アメリカを中心としたゲーム教育の現場で定番とされている、ゲームデザインに関する本がある。その内容は、近年日本でも出版されるようになった同じ類の書籍とは大きく異なっている。出版されて以来、10年以上にわたりゲーム教育を先導し、国際的に高い評価を得ているのはなぜなのか。2019年に待望の日本語版が出版されたことを機に紹介する。

『ゲームデザインバイブル』表紙

初版から10年を経て待望の日本語版が出版

「連邦はジオンに比べりゃ10年遅れているんだ。与えられたもののなかで最大限に考えて生き延びるんだな」

人気アニメ『機動戦士ガンダム』の劇中で登場する台詞のひとつだ。まさか2020年になって、この言葉を実生活で使う日が来るとは思わなかった。しかし、書籍『ゲームデザインバイブル[第2版]―おもしろさを飛躍的に向上させる113の「レンズ」』(原著:The Art of Game Design―A Book of Lenses)を読了した今、筆者は自信をもって(残念ながら)言い切れる。「日本のゲーム教育(註1)はアメリカに比べりゃ10年遅れているんだ。与えられたもののなかで最大限に考えて生き延びるんだな」と……。

本書はアメリカ・カーネギーメロン大学エンターテインメントテクノロジーセンター(ETC)の教員を務めるジェシー・シェルが記したゲーム教育向けの教科書だ。初版が2008年8月に出版されると、世界中で高い評価を受け、瞬く間に大学のゲーム教育で定番の教科書になった。そのクオリティは、2014年11月に内容を追加増強した第2版が出版され、そのうえ2019年8月に第3版が出版されたことからもわかる。まさに10年以上にわたって世界のゲーム教育をリードし続けているのだ。

この書籍の待望の日本語版が2019年9月に、ようやく出版された。ただし、我々は手放しでこのことを喜ぶことはできない。というのも、日本語版は第2版の内容に基づいているからだ。その一方で英語圏では、すでに第3版が出版されている。ようやく追いついたと思ったら、相手はさらに先をいっていたというわけだ(第3版では主にVR/AR関連の内容などが追加されている)。しかし、だからといって日本語版の価値が減るわけではない。本書をベースに、必要に応じて英語版を併読するのが良いだろう。

学術書とハウツー本のいいとこ取り

もっとも、近年では日本でもゲームデザイン関連の書籍がずいぶんと出版されるようになった。ゲームの嗜好には国や地域によって違いがあり、日本のゲーム業界および教育機関には、日本向けの教科書が必要だ、という指摘はもっともだ。しかし、これまで日本人が書いたゲームデザイン関連書籍で、10年にわたって内容が古びず、教育現場で使用されているものはない。では、本書が国際的に高い評価を受けている理由は何だろうか。それには下記の理由があげられる。

第一に著者が産業界と学術界で豊富な経験を有している点だ。ジェシー・シェルは作家、コメディアン、サーカスに所属するプロの曲芸師、ソフトウェアエンジニアなど数々の職業を経験した後、ディズニーVRスタジオのクリエイティブディレクターに就任。これまでテーマパーク用アトラクション、MMORPG(註2)、VR、シリアスゲーム(註3)など、さまざまな種類のゲーム開発を経験してきた。その後、カーネギーメロン大学ETCに教育専門教員としてスカウトされた人物である。

ただし、いわゆる象牙の塔に籠もるタイプではなかった。教授職のかたわら、ゲームスタジオのSchell Gamesを設立。2016年にVR脱出ゲーム『I Expect You To Die』をリリースすると、300万ドル(約3.3億円)を超える売り上げを達成した。今やSchell Gamesは100人を超える大規模スタジオに成長し、ピッツバーグを代表するゲーム会社になっている。つまり「産業界で通用しなくなったから、学術界に転身した」というような人物ではないのだ。

第二に本書は大学の講義に堪えうる学術的な下地を持ちながら、その範疇に留まる内容ではない。これを象徴するのが、本書で紹介される113のレンズだ。レンズとはゲーム開発における質問集のようなもので、「プレイヤーを驚かせるものはなにか」「プレイヤーが使える動詞はいくつあるか」といった簡潔な言い回しで記される。ゲームをさまざまな角度から分析・考察するための手がかりであり、ものの見方を提示してくれる存在だといえるだろう。

もっとも、それだけにそれぞれのレンズの内容は散漫で、とっちらかっており、何が言いたいのかわかりにくい部分があることも否めない。レンズ同士で内容が重複していたり、時として矛盾していたりするように感じられるものもある。かと思えば、複数のレンズが互いに関連し合っているため、章を前後しながら読み進めなければ、十分に理解できない部分もある。学術論文のようなエレガントさとは、およそかけ離れた代物だ。

もっとも、これは確信犯的な行為であるようにも感じられる。このことは、前書きで「『ゲームデザインの統一理論』のようなものは存在しません。(中略)そして、ゲーム業界にメンデレーエフ(註4)が現れない可能性も、受け入れておく必要があります」と記されていることからもわかる。実際、本書を読んでも、ゲームデザインの奥義は手に入らない。それは、読者一人ひとりが実践を通して体得するものだからだ。

