「特撮のDNA~ゴジラ、富士山にあらわる~」展が2021年7月10日(土)から8月7日(土)にかけて山梨県立博物館で開催された。絵コンテやギニョール、怪獣のスーツ、撮影用プロップといった、特撮作品の制作によって生まれる中間制作物が数多く展示される本展覧会では、作品に込められた職人の技術や現場の熱量を、それらの「モノ」を通して感じることができる。また、本展覧会は「特撮のDNA」としては通算8回目となる展覧会でもあり、これまでのノウハウを生かした新たな展示の試みも行われた。

「特撮のDNA~ゴジラ、東京にあらわる~」エントランス

富士山の下に集結

「特撮のDNA」展は、日本における特撮技術とその担い手たる技術者に焦点を当てた展覧会である。2016年に福島県で開催された福島展「特撮のDNA 〜円谷英二から川北紘一まで 日本が誇る特技監督の軌跡」を皮切りに、2017年から2019年にかけて、東宝特撮作品を中心とする展示が佐賀県、兵庫県、東京都で実施された。その後は2019年から2021年にかけて、「特撮のDNA 〜平成ガメラの衝撃と奇想の大映特撮」(註1)が東京都で、「特撮のDNA―ウルトラマン Genealogy」が東京都と大阪府で開催された。「「特撮の技術」とその「継承者たち」にスポットをあて」(註2)るというコンセプトはそのままに、大映や円谷プロといった東宝とは異なる制作会社の視点からの「特撮のDNA」が展開されてきたのである。単なる巡回展とは異なる、同一コンセプトによる数年にわたっての複数の展覧会の実施は、特撮はおろか、マンガやアニメ、ゲームといったほかのメディア芸術に関する展覧会においても珍しい事例であり、その意味でも「特撮のDNA」は「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」(註3)以降活性化した特撮関連の展覧会群のなかでも、特に重要な位置付けにあるものと言えるだろう。

本展覧会は当初、今回と同じ会場である山梨県立博物館にて2020年7月11日(土)~9月7日(月)に開催予定であったが、新型コロナウイルスの影響により開催が1年延期となった。こうしたトラブルもあり、本展覧会は「特撮のDNA」としては2年ぶりとなる東宝特撮作品に焦点を当てたものとなっている。本展覧会では、これまでの東宝特撮作品を特集した「特撮のDNA」で展示された資料に新たな資料を加えた、合計約200点の資料が展示された。また、開催館である山梨県立博物館が葛飾北斎の代表作『冨嶽三十六景』の全作を所蔵しているということにちなみ、そのなかの一作である『冨嶽三十六景 凱風快晴』(1830~1832年頃)が展覧会のメインビジュアルに使用された。会場入口では、このメインビジュアルを立体化するように、『冨嶽三十六景 凱風快晴』を背景に『ゴジラ2000 ミレニアム』(1999年)で使用された水中撮影用のスーツが展示されている。怪獣スーツと平面に描かれた富士山の絵の組み合わせは、ホリゾント(背景画)をバックに怪獣が佇むという特撮の撮影風景を連想させるものであり、見慣れているようで新しい興味深い光景となっている。

「特撮のDNA~ゴジラ、富士山にあらわる~」メインビジュアルを再現したエントランス

怪獣王ができるまで

本展覧会の展示は次の8つのエリアで構成されている。東宝特撮の花形キャラクターを特集した「ゴジラ」、「モスラ」、「ラドン」、「キングギドラ」の4エリア、そして先に挙げた4種を除く東宝怪獣を特集した「怪獣総進撃」エリア、超兵器を特集した「メカニック&ロボット」エリア、『流星人間ゾーン』(1973年)や「超星神」シリーズなどを特集した「特撮テレビヒーロー」エリア、そして関係者のインタビューを中心とした「特撮シアターギャラリー」エリアである。複数の怪獣をまとめて特集するエリアに、富士山麓を最終決戦の舞台とする東宝怪獣オールスター映画『怪獣総進撃』(1968年)のタイトルを引用している点は、開催地である山梨県との関連を感じさせる優れたネーミングである。

