シンポジウム「マンガが先か!? 原画が先か!?―「マンガのアーカイブ」のネクストステージに向けて―」が、2019年12月17日(火)に大日本印刷株式会社 DNP 五反田ビルにて開催された。本シンポジウムは、2019年度メディア芸術連携促進事業のうち、「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」「国内外の機関連携によるマンガ史資料の連携型アーカイブの構築と人材育成環境の整備に向けた準備事業」という2つのプロジェクトの約5年間におよぶ活動実績を総括すべく行われた。シンポジウムでは第1部、第2部でそれぞれの事業の成果が報告され、ディスカッションでは今後の「マンガのアーカイブ」が目指すべき姿が議論された。本稿では「国内外の機関連携によるマンガ史資料の連携型アーカイブの構築と人材育成環境の整備に向けた準備事業」の事業報告が行われた第2部の様子をレポートする。
報告の様子
第2部「国内外の機関連携によるマンガ史資料の連携型アーカイブの構築と人材育成環境の整備に向けた準備事業」事業報告では、4つの事業の担当者が活動成果を報告した。第2部における司会は、事業コーディネーターの鈴木寛之氏(熊本大学/特定非営利活動法人熊本マンガミュージアムプロジェクト)が務めた。
マンガ史資料アーカイブに関するアンケート調査報告
担当:表智之(北九州市漫画ミュージアム)
発表内容をもとに作成
日本図書館協会加盟館から公立図書館1,474件を抽出して、マンガ史資料アーカイブに関するアンケートを郵送したところ、696件(回収率47%)の回答があった。
「マンガ単行本・雑誌の収蔵に関心がある」
YESが71%(494件)、NOが28%(193件)。消極的な回答の理由は、スペースが足りない、選書の基準がない、予算がない、資料収集方針にマンガがない、住民の理解が得られない、地域書店とのすみ分け等があった。
「マンガ単行本・雑誌をすでに収蔵している」
YESが79%(548件)。単行本の収蔵数は、1万冊以上が29件(=今後マンガの収蔵ネットワークの拠点となるような館)、1,000~9,999冊が238件(=マンガ収蔵に関心を持っていると考えられる館)、100~999冊が221件(=学習マンガ、エッセイマンガ、郷土資料といったカテゴライズでマンガを収蔵していると思われる館)、100冊未満が29件(=たまたま寄贈があって受け入れはしたが、収蔵の対象外だと推測できる館)、計測不能の館が40件だった。雑誌の収蔵数は、定期タイトル10誌以上が24件、10誌未満が28件。冊数は、1,000冊以上が17件、100~999冊が14件、100冊未満が9件だった。
「収蔵している単行本の主な作家・作品名について」
やはり手塚治虫、横山光輝、長谷川町子など評価の固まった歴史的な作家、あるいは学習性の高い作家に集中している。
「選書の基準について」
回答からキーワードを抜粋して紹介すると、「郷土」資料、「人間の尊厳」を称えているものは取り入れ、反対に「性」、「暴力」、「反社会」的なものは入れない。また、文化芸術振興基本法に基づくもの、地域課題の入門書として利用できるものを収集しているとの回答も得た。
「将来的にマンガ単行本・雑誌の収蔵を行いたいと考えている」
YESが19%(134件)、NOが33%(229件)だったが、未回答が半分を占めている。課題としては、スペース、選書、予算、方針、理解、ニーズ、装丁が収蔵向きではない、絶版で手に入らない、利用者のマナーが落ちる等があった。おそらく指定管理の館が多いため、答える立場にないというニュアンスが感じられた。
「マンガ単行本・雑誌を収蔵する理由・目的」
ヤングアダルトに読書を推進する、郷土資料である、市民サービスとして情報を提供する、外国人が日本語学習に使う等があった。
「収蔵を行ううえでの課題」
スペース、選書、予算のほか、寄贈の受け入れの基準が難しくなる、損耗で入れ替えようにも絶版のものがある等があった。
