医療分野にマンガの手法を導入する研究領域「グラフィック・メディスン」は、情報共有、伝達のバリアフリー化という活用法のみならず、多様な「個」に目を向け、領域横断的、学際的な交流を目指すプラットフォームモデルでもある。対象、表現において多様な発展を遂げてきた日本の「医療マンガ」は応用可能性が高いのではないか。第2回では、さらに詳しくジャンルとしての医療マンガを分析していく。

『淋しいのはアンタだけじゃない』表紙

「グラフィック・メディスン」の概念を「医療マンガ」ジャンル史に応用する

「グラフィック・メディスン」は医学、病い、障がい、ケア(提供する側および提供される側)をめぐる包括的な概念であり、数量化による捉え方が進むなかでこぼれ落ちてしまいかねない層に目を向け、臨床の現場からグラフィック・アートまでをつなぐ交流の場をつくり上げる取り組みである。現在、それぞれの専門領域は個々に進展していながらも、ほかの領域の状況が見えにくくなっている。さまざまな領域が横断するプラットフォームを形成し、それぞれが自分の声を見つける成長共同体を目指す姿勢にこそ、21世紀型学術交流のあり方として、グラフィック・メディスンが提唱するモデルの可能性がある。

こうした動向を参照しながら、医療をめぐる日本のマンガのジャンルをどのように捉えることができるだろうか。「医療マンガ」と一口にいっても、「ストーリーマンガ」における個々の作品での医療の扱い方はさまざまであり、「エッセイマンガ」の領域もまた、患者、家族、医療従事者の視点による体験記から、取材に基づいたノンフィクションとしての作品まで多岐にわたる。4コマを軸にした病院を舞台にする「ギャグマンガ」もあれば、啓蒙的な目的を持つ「解説マンガ」の系譜もあり、マンガを医療現場で応用する取り組みもある(註1)。さらに近年では、精神疾患などの特定の症例を扱った作品、医療従事者の視点による「回想録(グラフィック・メモワール)」、複数の視点や証言を織り交ぜたドキュメンタリーの手法を導入した作品の傾向なども目立った動きを示している。

ジャンルとして医療マンガを捉える際の尺度として、医療をめぐる舞台設定や描写を通して広義の「生存権」をめぐる問いが鍵となるだろう。これは英語圏のグラフィック・メディスンとも通底する問題意識となるものだ。

「健康と病気をマンガで表現するたくさんの方法を探求することで『客観的』な症例研究を阻止」することを目指す。「マンガはしばしば文化的変革と関連するので、病いとヘルスケアのタブーないし禁じられた領域を探求するのに理想的」である。――『グラフィック・メディスン・マニフェスト マンガで医療が変わる』(北大路書房、2019年、註2)にて提起されているように、数量化の背後で見えにくくなってしまっている「個」に目を向け、個の生をめぐる問題を幅広く社会に投げかけるうえでマンガ表現のメディアとしての特質とその文化的なあり方が有効となる。

また、現代は「マス(多)」から「細分化」の時代に移行してきている。医療マンガにおいても、高度に多様化する医療現場のそれぞれの職能に対する注目や、個々の症例・体験・視点に対する注目など細分化の傾向が現在の潮流の根幹にある。医療従事者と、当事者となる患者(と家族)、世論としての社会や医療行政などのコミュニケーション不足や分断をつなぐ可能性に対する期待もますます高まっている。

さらに、医療にまつわるモチーフがどのようにマンガ文化の発展に貢献してきたのかをめぐる観点にも目を配りたい。利権に与せず孤高を貫く「スーパー外科医」や、おっちょこちょいではあるけれども懸命に仕事に取り組む「スーパー看護師」などの類型的なキャラクターの系譜は、特定の読者層に向けられた雑誌文化のなかで発展を遂げてきた。さらに現在では綿密な取材や医療監修に基づく作品、分業制による制作が主流を成している。医療マンガ史を展望することにより媒体や制作体制にまつわる出版文化史の側面も浮かび上がってくる。あるいは、ギャグやコメディ、人情もの、社会派ヒューマンドラマ、サスペンスに至るまで複数のジャンルの交錯もあり、医療マンガの範疇に括られる作品であっても、その目的や傾向もさまざまである。ストーリーマンガだけでなくエッセイマンガに関しても、医療従事者、患者およびその家族の視点、医療に関する勤務体験から闘病記など自伝的傾向による作品から、ルポルタージュ、ドキュメンタリーの要素を強調した作品まで、手法も味わいも作品ごとに異なるものである。医療マンガとしてジャンルを歴史的に展望し、その幅広さを概観することによりマンガ文化に新たな光を当てることができるにちがいない。

