医療マンガ100作品のレビューとグラフィック・メディスンの現場での実践例をまとめた書籍『日本の医療マンガ50年史――マンガの力で日本の医療をわかりやすくする』の刊行を機に、本書により見えてきた医療マンガにまつわる課題を記しておきたい。また、2020年、2021年に発表された医療マンガから見えてきた新たな傾向も紹介する。

一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会編『日本の医療マンガ50年史――マンガの力で日本の医療をわかりやすくする』表紙

「医療マンガ」史の試みをめぐって

2021年5月、一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会編『日本の医療マンガ50年史――マンガの力で日本の医療をわかりやすくする』(SCICUS、2021年)が刊行された。手塚治虫「きりひと讃歌」(1970~1971年、「ビッグコミック」連載)以降、2020年までに刊行された50年におよぶ日本のマンガ100作品のレビュー、さらに翻訳のある海外マンガ10作品のレビューに、「「医療マンガ」前史」、「学習マンガ」、「医療マンガ同人誌の世界」、「コロナ禍でのマンガ」など14のコラムを収録したPart 1と、医療現場にマンガを導入する実践例をまとめたPart 2とによって構成されている(註1)。

医療マンガのジャンル研究、そして医療現場におけるマンガの導入についても、ともにまだ始まったばかりの段階であり、本書を通して見えてきた課題も多い。筆者は責任編集として全体を統括する役割を担ったが、医療マンガ100作の選定にあたっては、事前に150作品ほどのリストを用意し、主としてマンガを専門とするライター、研究者である執筆者にそれぞれがレビューを担当する作品を選んでもらう方針で臨んだ。グラフィック・メディスン協会による刊行物であることからも、マンガ研究に対してのみの貢献を目指したものではないが、本書の執筆者がマンガ研究全体を代表するものではないとしても、マンガ研究の観点からの関心の一端を見出すことはできるであろう。

「医療マンガ」ジャンルの区分についてもこれからさらに詳細に検討していく必要がある。現時点では、英語圏のグラフィック・メディスン学会による動向を参照し、「医療マンガ」の概念を、広く「生命と健康、病気にまつわる領域」として仮に捉えている。グラフィック・メディスン自体が、医療の細分化・専門化が進むなかでこぼれ落ちてしまいかねない層に目を向けるという狙いから生まれたことからも、日本グラフィック・メディスン協会が提起する「医療マンガ史」として、老いや介護、障がいなどの医療の周辺領域にまで射程を広げている。それでも、はたして動物医療を同じ枠組みで扱うことは妥当であるのかなどの問題も生じてくるのであるが、英語圏のグラフィック・メディスン学会の拠点となるペンシルヴァニア大学出版局が2021年よりスタートした新しい叢書「グラフィック・ムンディ」では、生態系、人権、環境正義などさらに広域の概念のなかでグラフィック・メディスンを捉えようとしている(註2)。

『日本の医療マンガ50年史』の副題は、「マンガの力で日本の医療をわかりやすくする」としているが、英語圏のグラフィック・メディスンの姿勢は、ことばではうまく捉えることができない複雑な領域をヴィジュアル表現によって探ろうとする点に特色がある。日本のマンガ文化、医療を取り巻く環境は、海外の事情とも大きく異なるものであり、日本の文化土壌を踏まえて、日本のマンガ文化をどのように医療分野とその周辺に活用できるのかを引き続き検討していきたい。本書で取り上げた50年におよぶマンガ作品の多くは、電子版で入手が可能である。医療を取り巻く環境はまさに日進月歩であるが、時間の経過、時代の変遷によって明らかになる面もある。文化資源としてのマンガ文化をどのように活用しうるかという観点が、これからの医療マンガ研究にとっての主要な課題となることだろう。

「医療マンガ」をめぐる新しい局面

2021年に入って以降も、新しい「医療マンガ」が続々と誕生している。そのいくつかを具体的にたどることで、医療マンガおよびグラフィック・メディスンの現在を概観してみよう。

あらいぴろよ、原作:西尾元『女性の死に方』(電子コミック描きおろし、双葉社、2021年)は、法医学者(兵庫医科大学法医学講座主任教授)による実際の解剖経験に基づく物語である。大学法医学研究室では、死因不明による遺体が運ばれてきて、司法解剖が行われている。おそらくは本人が家族にも身体の異変を言い出せないまま、がんの皮膚転移によるがん性皮膚潰瘍を患っていた症例、すでに語ることができない遺体を通して、その女性の人生のあり方に想いを馳せる。女性に多い病気、あるいは、死を通して女性を取り巻く社会の状況も見えてくる。むき出しの遺体の描写はショッキングに映るが、人は誰しも最後に死ぬという当たり前のことに気づかせてくれるものであり、主人公の法医学者のセリフにあるように、「時に残酷なこともあるが 『生きている今』を充実させる ヒントを教えてくれるはず」であり、死をめぐるさまざまなケースを知ることで、回避できる事故もあるであろう。「メメント・モリ」(死を忘れるな)という言葉を体現した異色の連作短編集であり、現代日本に生きる女性たちの姿の一端も浮かび上がってくる。