「マンガ資料を集積した共同保管倉庫(複本プール)からの本の受け入れ(本代は無償で送料のみ負担)が可能だとしたら、どのような単行本(年代・ジャンルなど)や雑誌を、どのくらいの分量、受け入れることが可能か」
不可能・困難との回答が314件と多いものの、希望ありも165件あった。スペース、送料などの問題があるようだ。
「収蔵しているマンガ単行本・雑誌のうち、不要になったものを共同保管倉庫にご寄贈いただけるとしたら、どのような単行本・雑誌を、どのぐらいの分量、寄贈していただけるか」
単行本・雑誌ともに困難との回答が多く、理由は「フリーマーケット等で住民に還元すべき」「たくさん読まれることで汚損している」「自治体の判断による」だった。
「ご希望、ご質問等」
日本文化の一環としてマンガの収蔵・保存の重要性へ理解を示していただいたほか、相互貸借や実際に取り扱うための研修を望む声があった。
図書館行政の厳しい現状が見られる回答文ではあったが、本プロジェクトが今後パートナーシップを締結していくにあたり期待の持てる結果であった。
「共同保管倉庫(複本プール)」の構想と展望
担当:橋本博(特定非営利活動法人熊本マンガミュージアムプロジェクト)
報告時のパワーポイントより
熊本マンガミュージアムプロジェクト(クママン)は、「国内外の機関連携によるマンガ史資料の連携型アーカイブの構築と人材育成環境の整備に向けた準備事業」の一環として、次世代に残すべきマンガ文化資料の選別・保管を進めてきたが、大量に発生する複本(ダブり本)の処理が課題となったため、全国から集まる複本の整理・提供に取り組むようになった。
クママンが所蔵する12万冊の資料に加えて、京都国際マンガミュージアム、北九州市漫画ミュージアム、明治大学米沢嘉博記念図書館および現代マンガ図書館から送られる本を組み合わせ、寄贈先・提供先のさまざまな事情を考慮した「パッケージ」を作成する。かなりの時間とコストがかかるが、同時に知見やスキルが積み重なった人材が育成されており、今後広がる関連施設に相談役・スタッフとして派遣することも可能だ。
複本プールを担う熊本市内の森野倉庫は、複本を整理する場として使われており、アーカイブ施設としては機能していないため、合志マンガミュージアムの収蔵施設等を改装して、横手市増田まんが美術館をモデルに精査された資料を保管・展示できるアーカイブの拠点としたい。熊本が拠点を持つことで、マンガ原画アーカイブセンターのように、全国にネットワークを広げるという構想にもつながっていくと考えている。
現状問題なのは、複本のアウトプットがインプットに追い付いておらず、20万冊のキャパシティを持つ森野倉庫が破綻する危惧があること。対応策として、2020年4月より、熊本市内の廃校(松尾西小学校跡)にスポーツマンガに特化した施設をつくる。その他、さまざまな街の施設のスペースにもマンガを配置している。
有名コレクターから貴重なコレクションをまとめてオファーされることもあるため、受け入れ窓口業務のほか、マンガに特化した学芸員やアーキビストを育成できるカリキュラムの作成を、熊本大学などと連携して行いたい。
今後は、アーカイブする複本の選定基準も大きな課題となる。また、現在は文化庁事業の一環として行っているが、次の5年間は自走化のステップへ進みたい。
国内外の機関連携によるマンガ史資料の連携型アーカイブの構築と人材育成環境の整備に向けた準備事業について
担当:柴尾晋(明治大学図書館図書館総務事務室)
報告時のパワーポイントより
本事業は、これまでの「国内外の機関連携によるマンガ雑誌・単行本資料の連携型アーカイブの構築と人材育成環境の整備に向けた準備事業」で得られた知見と経験を継続し、産学官民・自治体等の連携によるマンガ史資料の収集・保存・活用を実践、その成果を検証して作業手法の深化・開発を図る。また、連携型アーカイブ構築のためのアーキビストを育成、マンガ文化保存の意義を広く一般に啓蒙普及させていくことを目指している。最終目標は、マンガ雑誌・単行本アーカイブの将来構想の検討、連携機関のネットワーク構築と持続可能な拠点の形成、マンガ史資料の専門的人材の育成である。
