「特撮の神様」とも呼ばれる円谷英二(つぶらや・えいじ、1901-1970)の出身地にして「特撮文化推進事業実行委員会」にも参画する福島県須賀川市で、2019年1月11日(金)より「円谷英二ミュージアム」がオープンした。特撮をテーマとした日本初の常設展示施設である本ミュージアムは、その展示空間そのものが非常に「特撮的」と言えるものであり、今後の特撮文化伝承の拠点のひとつとなりうる施設であった。

「円谷英二ミュージアム」入り口

特撮の街 須賀川にて

ゴジラ、ウルトラマンの生みの親であり(註1)、映像制作の一手法に過ぎなかった「特撮」を映像表現の主役にまで発展させた人物、それが「特撮の神様」の異名を持つ円谷英二である。福島県須賀川市出身の円谷は、市内では郷土の偉人としてよく知られた人物であり、市内の小学生には円谷の業績を紹介した副読本が配布されている(註2)。また須賀川市は、円谷の出身地であるという縁からウルトラマンの故郷「M78星雲 光の国」との姉妹都市提携事業を行っており、市内のあちこちには「ウルトラマン」シリーズにちなんだ怪獣やヒーローのモニュメントが設置されている。さらに2018年11月には、福島県や須賀川市、特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)、学校法人国際総合学園FSGカレッジリーグ国際アート&デザイン大学校、須賀川商工会議所などの連携により「特撮文化推進事業実行委員会」が設立された。
円谷英二ミュージアムは、そんな特撮にゆかりのある須賀川市に新たにつくられた複合施設「須賀川市民交流センター tette」内の施設として、2019年1月11日(金)にオープンした。tetteは2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた須賀川市街中心部の復興と、市民の生涯学習推進、市民活動の支援などを目的に建てられており、施設内には同ミュージアムのほか図書館や屋内遊び場などを有する「こどもセンター」が併設されている。このような施設上の特性から、円谷英二ミュージアムは近年ATACが主導している「特撮文化の保存・継承」としての機能を持つだけでなく、特撮という切り口から「市民の生涯学習支援」を行うという機能も持つ施設であると言える。

須賀川市の松明(たいまつ)通り付近には、ウルトラヒーローや怪獣のモニュメントやウルトラ怪獣等のシルエットが配された街灯が並んでいる。画像(左)はウルトラマンタロウ、画像(右)は『ウルトラマンA』(1972~73年)第23話に登場する異次元超人巨大ヤプール
「須賀川市民交流センター tette」外観(左)。『帰ってきたウルトラマン』(1971~72年)第37、38話に登場する用心棒怪獣ブラックキングが描かれた街灯(右)がすぐそばにあるので、「ウルトラマン」シリーズのファンには格好の目印となる

さまざまな観点から取り上げられる特撮

円谷英二ミュージアムの展示は、数々の作品で特撮監督を務める尾上克郎により監修が行われており、「円谷英二クロニクルボックス」、「空想アトリエ」、「特撮スタジオ」、「円谷英二ネットワークウォール」の大きく4つのフロアから構成されている。

「円谷英二クロニクルボックス」は、円谷英二の生涯について書かれた仮想の本を読むという見立ての展示で構成され、飛行機乗りにあこがれた少年時代からウルトラマン誕生までの円谷の活躍が、立体額を模したボックスによって区切られた7つの章立てで紹介されている。各章の内容はテキストや写真で解説されるほか、『稚児の剣法』(1927年)や『ハワイ・マレー沖海戦』(1942年)といった円谷が制作に携わった作品のポスターもパネル展示されており、当時の空気をうかがい知ることができる。さらに各章それぞれには、シャドーボックスのような手法を活用し、各時代の円谷の様子や日本の風俗を再現した展示物も配置されている。特撮現場で使用されるミニチュアセットとは異なるものの、こちらもまた一種のミニチュアであり、平面の絵に厚みをつけて空間内に配置するさまは特撮の写真切り出しの手法(註3)を想起させる。略年表的なありふれた人物解説に終わらない、特撮的なエッセンスが取り入れられた展示と言えるだろう。