さまざまな年代、さまざまなメディアで発表された東宝特撮作品の資料を広範に展示する本展覧会のなかでも史料価値の高さという点で特筆すべきは、初代『ゴジラ』(1954年)に関する資料である。電車のミニチュア、超兵器オキシジェン・デストロイヤーのプロップ、ゴジラのミニチュア(註4)といった造形物に加え、メインスタッフ間での撮影プランの検討と本編班・特撮班での意思統一のために用いられたピクトリアルスケッチの現物も間近で鑑賞することができる。展示室に設けられた『ゴジラ』制作経緯を概説するパネルの記述と合わせて、「ミニチュアと着ぐるみを用いた怪獣映画」という今までにないイメージを実現させるためのスタッフ達の創意工夫を鑑賞者に想起させる。また撮影に使用されたものだけでなく、『ゴジラ』完成時に東宝撮影所の中庭で完成記念とヒット祈願のために行われた「ゴジラ祭り」で平田昭彦があげた祝詞や、『ゴジラ』の特殊撮影技術を讃えて社團法人日本映画技術協會から東宝撮影所特殊技術部へ贈られた「日本映画技術賞」の楯なども展示されており、当時の東宝における『ゴジラ』をめぐる状況を垣間見ることができる。『ゴジラ』という日本の特撮怪獣映画の原点を多方面から検討することができる展示と言えるだろう。

左:『ゴジラ』 東海道線車両 撮影用オリジナル
中央:『ゴジラ』 オキシジェン・デストロイヤー 撮影用オリジナル(アップ・ショット用)
右:ゴジラ ミニチュア
『ゴジラ』 ピクトリアルスケッチ
左:「日本映画技術賞」の楯
右:「ゴジラ祭り」の祝詞

「モノ」が語る匠の技

造形物の「モノ性」を前面に出した展示は、特撮を題材としたほかの展覧会と比較した際の「特撮のDNA」展の最大の特徴である。例えばアップ・ショット用のゴジラの頭部やキングギドラの頭部ギニョール(註5)などは、顔のパーツを操作するためのワイヤーを隠すことなく、あえて鑑賞者が見ることができる状態で展示されている。『ゴジラ』(1984年、以下「84ゴジラ」)で使用されたゴジラの頭部は、皮がすべて剥がれたメカニズムむき出しの状態で展示されており、あごやまぶた、上唇を動かす骨組みやスーツアクターの頭部に載せられる半球状の台座などといった内部の仕組みを、鑑賞者は子細に観察することができる。また、『ゴジラ×メカゴジラ』(2002年)、『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』(2003年)に登場するメカゴジラのスーツ頭部に換装されるダメージ眼や、スーツ胸部に換装される武器展開用パーツなどのシーンを効果的に演出するために要求される造形物も、スーツの一部としてではなく造形物単体として展示されている。「モノ」でしかない造形物を「生きた」キャラクターとして映像内で成立させるために機械的な技術や造形物の組み合わせが活用されていることを、改めて理解することができる展示となっている。

左:『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001年) キングギドラ 首ギニョール 撮影用オリジナル
右:「84ゴジラ」 ゴジラ スーツ 頭部メカニック 撮影用オリジナル(アップ・ショット用)
左:『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』 MFS-3 3式機龍(メカゴジラ)の眼 撮影用オリジナル
右:『ゴジラ×メカゴジラ』 MFS-3 3式機龍(メカゴジラ)の胸部パーツ 撮影用オリジナル

造形物の素材に対する鑑賞者の視線を誘発するような展示が散見されるのも、本展覧会の「モノ性」を強調する展示の特徴である。『モスラ3 キングギドラ来襲』(1998年)における鎧モスラの羽化シーンは、メタリックな身体と透明でしなやかな翼の硬軟のコントラストからなる印象的な映像となっているが、そうした画のコントラストがFRP(註6)とポリカーボネイトという造形物の素材の違いによってもたらされていることが、展示のキャプションで説明されている。『ゴジラVSモスラ』(1992年)におけるモスラの卵についても、卵殻の剥落部分で造形物の断面の構造を確認することができ、「どのような素材で制作されているのか」という関心を鑑賞者に喚起させる展示となっている。「メカニック&ロボット」エリアの目玉である歴代メカゴジラ撮影用スーツ(一部修復あり)の展示コーナーにおいても、素材や塗装による「メカ」表現の進化を概観することが可能である。造形物の素材については、造形師へのインタビュー記事などで語られることもあるが、映像や図版ではなく、鑑賞者が自分の目でその素材のニュアンスを実感できる機会は決して多くはない。展示物の「モノ性」に注目した本展覧会ならではの体験である。

左:『モスラ3 キングギドラ来襲』 鎧モスラ 撮影用オリジナル
中央:『ゴジラVSモスラ』 モスラの卵 撮影用オリジナル
右:歴代メカゴジラスーツ。アニメ作品『GODZILLA 決戦機動増殖都市』(2018年)に登場するメカゴジラも、写真奥に画像パネルとして並べて展示されている