ただし、これは本書がゲームデザイン関連書籍によくある「オレ様理論」の寄せ集めである、という意味ではない。全体の章立てや論旨は、これまでGDC(註5)のゲーム教育サミットやSIGGRAPH(註6)などで蓄積されてきた議論や、ゲーム開発者の国際NPOである国際ゲーム開発者協会(IGDA)の教育SIGが作成・公開した「IGDAカリキュラムフレームワーク」の内容がベースになっている。そのうえで著者自身の経歴をもとにした数々の知見で補強されているのだ。関連する論文や参考文献のリストもたっぷりあり、本格的なゲーム研究の導入書としても使用できる。

つまり本書はアカデミックな知見と、著者のゲーム業界における知見が巧みにブレンドされた、他に類をみない複合的な内容になっているのだ。そのため、本書は数あるゲームデザイン関連書籍に比べて、はるかに読みやすい。ユーモアにあふれた語り口で、文体は優しく、さまざまな具体例に富んでいる。ゲームデザインについて学び始めた学生が読むのに、最適な一冊だと言えるだろう。

ゲーム教育における共通言語の登場

日本のゲームデザイン関連書との違いは、目次の立て方にも表れている。通常、日本のゲームデザイン関連書では、メカニクスデザイン(ゲームシステム)の解説に多くのページが割かれる。これに対して本書では、全35章のうちメカニクスデザインに関する部分は半分程度にすぎない。そのかわり重視されているのが、メカニクスデザインを体験デザインの一種として捉える考え方や、投資家やパブリッシャーに提案するための方法論、そしてチームマネジメントの重要性などだ。

つまり本書はゲームデザインを学んで企業に就職するための処世術ではなく、自分たちで起業し、インディゲーム開発者として生きていく術を教えるための一冊になっているのだ(もちろん、アメリカでも学生が卒業後、いきなりインディゲーム開発者としてデビューするのは現実的ではない。しかし、そうしたシンデレラストーリーが皆無ではないことも、また事実だ)。このゲーム教育をめぐる日米の違いが、そのまま本書の内容に大きな影響を与えていると言えるだろう。

ゲーム開発環境の無償化・高性能化が進むなかで、ゲーム開発者の数は天文学的な数字となり、毎日星の数ほどのゲームが世界中でリリースされている。そして今後、この数は増えこそすれ、減ることはないだろう。世界にはゲーム産業や市場が未成熟な、エマージングマーケット(南米・アフリカ・中東など)が数多く残っているからだ。しかし今、こうした地域でも続々とゲーム開発者が登場し、市場化・産業化が進んでいる。本書の原書がその一助となったことは言うまでもない。

こうしたなか、日本の大学や専門学校でゲーム教育に携わる教員や研究者(特に企画・プランナー専攻)にとって、本書に目を通しておくことは、今や世界的な教養を身につけることに等しいといえる。なぜなら、日本以外の関係者や学生が、みなこの本を読んでいるからだ。そのうえで、自分たちの教育カリキュラムに取り入れられる点があるか否か、考えてみるのがいいだろう。学生のレベルは千差万別で、一律の教科書を編纂することは誰にもできない。学生にあわせた活用が重要になる。

裏を返せば本書の出版によって、日本のゲーム教育は「何を教えるか」から、「(本書をベースに)どのようなカリキュラムを策定するか/運用するか」に移行したといえるだろう。このことは教育関係者にとって、カリキュラムの共通言語ができたことを意味する。これまで日本のゲーム教育は、教員が自らの成功体験を持ち寄ることで、徐々に成熟してきた。本書によって、そこに土台となる基盤ができたのだ。本書をもとに、日本ならではのゲームデザインバイブルが編纂されることを期待してやまない。


(脚注)
*1
ゲーム開発者を育成するための教育および教授法の研究。主にゲームデザイナー(企画・プランナー)向けの教育のことを指す。

*2
Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)の略称。日本では『ラグナロクオンライン』などが有名。筆者は『トゥーンタウン・オンライン』(ウォルト・ディズニー・カンパニー)の開発を手がけた。

*3
社会問題の解決をテーマとしたゲームのこと。プレイヤーは、自然環境、公衆衛生、医療、経営などにまつわる問題を解決していく。エンターテインメント性よりも、問題解決による学習に重きが置かれている。

*4
ロシアの化学者で、元素周期表の作成者ドミトリ・メンデレーエフのこと。

*5
Game Developers Conferenceの略称。UBM Techが主催し、毎年3月にサンフランシスコで開催される、世界最大級のゲーム開発者会議。

*6
Special Interest Group on Computer GRAPHicsの略称。アメリカコンピュータ学会でコンピュータグラフィックスを扱う分科会であり、同分科会が主催する国際会議・展覧会のひとつである「International Conference and Exhibition on Computer Graphics and Interactive Techniques」の通称でもある。

※なお、本書には研究レベルの内容も入っているため、アカデミックな視点で見ると、いくつか誤訳と思われる表記がみられる。「IGDA日本アカデミック・ブログ」では、研究者による正誤表案が公開されているため、参考にするといいだろう。
http://igdajac.blogspot.com/2019/11/blog-post.html#more


『ゲームデザインバイブル[第2版]―おもしろさを飛躍的に向上させる113の「レンズ」』Jesse Schell(著)、塩川洋介(監訳)、佐藤理絵子(訳)、オライリー・ジャパン、2019年
(原著:Jesse Schell, The Art of Game Design―A Book of Lenses, Second Edition, CRC Press, 2014.)
出版社サイト
https://www.oreilly.co.jp/books/9784873118017/

※URLは2020年1月16日にリンクを確認済み

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