立命館大学衣笠キャンパスで2019年8月、「Ritsumeikan Game Week(以下、立命館ゲームウィーク)」が開催された。ゲーム関連の3つの国際学会が同じ週に開催され、400以上の講演・研究報告・セッションなどが開催されたという、過去に例のないものとなった。基調講演を中心に内容をレポートする。
「立命館大学ゲーム研究センター」公式サイトより
ひとつの会場、3つの学会、400以上の催し
立命館大学衣笠キャンパスで2019年8月5日(月)から11日(日)まで「立命館ゲームウィーク」(主催:立命館ゲームウィーク実行委員会)と銘打ち、ゲーム研究に関する3つの国際学会「IEEE SeGAH 2019」「DiGRA2019」「Replaying Japan 2019」が開催された。期間中に行われた講演・研究報告・セッション・パネルディスカッション・ワークショップの数は合計400以上で、ゲーム研究に関する最先端の知見が集約される一週間となった。
本レポートでは基調講演の内容を中心に、各学会の概要を整理してみたい(なお、写真は特記がないものはすべて筆者による撮影)。
IEEE SeGAH 2019
IEEE SeGAHは「Serious Games and Applications for Health」が正式名称で、健康や医療に関するシリアスゲーム(註1)研究などを扱う国際学会だ。2011年にポルトガルのブラガで開催されて以降、2012年と2015年をのぞいて毎年、年次大会が開催されている。日本で大会が行われるのは今回が初めてだ。
第7回目となる今大会では8月5日から7日にかけて、3つの基調講演とともに、リハビリ、教育、ゲームデザインとソーシャル、センサーとAI、ヘルスケア向けのアプリケーション、認知ゲーム、運動ゲーム、AR・VR・ウェアラブル端末、VRセラピーに関する各分野の口頭発表と、ポスターセッションが行われた。
サイトウ・アキヒロ氏の講演の様子
8月5日の基調講演では、サイトウ・アキヒロ氏(亜細亜大学)が「Nintendo’s accumulated game know-how has the power to change every product and service」と題して登壇した。サイトウ氏は任天堂がファミコンで世界を席巻できた理由に、同社ならではのUI/UX(註2)のつくり込みがあると説明。その背景として任天堂が創業以来拠点としている、京都の公家文化との関連性をあげた。そのうえでサイトウ氏は、このノウハウを「ゲームニクス」として体系化し、製品やサービス開発に生かしてきたと明かした。
後半では、サイトウ氏がトヨタ自動車・藤田医科大学医学部と共同開発したリハビリテーション支援ロボット「ウェルウォークWW-1000」のUI/UXについて解説。ゲームニクスのノウハウが、情報の見せ方や利用者のモチベーション管理のうえで、どのように応用されているかについて説明した。
翌8月6日は陳延偉氏(立命館大学)が登壇し、3DCGを用いた人体解剖図の現状と、医療アプリケーションにおけるAIとVRの進歩、およびその可能性について講演した。なお、残念ながら本講演はスケジュールの都合で聴講できなかったため、公式サイトの情報を要約した。
Cristian Chihaia氏の講演の様子
大会最終日の8月7日にはゲーム『アサシン クリード オデッセイ』などの開発に携わった、アートディレクター/シニアコンセプトアーティストのCristian Chihaia氏(UBISOFTブカレスト)が登壇。グラフィックデザイン、テレビ、映画、広告、ボードゲームなど、多彩なジャンルで活躍してきた立場から、ゲームのアートデザインが持つビジュアル的な言語表現について解説がなされた。Chihaia氏はこうしたノウハウを取り入れることで、シリアスゲームがより洗練された内容になると述べた。
DiGRA2019が開幕
8月6日から10日にかけては、立命館ゲームウィークの中核ともいえるDiGRA(Digital Games Research Association)2019が開催された。DiGRAは2003年にフィンランドで発足した、ゲーム研究のなかでも人文科学系・社会科学系を主領域とする国際学会。ユトレヒトで開催された第1回大会を皮切りに、世界各地で国際学会を開催しつつ、欧州から北米、そしてアジアへと支部を拡大している。2006年には日本でもDiGRA JAPANが発足し、2007年東京大会の受け皿となった。