「円谷英二クロニクルボックス」の様子。立体額縁を模した壁面展示が7章立てで続く

「円谷英二クロニクルボックス」最終章の先には、円谷英二ミュージアムにおける映像展示のために制作された作品『〜夢の挑戦 ゴジラ須賀川に現る〜』(2019年)が上映されている。本作は「円谷英二が『ゴジラ』(1954年)などで使用していた特撮技術を現代の手法でよみがえらせる」ことをコンセプトに制作された映像である。本作には映画監督の鈴木健二、カメラマンの桜井景一、美術デザイナーの三池敏夫といった「ゴジラ」シリーズの制作に携わった人物が多数参加しており、企画から構成、仕上げまでを含めるとそのスタッフ数は総勢60名以上にのぼるという。さらにゴジラから逃げ回る市民のエキストラとして、幅広い世代の須賀川市民が出演しており、市民と特撮を結ぶ接点としても機能していると言える。
主役であるゴジラのスーツは、長年にわたり数多くのゴジラ関係の立体物制作を行ってきた原型師の酒井ゆうじ監修の下で制作されたものであり、スーツのベースには酒井ゆうじ制作の原型を3Dスキャンして拡大したものが使用された。このゴジラと映像作品内で戦うのが、「平成ゴジラ」シリーズ(註4)に登場したメーサー兵器たちであり、こちらも本作のために当時の図面から再現制作されたものである。クライマックスのシーンでは初代ゴジラと平成のメーサー兵器の対決という年代の枠を超えた夢の共演が実現しており、「ゴジラ」シリーズのマニアは必見である。映像にはほかにも瓦礫に埋もれる親子や、グニャリと曲がる鉄塔のように溶けるメーサー車など、『ゴジラ』(1954年)ファンにはニヤリとさせられるシーンもあり、目が離せない。
映像作品はトータルで約14分あり、前半8分がメイキングパート、後半6分が作品パートとなっている。「特撮がいかにつくられているか」を紹介することを主眼に置いていることから、メイキングパートを先に上映し、後で完成作品を流すという変則的な構成となっているが、こうした「メイキング込みの作品」という本作の特性は、2012年から2015年にかけて日本各地を巡回した企画展「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」で上映された特撮短編映画『巨神兵東京に現わる』(2012年)を思わせる(註5)。これらの作品は、「作品の制作過程そのものが作品として成立する」という特撮作品の特徴を活用することによって、映像としての娯楽性と博物館展示物としての教育的機能を両立させた事例であると言えるだろう。
なお、『〜夢の挑戦 ゴジラ須賀川に現る〜』はtetteのウェブサイトで特報版を視聴可能だ。

「空想アトリエ」は円谷英二ミュージアムの入っているtetteが複合施設であるという特徴を最大限に生かした、本施設ならではのフロアである。『〜夢の挑戦 ゴジラ須賀川に現る〜』で使用されたゴジラのスーツや酒井ゆうじ監修による怪獣の模型、スーパー兵器(註6)の模型の数々が目を引くが、本フロアはあくまでも、生前に円谷が子どもたちへのメッセージとして伝えていた「学びの大切さ」を伝えることをテーマに構成されている。
「空想アトリエ」のフロアはそれぞれ「空想生物学」、「空想機械学」、「空想世界と環境学」などのようなテーマごとに区分けされた書架から構成されており、各書架にはテーマに沿った怪獣やメカニックの模型とテーマに関する特撮関連書籍、そしてテーマに対応する科学技術に関する書籍が混在して配置されている。例えば「空想機械学」書架であれば、メカゴジラ(註7)やジェットジャガー(註8)といった東宝特撮映画に登場するメカニックの模型が展示され、同一のスペースに実際の機械工学やロボット工学に関する書籍が配架されているといった具合である。現実の世界の科学現象の地続きのものとして空想世界の現象を捉えるこの展示は、現実の動植物や機械の図鑑と同一のシリーズで出版される怪獣図鑑や大伴昌司らによって描かれた怪獣の解剖図解を思い起こさせるものであり、非常に特撮的なイメージにあふれた空間となっている。
tetteの2階から4階には須賀川市中央図書館が併設されており、「空想アトリエ」に配架されている本も同図書館の蔵書である。そのため、図書館で利用者登録を行えば、貸出することも可能である(須賀川市在住でなくても可)。スタッフの方によれば、ミュージアム内の蔵書だけでも2000冊あり、最大1万冊まで所蔵できるとのことであるため、今後も蔵書数は増加していくことであろう。また単純な蔵書数だけでなく、特撮関連書籍・雑誌の蔵書レベルもかなり高いため、特撮をフックに科学事象を調べるといった使われ方だけでなく、今後は特撮に関する調査・研究拠点としても活用されていくことになると思われる。

