宝塚歌劇団は『ベルサイユのばら』や『花より男子』など数々の少女マンガを舞台化してきた。さらに、少女マンガだけでなく『るろうに剣心』や『ルパン三世』などの少年・青年マンガや『逆転裁判』や『戦国BASARA』といったゲームを舞台化したものなど、驚くほど多彩なラインナップを展開している。後編では、確固たる伝統と様式に基づきながらさまざまなジャンルを自在に取り入れる宝塚の革新性とその魅力について考察する。

2015年雪組公演『ルパン三世』キービジュアル

華麗なる宝塚版『ルパン三世』『るろうに剣心』

宝塚は少女マンガだけでなく、数は少ないものの少年・青年マンガを原作とした舞台作品も上演してきた。前編で紹介したように少女マンガと宝塚の親和性は非常に高く、少女マンガの世界観が宝塚の舞台で見事に再現された作品もあった。では、少年・青年マンガなど、宝塚での舞台化を想像することが難しいような作品にも宝塚が挑んできたのはなぜだろうか。次に挙げるのは少年・青年マンガを舞台化した宝塚の公演リストである(註1)。

公演名* 公演年 原作名 原作者
ブラック・ジャック 危険な賭け 1994 ブラック・ジャック 手塚治虫
火の鳥(註2 1994 火の鳥 手塚治虫
猛き黄金の国 2001 猛き黄金の国 本宮ひろ志
JIN-仁- 2012、
2013
JIN-仁- 村上もとか
ブラック・ジャック 2013 ブラック・ジャック 手塚治虫
ルパン三世 2015 ルパン三世 モンキー・パンチ
るろうに剣心 2016 るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 和月伸宏
*公演名はメインタイトルのみ記した

リストの公演年に着目すると2010年代に少年・青年マンガの舞台化が急激に増加したことがわかる。ちなみに、第1作目に挙がっている『ブラック・ジャック 危険な賭け』は宝塚市立手塚治虫記念館の開館記念として上演されたもので、同じく手塚治虫原作による『火の鳥』が併演された。

近年上演された『ルパン三世』と『るろうに剣心』はマンガの世界観やビジュアルを宝塚がどのように表現するのか、マンガと宝塚の双方のファンから特に注目を集めた公演だった。1967年から69年まで「週刊漫画アクション」(双葉社)で連載されたモンキー・パンチ作『ルパン三世』は、1971年よりテレビアニメ化もされ、現在に至るまで世代を超えて愛され続けている青年マンガだ。2015年に雪組によって上演された『ルパン三世』は原作のキャラクターの特徴を細部に至るまで押さえながらも、ストーリーは演出家の小柳奈穂子によるオリジナルだ。舞台は現代のフランス。有名な詐欺事件に使われた「マリー・アントワネットの首飾り」の展覧会がベルサイユ宮殿で行われている。その首飾りを盗もうとルパン、五ェ門、次元らが訪れるが、首飾りを手にした瞬間、1785年のフランスにタイムスリップしてしまう。ルパンたちは王妃マリー・アントワネットや錬金術師カリオストロと出会い、革命前夜のフランスを軽快に駆け巡る。主演の早霧(さぎり)せいなは原作の雰囲気を保ったまま、軽妙でコミカル、かつハートフルなルパン像をつくり上げた。ところで、ベルサイユ宮殿やマリー・アントワネットという要素は言うまでもなく『ベルサイユのばら』に通じるもので、宝塚にとってはいわば十八番の設定であり、宝塚ファンにとっても馴染み深い。パニエを着けた華やかなドレスに身を包んだ貴婦人たちが大勢集う舞踏会のシーンや、ルパンとマリー・アントワネットのあいだに淡い恋心のようなものが芽生え、ロマンチックな場面が盛り込まれているのも宝塚らしい点だろう。宝塚とは縁遠いようにも感じる原作が、宝塚ならではの演出によってエンターテインメント性にあふれる華やかな舞台作品に変身した例と言える。