DiGRA2019のテーマは「ゲーム、プレイ、そして台頭するルド・ミックス」だった。ルド・ミックス(Ludomix)とはゲームを中心としたメディアミックスが世界的に広がりつつある状況を踏まえ、実行委員会で考案された造語で、なかでも日本はマンガ・アニメを中心とした独自の進化で知られる。大会では連日「日本的ルド・ミックスの歴史的背景」「eSportsに代表される現代のルド・ミックス」「ルド・ミックスの先にある未来」と、多様な視点で基調講演が行われた。
大塚英志氏
先陣を切ったのが作家・マンガ研究などでも知られる大塚英志氏(国際日本文化研究センター)だ。「戦時下のメディアミックス――プラットフォーマーとしての大政翼賛会」と題して8月7日に登壇し、戦時下に新聞で連載されたプロパガンダマンガ『翼賛一家』(1940年)について解説した。
大塚氏は冒頭、自身がかかわった「魍魎戦記MADARA」シリーズ(1987年~)を契機に、特定の原作を必要としない日本型のメディアミックスが発展したとする論調が聞かれると切り出した。しかし、大塚氏は多彩な資料を引用しつつ、これを否定。戦時下に軍部によって主導されたたものが原点で、ナチス・ドイツのプロパガンダからの影響もみられたと説明した。なお、講演内容は著書『大政翼賛会のメディアミックス:「翼賛一家」と参加するファシズム』(平凡社、2018年)が下敷きとなった。
T.L. Taylor氏の講演の様子(撮影:井上明人)
続く8月8日にはeSports研究の第一人者であるT.L. Taylor氏(MIT)が登壇し、「Esports in the age of networked broadcast」と題して講演。eSports文化の歴史と現状について俯瞰した。Taylor氏はeSportsの進化を1970~80年代の「ゲームの時代」(ゲームセンターや小売店など、地域コミュニティをベースとした時代)。1990~2000年代の「スポーツの時代」(プロゲーマーの登場と第三者機関の設立)。2010年代以降の「メディアエンターテインメントの時代」(ネットでの動画配信と産業化)に整理。その後、アメリカで盛り上がりを見せつつある、大学でのeSportsクラブの現状と可能性について論じた。なお、本講演の所感がTaylor氏のブログにまとめられている。
水口哲也氏
8月9日にはゲーム開発者の水口哲也氏(慶應義塾大学大学院/エンハンス)が登壇し、「The Future of Ludo-Mix」と題して講演した。セガ・エンタープライゼス(当時)を振り出しに、約30年にわたってゲーム開発を続けてきた水口氏。その間「共感覚(シナスタジア)」をテーマに、その時々の技術を用いてゲームづくりを続けてきたと説明した。そのうえで、これまで視覚・聴覚・触覚など、さまざまな感覚器によって個別に認知され、異なるメディア上で流通してきたコンテンツが技術の進化で再統合され、新たなゲーム体験に昇華すると論じた。
日本を再遊戯するRePlaying Japan
8月9日からは立命館ゲームウィークのラストを飾る「第7回国際日本ゲーム研究カンファレンス-RePlaying Japan 2019」が開幕した。本学会は日本のゲームやゲーム文化、および関連するメディアなどのアーカイブや調査研究を通して、日本のゲームの文化的特異性をあきらかにすることを目的に、2013年から海外の大学と連携を取りつつ、毎年開催されているものだ。
第7回となる本大会では8月10日、立命館大学ゲーム研究センター長の上村雅之氏(立命館大学)が「日本の遊びの歴史から見たビデオゲーム」と題して講演。その後、DiGRA2019との共同開催という形で、早矢仕洋介氏(コーエーテクモゲームス)が「A historical viewpoint shaped by games Nioh – a game that guided the history of Koei and Tecmo」と題して講演した。
上村雅之氏の講演の様子
元任天堂でファミコンの開発責任者としても知られる上村氏は、日本には古来から豊かな遊びの歴史があることを紹介した。そのうえで昭和40年代に視覚表現としてのテレビアニメと、触覚遊戯としてのキャラクター玩具がいち早く融合。両者が子どもたちの頭の中で融合し、創造力をかきたてたことが、「テレビ画面の映像をコントローラーで操る」テレビゲームがヒットする文化的下地をつくり上げたのではないか、と論じた。
早矢仕洋介氏
続いてアクションRPG『仁王』(2017年)のプロデューサーを務めた早矢仕氏は、子どもの頃にゲーム「信長の野望」シリーズ(1983年~)で歴史好きになった経緯をあかした。そのうえで、自身が開発に携わった『仁王』が261万本(講演時)のヒットを記録したことで、織田信長に仕えた黒人の侍「弥助」の存在が世界に知られることになったと解説。ハリウッドで映画化が進行する一因にもなったとして、ゲームのイメージが現実に影響を与えているさまを示した。
