法律や規則、マナー、生活習慣といったルールを再考する企画展「ルール?展」が、21_21 DESIGN SIGHTで2021年7月2日(金)〜11月28日(日)まで開催中だ。本展では、法律家の水野祐、コグニティブデザイナーの菅俊一、キュレーターの田中みゆきを展覧会ディレクターに迎え、多角的な視点からルールを読み解く道筋が示されていた。

会場入口に展示された葛宇路(グゥ・ユルー)《葛宇路》(2017年)のレプリカ

ルールは行動を制限するもの?

ルールには、国が定めた法律から企業や学校、家庭といったコミュニティでの規則・慣例までがあるが、それらは私たちの権利を守り、集団が円滑に物事を進められるように設けられた、有益なものと考えられる。それにもかかわらず、人の行動を制限する、不自由なものという印象を持たれがちである。特に、コロナ禍においてさまざまな行動の制限を経験してきた私たちにとって、その印象は強く、故にルールへの関心も高いはずだ。

「ルール?展」は、3人のディレクターにより複数の観点からルールにアプローチされている。21_21 DESIGN SIGHTは、2020年10月16日(金)から2021年6月13日(日)にかけて「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」を開催し、さまざまな切り口から翻訳にアプローチすることで共生社会を考える展示となっていた(註1)。本展も、共生社会を軸にみていくことで、開催概要にある「ルールとポジティブに向き合う力を養う」ことができるのではないだろうか。

会場内に貼られた「ルール曼荼羅」には、「ルールに気づく」「ルールをつかう/守る」「ルールを破る/壊す」「ルールをつくる/更新する」と示されている。このガイドラインも参考にしながら、共生社会におけるルールの在り方について考えていきたい。

「ルール曼荼羅」

「ルールに気づく」

ルール展は、展示室に入る前から始まっている。建物の至るところには建築的要素を説明するパネルが貼られているが、これも早稲田大学吉村靖孝研究室による《21_21 to "one to one"》(2021年)という作品のひとつだ。安藤忠雄設計の21_21 DESIGN SIGHTは、一枚の鉄板を折り曲げたような大きな三角形の屋根と鋭いエッジのある空間がユニークだが、このパネルにより、安藤の独創性を反映しつつ、建築基準法や消防法、バリアフリー法、部材の規格などのルールに沿って設計されたことがわかる。

早稲田大学吉村靖孝研究室《21_21 to "one to one"》

展示フロアに降りた先では、「#これもルールかもしれない」と書かれたボードに、メインビジュアルの写真から見つかるルールが指摘されている。交通や郵便に関する法律、サラリーマンの服装や校則などの社会規範から、並んで歩く、腕を組むといった行為に付随する習慣・習性まで、実に多種多様だ。こうした日常に潜在するルール探しは、展覧会の企画を越えて、本展ディレクターや参加作家が、日々の出来事やニュースを「#これもルールかもしれない」とハッシュタグをつけたTwitter投稿として、会場外でも展開された。

「#これもルールかもしれない」
水野祐による「#これもルールかもしれない」ツイート(2021年8月20日)

鑑賞者にルールへの気付きを促す大きな仕掛けが、ダニエル・ヴェッツェル(リミニ・プロトコル) 田中みゆき 小林恵吾(NoRA)×植村遥 萩原俊矢×N sketch Inc.《あなたでなければ、誰が?》(2021年)である。木の棒に囲われた円形のステージに最大14名の参加者が立ち、スクリーンに映し出される質問に「はい」「いいえ」のエリアに移動して回答していく。データは蓄積され、質問ごとにこれまでの来場者の回答の割合が示される。回答に参加せずに、ステージの外から傍観することも可能だ。

田中は「他者と同じ時間を共有することで、他者とともにつくる社会で自分たちがルールを決める一翼を担うこと」を認識してもらうために、この演劇的な作品を会場序盤に据えたという(註2)。ここで鑑賞者は身体をもって意思表示をし、意見の異なる他者が同じステージ上(コミュニティにも置き換えられる)にいること、自身がマジョリティにもマイノリティにもなりうることを明確に意識したうえで、会場をめぐることになる。

ダニエル・ヴェッツェル(リミニ・プロトコル) 田中みゆき 小林恵吾(NoRA)×植村遥 萩原俊矢×N sketch Inc.《あなたでなければ、誰が?》

「ルールをつかう/守る」

《ルールがつくる文化》(企画構成:水野祐 田中みゆき)では、「ルールをつかう/守る」ことで街の景観をかたちづくる2つの例が紹介されている。

神奈川県真鶴町の「真鶴町まちづくり条例『美の基準』」は、1993年に制定、翌年から施行された。条例では、場所、格づけ、尺度、調和、材料、装飾と芸術、コミュニティ、眺めという8つの原則のもと、小さな人だまりを生む空き地やベンチを設けること、豊かな植生を維持することなどが推奨されている。これらは強制ではないが、ルールに共感した町民や移住者によって守られ、現在も美しい街の姿を形成している。

