シンポジウム「マンガが先か!? 原画が先か!?―「マンガのアーカイブ」のネクストステージに向けて―」が、2019年12月17日(火)に大日本印刷株式会社 DNP 五反田ビルにて開催された。本シンポジウムは、2019年度メディア芸術連携促進事業のうち、「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」「国内外の機関連携によるマンガ史資料の連携型アーカイブの構築と人材育成環境の整備に向けた準備事業」という2つのプロジェクトの約5年間におよぶ活動実績を総括すべく行われた。シンポジウムでは第1部、第2部でそれぞれの事業の成果が報告され、ディスカッションでは今後の「マンガのアーカイブ」が目指すべき姿が議論された。本稿では「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」の事業報告が行われた第1部の様子をレポートする。

報告の様子

最初に、2つのプロジェクトに携わっている、全体司会の吉村和真氏(京都精華大学)がシンポジウムの趣旨説明を行った。続く第1部「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」事業報告では、4つの事業の担当者が活動成果を報告した。第1部における司会は、事業コーディネーターの伊藤遊氏(京都精華大学国際マンガ研究センター)が務めた。

趣旨説明

担当:吉村和真(京都精華大学)

近年、マンガ・原画のアーカイブに対する注目度が高まっている。例えば、2019年5月には、国内に約70近くあるマンガ・アニメ関連施設の先駆けとなる施設として、秋田県横手市の増田まんが美術館がリニューアルオープンし、23万点を超える原画が収蔵された。また、5月から8月にかけてロンドンの大英博物館でマンガ展「The Citi exhibition Manga」が開催され、さまざまな反響があった。さらに、9月には国際博物館会議(International Council of Museums:ICOM)が日本で初めて開かれ、会場がマンガミュージアムのある京都だったこともあり、マンガのアーカイブ・展示についての議論が行われた。一方で、10月の台風19号の影響で川崎市市民ミュージアムが浸水し、マンガに関する貴重な資料が消失するという緊急性の高い事象にも直面している。
このようにマンガをめぐるアーカイブが注目されているが、一口でマンガといっても原画と刊本(雑誌・単行本)の2つに分けられ、2つのプロジェクトもそれに則っている。そして、原画がなければマンガは存在せず、マンガの流通・人気・評価によって原画の価値が変わっていくため、原画と刊本の両アーカイブ事業は表裏一体である。これまで本事業で進めてきた5年間の成果と総括を共有するとともに、ディスカッションにて、次の5年間に向けた課題と展望を考えていきたい。

マンガ原画アーカイブに関するアンケート調査報告

担当:日高利泰(京都大学)

報告時のパワーポイントより

2019年夏、約1,200館の博物館・美術館・文学館に対して、マンガの原画の収蔵や展示に関心があるかを調査するアンケートを行い、652件(回収率56%)の回答を得た。

Q1「マンガ原画(および関連史資料)の収蔵・展示等に関心がある」
YESが271件、NOが363件。NOと答えた理由には、館の収蔵方針にそぐわないとの回答が多かった。
Q2「マンガ原画(および関連史資料)をすでに収蔵している。または収蔵計画がある」
YESが55件あったが、「計画がある」との回答はなかった。また、Q1とQ2の回答から、集めるつもりはなかったが結果的に持っている場合も7件あるとわかった。
Q3「収蔵作家、受入経緯等について記述」(Q2にYESと答えた施設対象)
マンガ専門施設ではなくとも、何らかのイベントを行った際に作家が描いた色紙などを収蔵しているケースがあることが明らかになった。
Q4「将来的にマンガ原画(および関連史資料)の収蔵を行いたいと考えている」
YESが139件。また、このうちQ2で「すでに収蔵している」と回答した34件を除くと、105件が今はマンガ原画を持っていないが将来的に収蔵したいと考えていることになる。これと、NOと答えたなかでも「地元ゆかりの作家であれば、受け入れを検討しないでもない」と消極的な受け入れ表明のあった20件を合計すれば約130件となる。しかし、YESの139件のうち、積極的な姿勢を示しているのは3分の1から4分の1程度。
Q5「収蔵を行う場合の目的や課題について記述」
空間、予算、専門人材、どれも足りないとの回答が最も多かった。
Q6「本事業への要望・質問等について記述」
地方の館を中心に「低予算での巡回展をやってほしい」との要望のほか、「原画を扱う専門的なノウハウが不足しているので、研修等をやってほしい」との要望が、すでに原画を収蔵している施設からも多くあった。

