海外で出版されている数あまたの本から、独自の視点や読者の希望によってタイトルをピックアップし、クラウドファンディングによって翻訳、出版する会社がある。「1,000冊の本」を冠しているサウザンブックス社(以下サウザンブックス)だ。会社が制作費用を負担し、本を発行するという一般的な出版形態とは異なる仕組みをとるのはなぜか? そしてそこでは、どのようなやりとりが繰り広げられているのか? サウザンブックスで新たに立ち上げられたレーベル「サウザンコミックス」を中心に、サウザンコミックス編集主幹で翻訳家の原正人氏と同社取締役の安部綾氏、サウザンコミックスから2020年11月末、プロジェクトを立ち上げた日本グラフィック・メディスン協会代表の中垣恒太郎氏に話をうかがった。

左から、安部氏、原氏、中垣氏

海外マンガを幅広く紹介する新レーベル「サウザンコミックス」

原正人氏は、サウザンブックス社(以下サウザンブックス)において海外マンガの翻訳版を取り扱う「サウザンコミックス」の編集主幹であり、2020年10月に発行されたレーベル第一弾となるバンド・デシネ、ダヴィッド・プリュドム『レベティコ 雑草の歌』(以下『レベティコ』、註1)の翻訳者である。『レベティコ』のクラウドファンディングでは発起人も務めた。原氏によれば、日本で翻訳される海外のマンガは最近だと多くて年間200点程度。ここ10年で優に1,000点が刊行されていて、その大半をアメリカン・コミック(アメコミ)が占めている(註2)。これまで80冊ほどのフランスのマンガ「バンド・デシネ」を翻訳している原氏からすると、日本における海外マンガの翻訳点数は決して多い数ではない。世界には個性的な作品が非常にたくさんあり、それらを幅広く紹介したいという思いから、サウザンコミックスを立ち上げた。

『レベティコ』表紙

シリル・ペドロサによるバンド・デシネ『ポルトガル(Portugal)』(Dupuis, 2011)など、いくつか翻訳候補作品があるなかで選んだのが、『レベティコ』だった(註3)。原氏はフリーランスで活躍する翻訳家だが、良い作品があれば出版社に持ち込みをしている。以前『レベティコ』を持ち込んだときに第一に言われたのが、「知名度がない」ことだったそうだ。同氏によると、これは『レベティコ』に限らず、出版社が海外マンガの翻訳版を出したがらない大きな理由のひとつ。どんなに作品のストーリーやビジュアルが優れていても、読者層が想定できなければ、出版までの道は開かれない。

そもそも「レベティコ」とは、ギリシャのブルースといわれる音楽ジャンルを指している。一部の音楽マニアの間で知られる存在で、コンピレーションアルバムが数点販売されている程度と、扱っている題材自体がマイナーだ(註4)。同氏はどうしてそんな作品を翻訳出版しようと思ったのだろうか?

僕は自分が知らないことを教えてくれる作品が個人的に好きなんです。翻訳者という職業柄、そういった作品はすごく重要だと思うし、そういった作品を積極的に紹介することが自分の務めだと考えています。だからこそ、普段なかなか知ることのない異国の人々の生活、文化を描いたこの作品をサウザンコミックスの第1弾に選びました。

『レベティコ』のクラウドファンディング成立まで

クラウドファンディングは、2019年11月19日(火)から2月17日(月)にかけて行われた。650人の支援者よりおよそ320万円が集まり、目標金額の250万円を超えて、達成率129%となった。支援者の人数は、これまでのサウザンブックスでのクラウドファンディングのなかで最も多い。順調に支援者が集まったのだろうと思わせられるような結果だが、実際はそうではなかったそうだ。