「空想アトリエ」の様子。右奥ではメカゴジラら東宝特撮映画に登場するメカニックの模型と、ロボット工学の関連書籍が同じ書架に配置されている

「特撮スタジオ」は、数多くの特撮作品が制作された東宝撮影所(現:東宝スタジオ)を再現するミニチュアジオラマが設置されたフロアであり、ジオラマは大きく分けて2つ存在する。
ひとつ目のジオラマは、円谷の実質上の劇場作品の遺作となった『日本海大海戦』(1969年)のオープン撮影(屋外撮影)の風景を再現したものである。3000坪もの面積を誇る在りし日の東宝撮影所の大プール(註9)をミニチュアとはいえ見ることができる。全盛期の東宝撮影所の代名詞ともいえる大プールは、本サイトの「日本特撮に関する調査報告 <平成25年度>」や『日本特撮技術大全』(学研プラス、2016年)などでも紹介されているが、このジオラマでは写真やテキストの説明だけでは十分に理解することのできない大プールの巨大さを実感することができる。さらに波起こし機や特撮専用大クレーン、大プール背面すべてを覆う超巨大ホリゾント(映画・テレビの場合、ステージ壁面を背景とし、セットの距離感等を表現するもの)、戦艦三笠のミニチュアなど、全盛期の特撮技術を支えた大掛かりな撮影装置・美術が一望でき、鑑賞者は迫力とリアリティを兼ね備えた映像をつくるためにどれほどの技術と労力とお金が必要なのかを垣間見ることができる。
2つ目のジオラマは、東宝撮影所の第8・9ステージのジオラマである。このジオラマでは『〜夢の挑戦 ゴジラ須賀川に現る〜』の撮影風景が再現されており、特撮のセットが平台の上に組まれていること、ミニチュアセットやホリゾントの広さ、照明の配置といった、メイキング映像やセット図面だけでは把握しきれない撮影風景の様子を直感的に理解することができる。また、本ジオラマの中には円谷も登場しており、「円谷英二ミュージアムの特別映像を、円谷英二が監督している」という仮想の光景が実現している。現実と空想が入り混じった、まさに特撮的な展示と言える。
「特撮スタジオ」フロアにはこれら2つのジオラマのほか、富士山と空が描かれたフロア前面を覆うサイズのホリゾントも展示されている。このホリゾントは円谷英二ミュージアムでの展示のために特別に制作されたものであり、長年にわたり特撮作品の背景美術の第一線で活躍し続けている島倉二千六の手で制作された。さらにこのフロアでは映像展示という形でホリゾントの制作風景が上映されているため、島倉の匠の技術を隅々まで観察することが可能となっている。なお、撮影風景を再現した2つのジオラマにおけるホリゾントも島倉の手によるものである。

「特撮スタジオ」の様子。右が『日本海大海戦』(1969年)の大プールでの撮影風景を再現したジオラマであり、左が『〜夢の挑戦 ゴジラ須賀川に現る〜』(2019年)の撮影風景を再現したジオラマ。両ジオラマおよびその背後に配置されているホリゾントはすべて島倉二千六の手による。(写真提供:円谷英二ミュージアム)

「円谷英二ネットワークウォール」は、デジタルコンテンツを中心とした展示空間である。円谷の関係者による多数のインタビュー映像から構成される「特撮随想リレー」や、円谷が直接的・間接的に関わった作品や関係者を検索してほかの来場者と情報共有できる「ネットワークウォール」などは、来場者が円谷についてより深く知るための学習コンテンツとして非常に有用である。
また、体験型コンテンツ「クラフトかいじゅうだいこうしん」では、事前に用意された頭や胴体、翼といったパーツを組み合わせてオリジナルの怪獣をつくり、目の前のモニター上に召喚することができる。こちらはSNSスポットおよび子ども向けのコンテンツとして制作されており、スタッフの方によれば、tette2階のわいわいパークで遊んだ子どもがこのコンテンツでも遊ぶといった事例もあるとのことである。パーツの組み合わせによる怪獣制作は、古代ギリシャのキメラやエジプトのスフィンクスといったはるか昔から使われている怪獣創造技法でありながら、タイラント(註10)といった「ウルトラマン」シリーズに登場する怪獣のデザインにも活用されているものである。そういったことから、特撮の怪獣デザインを体験するコンテンツとも言えるのではないだろうか。