以上の結果から、マンガ原画の収蔵に前向きな施設は約160件と考えられるが、コミットメントの度合いにばらつきがあるため、収蔵に積極的なのはその半分から3分の1と考えた方がいいだろう。しかし資金面から各館で大規模な受け入れが直ちに可能なわけではなく、支援体制の整備が必要不可欠であり、本事業で構想するマンガ原画アーカイブセンターおよびマンガ原画アーカイブネットワークが非常に重要な役割を果たすと考えられる。

三原順原画の整理と活用

担当:ヤマダトモコ(明治大学米沢嘉博記念図書館)

報告時のパワーポイントより

『はみだしっ子』(1975~1981年)、『Sons』(1986~1990年)などの代表作を持つ女性マンガ家三原順氏の原画のアーカイブ化を進めることになったきっかけは、明治大学米沢嘉博記念図書館で開催した展覧会「没後20年展 三原順復活祭」(2015年2月6日~5月31日)だった。同展覧会は、いまだに当館の来館者数が最多であり、その多くが原画を前に涙する姿を目にし、早世を惜しまれる作家だと改めて強く認識した。一方で、原画の所有者が保管場所やコスト面で困っていらしたため、当館で原画を一定期間お預かりし調査と整理を進めることで、原画活用の機会も増やせると考えた。
事業の2年目まではモノクロ原画、3年目にはカラー原画および原画相当資料の整理を行った。工程としては、原画を、割り当てたIDとともにスキャンし、プリントアウトして作品カードを作成する。なお原画はあくまで預かりのため、著作権を鑑みて複製できない精度(300dpi)の画像しか残さないことにした。また、原画に張り付けられているネームの散逸を防ぐためなどの理由でOPP袋で保存しているが、この点は今後も検討が必要だろう。
4年目には、札幌にある原画の状態確認と所在不明原画の探索を目的として北海道に出向いたところ、三原氏の友人が所蔵しているカラー原画18枚の状態確認をすることができた。また、所有者に原画を戻したあとも、当館で三原氏の原画をアーカイブした記録を残すため、整理作業の実践から得た知見をまとめた報告書を作成した。
5年目を迎えた2019年度には、整理した原画・資料類の全件数は6,337点(モノクロ原画5,784点、カラーを主としたイラストカット類478点、ネームプロット・原画相当資料75点)となり、そのすべてを所有者に返却した。ただ、2018年までのデータは共有保管して、今後も運用のサポートをしたいと考えている。
アーカイブ事業の活用例を挙げると、2018年度までにもいろいろあったが、2019年には当館であらためて展覧会「三原順カラー原画展~札幌からようこそ~」(2019年6月21日~8月26日)を開催し、札幌で発見されたカラー原画18枚を公開したほか、アーカイブ作業での成果も展示した。10月には、整理によって確認できた原画を用いて復刊された絵本『かくれちゃったのだぁれだ』(復刊ドットコム)、2020年3月には当館原画事業の集大成となる、全カラーイラスト掲載予定のイラスト集『三原順 all color works』(白泉社)が刊行される。本事業での整理作業は、マンガ原画の利活用の支援に大いに貢献できたと実感した。産官学共同事業の一例として、メディア芸術の文化史資料保存を考える際の参考にしていただければ幸いである。

マンガ原画修復について

担当:小野慎之介(東洋美術学校)