あらいぴろよ、原作:西尾元『女性の死に方』15ページ

高橋恵子『家でのこと――訪問看護で出会う13の珠玉の物語』(2020年、「訪問看護と介護」連載)は、介護福祉士として在宅介護の現場に従事する著者による短編集である。地域包括ケアシステムに対する社会の期待を反映して、医療マンガにおいても訪問看護の主題は近年、目立った動きを示している。医療従事者を主たる読者としている初出媒体の背景からも、訪問看護・介護に携わる人物たちがさまざまな家庭の事情を垣間見るなかで、それぞれの人生に寄り添いながら、医療従事者のあり方を探る物語になっている。各話6ページほどの短い分量で日常の断片を描く趣向だが、抒情的な筆致が奥行きを感じさせる。巻末にて連載の経緯について触れられているのだが、迷いながら描き続けた先に、「訪問看護に決まった形なんてないんだ。そして、生きることに決まった形なんてないんだ」という境地に達したと結ばれている。

ひるなま『末期ガンでも元気です――38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』(フレックスコミックス、2021年)は、BLマンガ家である著者による闘病エッセイマンガである。大腸がんのなかでもめずらしい「横行結腸がん」(大腸がんのうち約7%)の発覚に至る経緯から手術、術後までの1年ほどを描く。主人公である語り手はウサギの自画像で描かれており、症例の深刻さ、手術後の痛みの激しさなどに対し、パロディ精神あふれるユーモアに満ちていて前向きな姿勢に特色がある。セカンドオピニオンや抗がん剤治療、副作用についてなど洞察力に富んだ視点も読みどころになっている。作者はうつ病を患ったことがある夫のことも常に気遣っており、「第二の患者」としての家族についても丁寧に描かれている。さらに本書では、作者自身が「虐待サバイバー」として家族の問題を抱えていた背景が明かされ、入院の際の保証人をめぐる問題にも焦点を当てている。家庭環境の複雑さや多様化に対し、医療を含む行政が対応していくためには何が、どのように必要とされているのかをあらためて考えさせてくれる。

ひるなま『末期ガンでも元気です――38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』5-6ページ

小乃おの『きつおんガール――うまく話せないけど、仕事してます』(解説:菊地良和、合同出版、2020年)は、2020年の刊行であるが『医療マンガ50年史――マンガの力で日本の医療をわかりやすくする』では取り上げることができなかった。吃音当事者であり、社会福祉士でもある作者による自伝マンガを通して、吃音症を抱える人の気持ち、悩みが具体的に示される。吃音はその症例数の多さに比して、当事者以外にとってはあまりよく知られていない領域であり続けているのではないか。環境にもよるのであろうが、子どもの頃は話し方を無邪気に真似されるなど、からかいの対象になりやすい。「吃音という「感覚」」の項目では、「言葉を思いつく」から「口に出す」プロセスについてマンガで表現されている。また、吃音の臨床・研究・教育に携わる医師による解説コラムも付されており、吃音症について理解を深めるうえで本書は大きな役割をはたしている。本文中、語り手のモノローグにある「世の中にはいろいろな生きにくさがあって しかも驚くほど身近だ」という言葉が示すように、私たちが抱えている生きにくさの要因はさまざまであり、そして、誰にとっても決して他人事ではない。グラフィック・メディスンの理念との共鳴を見ることができる。

