2019年2月から5月にかけて「日本漫画家協会所蔵本および資料の調査整理・データベース化事業」の成果報告として日本漫画家協会のギャラリーにて行った「日本漫画家協会賞の歴史」展に続き、同ギャラリーでは2019年度事業の成果展示「ポスターに見る漫画と地方自治体」展を3月16日(月)から、残念ながら新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が4月7日(火)に発令され、中止されるまで行っていた。2019年度事業ではこれと合わせるかたちでシンポジウム「漫画家と社会の相互作用:日本漫画家協会の活動から」を去る3月24日(火)にオンライン配信し、「日本漫画家協会」という公益社団法人の活動から「マンガ家と社会」というテーマについてさまざまな角度から議論を行った。本稿ではこのシンポジウムを含めた同事業の活動を通じ、改めて現代日本社会における「マンガと公共性」について論じる。

「ポスターに見る漫画と地方自治体」展の様子

「マンガ」と「公共性」というテーマ

21世紀に入って、日本社会においては「マンガ」……というよりはポピュラーカルチャー全般において「公共性」というテーマが密かに重要性を帯びてきているように思う。わかりやすい例でいえば、「クールジャパン」のような文脈では「マンガ」や「アニメ」、近年では「アイドル」のような国内のポピュラーカルチャーが「日本を代表する文化」のような語られ方をするようになっているし、国際的にも国内的にも「知的財産戦略」が重要な政治課題となった2000年代以降は伝統文化や文芸・芸術の振興以外のポピュラーカルチャー、大衆文化に対する政府・地方自治体による文化政策も積極的に行われるようになった。

戦後の日本社会では戦前の言論統制への忌避感から長らく政府、地方自治体のような政治主体による現在進行形の文化・芸術への直接的な介入を嫌う風潮があり(註1)、特に「マンガ」に関しては60年代から80年代にかけて当時の若者層によってカウンターカルチャー的な性格を持つものとして支持されてきた歴史を持っているため、現在でも国や地方公共団体による「マンガ」の利用に反感を示す論者、読者層も一定数存在していると思われる(註2)。

にもかかわらず「マンガ」のようなポピュラーカルチャーにまつわる文化行政、文化政策が国や地方自治体にとっての新たな政策課題として浮上した背景としては、まずCD、ビデオ、パーソナルコンピュータ、インターネットといった新しいデジタルテクノロジーの実用化と普及に伴いGATTウルグアイ・ラウンド(1986~1994年)以降、国際通商貿易問題上、「著作権」や「知的財産」の保護が大きなテーマになったこと、さらに90年代半ば頃から欧米やアジアといった諸外国における「マンガ」、「アニメ」の人気が報道されはじめ、この事実が当時国際政治理論の新機軸として注目されていた「ソフトパワー」(註3)、つまり日本の文化的影響力の大きさを主張するための恰好の実例となったことの2点が挙げられる。

いってみれば21世紀に入ってからの「マンガ」は、読者や批評家、作者の意図や意識とすら無関係なレベルで、国際経済や政治的な状況の変化という外的要因によって日本社会のなかで新たな「公共性」を持った「文化」として再評価されるようになってしまったのである。

「日本漫画家協会所蔵本および資料の調査整理・データベース化事業」

筆者を含む調査グループ(幸森軍也、原正人、椎名ゆかり、池川佳宏)は2015年(平成27年度)より、文化庁が実施する「メディア芸術アーカイブ推進支援事業」の支援事業の一環として「日本漫画家協会所蔵本および資料の調査整理・データベース化事業」を実施し、継続的に同協会の所蔵資料、活動についての調査、電子化を含む整理、整備事業を行ってきた(平成27年度報告書平成28年度報告書平成30年度報告書)。

1964年に設立された日本漫画家協会は国内に存在するマンガ家の職業団体としては唯一の公益社団法人であり、近年ではデジタル海賊版サイトに対する共同声明(註4)を発表していたことから見てもわかるように、望むと望まざるとにかかわらず、日本の「マンガ家」の公的なステイトメントを代弁する役割を担ってきた側面を持っている。