2019年度は、明治大学、京都精華大学、北九州市漫画ミュージアムの3機関が連携をして、各機関から熊本へ送付するマンガ資料の選択と収集を行い、送付準備ができたマンガ資料を熊本の森野倉庫へ移送した。熊本マンガミュージアムプロジェクトでは、選別およびセット化とパッケージ化をして国内外連携機関へ移送するとともに、OJTによる人材育成を行っている。
国内連携としては、中間発表会や省察会議等を通して各連携機関と知識の共有と連携を図るとともに、2018年度にマンガ資料を移送した実績がある熊本県内の湯前まんが図書館と八代マンガミュージアムの視察を行った。
国外連携としては、ブラジル、コロンビア、アルゼンチン、中国にマンガを送付した。コロンビアのエアフィット大学ではマンガに関連したシンポジウムが開催されたほか、送付したマンガは日本文化を理解するとともに日本語学習等を目的として学生に広く利用されている。2019年度はトータルで約1,500冊を海外に送付予定である。
送付するマンガ資料は複本が中心であるため資料の傷みがあること、海外へ送付する際の内容の精査、森野倉庫のスペースなどの問題があり、今後は熊本以外にも拠点が必要となるだろう。アーキビスト育成は、大学におけるカリキュラムや認定制度の構築のほか、育成されたアーキビストの雇用先の確保が重要だ。
今後はデータ作成業務の請負や人材育成講師など、運営資金の安定的な確保とビジネスモデルの構築も検討しなくてはならない。
マンガ史資料のパッケージについて
担当:松岡星(熊本大学大学院)
報告時のパワーポイントより
まず連携機関から森野倉庫へ送付された40~50冊の本が入っているコンテナを運搬、開封して、本棚に並べた後、作品タイトルごとの小集団でセットを作成。全巻そろっているものを「完全セット」、そうでないものを「準セット」と呼ぶことにしている。セットが完成したら、送付用のパッケージにまとめるために、手書きで書誌データを記録してリストを作成し、セットを元の箱やコンテナに詰め戻していく。書誌データの項目には、レーベル、出版社、判型がある。
パッケージは、送付先のニーズに応じてセットを組み合わせる。ニーズを把握するために、特に送ってほしいもの(Must)と送ってほしくないもの(Don’t)をヒアリングするほか、インターネット、現地に詳しい人からのアドバイスを参考にしている。パッケージが完成したら、箱詰めされたマンガの作品タイトルをエクセルでリスト化する。
しかしヒアリングを経ても現地での需要にマッチさせるのはまだ難しく、実際にあった例として、アルゼンチンに向けては、現地の代表的なスポーツであるサッカー関連のマンガ、加えてスポーツマンガ、特に人気があるという『美少女戦士セーラームーン』、現地でほとんど初めて紹介される日本のマンガということで大御所作家の作品を集めたパッケージをつくったところ、先方からは、「アニメ化されていないマンガは手に取られない」「マンガ愛好家はインドア派が多いためスポーツマンガに関心が低い」という声のほか、収蔵している本の特性上、大半が2000年代より前の作品であるため、「最近の人気作品が欲しい」との意見が挙がった。すべての要望に応えることは難しいが、受け手に価値を理解してもらえる作品を選ぶ必要があるだろう。
パッケージ化作業に携わるうえで、選書に必要なマンガの知識、図書資料の扱いに関する知識を、早い段階から体系的に学ぶ機会があれば望ましいと感じた。
(information)
マンガが先か!? 原画が先か!?
―「マンガのアーカイブ」のネクストステージに向けて―
日時:2019年12月17日(火)13:00~17:00(開場12:30)
会場:大日本印刷株式会社 DNP 五反田ビル
定員:130名
参加方法:申込不要、当日先着順
参加費:無料