「円谷英二ネットワークウォール」の様子。丸いバブルには手前のパネルで検索したワードが記入されており、他者と共有することができる。バブルの周囲では、「クラフトかいじゅうだいこうしん」で制作された怪獣たちが画面上の空や大地を闊歩している

特撮文化伝承の拠点のひとつとして

円谷英二という個人に焦点を当てつつも、特撮と現実世界との関係性、特撮制作の様子などの多様な観点から「特撮」を捉えた円谷英二ミュージアムの展示は、虚実を行き来する仕掛けがいくつも盛り込まれた、それ自体が特撮的とも言える展示空間であった。また教育・学習に力を入れており、複合施設内に設置されていることも手伝って非常に広い世代へとアプローチされている。スタッフの方によれば、オープンからまだ1年もたっていないにもかかわらず、すでに学校の社会科見学の授業などで多くの小学生が訪れているとのことであり、tette1階には見学した内容をまとめた模造紙が展示されている。また、小学校高学年の個人単位での調べ学習でも活用されているとのことであった。来場者の内訳としては、ゴールデンウィークなどの休日は県外からの特撮ファンの来場者が多いものの、平日は小さな子どもの親子連れが多く、近隣の市外からも多くの来場者があるとのことである。年に数回開催される特撮ワークショップについても市民からの要望が大きいとのことであり、市民と特撮のあいだの結びつきが着々と強まっているようである。地元市民と特撮を結び付け、県外ファンの注目も集める円谷英二ミュージアムは、充実した資料や蔵書も相まって、今後の特撮文化伝承の拠点のひとつとなっていくだろう。


(脚注)
*1
円谷英二は『ゴジラ』(1954年)の特撮技術を手がけ、「ゴジラ」シリーズ作品では次作『ゴジラの逆襲』(1955年)から『ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘』(1966年)まで「特技監督」としてクレジットされている。
また、自らが設立した円谷プロダクションは現在も続く「ウルトラマン」シリーズの制作に関わっており、円谷自身も『ウルトラQ』(1966年)、『ウルトラマン』(1966~67年)、『ウルトラセブン』(1967~68年)を監修している。

*2
すかがわ市M78光の町「須賀川が生んだ偉人 円谷英二物語 ~あなたの夢はなんですか?~」
https://m78-sukagawa.jp/story/

*3
写真切り出しについては、本サイト記事「「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」がもたらした熊本の街の再生」に記載した。
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-14565/

*4
『ゴジラ』(1984年)から『ゴジラVSデストロイア』(1995年)のあいだに制作された「ゴジラ」シリーズは、特に「平成ゴジラ」シリーズと呼ばれる。

*5
とはいえ、ミュージアムスタッフによれば「『巨神兵東京に現わる』のようなものを」と直接指定したわけではないとのことである。

*6
酒井氏が監修を行った展示模型は、『シン・ゴジラ』(2016年)登場のゴジラ第4形態を除くすべての怪獣であり、スーパー兵器についての監修は行っていない。

*7
『ゴジラ対メカゴジラ』(1974年)をはじめ、数多くの作品に登場するゴジラのライバル怪獣。

*8
『ゴジラ対メガロ』(1973年)に登場する人型ロボット。

*9
東宝撮影所の大プールは『ゴジラFINAL WARS』(2004年)での撮影を最後に取り壊されている。

*10
『ウルトラマンタロウ』(1973~74年)第40話に登場する怪獣。


(information)
「円谷英二ミュージアム」
所在地:須賀川市民交流センター tette 5階
開館時間:9:00~17:00
休館日:火曜日
入場料:無料
https://s-tette.jp/museum/index.html

※URLは2019年10月1日にリンクを確認済み