「モノ性」に注目した展示という観点において、本展覧会の展示物のなかでも見逃してはならないものが、『ゴジラ×メカゴジラ』(2002年)で使用された水中撮影用のゴジラ上半身スーツである。このスーツは撮影時のダメージによって首周りの皮が剥落し、内部の動作用のメカニズムが露出してしまっているのだが、本展覧会ではそのダメージを修復することなく、あえてその状態を維持したまま展示が行われている。こうしたスーツへのダメージは造形物の「モノ性」を暴露し、そのキャラクター性を毀損するため、ヒーローや怪獣のキャラクター性を前面に出す従来の展示においては忌避される傾向にある。だがこの状態で展示されることにより、首周りのアクションが多いという撮影時の状況や、水を使った撮影がもたらすスーツへのダメージ、首というパーツを薄くつくらざるを得ないという造形物の事情など、さまざまな情報を鑑賞者は理解することが可能となる。これはキャラクター性に展示の力点を置かない、「特撮技術」に焦点を当てた「特撮のDNA」だからこそ可能となった展示である。

左:『ゴジラ×メカゴジラ』 ゴジラ 上半身スーツ 水中撮影用 撮影用オリジナル
右:首周りにかなりのダメージが確認できる

進化する「特撮のDNA」

本稿冒頭で述べたように、2016年から始まった「特撮のDNA」は2021年で開催5年目である。本展覧会では、それまでの展覧会開催によって蓄積されたノウハウや設備を基に、展示の改良や新たな試みが行われることとなった。

ひとつ目の改良点が、飛び人形などの造形物をピアノ線で動かす操演技術によって演出されるキャラクターの低位置展示である。これらのキャラクターは、従来の特撮を題材とする展覧会では天井から吊り下げるという展示方式の制約上、造形物が鑑賞者の目線よりも高い位置とならざるを得ない。そのため、造形物の背面など、鑑賞者の部分的な死角がどうしても発生してしまっていた。しかし本展覧会では、「特撮のDNA 〜平成ガメラの衝撃と奇想の大映特撮」の際に、開催地である東京都大田区のサンケイエンジニアリング株式会社に発注したスーツ展示用の金属フレームを、操演キャラクターの展示設備として活用することによって、操演キャラクターの低位置での展示が実現した。これにより鑑賞者は正面から背面まで余すところなく造形物を観察することが可能となったのである。

左:『モスラ3 キングギドラ来襲』 レインボーモスラ 撮影用オリジナル
中央:左写真の別アングル。低位置展示のため、背面まで観察できる
右:『モスラ3 キングギドラ来襲』 レインボーモスラ 撮影用オリジナル。左写真の造形物とは別物。天井からの吊り展示で高所にあるため、背面を観察することはできない

2つ目の改良点が、合成に関する説明展示である。従来の特撮を題材とした展覧会においては、展示空間の制約上、展示対象は本編美術や特撮美術、怪獣やヒーローのスーツといった造形物がほとんどであり、合成や特殊効果といった特撮に欠かせない部署の活動を展示空間のなかで紹介することは困難であった。「特撮のDNA」においても、これまでパネルなどを用いて合成技術の説明が行われていた。しかし、どのように素材を加工し、それがどのようなかたちで完成映像となるのかを説明するには静止画と文章では限界がある。特撮のDNA展制作委員会の笹井氏によれば、スタッフ内でもパネルは「わかりにくい」と不評であったという。そこで本展覧会では実際の作品で使用された素材を基に合成技術の解説動画が作成され、マスク合成、作画合成、オプチカルプリンターによる合成、70mmフィルムによる合成、デジタル合成といった代表的な技法が紹介されることとなった。動画にすることによって、バラバラの合成素材が組み合わせられてひとつの画として成立する過程が順を追って目で確認できるため、静止画や文章による説明よりも直感的に理解しやすいものとなっている。展覧会を通した特撮文化の教育・普及という観点からも、今後のほかの特撮展示においても積極的に導入していくべきだろう。

