2021年5月27日から配信が始まったNetflixオリジナルアニメシリーズ『エデン』は、アメリカ人プロデューサーのジャスティン・リーチ氏が長年温めてきた構想を、日本の監督やキャラクターデザイナー、台湾の制作会社などインターナショナルな体制で実現させた作品だ。日本の紙に連続した絵を描いて動かしていくアニメが持つ独自性が世界のコアなファンから認められている一方で、世界的にヒットするのはピクサーやドリームワークスが手掛ける3DCGアニメが中心。こうした状況にあって、3DCGでありながら2Dのようなルックと動きを見せる『エデン』はアニメーションの世界でどのような可能性を切り開くのか。制作チームの組み立て方を中心に、プロデューサーのリーチ氏に聞いた。
『エデン』より。主人公の人間サラ
日本とのつながり
本作品の舞台は、人類がはるか以前に姿を消し、ロボットだけが暮らす世界。カプセルの中で眠っていた人間の赤ちゃん・サラをロボットが発見し、「人間は有害」とみなされているにもかかわらず、安全な場所で彼女を育て、やがてサラは世界の秘密に向き合っていくSFファンタジーです。この『エデン』という作品を通して観客に伝えたいことは何でしょう?
リーチ:この作品で皆さんに伝えたいキーメッセージは2つあります。まずは「環境を大事にしょう」ということ。「そうしなければ、こんな世界になってしまうよ」という世界観を描いています。もうひとつが「子育ては大事だよ」ということ。なので子育てをしている親御さんに見てもらいたいですね。きっと共感してもらえる内容になっていると思います。
『エデン』より以前に日本のアニメ作品をプロデュースした経験はあったのでしょうか。
リーチ:クラウドファンディングのKickstarterで資金を募って、湯浅政明監督、Production I.Gでつくった短編アニメーション『キックハート』(2013年)があります。その後、キネマシトラスと組んで同じようにクラウドファンディングで作った短編アニメーションの『Under the Dog』(2016年)に、アソシエイトプロデューサーとして関わりました。『エデン』はそれ以来の作品です。
『エデン』という作品の構想もそのときから?
リーチ:それは長い長い話になります。着想したときとなるとずいぶんと時間をさかのぼります。大学を卒業して1年くらい経ったころ、自分はすでにアニメ業界で働いていました。1998年のことですか、そのときに最初の着想が生まれたんですが、なかなか実現にこぎ着けられず、ずっと企画を寝かせていました。そうしたなか、2001年に日本に移ってProduction I.Gで仕事をする機会があったんです。
Production I.Gでは何をされていたんですか。
リーチ:押井守監督の劇場アニメーション『イノセンス』(2004年)に関わりました。その頃、今はNetflixでアニメチーフプロデューサーをしている櫻井大樹さんが、Production I.G作品の『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』(2002~2003年)で脚本の仕事をしていたんです(筆者註:櫻井圭記名義)。櫻井さんは英語が話せたので、自分とは仲良くさせてもらいました。とはいえ、やはり『エデン』を実現するには経験も乏しく、チャンスも巡ってきませんでした。その後も長い時間、アニメ業界で経験を積んできました。企画を実現させるために経験を積んできたと言っても過言ではないと思います。
Netflixの櫻井プロデューサーと日本で出会っていたことが実現につながった感じですね。
リーチ:さまざまなシンクロニシティが重なって、ようやく企画を走らせるに至りました。同じような出会いでは、ある短編アニメーション映画をつくったとき、メカデザインの竹内敦志さんがロボットのデザインを手掛けてくれました。それを櫻井プロデューサーに見せたのが、今回の企画の発端となります。ロボットのデザインを見た櫻井プロデューサーが、ほかにもアイデアをピッチしたらと助言してくれて、温めていた『エデン』の企画を提案しました。過去に手掛けた『キックハート』も『Under the Dog』も規模の小さな作品でしたから、『エデン』は少し勝手が違いました。大きな企画としてプロデューサーを務めなくてはならなくなって、やることが多くなったときに、櫻井プロデューサーがメンターとなっていろいろと助けてくれました。
『エデン』より
国際的な協力関係のなかで
『エデン』では台湾のCGCGというプロダクションがアニメ制作を担っています。監督は日本で『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』などを手掛けた入江泰浩さんです。こうしたインターナショナルな体制をとった理由は何でしょう。日本のアニメ制作会社でつくることも考えていたんでしょうか。
リーチ:最初に『エデン』の企画を構想していたときは、日本の2Dで制作するアニメスタジオに持ちかけてはどうだろうと考えていました。ただ、日本のアニメスタジオは忙しくて3年、4年先までスケジュールが埋まっています。今回の企画はチーム編成を組むのに1カ月しか猶予がなく、長く待つことはできませんでした。そんなとき、自分自身のこれまでの業界経験から繋がっていたCGCGやブルースカイの力を借りることができました。アメリカでのスタジオ経験が多分にあるので、インターナショナルな体制でアニメを制作することには慣れていたこともありました。
アニメ制作は台湾で、監督やキャラクターデザイン、脚本は日本、コンセプトデザインはフランス出身のクリストフ・フェレラ、アートディレクターは『上海バットマン』(2012年)のクローバー・シェが務め、音楽はオーストラリアのケビン・ペンキンが手掛けています。こうした国際色豊かな体制を組んだ理由はありますか。
リーチ:この作品については、インターナショナルな編成を組んでやりたいという構想が最初からありました。それは、やはりグローバルなアニメーションにしたい、世界中の観客に訴求する作品にしたいという思いがあったからです。なおかつ日本のアニメーションが持っている匠の技の部分もあり、両輪で行きたかった。そのために、主要なクリエイティブチームでは入江監督のほかに竹内さん、キャラクターデザインの川元利浩さんという体制を組ませていただきました。竹内さんについては、過去に短編アニメーションの話をしたときに描いてくれたロボットのデザインを、そのまま『エデン』では生かしています。こうしたメンバーでコアなアニメファンにも訴求できると考えています。
『エデン』より
入江監督と3DCG
入江監督はどういった経緯で起用されたのでしょう?