和月伸宏作『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』は1994年から99年まで「週刊少年ジャンプ」(集英社)に連載され、現在も続編である「北海道編」が「ジャンプスクエア」(集英社)で連載中の大人気少年マンガだ。2016年に雪組によって初めて舞台化され好評を博した。本作は、幕末に「人斬り抜刀斎」として恐れられ、明治維新後は不殺を誓って流浪人となった緋村剣心(ひむら・けんしん)が人々を守るために生きるという物語で、宝塚版は原作の「東京編」をベースとしている。特筆すべきは、オリジナルキャラクターとして加納惣三郎が登場する点である。加納惣三郎は新撰組隊士であったとされる人物だが、宝塚版では維新を生き抜いてフランスと貿易を行う商人となって登場する。明治の西洋文化流入という時代背景を生かして加納を活躍させることで、階段を使っての華やかな西洋風の舞踏会シーンが登場するなど、演出家・小池修一郎による宝塚らしい演出が光った。また主人公の緋村剣心役は『ルパン三世』でルパン役を好演した早霧せいなが演じたが、マンガのキャラクターを再現するビジュアル、正義漢を演じる情熱的な芝居、力の入り過ぎないユーモラスな一面を兼ね備えたトップスターがこの時期に存在したからこそ、『ルパン三世』『るろうに剣心』の舞台化が成功したとも言える。ところで小池修一郎演出による『るろうに剣心』は、2018年に松竹と梅田芸術劇場の共催により新橋演舞場と大阪松竹座で再演され、すでに宝塚歌劇団を退団していた早霧せいなが男性の俳優に混じって緋村剣心役として主演を務め注目を浴びた。

2016年雪組公演『るろうに検心』ポスター

現代を描いたマンガの舞台化

1990年から92年に「ビジネスジャンプ」(集英社)で連載された本宮ひろ志作『猛き黄金の国』は三菱グループ創業者の岩崎弥太郎を主人公とした物語で、江戸から明治を舞台としている。また2000年から2010年にかけて「スーパージャンプ」(集英社)で連載された村上もとか作『JIN-仁-』は現代に生きる医師が幕末へタイムスリップして活躍する。これまで宝塚が舞台化した少年・青年マンガ原作の作品を振り返ると、日本の歴史をテーマにした作品や、西洋の華やかな衣装や舞台セットが登場する作品が多い。これらは、宝塚で演じられるさまざまな作品のなかでも、いわゆる「歴史物」「和物(日本物)」「コスチューム物」などとよばれるグループに分類され、華麗な舞台を特色とする宝塚の本領が発揮されるジャンルと言える。例えば『ベルサイユのばら』はフランス革命を歴史的背景とし、宮廷の豪奢な暮らしぶりを再現する華やかな舞台美術や衣装が登場することから、歴史物、あるいはコスチューム物に分類できる。『ルパン三世』は本来はこれらの分類に当てはまらないが、時代を革命前夜のフランスに移したことで、歴史物、コスチューム物の枠に当てはめた。このような宝塚ならではの演出が、少年・青年マンガを舞台化する際の鍵となっているようだ。

一方で現代社会を描いた作品もあり、それらを「現代物」と呼ぶことがある。マンガを舞台化した作品のなかで、少女マンガ原作の作品には少数ながら現代物がいくつかあり、前編で紹介した『花より男子』や、2006年より「マーガレット」(集英社)で連載されている宮城理子作『メイちゃんの執事』が2011年に宝塚によって舞台化された。ごく普通の中学生だった東雲メイは両親を事故で亡くし、自分が大財閥の後継者であることを知らされる。そして生徒一人につき執事が一人つくことが定められている聖ルチア女学園に入学し、さまざまな試練や恋を経験する。現代の学園を舞台としていながら、かわいらしく健気なヒロインとハンサムな男子たちという特殊な設定は『花より男子』にも通じる点である。宝塚版の『メイちゃんの執事』と『花より男子』にはもうひとつ、両公演とも宝塚大劇場と東京宝塚劇場で行ったものではないという共通点がある。宝塚の公演は、花・月・雪・星・宙の各組が宝塚大劇場(兵庫県宝塚市)と東京宝塚劇場(東京都千代田区)で持ち回りで上演し、主演のトップスターはじめ団員(宝塚では組子とよぶ)全員が出演する「本公演」を柱としているが、それ以外にも宝塚バウホールや各地の劇場で人数や規模を縮小してさまざまな公演を行っている。『メイちゃんの執事』は宝塚バウホールと日本青年館大ホールで、『花より男子』はTBS赤坂ACTシアターで公演しており、のちに星組トップスターとなった紅(くれない)ゆずると、次期花組トップスター(2019年11月25日付けで就任)の柚香光(ゆずか・れい)がそれぞれ主演を務め、若手スターの活躍の場としての公演であった。このような少女マンガの舞台化には、重厚な歴史物やコスチューム物だけでなく現代的な要素の詰まった作品を上演することにより、現在の少女マンガの読者層を新規宝塚ファンとして取り込んでいくなど、新たな可能性を探ろうとする思いを感じ取ることができる。