特別展では一般公開も実施
立命館ゲームウィークではゲームに関する3種類の特別展も実施された。1980年代のゲーム機をプレイすることができる「テレビゲームとその時代展①昭和編」。⽴命館⼤学映像学部の学⽣や教員により制作されたゲームが展示された「テレビゲームとその時代展②令和編」。当時のアーケードゲームの開発資料を展⽰する「『ギャラクシアン』→『ギャラガ』→『ギャプラス』展」で、8月10日には一般公開も行われた。
「昭和編」では「カセットビジョン」(エポック社)をはじめとした、黎明期のゲーム機を試遊展示。ゲーム機や雑誌、玩具などを並べた、昭和の茶の間の再現展示も行われた。「令和編」では天井に投影された映像を見ながら、布団の上で寝返りを打ちつつ遊ぶ『ZASHIKIWARASHI』など、「団らん」をテーマに開発されたゲーム群が楽しめた。
昭和の茶の間を再現した展示
『ZASHIKIWARASHI』を体験する様子
「『ギャラクシアン』→『ギャラガ』→『ギャプラス』展」では、バンダイナムコ研究所と遊びと学び研究所の協力のもと、往年の名作シューティングゲーム三作品の開発経緯や、進化の様子が開発資料や開発者の証言ビデオとともに展示された。PCやワープロが普及する以前に作成された手書きの企画書や仕様書の数々に、来場者の多くが興味深そうに見入っていた。
手書きで制作された仕様書
国際学会の誘致成功が意味するもの
ゲームの研究には大きく「①ゲーム開発の技術や、それをとりまく要素研究(半導体・CG・VR・コンピュータサイエンスなど)」「②ゲーム開発者の育成や、教育法に関する研究」「③ゲーム自体の意味や社会との関係に関する研究」などがあり、2000年代に入って欧米圏を中心に盛り上がりを見せてきた。このうち立命館ゲームウィークで議論された内容は、主に③の分野だ。
これまで日本では①を自然科学系の研究分野、②をゲーム専門学校が担いつつ、それぞれが別物として発展してきた。また、③については研究分野としての認識が遅れた。ゲームはただの遊びで、真面目に研究する対象ではないと考えられていたからだ。こうした経緯からゲーム研究者が心理学・経済学・社会学など各々の学問領域に分散し、コミュニティが分断された結果、成果が見えにくい時期が続いた。
こうしたなか、2007年に東京大学で開催されたDiGRA2007は、文字通り日本の人文科学系・社会科学系のゲーム研究者が、世界の潮流に触れた瞬間となった。しかし、誘致の受け皿となったDiGRA JAPANは発足直後で、研究者の大半が若手であり、国際学会の運営経験にも乏しかった。そのため大会運営が激務となり、終了後に疲弊。DiGRA JAPANの活動も小康状態が続いた。その後2010年に国内で年次大会が始まったことで、学会が再始動。徐々に研究成果が蓄積されるとともに、研究者コミュニティも成長していった。
こうしたなかで今回、立命館ゲームウィークが成功裏に終わったことで、日本のゲーム研究者コミュニティの成熟度合いが内外に示された。研究者コミュニティの厚みがなければ、国際学会の誘致はおぼつかないからだ。
会期中の8月6日にはDiGRA2019のワークショップの一環として、DiGRA JAPANの夏季研究発表大会も開催。8月9日にはDiGRA2019の特別懇親会も開催され、研究者コミュニティの国際交流が進んだ。今後も日本ならではのゲーム研究の進展と世界に向けた情報発信を期待したい。
DiGRA2019特別懇親会にて
(脚注)
*1
社会問題の解決をテーマとしたゲームのこと。プレイヤーは、自然環境、公衆衛生、医療、経営などにまつわる問題を解決していく。エンターテインメント性よりも、問題解決による学習に重きが置かれている。
*2
ユーザーインターフェース(UI)とユーザーエクスペリエンス(UX)の関係性を意味する専門用語。UIは利用者とモノやサービスとの接点を意味し、UXはモノやサービスを使うことで利用者が得る体験を意味する。UIは原因、UXは結果であり、UIを工夫することで良質なUXが得られる。そのためにはUXを想定して、最適なUIをデザインする姿勢が求められる。
(information)
Ritsumeikan Game Week
会期:2019年8月5日(月)〜11日(日)
会場:立命館大学衣笠キャンパス
主催:立命館ゲームウィーク実行委員会
https://www.rcgs.jp/?page_id=194
※URLは2019年10月2日にリンクを確認済み