小乃おの『きつおんガール――うまく話せないけど、仕事してます』表紙

海外の描き手による作品を参照することによって、私たちを取り巻く「当たり前」を問い直し、同時に、私たちがそれぞれ抱えている生きにくさを共有する実感を得ることもできる。キム・イェジ『私、幸いなことに死にませんでした』(訳:小田ミハル、オーム社、2021年)は、「社交不安障害」を抱える作者による韓国のエッセイマンガである。「普通」に明るくふるまおうとするあまり全力を使いはたしてしまう日々の連続に疲れ切ってしまい、人と接すること自体に不安を感じてしまう。親や周囲が望むような「普通」でいられないことに対し悩み自殺を考えるも、「生きるのも難しいし、死ぬことも難しいし、私の居場所はどこにもない……」と、苦悩と孤独を深めていく。カウンセリングを経て、自分の症例を認識することにより、「普通」でないことに対する不安を軽減していく様子が丹念に綴られている。翻訳版が同時発売された、『私、清掃の仕事してますけど』(オーム社、2021年)が韓国で先に話題作となったことにより、作者にとっても本書は「心の中でぐるぐる巻きにして隠しておいた」過去の自分と向き合い、「長いためらいの後にうちあける」試みとなったようだ。素朴な絵柄による筆致で、マンガというよりはイラスト付エッセイという趣であるが、辛い経験をしているのは「私だけではない」と思わせてくれるさまざまな作品に作者が救われたというように、本書が読者にとっての救いとなることもあるだろう。

キム・イェジ『私、幸いなことに死にませんでした』表紙

コロナ禍の医療現場をめぐる物語

2021年に刊行されるマンガとして大きな柱となるのが、現在のコロナ禍をどのようにマンガが描いているかという観点である。そのなかで医療従事者をめぐる作品を見てみよう。

あさひゆり『コロナ禍でもナース続けられますか』(「本当にあった愉快な話」連載、〔単行本:竹書房、2021年〕)は、北海道にて看護師として勤務する作者によるもので、まだ、外国の新種ウイルスとして遠い世界の話に映っていた2019年12月から物語は始まる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる状況は刻々と変化していくが、あの時、現場はどのような状況であったのかを後に探る際に貴重な証言になるものだ。未知のウイルスに対する社会不安、非常時における行政の対応と医療物資不足、病院経営の悪化、自分も感染してしまうかもしれないという不安のなかでのケアをめぐる課題、現場の医療従事者に対する偏見などが描き込まれている。

原作:カリン・ラコンブ、原作・作画:フィアマ・ルザーティ『「女医」カリン・ラコンブ――感染症専門医のコロナ奮闘記』(訳:大西愛子、花伝社、2021年)は、パリの病院にて感染症科長として現場の最前線を指揮する作者カリンを主人公にした「グラフィック・リポート」であり、イタリア・シチリア島出身のバンド・デシネ作家による共作となっている(原書は2020年11月刊行)。未知の感染症に対し感染症科長として現場の陣頭指揮をとる視点から描かれている点がまずユニークであり、社会不安が高まるなかで外野の声に翻弄されながら奮闘していく様子はまさにドキュメンタリーとしてのグラフィック・リポートの真骨頂になっている。緊張が続くなかでの医療従事者の心のケア、オフの側面も取り上げられている。あの時、現場は、世間は、どのような反応を示していたのか。時間を経るごとに忘れ去られてしまいがちなことであるが、公式な文書では残らない現場の想いが克明に綴られている。「訳者あとがき」で触れられているように、医学界はフランスにおいても男性中心的な傾向が強いそうで、作者はパリの病院の感染症科長になった最初の女性であるという。コロナ禍において専門家の立場からメディアで積極的に発言をし、注目される存在となるのだが、女性医師としての啓発・教育面にも意欲的に活動を展開している。

医療マンガにおけるストーリーマンガの動向

エッセイマンガの隆盛が目立つがストーリーマンガからも新しい医療マンガが現れている。

原作:入間まお、マンガ:ミサヲ『オペ看』(2020年~、「ヤングマガジン」連載)は、看護の専門学校を卒業後、手術室看護師として勤務した原作者の経験を踏まえた物語であり、主人公が新人看護師として手術室に「オペ看」として配属されるところから始まる。四肢切断、切断指の再接合など、なかなか知ることができない手術の舞台裏がリアルに、そして、コミカルに描かれている。マンガ表現とはいえグロテスクな描写であるが、実写ドラマでは描けないものであろうし、生きること、身体について考えさせられる。

東元俊哉『プラタナスの実』(2020年~、「週刊ビックコミックスピリッツ」連載)は、小児医療をめぐる本格的なヒューマンドラマ。交流を断絶していた父が新たに設立する小児科に主人公が着任することになるのだが、経営重視であった父に対する反発、自らと同じく小児科医であった母親をガンで亡くした経験など、主人公自身の家族に対する葛藤や、小児医療に対する想いについて丁寧に描いている。

原作:子鹿ゆずる、マンガ:大槻閑人『アンメット―ある脳外科医の日記―』(2021年~、「モーニング」連載)は、アメリカの病院から赴任してきた脳外科医を主人公とする物語であり、風変りだが腕の良い外科医をめぐるドラマの伝統を継承している。外科医ものとして、手術をめぐる描写や記憶障害のメカニズムなど最新の医療情報に更新されていることに加えて、大病を患った後の患者の人生、それまでと異なる日常のあり方にまで目を向けている。