私たち調査チームはこうした性格を持つ日本漫画家協会所蔵資料の調査を通じ、作家同士の私的な交流や職業的な互助組織といった面に限らないさまざまな切り口からの「マンガ家の社会的活動」を知ることになった。今回、2019年度(令和元年度)同事業成果報告展示のテーマとした「地方自治体事業への協会や協会所属作家の協力活動」はそのなかでも一般的にはあまり知られてないものだと思われる。

地方自治体にとっての「マンガ」

先にも述べたように、21世紀に入って以降、国際政治や国内の経済・社会環境の変化もあって国(日本国政府)が積極的に現在進行形で制作されている文化・芸術に関しても積極的に振興政策を行うようになった。その明確なあらわれが、2001年、国および地方自治体が文化振興政策を策定するための基本的な基準を定めた「文化芸術振興基本法」(註5)の制定である。

じつは同法の制定まではこれも前述した戦前の文化統制への忌避感から新規の芸術や文化の振興政策に対しては政府はあまり主導的な役割を果たそうとしなかったこともあって、地方自治体にとっては地域の文化行政は比較的自由度の高い政策分野だと考えられていた。このため「文化芸術振興基本法」制定以前に都道府県や市町村が定めた「文化振興条例」はそれぞれ独自色が強く、扱う対象もまちまちだった。その意味で「マンガ」を「振興すべき文化」に含めるか否かは各自治体の自由裁量に任されていたといえ、こうした点が地方自治における政策分野としての文化政策の「自由度」の高さだったといえる。逆にいえば「文化芸術振興基本法」施行以後のもっとも大きな変化は同法のなかで「マンガ」や「アニメ」が「メディア芸術」という「振興すべき文化芸術」として明確に位置付けられた点にある(註6)。

いずれにせよ、自治体事業が一般的に知られていないのはそうした「地方自治」と呼ばれるレベル、つまり地域住民への行政サービスの一環として行われているものだからだ。例えば地方都市が主催する大規模な美術トリエンナーレや映画祭、博覧会などのイベントは外部からの観光客誘致も意図されているため、必ずしも住民向けのものということはできないが、だからといってそれらが他府県の住民にどれだけ知られているかは疑問だろう。

したがって「文化芸術振興基本法」制定以前から見られる地方自治体事業へのマンガ家の協力は、多くの場合「文化振興」というよりはむしろ「マンガ」やマンガ家のポピュラリティーに期待した当該事業に対する一般への訴求力増加を目的としたものだ。

今回「ポスターに見る漫画と地方自治体」展で取り上げたポスターのなかには、就職相談会にマンガ家の講演が含まれているケースなどもあるが、こうした事例を含め、地方自治体が「マンガ」に求める「公共性」は「まちおこし」のような政府とは異なる各地方自治体レベルでの独自の動機付けに支えられている。

「ポスターに見る漫画と地方自治体」展の様子。協会所蔵の12点ほどのポスター、近年の地方自治体のマンガ関連文化事業の背景の解説と関連する日本漫画家協会会報の記事パネルが展示された

どの立場で見、どのような動機から評価するのか

90年代以降、世界最大の「マンガ」市場を持つ日本では「マンガ」はほぼ議論の余地のない自明なものとみなされ、その価値や意味についてあまり考えられることがないが、じつは「マンガ」の価値や意味、あるいはその「文化としての機能」といってもいいが、それは誰がどのような立場、視点から見るかで、当然異なってくる。

作者と読者、批評家、研究者でも立場によって「マンガ」に対する見方、評価軸はそれぞれ異なるし、政府と地方、民間といったレベルでもそのような差異は生じる。例えばこれもあまり知られていないことだが、日本漫画家協会に所蔵されている会報や文書資料を見ていくと日本漫画家協会では設立当初から作家レベルで積極的な国際交流活動を行ってきていることがわかる。そこには外務省の掲げる「国際マンガ賞」や「クールジャパン」のようなものではない、あくまでも作家同士の国際交流が存在している。あるいはそれらの所蔵資料からはマンガ家自身が戦後の日本社会に対してどのような文化として「マンガ」を提起しようとしていたのか、ということも見えてくる。