「LEGAL SHUTTER TOKYO」は、都内各地のシャッターにグラフィティを描くプロジェクトで、シャッターの所有者に許可を得て、無料で描く代わりに絵柄は作家が自由に決められる。シャッターや壁面にグラフィティを描く行為は建築物・器物破損の罪にも問われかねないが、所有者とアーティストの合意によって合法の行為として成立している。

どちらの例にしても、「ルールをつかう/守る」には、ルールの対象となる人々の理解や合意が欠かせない。

《ルールがつくる文化》(企画構成:水野祐 田中みゆき)。右が「真鶴町まちづくり条例『美の基準』」、左が「LEGAL SHUTTER TOKYO」の紹介パネル

田中みゆき 菅俊一 野村律子《ルール?》(2021年)は、日常生活における何気ない「ルールをつかう/守る」を取り上げた映像作品だ(註3)。そこには、上から2番目の商品を取る、エレベーターで他の利用者と間隔を開けて立つといった多くの人に当てはまるケースから、視覚・聴覚・身体障害者特有のケースまで紹介されている。例えば、車椅子ユーザーが外出するシーンでは、Googleマップの経路案内では階段を登るルートに案内されてしまったが、ストリートビューで別の経路を確認し、無事に目的地に辿り着くことができた。このように、人によって情報の受け取り方や使い方が異なる例は、「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」でもみてきた。単一の視点から考えられたルールが、万人にフィットするとは限らない。共生社会におけるルールには、複数の選択肢を用意することが重要であろう。

田中みゆき 菅俊一 野村律子《ルール?》

「ルールを破る/壊す」

NPO法人スウィング《京都人力交通案内『アナタの行き先、教えます。』》(2021年)は、京都市営バスの路線・系統をほぼ丸暗記しているXL、Qと代表の木ノ戸昌幸が、観光客や困っている方に目的地までの行き方を案内するプロジェクトだ。「ルール?展をより深く楽しむためのガイド」(註4)によれば、本プロジェクトは、報酬の発生する仕事ではないが、社会への奉仕活動(ボランティア)とも言い難く、迷惑防止条例で禁じられている執拗な客引き行為とも異なるという。またスウィングでも、報酬の有無、障害の有無を問わず、社会に働きかける活動と位置づけられている。これは労働という枠組み、ルールを「壊す」行為と言えるだろう。

NPO法人スウィング《京都人力交通案内『アナタの行き先、教えます。』》

「ルールを破る/壊す」には、本来名称が存在しない通りに自身の名前が書かれた標識を建ててGoogleマップに通りの名称として登録された葛宇路(グゥ・ユルー)《葛宇路》(2017年)、自分の所有物を売り場に戻して再び購入する丹羽良徳《自分の所有物を街で購入する》(2011年)といった、ルールをハッキングするような作品も挙げられる。《自分の所有物を街で購入する》は会場のバックヤードの一部を使って展示され、作品は展示室に展示されるものという「ルールを破る/壊す」作品ともなっている。

「ルールを破る/壊す」ことで、概念や空間の捉え方が揺さぶられ、そこには今までになかったルールの使い方をするフレキシブルさが生まれていた。先ほど複数の選択肢を用意することに言及したが、「ルールを破る/壊す」ことで、新しいルールを設けるための余白が生まれるのではないだろうか。

丹羽良徳《自分の所有物を街で購入する》

「ルールをつくる/更新する」

それでは、新しいルールづくりを試みる作品をみていこう。俳優・美術家の遠藤麻衣は、現在の婚姻制度に対し、妻側が姓を変える場合が9割以上であること、離婚後は女性のみ再婚禁止期間が100日間設けられていることに不平等を感じ、不貞行為が離婚事由に当たるのは性の多様性を包摂していないのではと疑問を持っていた。そこで、《アイ・アム・ノット・フェミニスト!2017/2021》(2021年)では、現在の婚姻制度に代わる親密な関係性を模索した。前作の《アイ・アム・ノット・フェミニスト!》(2017年)でも、遠藤は当時の結婚相手との話し合いにより、婚姻は3年間の契約制で、更新時に名乗る姓を交換するといった独自のルールを設定した。今回は写真家・森栄喜と対話を重ね、法的な婚姻関係ではなく、友人として信頼に基づく共生関係を結ぶための婚姻契約書を作成した。自身の人生設計に関わるシリアスなテーマだが、遠藤はお互いに納得できる新しい婚姻のルールを、楽しみながらつくり、更新し続けている。