報告時のパワーポイントより

マンガ原画の資料的・芸術的価値が再認識されるなかで、長期保存対策の構築が求められている。大がかりな修復処置等が必要になる前に、劣化要因をコントロールする予防保存対策と、マンガ原画の保存状態を可視化する迅速な評価方法の開発が必要不可欠である。
2018年度までは、横手市増田まんが美術館に収蔵されている原画311点の非破壊強度予測に取り組み、さらに制作年との相関関係を確認した。
2019年度からは、カラー原画の耐光性について調査を進めている。具体的には、実際の原画の目立たないところに、約0.4mmの照射径の光を当ててピンポイントで計測する耐光性試験を行った。ISO準拠の染色布「ブルーウール・スタンダード」を変色度合いの比較対象とした。ブルーウール・スタンダードは1級から8級まであり、1級であれば30万ルクスアワーで人が認知できる程度の変色を引き起こす。谷口ジロー氏の原画で評価を行ったところ、ブルーウール・スタンダード2級相当、制作年の違うものについても2級相当との結果になり、国際照明委員会のガイドラインでは、年間の累積照度1万5,000ルクスアワー(照度50ルクスで10時間×30日間)に抑えて展示すべきと指標が設定されている。また、コピック等のアルコールマーカーは、色によって安定性に大きな違いがある。カラー原画・画材は光に対して敏感なものが多く、これらのデータを基に照度や展示期間を設定しなくてはならない。
マンガ原画の修復については、技術的な面よりも、どういうベクトルで修復を行うかという点が難しい。例えば、美術館ではアート作品として可能な限りきれいに保存したい、博物館では物に付随する歴史の積み重ねを保存したい、図書館では利用者が手にとって利用できるようにしたいと、価値観によって最適な保存・修復のあり方は異なっており、それらを並立することは困難である。このタイミングでマンガ原画の価値を問い直す必要があるだろう。

「マンガ原画アーカイブネットワーク」/「マンガ原画アーカイブセンター」の構想

担当:大石卓(横手市)

報告時のパワーポイントより

横手市増田まんが美術館は、国内外合わせて作家数179人、23万点以上の原画を収蔵する施設として2019年5月にリニューアルオープンした。2019年度は、当館に原画保存相談の窓口となるマンガ原画アーカイブセンターを実装するべく、具体的な協議を重ねてきた。
2015年からは、地元出身の矢口高雄氏から寄贈された4万2,000点の原画すべてをはじめ、作家が生涯を懸けて生み出した原画を預かってアーカイブし、まちづくりに生かす取り組みを始めた。原画データを入力する専用ソフトの開発、1,200dpiの高解像度によるスキャニングを行うほか、酸性化を抑制するため、中性紙素材を活用して原画を保管。またそういった収蔵やアーカイブ作業の様子を外から見ることができるよう、展示室をガラス張りにした。倉庫内は、紙資源の保存に最も適した温湿度で24時間管理されている。
リニューアルオープンを見据え、同館は2019年4月1日から、矢口氏、高橋よしひろ氏、倉田よしみ氏、きくち正太氏という地元出身のマンガ家と横手市が共同出資した一般財団法人横手市増田まんが美術財団により、公設民営型の施設として運営されている。それ以前よりマンガ家と行政が一体となって原画の保存に取り組んでいった結果、同館がマンガ原画アーカイブセンターの拠点として原画相談の窓口を担っていくことが、横手市と財団で合意された。
センターとしての業務は、まず、出版社やマンガ家、展示施設関係者からの原画保存・処理に係るさまざまな相談を受け、カルテづくりを進めていく。そして、相談者の希望に合う解決策を一緒に見いだし、全国の関連施設に対して収蔵を働き掛け、その結果をまたマンガ家や権利者に戻していく仕事が主になると想定している。さらに原画の寄贈・譲渡、企画展での活用などを関連するネットワークの施設で行い、緊急処置が必要な原画・資料に関しては、一度プールすることも必要な業務になる。また、アーカイブ専門人材の育成、運営の自立化、収益性のある活用なども担っていく必要があるだろう。
横手市増田まんが美術館の収蔵キャパシティー70万件は早々に限界に達することが容易に想像できるため、全国に拠点を設けながらブロック単位でネットワークを強固にし、オールジャパンで原画の保存に取り組んでいきたい。


(information)
マンガが先か!? 原画が先か!?
―「マンガのアーカイブ」のネクストステージに向けて―
日時:2019年12月17日(火)13:00~17:00(開場12:30)
会場:大日本印刷株式会社 DNP 五反田ビル
定員:130名
参加方法:申込不要、当日先着順
参加費:無料