高度化する医療と「医療マンガ」の多様な発展

この10年ほどの医療をめぐるマンガに目を向けてみると、多様な立場の医療従事者にまつわる物語が目立つ。

それぞれの病棟を舞台にした物語は従来から数多く描かれてきた。例えば、『真夜中のこじか』(原作:北原雅紀、漫画:あおきてつお、2011~2013年、「ビッグコミックオリジナル」連載)では夜間における小児医療が主題となっている。少子化による患者数の減少や医療過誤訴訟の事例などを反映した小児医療を取り巻くさまざまな問題が提起されている。さらに、子どもたちの姿を通して育児放棄や虐待、無保険状態など現代社会の問題も見えてくる。それまであまり光が当たることがなかった領域としては、病理医に焦点を当てた『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』(原作:草水敏、漫画:恵三朗、2014年~、「月刊アフタヌーン」連載)や、麻酔科医を主人公にした『麻酔科医ハナ』(なかお白亜、監修:松本克平、2007年~、「漫画アクション」連載)などを挙げることができる。病理医も麻酔科医も医療現場において重要な役割を担いながらも従来の物語では脇役での扱いにならざるをえない存在でもあった。領域横断的な部署を軸に据えた物語を通して、チーム医療のあり方の理想と現実が浮かび上がってくる。

『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』第1巻表紙

さらに周辺領域の専門性に対する関心も高まっている。病院薬剤師を描く『アンサングシンデレラ 病院薬剤師 葵みどり』(荒井ママレ、医療原案:富野浩充、2018年~、「月刊コミックゼノン」連載)、および、小児科門前処方箋薬局勤務薬剤師を主人公にした『薬屋りかちゃん』(新井葉月、2006~2008年、「コミックハイ!」連載)のように、同じ薬剤師であっても病院内か薬局かによって役割の違いも見えてくる。管理栄養士を主題にした作品も複数現れており、『ホスピめし みんなのごはん』(野崎ふみこ、2011~2012年、「Jour すてきな主婦たち」連載)、『エーヨーヒーロー』(原作:真実イチロ、漫画:宮越和草、2014~2017年、「月刊YOU」連載)がある。医療ソーシャルワーカーを主人公にした異色のミステリドラマ『相談室の星 医療ソーシャルワーカーの日誌より』(坂口みく、2013~2014年、「Jour すてきな主婦たち」連載)などもある。入院などによって当事者の患者になったとしても、こうした専門職に従事する人々が実際にどのような働きをして、周辺領域も含めたチームとしての医療が成り立っているのかは見えにくいものであろう。こうした舞台裏に光を当てた物語が近年の医療マンガの隆盛を支えている。

あるいは、訪問看護を扱った『ナイチンゲールの市街戦』(原作:鈴木洋史、漫画:東裏友希、2014~2015年、「月刊!スピリッツ」連載)や、在宅医療(介護)を主題にした『うちのセンセイ』(花塚由、2014~2015年、「BE・LOVE」連載)、47歳の時に看護師学校に入学した主人公の視点で訪問看護における看護師の役割を考える『ナースのチカラ 私たちにできること訪問看護物語』(広田奈都美、2019年~、「フォアミセス」連載)などはこれからの医療のあり方について、物語を通して身近な問題として考える機会をもたらしてくれる。

こうしたさまざまな医療専門職を扱う物語は、多彩な職業の裏側を知ることができる「お仕事マンガ」と称される枠組みからの関心も高く、テレビドラマ化されている作品も多い。高度に専門化している医療現場を反映し、医療マンガも細分化が進んでいるところに現在の潮流を見ることができる。