『レベティコ』は音楽に関する作品だったので、プロジェクトチームはCD・レコード店にチラシを送った。原氏も自身のTwitterなどでプロジェクトについて発信するなどし、告知を始めてから2週間で達成率は10%ほどに到達する。しかしその後はなかなか数字が伸びない。年が明けて、1月下旬には大阪の海外マンガのカフェバーCROSSOVER、同じく大阪の海外マンガのブックカフェ書肆喫茶moriで撮影した紹介動画をTwitterに掲載。1月28日(火)に下北沢にある本屋のアンテナショップBOOKSHOP TRAVELLERで「『Rébétiko』翻訳出版プロジェクト作戦MTG&原書読書会」を開催した時点で、達成率は30%程度だった。安部氏によると、クラウンドファンディングには「30%の壁」があって、そこを超えられるかどうかで、成功できるかどうかが決まってくるという。サウザンブックスで企画した出版プロジェクトのなかでも、これに到達できずにとん挫したものはいくつかある。また安部氏は、「発起人が諦めたらもうそれは終わり」と語る。『レベティコ』の場合は、2月に入ってから原氏がTBSラジオ「アフター6ジャンクション」に出演したこともあり、2月12日(水)時点で72%だったのが、一気に伸びて13日(木)の21時半頃に100%を達成。17日(月)には最終的に129%となった。

『レベティコ』関連イベントの様子

人のつながりが本の出版に結びつく

一般的な書店に並ばないような書籍を、わざわざ支援したいと思わせるのに一役かっているのが、サイトに掲載される協力者の「応援コメント」だ。『レベティコ』では、マンガ家の森泉岳土さん、文芸翻訳家の三辺律子さんらがコメントを寄せ、マンガ家の川勝徳重さん、上で触れた書誌喫茶mori店主森﨑さんらのインタビュー記事も掲載された。マンガ家、マンガ研究者、大学の関係者、書店の関係者など、計18名から応援コメント・インタビューの協力を得た(註5)。

これらは、原氏の人脈から依頼した方々がほとんどだが、クラウドファンディングを進めるなかで、新たに知り合った人もいたという。その一人が、ギリシア悲劇を研究し、俳優、演出家、リュラー奏者、作家という肩書きを持つ佐藤二葉さんだ。佐藤さんはレベティコのバンドELLI-ANAのメンバーとしても活躍していて、率先してTwitterでの拡散、ライブ内での作品紹介を行い、それまでとは異なる層にこの作品およびクラウドファンディングの情報を届けてくれた。

また、BOOKSHOP TRAVELLERで行われたイベントには、海外マンガが好きだというデザイナーの金子歩未さんが参加した。そこでの出会いをきっかけとして、金子さんが『レベティコ』の装丁を手掛けてくれることになった。実はこのような流れで、デザイナーが見つかることは過去にもあったようで、安部氏は次のように話す。

今までも、「この本のデザインを私がやりたい!」と手を挙げてくれた方にデザインをお願いしたことはあります。クラウドファンディングで支援を募っていると、本に興味があるので何か協力したいという方が現れるんです。

しかし、制作費を自社でまかない、出版するという一般的な形式に対して、支援者から資金を募るという方法には、発行元がリスクを避けているかのような、マイナスなイメージもつきまとう。安部氏によると、2019年にサウザンコミックスより発行されたデンマークの児童書『ZENOBIA』(文:モーテン・デュアー、絵:ラース・ホーネマン、訳:荒木美弥子)の作者は当初、クラウドファンディングで資金を集めて本を出すことをネガティブに感じていたそうだ。しかしプロジェクトを進めていくと、「実際にやってみたら、日本の読者とコミュニケーションが取れてすごく良かった」という言葉をもらえたという。

『ZENOBIA』表紙

プロジェクトに参加し、募集期間中に目標金額が集まってプロジェクト成立し、支払いが完了したら、申し込んだコースに応じて手元に本が届く。自らが直接制作にかかわらずとも、本が届くとうれしさはひとしお、届いた本の写真をSNSにアップする支援者は多いそうだ。本はまず支援者のもとに送られ、その後一定期間を経て自社の通販サイト、書店、Amazonなどに並ぶ。支援金はすべて制作費にあてられ、本が売れたときに初めてサウザンブックスの利益が発生する仕組みになっているとのこと。このように、サウザンブックスでは、SNSや口コミ、イベントといった周知活動でクラウドファンディングが達成され、本の制作資金が集まり、出版される。人のつながりが本の出版へと直結していく。

