを抱えた方やマイノリティの方に向けてつくっていこうという態度が重要だなと感じました。

吉村:もちろん商品になることが悪いわけではなく、商品として成立することを前提にこれまでのマンガは出版されてきたわけです。少しくどい形で言い換えれば、これまでのマンガは、一般的なマンガリテラシーをもったマンガ読者を前提につくられてきたわけです。これに対して、私たちは本書で、一般的なマンガリテラシーを持っていない「非〈マンガ読者〉」あるいは「半〈マンガ読者〉」に向けたマンガのあり方を研究しているのです。しかも今後は、障害のある方だけでなく海外から来た方、お年寄りの方など、多様な読者を含んでいくことになりそうです。
それに、将来は日本の若者のマンガリテラシーがどうなるかもわかりませんよ。これだけインターネットをはじめとするメディア環境が変化していくなかで、マンガリテラシーも変化していくはずです。例えば、1970年代と現在とでは、身に付けたマンガリテラシーの内実が異なるはずです。
マンガは最初から「わかりやすい」あるいは「おもしろい」ものとして存在しているわけではありません。それを「わかりやすい」とか「むずかしい」と感じるのは、そのマンガを実際に目にした読者たちです。そういう意味で、描き手の側からではなく、読み手の側から考えてみること、さらに、読み手とその時代や社会の繋がりを考えてみること、そのためにこのLLマンガの研究や制作は役立ちますし、このLLマンガの研究のために、これまで培われてきた先行するマンガ表現論がいろんな観点で応用できると考えています。
LLマンガ研究会を始めたときにはそこまで深く考えてなかったのですが、結果的に今の時代に必要なテーマだということに気付きました。ともすれば、マンガ研究とは、マンガについて理解や関心のある人達だけに向けられた閉じた印象をもたれがちですが、これだけ国内外で人気を博し、読者がいるのですから、当然、さまざまな時代や場所に繋がっていける可能性を持っています。決しておおげさでなく、今後の世界を変革していくうえで有効な研究領域として、応用・参照されるということが増えると思います。

すごく広がりのあるテーマで、多様化する人々のリテラシーを背景にした社会にとっても必要な視点であると感じました。どうもありがとうございました。


(脚注)
*1
「赤いハイヒール」都留泰作執筆、岩澤亜希編集(『LLマンガへの招待』、pp. 5-37)
「はだか男」松井仁美執筆、岩澤亜希編集(『LLマンガへの招待』、pp. 39-73)

*2
マンガを読む能力のこと

*3
感情や感覚を視覚化した、マンガ特有の符号のこと