「グラフィック・ドキュメンタリー」の可能性――医療を視覚化する試み

取材に基づくノンフィクションとしての、いわば、「グラフィック・ドキュメンタリー」の手法も特筆すべき動きが現れている。

吉本浩二『淋しいのはアンタだけじゃない』(2016~2017年、「ビッグコミックスペリオール」連載)は、聴覚障がいをめぐり、医療の専門家、聴覚障がいの当事者などに取材をした成果をマンガで探求した試みである。もともとは「佐村河内守事件」と称される聴覚障がいの偽装疑いと代作をめぐる騒動に着想を得て、実際に佐村河内守氏本人にインタビューを試みる過程から始まった企画であった。作者は『ブラック・ジャック創作秘話 手塚治虫の仕事場から』(原作:宮﨑克、2009~2014年、「週刊少年チャンピオン」「別冊少年チャンピオン」連載)や、『さんてつ 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録』(2011~2012年、「月刊コミック@バンチ」連載)な、綿密な取材に基づくルポルタージュの手法ですでに高い評価を得ていた。そうした先行作とも大きく異なるのは、取材者である作者自身をも作中で描き込むドキュメンタリーの手法に自覚的であることである。当初の取材対象者であった佐村河内氏との関係性も連載の過程で大きく変容していくことになる。

この作品の医療をめぐるマンガ表現の例として、医療の教科書を想起させるような耳や脳の断面図を用いて「耳鳴り」の仕組みが解説されている箇所を見てみよう。

『淋しいのはアンタだけじゃない』第1巻、57ページ

医療の専門家および症状に苦しむ人々の取材を踏まえ、「頭蓋骨を外し、むき出しになった脳を鳥の羽で軽くなでられている感覚」を視覚で表現している場面は、レトリック(例え)と感覚を織り交ぜることにより、取材者である作者もまた未知の領域である「難聴」や聴覚障がいが当事者にとってどのように実感されているのかを模索しながら探究している。また、マンガは音声をそのまま表現することはできないメディアであるが、言葉や文字を歪める仕掛けによって難聴を視覚的に表現している。

『淋しいのはアンタだけじゃない』第3巻、34ページ

作家によって手法や趣向の個性が現れるのもこの分野の醍醐味であろう。田中圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA、2017年)は、作者自身のうつ病とそこからの快復体験を踏まえ、さまざまな著名人のうつ病体験をルポルタージュ形式でまとめた異色のドキュメンタリー作品に位置づけられる。マンガによる擬人化表現などを用いユーモアを交えて、うつ病を表現している点に特色がある。

英語圏においても、『グラフィック・メディスン・マニフェスト(Graphic Medicine Manifesto)』(Penn State University Press、2015年)の著者の1人でありグラフィック・メディスン学会の中心メンバーであるMK・サーウィックによる『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語(Taking Turns: Stories from HIV/AIDS Care Unit 371)』(Penn State University Press、2017年)は、エイズケア病棟での著者自身による看護師勤務経験(1994~2000年)に基づく回顧録(グラフィック・メモワール)であり、さらにオーラル・ヒストリーとしてさまざまな関係者の証言を織り交ぜて制作されたグラフィック・ドキュメンタリーの成果となっている。視点人物である取材者が読者を導く役割を担うことで読みやすさが強調されている『寂しいのはアンタだけじゃない』や『うつヌケ』に比して、『テイキング・ターンズ』は淡々とした筆致に特徴がある。海外の傾向との比較考察もこれから期待される研究領域である。 

Taking Turns: Stories from HIV/AIDS Care Unit 371』表紙

このように、描き手も作中で「客体化」されるところに映像ドキュメンタリーとの差異化が最も顕著に現れており、グラフィック・ドキュメンタリーはドキュメンタリー全般をめぐる関心のなかでも注目されていくことになるであろう。医療マンガにおいても「当事者」と「読者」を繋ぐ可能性に満ちた領域である。