3月に開催したオンラインシンポジウム「漫画家と社会の相互作用:日本漫画家協会の活動から」では、こうしたさまざまな視点で日本漫画家協会の活動が「社会」とどのような関係を取り結んできたかを本調査事業メンバーが論じた。

筆者は、先に書いたような地方自治体による「マンガ」関連事業の背景を、会報を通して見た日本漫画家協会による国際交流活動に関してはフランス語のコミックス翻訳者である原正人氏が、1968年に行われた「漫画百年」展を通して当時のマンガ家たちがどのようなものとして「マンガ」を位置づけようとしたかをアメリカンコミックス翻訳者、マンガ研究者の椎名ゆかり氏が、「日本漫画家協会賞」という協会独自のマンガ賞のありかたから、そこに反映された「マンガ」観の変化をマンガデータベースの専門家である池川佳宏氏がそれぞれ論じた。さらにこれら各論の前提となる日本漫画家協会を「漫画家の集団」として位置付ける発表を長年ダイナミックプロで版権業務に携わり、日本漫画家協会とも関わりの深い幸森軍也氏に、本事業実施の経緯については日本漫画家協会事務局の渡辺教子氏にお話しいただいた。

シンポジウム「漫画家と社会の相互作用:日本漫画家協会の活動から」の様子。池川氏はシンポジウムの進行も務めた

最後に今回は「感染症による緊急事態宣言」というまったくの「外的な要因」によって展示、シンポジウムともにあまり公に開かれたものとして行えたとはいいがたい。多少なりともご期待いただいていた方々、ご迷惑をおかけした関係者の皆さんにこの場を借りてお礼を申し上げるとともに陳謝したい。


(脚注)
*1
こうした認識の存在は例えば文化芸術推進フォーラム「真の文化芸術立国実現に向けて」(2017年)http://ac-forum.jp/wp-content/uploads/2017/06/report20170613.pdfといった多くの資料で文化庁も21世紀以降の日本の文化行政、政策の背景として繰り返し言及している。

*2
例えば評論家・マンガ原作者の大塚英志は『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』(大澤信亮と共著、角川書店、2005年)などいくつかの著作で国や自治体による「マンガ」文化への介入についてはっきりした批判を行っていた。00年代には「クールジャパン」的な「マンガ」の文化的評価の称揚がなされた反面、大塚に限らず評論家、読者サイドには「マンガ」を「日本文化」のようなナショナリスティックな価値観と無造作に結び付ける見方に対する反感や批判も多く見られた。

*3
各国の国力を測る基準として軍事、経済力(ハードパワー)ではなく、文化的な影響力(ソフトパワー)を重視すべきだとするアメリカの政治学者ジョセフ・ナイ(Joseph Samuel Nye, Jr.)がその著書『Bound to Lead: the Changing Nature of American Power』(Basic Books, 1990. 邦訳:久保伸太郎訳『不滅の大国アメリカ』読売新聞社、1990年)で提唱した概念。

*4
日本漫画家協会ホームページ「海賊版サイトについての見解」(2018年2月13日掲載)
https://www.nihonmangakakyokai.or.jp/?tbl=information&id=7015

*5
現「文化芸術基本法」(2017年改正)。

*6
「文化芸術振興基本法」第9条は次のとおり。
国は、映画、漫画、アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術(以下「メディア芸術」という。)の振興を図るため、メディア芸術の製作、上映等への支援その他の必要な施策を講ずるものとする。


(information)
「ポスターに見る漫画と地方自治体」展
会期:2020年3月16日(月)~5月15日(金)(土・日・祝祭日休館)
*緊急事態宣言発令により、4月7日(火)まで開催
会場:日本漫画家協会1Fギャラリー(都営地下鉄新宿線曙橋駅 徒歩2分)
〒160-0001 東京都新宿区片町3-1 YANASE兎ビル TEL:03-5368-3783
開場時間:10:00〜18:00 入場無料

シンポジウム「漫画家と社会の相互作用:日本漫画家協会の活動から」
日時:3月24日(火) 14:00~16:30
登壇:幸森軍也・渡辺教子・椎名ゆかり・小田切博・池川佳宏・原正人

https://www.nihonmangakakyokai.or.jp/?tbl=exhibition&id=8409

※URLは2020年7月7日にリンクを確認済み