動画で合成の仕組みが解説される

3つ目の改良点が、ジオラマ展示である。これまでの「特撮のDNA」においてもジオラマは展示のクライマックスとして展示されており、街中のミニチュアを制作する場合は、監督・特技監督・ミニチュア修復師の原口智生が保有する撮影用ミニチュアをジオラマ用に借り、それらを活用するかたちでセットが組まれていた。しかし今回は、展覧会のジオラマセット用のミニチュアが新たに制作されることとなった。ジオラマ用に一から設計されたため、大小の建物がバランス良く配置されつつも、世界観が統一された情報量の多い街並みとなっている。これらのミニチュアは「84ゴジラ」で使用されたスチレンボードを用いた制作方法をベースとしたものであり、特撮技術の再現展示的な側面も持っていると言える。このスチレンボード製ミニチュアは、「84ゴジラ」の現場においては火薬などの熱で変形したために取扱いに苦労したと「特撮シアターギャラリー」で上映されているインタビューにおいて監督・特技監督の樋口真嗣が語っているが、特撮のDNA展制作委員会の堤氏によれば、軽く、適度に丈夫で、湿気などの影響を受けにくいため、ジオラマ用のミニチュアには適した製法だとのことである。これらの証言は、ジオラマと特撮という隣接ジャンルの間の違いを考えるうえで参考になる観点と言えるだろう。これらのミニチュアの制作は、造形師の吉羽孝雄、特殊美術・造形の三木悠輔、および武蔵野美術大学の自主特撮映画制作団体「ビビッドマン製作委員会」メンバーによって行われた。なかでも大学生の「ビビッドマン製作委員会」が制作に関わっている点は興味深い。特撮技術とその継承は「特撮のDNA」を通底するテーマであるが、「84ゴジラ」で用いられた技術を用いて若い世代の手で新たに造形物を制作したこのジオラマは、「次世代へと受け継がれる特撮のDNA」を象徴するものとなっているのである。

左:佐賀展「特撮のDNA 〜怪獣の匠 日本が誇る怪獣キャラクター造形の歴史」(2017年)のジオラマ
右:本展覧会のジオラマ
左:ジオラマの街並みの看板に展覧会会場の山梨県立博物館の名称が。展覧会に合わせて作成されたミニチュアだからこそ可能な小ネタ
中央:ゴジラの足元にあるバスには「怪獣王前」の行き先表示が
右:ジオラマの側のモニターでは、ジオラマのメイキング映像も上映されている

特撮展示の一大ブランドとして

本展覧会は、「モノ性」を強調した展示という「特撮のDNA」ならではの展示を行いつつ、新たな挑戦を行うことで、鑑賞者への特撮の教育・普及という面においても、特撮の技術伝達という面においても、展示を通して「特撮文化の継承」を実現するものとなっていた。こうした展示コンセプトの追求は、長期スパンで継続して企画を実施してきた「特撮のDNA」展だからこそできたものと言える。「特撮のDNA」展も2021年で第1回目から5年目という節目の年であり、特撮展示の一大ブランドとして定着したと言えよう。次の節目の年に向けて、今後その展示対象や展示方法がどのように進化していくのか、注目していきたい。


(脚注)
*1
本サイト記事「「特撮のDNA 〜平成ガメラの衝撃と奇想の大映特撮」レポート」に詳細についての記述あり。
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-16194/

*2
「特撮のDNA」内、「特撮のDNAとは?」より。
https://www.tokusatsu-dna.com/#dna

*3
「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」
東京都現代美術館:2012年7月10日(火)~10月8日(月・祝)
愛媛県美術館:2013年4月3日(水)~6月23日(日)
新潟県立近代美術館:2013年11月8日(金)~2014年1月21日(火)
名古屋市科学館:2014年11月1日(土)~2015年1月12日(月)
熊本市現代美術館:2015年4月11日(土)~6月28日(日)

*4
初代『ゴジラ』の最小サイズのミニチュアの石膏型を用いて、『ゴジラの逆襲』(1955年)の撮影の合間に、造形師の利光貞三とスーツアクターの中島春雄が制作したものをFRPで忠実に再現して制作されたミニチュア。撮影用オリジナルではないが、現存する最古のゴジラの型を現代に伝えるものとなっている。

*5
スタッフが手を入れて動かす人形。怪獣の上半身や首などの造形物として使用されることが多い。手で直接動かすことにより、首のひねりなどの複雑な演技が可能となる。

*6
繊維強化プラスチックの略。弾性率が低いプラスチックにガラス繊維をはじめとする各種繊維を加えることによってつくられる、軽量かつ強度の高い素材。


(information)
特撮のDNA~ゴジラ、富士山にあらわる~
会期:2021年7月10日(土)〜9月6日(月)
9:00~17:00(入館は16:30まで)

※8月7日(土)に山梨県による新型コロナウイルス感染防止への臨時特別協力要請のため、8月8日(日)から8月22日(日)まで一時休館となり、8月19日(木)に9月12日(日)まで休館が延長されたため、8月7日(土)をもって公開中止となった

休館日:毎週火曜日
会場:山梨県立博物館
入場料:一般1,000円、大学生500円
高校生以下、山梨県内在住の65歳以上、障害者(およびその介護者)は無料
https://www.tokusatsu-dna.com/posts/info/nmfdal

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©特撮のDNA製作委員会

※URLは2021年8月5日にリンクを確認済み