「闘病エッセイマンガ」の多様な発展――マンガで症例を描く

「闘病エッセイマンガ」というサブジャンルも隆盛している。すでに別の分野で活躍していたマンガ家が疾病を経て体験記を著す場合もあれば、闘病体験記がマンガ家としての代表作となる場合もある。マンガを熱心に読む層のみならず、一般向け読者層に開かれている点にこの領域の特色がある。藤河るり『元気になるシカ! アラフォーひとり暮らし、告知されました』(KADOKAWA、2016年)は、「BL(ボーイズラブ)」と称されるジャンルで活動を展開している商業マンガ家による闘病体験をまとめたエッセイマンガである。ウェブ上のブログ(「治療日記 元気になるシカ!」)に無料公開されていたものを軸に、単行本化の際に担当医による医療監修を踏まえたコラムなどを含めて加筆、再構成がなされている。このようにウェブやSNSを初出とする作品も多くなってきている。

同作は、2013年夏、作者自身が海外旅行出発直前に空港で倒れ卵巣嚢腫が発見されて以降、悪性の癌の疑いから検査・手術を経て抗癌剤治療に挑むことになる闘病の日々が主として4コママンガの形式で綴られる。健康体であったはずの日常が急転し、子宮摘出の決断を迫られるまでの激動の展開を語り手がどのように受け入れ、新しい日常をいかにして迎え入れていくかを、実際の医療行程に加え心理面に至るまで丹念に描いている。患者の視点、家族や友人、ほかの患者との接し方など、医師や医療従事者の視点を交えながら入院・闘病生活の様子を細密にたどり、闘病中のちょっとした気づきや不安、感慨がユーモア混じりに描かれている点に特色がある。焦らず自分のペースで前向きに人生を歩んでいこうとする主人公の姿勢は、病気を抱えている読者およびその家族のみならず、そうでない読者にとっても励みになりうるものであろう。

続編となる『元気になるシカ!2 ひとり暮らし闘病中、仕事復帰しました』(KADOKAWA、2018年)では、抗癌剤治療直後の体の変化とそれに伴う戸惑い、日常復帰から仕事復帰まで、術後5年を経てからの回想と現状に焦点が当てられている。思うように快復が進まない不安や仕事に対する焦りなど、「さらに続いていく新しい日常」をめぐる主題は、じつはあまり取りあげられることがなかった視点でもあり闘病エッセイマンガの新たな方向性を差し示している。ゆるキャラのようなシカの自画像を用い、抗癌剤の副作用で毛髪が抜けてしまう様子をツノが抜けた描写で表現するなど(元気な時はツノがある設定)、マンガ表現を通して女性の病気という繊細な領域を親しみやすい形で幅広い読者に届けている。一般論に収まりきらない「個」の物語を求める流れが「闘病エッセイマンガ」の隆盛を支えているなかで『元気になるシカ!』はその代表例となるものだ。

『元気になるシカ!2 ひとり暮らし闘病中、仕事復帰しました』20ページ

医療マンガは現在なおも多様に発展を遂げている。この潮流を歴史的に展望することで、マンガの社会的な機能およびメディアの特質も見えてくる。医療崩壊の懸念が高まるコロナ禍の現在、グラフィック・メディスンの観点から医療マンガジャンルのあり方を探ることにより医療を私たち自身の問題として捉える視座を得ることができるだろう。


(脚注)
*1
さらに広義の医療をめぐるマンガの応用例として、スウェーデンにおける知的障がいがある人や外国人向けに読みやすい工夫を凝らした「LLブック」(スウェーデン語で「やさしく読める」の意)をマンガで応用する「LLマンガ」の取り組みがある。吉村和真・藤澤和子・都留泰作編著『障害のある人たちに向けたLLマンガへの招待 はたして「マンガはわかりやすい」のか』(樹村房、2018年)は、海外の動向を日本のマンガ文化を取り巻く土壌のなかに応用する可能性を探る格好の例を示している。詳細は、マンガ研究者、竹内美帆氏によるインタビュー記事「LLマンガとは?――マンガ研究者吉村和真氏に聞く」(メディア芸術カレントコンテンツ、2019年10月8日付)を参照されたい。

*2
『グラフィック・メディスン・マニフェスト マンガで医療が変わる』および原書の『グラフィック・メディスン・マニフェスト(Graphic Medicine Manifesto)』については、第1回で詳しく説明している。

※URLは2020年10月1日にリンクを確認済み