原作:子鹿ゆずる、マンガ:大槻閑人『アンメット―ある脳外科医の日記―』表紙

水凪トリ『しあわせは食べて寝て待て』(2020年~、「フォアミセス」連載)は、免疫系の膠原病を患う38歳の独身女性の主人公をめぐる物語であり、生涯、難病とともに生きる主人公はフルタイムで働くことができず週4回のパートで生計を立てている。家賃の安い団地に引っ越すことになるなど、病気を契機にそれまでの人生が大きく変容してしまうのだが、転居先で出会ったおばあさんを通して薬膳の世界に触れることになる。ジャンルとしては、「食をめぐるマンガ」に位置づけられるであろうが、病とともにその後の新しい人生を生きる物語でもある。

世界のマンガ文化から捉える視点――第33回アイズナー賞をめぐって

本稿の最後に最新のアイズナー賞の動向に触れておこう。アメリカでもっとも権威あるマンガ賞のひとつであるアイズナー賞は2021年で33回目となる(註3)。読者の対象年齢や実話もの、翻案ものなど項目が多岐にわたっている点も特色となっており、英語版を前提にしているとはいえ海外作品にも目配りしている。かねてから国際的な評価が高い伊藤潤二が「最優秀ライター/アーティスト賞」(Best Writer/Artist)および「最優秀アジア作品賞」(Best U.S. Edition of International Material—Asia)にて受賞したことが話題となったが、カザマアヤミ『出産の仕方がわからない!』(KADOKAWA、2016年)の英語版(I Don’t Know How to Give Birth!, Yen Press, 2020)が「最優秀グラフィック・メモワール賞」(Best Graphic Memoir)の候補作としてノミネートされていたことも注目に値するであろう。残念ながら受賞には至らなかったが(エイドリアン・トミネが受賞)、妊活から出産、育児までを描くエッセイマンガの英語版が「グラフィック・メモワール」という回想・自伝マンガの部門で候補作として選出されたことにより、広義の医療をめぐる日本のエッセイマンガの海外展開がさらに加速していくことが期待される。翻訳版を通して、国内とは異なる文脈で読まれることにより作品の読み方が変わっていくのも、世界の視野でマンガを捉える醍醐味であろう。

Ayami Kazama, I Don’t Know How to Give Birth!(『出産の仕方がわからない!』英語版)表紙

また、「第4回 医療をとりまく周辺領域をマンガはどのように表現しているか?――「老」・「障」・「病」・「異」の境界線をめぐって」にて言及した、MK・サーウィック編『メノポーズ――マンガで扱う更年期』(Menopause: A Comic Treatment, Penn State University Press, 2020、未訳)が「最優秀アンソロジー賞」(Best Anthology)を受賞した。更年期、ジェンダーとエイジズムの主題は日本でも注目されつつある領域であるが、世界のマンガ文化の動向を参照する視座を得ることで、日本のマンガ文化の特色、今後の指針も見えてくるに違いない。なかでも、「生命と健康、病気にまつわる領域」を包括的に捉えるグラフィック・メディスンの観点から日本を含む世界のマンガ文化を展望する気運が高まっている。


(脚注)
*1
『日本の医療マンガ50年史――マンガの力で日本の医療をわかりやすくする』では、24名の執筆者によるレビューおよびコラムに、「Part 2 医療をわかりやすくするグラフィック・メディスンの実践例」として、日本の医療現場における実践例にまつわる記事を収録している。

*2
2021年からスタートした新しい叢書「グラフィック・ムンディ(Graphic Mundi)」は、「私たちの世界をともに描こう(drawing our worlds together)」を主題として、「健康・人権・政治・人種・環境・科学・テクノロジー」にまつわるグラフィックノベルを包括的に扱うことを宣言している(https://www.graphicmundi.org/)。
グラフィック・メディスンの代表作である、MK・サーウィック『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』(Taking Turns: Stories from HIV/AIDS Care Unit 371, Penn State University Press, 2017)も、このレーベルによって2021年10月に再刊される予定である。

*3
アイズナー賞(ウィル・アイズナーマンガ業界賞、The Will Eisner Comic Industry Award)は、毎年7月にカリフォルニア州サンディエゴで開催されるコミコン・インターナショナルにて発表される。30を超える細分化した部門を擁しており、出版社、作家、代理店、書店による投票によって決定される(https://www.comic-con.org/awards/eisner-awards-current-info)。

※註のURLは2021年8月4日にリンクを確認済み