《アイ・アム・ノット・フェミニスト!2017/2021》より
遠藤麻衣と森栄喜が交わした婚姻契約書

一般社団法人コード・フォー・ジャパン《のびしろ、おもしろっ。シビックテック》(2021年)では、身近なルールについて考え、議論し、自分の意見に近いものを2択から選んで投票できる。「シビックテック」とは市民がテクノロジーを活用して地域課題を解決する取り組みを言う。会場と特設サイトでは「インターネットを使うためのルールはあるべき?」「ゲームをするのに約束は必要?」「履歴書にテンプレートは必要?」の3つの問いが提示されている。特設サイトには、2020年4月に施行された「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」に対して当時高校生だった男性が訴訟を起こした事例など、参考となるデータも紹介されている。家庭や企業が抱える問題は、行政からは把握しにくい。だからこそ、シビックテックによって市民の声を行政に届けていく必要があり、そこにルールを変えていける可能性を感じた。

一般社団法人コード・フォー・ジャパン《のびしろ、おもしろっ。シビックテック》

《アイ・アム・ノット・フェミニスト!2017/2021》では遠藤と森の二人、《のびしろ、おもしろっ。シビックテック》では会場とウェブサイトから多いテーマで2万人以上が参加し、現状のルールにおける問題点や改善方法について、意見を出し合った。前者はある程度価値観を共有している間柄だが、後者は立場や事情、考え方も多様な大勢の他者が対象となり、《あなたでなければ、誰が?》で体感したように、そのなかで自分はマイノリティ側かもしれない。

「ルールをつくる/更新する」には、単一ではなく複数の基準があることを想定・考慮する必要があるだろう。

展示室の壁には、会期中に追加・変更になったルールを週1回掲示する「会場ルール変更履歴」という掲示板が設けられている。これにより、会場はルール設定の意図や経緯を伝えられ、来場者は自身の振る舞いがルールに反映されるのだと知ることができる。本展は、展示会場を来場者とスタッフ、ディレクターが共生するコミュニティに見立て、ルールを考える場でもあるのだ。

「会場ルール変更履歴」

ルールは自分らしく生きる自由を保証するもの

日常にあふれるルールや自分の立ち位置を自覚するところから始まり、共生社会という軸と「ルール曼荼羅」に従って展示室を見てきた。そうしてわかったことは、ルールを有益なものとするには、その成立背景や内容を把握し、現状にそぐわないものがあれば、追加や変更の必要もあること。そして、ルールはコミュニティ全体を対象とするため、想定からあふれてしまった立場の人にとっては不都合や不利益になる場合もあるということだ。

私たちは、年齢や性別、障害の有無、好みや思考も千差万別で、すべての人に対して最適なルールをつくるのは難しいかもしれない。しかし、当事者の声を聞き、複数の選択肢を用意する、余白をつくるといった配慮を行えば、他者との軋轢を少なくすることはできるだろう。

さまざまな立場の人々がルールと積極的に向き合い、関わることができれば、ルールはそれぞれが自分らしく生きる自由を保証するものとなるはずだ。「ルール?展」は、共生社会の実現に向けて、「ルールとポジティブに向き合う力を養う」ための予行演習となろう。


(脚注)
*1
「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」の様子は下記にまとめている。
「わかりあえないことが理解につながる
「トランスレーションズ展−『わかりあえなさ』をわかりあおう」レポート」
https://mediag.bunka.go.jp/?post_type=article&p=17795

*2
「「ルール」のあり方を考える|日常に潜むさまざまな「ルール」の存在と影響を可視化し、ルールから自由になるための思考を養う「ルール?展」」、ポリタスTV
https://www.youtube.com/watch?v=ktOESyFhjYM

*3
本作は、多言語字幕・手話通訳・音声ガイド付きの映像作品を配信する「THEATRE for ALL」にて、無料配信されている。※要会員登録
https://theatreforall.net/movie/rule/

*4
本展における出品目録にあたるもの。作品解説はなく、各作品に関する法的観点からの考察とデータが記載されている。


(information)
ルール?展
会期:2021年7月2日(金)〜11月28日(日)
※2021年8月14日(土)より事前予約制
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2
入場料:一般1,200円、大学生800円、高校生500円、中学生以下無料
主催:21_21 DESIGN SIGHT、公益財団法人 三宅一生デザイン文化財団
後援:文化庁、経済産業省、港区教育委員会
http://www.2121designsight.jp/program/rule/

※URLは2021年9月7日にリンクを確認済み