原氏は、以前から海外マンガの交流会や読書会を行い、最近ではYouTubeでその魅力を紹介してもいる。そのような活動の背後には、海外マンガの読者をさらに増やしていくためにコミュニティをつくりたいという思いがあるのだという。それが、サウザンコミックスの立ち上げにもつながった。『レベティコ』のクラウドファンディングから始まったサウザンコミックスというレーベルは、いずれ海外マンガを幅広く伝える土台になっていくのかもしれない。

レーベル第二弾はグラフィック・メディスン

このレーベルで次に展開されるのが、『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』(以下『テイキング・ターンズ』、註6)である。本書は、医療とマンガをつなぐ英語圏の「グラフィック・メディスン」という運動のなかから生まれた一冊。作者は、グラフィック・メディスン学会の中心人物の一人、MK・サーウィック氏。英文科出身で看護師として働いていた作者が、エイズ病棟で勤務した1994年から2000年頃を振り返る回顧録(グラフィック・メモワール)だ。このプロジェクトの発起人となった中垣恒太郎氏は本書について次のように語る。

アメリカでエイズパニックが起こり、特に男性の同性愛者に対する偏見が強かった時期、緩和ケア病棟での出来事が描かれています。自らの記憶に、当時の関係者や同僚の証言などを組み合わせながら再構成していて、とりわけある闘病で苦しんでいる患者さんと一緒に絵を描きながら交流していく様子が感動的です。

『Taking Turns: Stories from HIV/AIDS Care Unit 371』表紙

グラフィック・メディスンに関する翻訳書といえば、ブライアン・フィース『母のがん』(訳:高木萌訳、解説:小森康永、ちとせプレス、2018年)が第一に挙げられることが多い。また、サーウィック氏を含むグラフィック・メディスン学会の会員がまとめた『グラフィック・メディスン・マニフェスト マンガで医療が変わる』(北大路書房、註7)が2019年に発行されたばかり。まだまだ認知度の低いジャンルだ。中垣氏は、一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会の代表を務めており、その旗振り役に適任といえよう。また、原氏は編集主幹という立場から『テイキング・ターンズ』の翻訳・発行プロジェクトに同意した。

アメリカのコミックスは海外マンガの翻訳のなかで一番多いものです。特にスーパーヒーローものが多く、「オルタナティブ・コミックス」や「グラフィックノベル」と呼ばれるものも出版されています。でも『テイキング・ターンズ』はそれらとは少し毛色が違うんです。グラフィック・メモワールとも呼ばれる自伝的なグラフィックノベルの翻訳は既にいくつか翻訳されていますが、この作品はそのスタイルやテーマから、持ち込みをしたところでまず翻訳出版は難しいと判断されることでしょう。とはいえ、感染症や差別、医療従事者の気持ちというテーマを含んでいて、今出版することにすごく意義がある本だと思います。

少ない、しかし確実にいる読者に本を届ける

サウザンブックスには、サウザンコミックス以外にもレーベルがある。それが「PRIDE叢書」だ。LGBTQといったセクシュアル・マイノリティについて取り上げており、これまでに7件のプロジェクトが成立した。スペインの人気ブロガーによるLGBTの声を掬った青春小説、マイク・ライトウッド『ぼくを燃やす炎』(訳:村岡直子、2018年)、LGBTの権利回復の歴史を子ども向けに解説したジェローム・ボーレン『LGBTヒストリーブック 絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』(訳:北丸雄二、2019年)などだ。

また2020年8月に、このレーベルから初めての日本人作家による作品、野原くろさんのボーイ(ズ)ラブコミック『キミのセナカ』が発行されることが決まった。本書は、性的マイノリティのカミングアウトについて描いた作品で、2019年に『너의 뒤에서 キミのセナカ』として韓国で翻訳・発売され、大きな反響を呼び、2020年には台湾で発売、今後はフランスでの書籍化も予定されている。実は韓国での発売の際も、性的マイノリティをテーマとしたデザイン性の高い本を出版する6699pressから、クラウドファンディングを用いて発行された。韓国でクラウドファンディングにより発行された日本人作家の本が、逆輸入され、クラウドファンディングで世に出ようとしている。