2011年星組公演『メイちゃんの執事』ポスター

ゲームの舞台化

2010年代になって少年・青年マンガの舞台化が顕著になるが、同時期より宝塚によるゲームの舞台化も行われるようになった。2001年よりカプコンから発売されている法廷バトルアドベンチャーゲーム『逆転裁判』は、2009年2月に『逆転裁判 -蘇る真実-』として宝塚で上演されて好評を博し、同年8月に『逆転裁判2 -蘇る真実、再び・・・-』、2013年に『逆転裁判3 検事マイルズ・エッジワース』が上演された。宝塚としては本作が初のゲーム舞台化作品で、鈴木圭が脚本・演出を担当し、舞台がアメリカに移されて海外版のキャラクターが採用され、ゲーム内の楽曲や効果音がオーケストラ用にアレンジされるなど、ゲームの世界観を宝塚の舞台に仕上げる演出が施された。第1作と第2作は蘭寿(らんじゅ)とむが主人公のフェニックス・ライトを演じ、マイルズ・エッジワースが主人公として描かれた第3作では、悠未(ゆうみ)ひろが主演を務めた。また2013年には、2005年よりカプコンから発売されているアクションゲーム『戦国BASARA』が同じく鈴木圭の脚本・演出で宝塚によって上演された。原作ゲームはアニメ化、ドラマ化、また宝塚よりも早くに舞台化もされている。宝塚版は『戦国BASARA -真田幸村編-』として真田幸村が主人公として描かれ、『逆転裁判 -蘇る真実-』『逆転裁判2 -蘇る真実、再び・・・-』でも主演した蘭寿とむが真田幸村を演じた。また宝塚版オリジナルキャラクターとして蘭乃(らんの)はな扮するヒロイン・いのりが登場して真田幸村とのロマンスを演じた。ゲームのキャラクターを再現したビジュアルや原作に登場するお約束的なやりとりを押さえながらも、ダンスシーンやストーリーの味付けによって宝塚らしい『戦国BASARA』となった。

2009年宙組公演『逆転裁判 -蘇る真実-』ポスター

2014年に宝塚は100周年を迎え、今年は105周年にあたる。戦争をはさんで継続してきた長い歴史と伝統のなかにはいくつもの転換点や大躍進があり、そのひとつに『ベルサイユのばら』の舞台化があった。そして2010年代には少女マンガだけでなく、人気の少年・青年マンガやゲームの舞台化という挑戦が行われた。少女マンガは宝塚と融合することでその世界観が濃密に再現される傾向にある一方、少年・青年マンガの舞台化は、キャラクターの再現度の高さによって原作のイメージを損なわないようにしながらも、原作を忠実に再現するというよりは宝塚ならではの演出を施すことによってまったく新しいエンターテインメント作品として生まれ変わる印象がある。伝統と様式美を重んじる宝塚だが、実はさまざまなジャンルを果敢に取り入れていく革新性にこそ、長寿の秘訣が隠されているのかもしれない。

これまで宝塚によって舞台化されたマンガやゲームとその公演について振り返ってきたが、近年では宝塚歌劇団をテーマやモチーフとしたマンガも増えている。「メロディ」(白泉社)にて連載中の斉木久美子の『かげきしょうじょ‼︎』や、2010年より「モーニング」(講談社)のウェブマンガサイトで連載されたはるな檸檬の『ZUCCA×ZUCA』などで、宝塚の歴史や音楽学校のシステム、宝塚ファンの生態など、100年続く稀有な劇団としての宝塚そのものへの関心が高まっていると考えられる。宝塚歌劇の今後のさらなる革新を期待したい。

『かげきしょうじょ‼︎』1巻(白泉社、2015年)表紙(左)、『ZUCCA×ZUCA』1巻(講談社、2011年)表紙(右)

(脚注)
*1
各公演の情報は主に、小林公一監修『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて[舞台編]』(阪急コミュニケーションズ、2014年)を参照。

*2
『火の鳥』は1954年から1955年に「漫画少年」(学童社)に掲載されたのち、1956年から1957年に「少女クラブ」(大日本雄辨會講談社)、1967年から1971年、1973年に「COM」(虫プロ商事)、1976年から1981年に「マンガ少年」(朝日ソノラマ)、1986年から1988年に「野性時代」(角川書店)に掲載された。少女マンガ誌にも掲載されたものの、おもに少年マンガ誌で発表されたため、本リストに加えた。

*3
手塚治虫は5歳から24歳までの約20年間を宝塚市(旧川辺郡小浜村鍋野)で過ごし、宝塚歌劇を観劇していた。手塚の少女マンガ『リボンの騎士』は宝塚歌劇のイメージから生まれた。宝塚市立手塚治虫記念館は宝塚歌劇団の本拠地とされる宝塚大劇場から徒歩圏内に建つ。

※URLは2019年10月8日にリンクを確認済み

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