リーチ:入江監督は、『エデン』で共同プロデューサーを務めてくれている長谷川博美さんから、この人と組んでみてはと推薦がありました。自分は初対面でいっしょに仕事をするのも初めてでした。ある意味でお互いに賭けでもありましたが、大変にうまくいったと思います。アニメーターや演出家としての技術に卓越した素晴らしい方です。私は入江監督を非常に尊敬しています。
入江監督は商業作品で3DCGによるアニメーションを手掛けたことがなかったそうです。2Dでは『ソウルイーター』(2008~2009年)のオープニング(筆者註:入江監督が担当したのは1~30話のオープニングアニメーション)のように素晴らしいアクションシーンを描くアニメーターでもある入江監督の技術を、3DCGで表現することに困難さはありませんでしたか?
リーチ:そこは、CGCGの力によるところが大きいですね。CGCGはドリームワークスやルーカスフィルムで作品を手掛けて西洋型のアニメ制作を経験し、技術を蓄積してきました。同時に、スクウェア・エニックスとの企画をはじめ、日本のプロダクションと組んだ仕事も行っています。『エデン』はそうした経験が生かされた映像だと見ています。
それでいて入江監督の技術もしっかり再現されている作品になっています。
リーチ:入江監督との作業では、日本のアニメタッチを忠実に再現したいと考えました。3Dで描いた上から入江監督に描き足してもらって、修正をしていたんです。キャラクターデザインの川元さんにもいろいろな修正を加えてもらいました。もっともっと時間があったら改善する余裕があったかもしれませんが、今の段階ではベストを尽くして日本のアニメのタッチに忠実なものをつくれたと思っています。
入江監督の起用は成功だったということですね。
リーチ:入江監督が工夫してくれた点がもうひとつあって、通常の長編アニメーションだったら予算がつくので全コマを描きますが、こうしたタイプのCGアニメでは、普通は一コマ飛ばしで描いていきます。それを入江監督は、全コマ描いてくれました。これによって日本のアニメのタッチを再現しながら、長編アニメーションのような動きのスムーズさが実現しました。
日本独自のアニメは世界でマニアには好評ですが、世界ではピクサーやディズニーのようなグローバルスタンダードの映像が好まれます。日本のアニメが世界にもっともっと出て行くには、グローバルな求めに答えたほうが良いのでしょうか。それとも日本の独自性を維持していくべきでしょうか。
リーチ:何とも言えませんが、2Dアニメは日本の十八番といったもので、とても素晴らしいクラフトだと思っています。それはそれで継続すべきです。昨今はアニメーターを探すのがとても難しくなっていますが、見つけることができれば追求すべきだと思っています。一方でグローバルに訴求するためにはどうしたら良いか。これも難しいことです。『鬼滅の刃』(2019年)という純日本的な作品がブレイクアウトすることもありますから。
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車篇』(2020年)は北米で大ヒットしていますからね。
リーチ:私に関して言えば、アメリカや日本で経験を積んだことで、国際的な視点を培うことができました。クリエイティブ的にどのようなバランスをとれば良いのかという視座、バランス感覚が養われました。こうした感覚を生かして作品を見ていきたいと思っています。最終的には、自分が語りたいストーリーを語っていくべきだと思います。それが何よりも大切なことです。
本日はありがとうございました。
ジャスティン・リーチ
アメリカ生まれ。1997年にブルースカイ・スタジオに入社。アニメーターとしてのキャリアをスタートさせる。2001年、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年)を手掛けたProduction I.Gの『イノセンス』にCGクリエイターとして参加するために来日。2005年には、ルーカスフィルムの3Dアニメーションシリーズ『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ』の立ち上げメンバーとして参加。その後、2007年にブルースカイ・スタジオへ戻り、『アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの』(2009年)、『アイス・エイジ4/パイレーツ大冒険』(2012年)などのアニメーション映画に携わる。2012年に湯浅政明監督や押井守監督とともに、Production I.G制作のもと『キックハート』(2013年)に携わり、クラウドファンディングを活用したアニメ制作を日本で初めて成功させる。2018年には東京にアニメーション制作スタジオQubic Picturesを設立し、夢だった「日本のアニメーションと西洋のアニメーションの融合」を実現させるべく、Netflixオリジナルアニメシリーズ『エデン』の制作を始動した。
(作品情報)
『エデン』
監督:入江泰浩
声の出演:高野麻里佳、伊藤健太郎、氷上恭子、山寺宏一、新垣樽助、ほか
アニメーション制作:CGCG
配信開始日:2021年5月27日
話数:全4話(各回25分)
https://www.netflix.com/jp/title/80992783
『エデン』キーアート
※URLは2021年6月23日にリンクを確認済み
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