『너의 뒤에서 キミのセナカ』表紙

これまで見てきたような、レベティコ、グラフィック・メディスン、性的マイノリティを本で取り上げるとしても、想定される読者層は多いとは言い難い。作品自体はすばらしいが、リスクを負ってまで出版社が発行できないタイトルを、サウザンブックスでは必要とする読者に、クラウドファンディングによって届けている。発行元と読者の距離は近く、読者が欲するものを企画として立ち上げることもある。しかしこの形態は、決して新しいものではない。19世紀のアメリカ文学を専門とする中垣氏はこう語る。

19世紀頃、まだ書店の流通サイクルがなかったときは、本は予約出版が基本で、一定程度の読者が集まったから刊行にたどり着ける、という感じでした。そういう多くの読者を想定するのではなく、読者と送り手がつながっている出版のあり方が、今の時代に合っているのでないかと思います。

「1,000人集まれば本ができる」というサウザンブックス。クラウドファンディングによりコミュニティが生まれ、さらにそのコミュニティが欲する本、新しい世界を知られるような本を届ける仕組みが整っている。今後、サウザンコミックス、サウザンブックスがどのようなタイトルを発行していくのか、はたまた同社の出版形態が出版業界へ何かしらの影響を与えるのか、注視していきたい。


(脚注)
*1
原書は下記の通り。
David Prudhomme, Rébétiko―la mauvaise herbe, Futuropolis, 2009.

*2
海外マンガの翻訳刊行点数の参考として「ガイマン賞」が挙げられる。「ガイマン賞2018の」対象である、2017年9月1日~2018年8月31日までに刊行された海外マンガは172点だった。
https://gaiman.jp/index.html

*3
原氏は本サイトにおける連載記事で、同作品にも言及している。
原正人「越境するグラフィックノベル 第9回 グラフィックノベルと旅」、メディア芸術カレントコンテンツ、2020年1月15日
https://mediag.bunka.go.jp/?post_type=article&p=15914

*4
日本では「レベティコ」ではなく、「レベーティカ」「レンベーティカ」などと呼ばれることが多い。20世紀初頭、もともとトルコ領で暮らしていた多くのギリシャ人が難民としてギリシャ本土に帰郷した際に、トルコ音楽を持ち込んだことで発展を遂げた。

*5
応援コメント、インタビューや、イベント開催については、以下の「活動報告」より確認できる。
「世界のマンガの翻訳出版レーベル・サウザンコミックス第一弾! 傑作バンド・デシネ『Rébétiko』(レベティコ)を翻訳出版したい!」、GREEN FUNDING
https://greenfunding.jp/thousandsofbooks/projects/3322

*6
原書は下記の通り。
M. K. Czerwiec, Taking Turns: Stories from HIV/AIDS Care Unit 371, Penn State University Press, 2009.
本書に関しては、本サイトにおける中垣氏による連載記事でも引用されている。
中垣 恒太郎「人生を豊かにするための「グラフィック・メディスン」――「医療マンガ」の応用可能性第2回 多様化する医療と「医療マンガ」ジャンルの発展史」、メディア芸術カレントコンテンツ、2020年10月6日
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-16808/

*7
翻訳版および原書の詳細は下記の通り。
MK・サーウィック、イアン・ウィリアムズ、スーザン・メリル・スクワイヤー、マイケル・J・グリーン、キンバリー・R・マイヤーズ、スコット・T・スミス『グラフィック・メディスン・マニフェスト マンガで医療が変わる』訳:小森康永、平沢慎也、安達映子、奥野光、岸本寛史、高木萌訳、北大路書房、2019年。
MK Czerwiec, Ian Williams, Susan Merrill Squier, Michael J. Green, Kimberly R. Myers, Scott T. Smith, Graphic Medicine Manifesto, Penn State University Press, 2015.
本書に関しては、本サイトにおける中垣氏による連載記事でも紹介されている。
中垣 恒太郎「人生を豊かにするための「グラフィック・メディスン」――「医療マンガ」の応用可能性 第1回 「グラフィック・メディスン」とは?」、メディア芸術カレントコンテンツ、2020年7月1日
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-16422/

※URLは2021年2月3日にリンクを確認済み