俳優であるジョージ・タケイの太平洋戦争中の経験が描かれたグラフィックノベル『〈敵〉と呼ばれても』。日本とアメリカを含む連合国が戦うなか、彼は自らが「日系アメリカ人」であることに向き合わざるを得なかった。人種差別が浮き彫りになっている現代、日本で生活していると感じづらい「日本人」、ひいては「アジア人」という枠組みを考えさせられる一冊となっている。

『〈敵〉と呼ばれても』表紙

2021年のアジア人差別

現在、アメリカやヨーロッパでは「アジアンヘイト」と呼ばれるアジア人差別が顕在化している。

これは世界的な新型コロナウイルスの流行が中国武漢から始まったことから、トランプ前米大統領が公式に中国の責任に言及する発言を繰り返し(註1)、ネットなどでは「新型コロナウイルス生物兵器説」までがまことしやかに囁かれている今の状況を背景にしたものである。つまり、コロナの流行とアジア人が結び付けられ、それをきっかけとした暴力事件の多発というかたちで欧米におけるアジア系人種への人種差別が表面化しているのだ。

日本という国家、というより私たちの社会、生活空間、言説空間は、長らく人種的に均一な社会であり、「人種差別」は自分たちとは無縁な問題である、と多くの人たちに信じられてきた。

このような前提の虚構性は、昨今の入国管理局での死亡事件(註2)の存在や外国人留学生(註3)、外国人労働者への不公正な扱い(註4)が報道されるようになるにつれて、内外から指摘されるようになってきている。例えば2020年夏に、NHKの国際ニュースを取り上げる番組が放映したアメリカにおける抗議デモを解説したアニメーション動画は、その内容が人種差別的であるとして大きな批判を受けた(註5)。

ただ、日本に暮らしている私たちは「日本社会における外国人差別」という事態については気づきえたとしても、そのことを海外においては私たち自身が「日本人」、「アジア人」という「差別される存在」なのだという事実に接続して考える視座を持ちづらい。

国内のマスメディア、ジャーナリズムにおいては、海外在留邦人あるいは日系人の生活、権利についてほとんど関心を持たれておらず、今般の「アジアンヘイト」の問題に関してもまるで他人事であるかのような報道がなされている。

だが、実際には私たちは日本という社会においては差別する側でありうるのと同時に、欧米をはじめとした日本以外の社会では常に差別「される」側でもあり続けてきたのである。

アメリカの日系人

その意味で2020年に翻訳が出版されたジョージ・タケイの自伝的体験を描いたグラフィックノベル『〈敵〉と呼ばれても』(ジャスティン・アイジンガー、スティーヴン・スコット、ハーモニー・ベッカー(画)、青柳伸子(訳)、作品社、2020年、註6)は、アメリカ社会のなかで差別されてきた存在としての「日系アメリカ人」について知るための格好の題材になりうる作品だ。

タケイはSFテレビドラマ「スタートレック」シリーズの操舵士「ヒカル・スールー(註7)」役で一世を風靡した著名な俳優であり、同時にゲイとして自身の性的指向をカミングアウトもしている。

つまり、彼はアメリカ社会においては二重の意味でマイノリティなのである。

本書が主に描いているのは、太平洋戦争期にタケイが両親、弟妹とともに過ごした日系アメリカ人強制収容所での少年時代の思い出だ。そこにはまだ「人種差別」という概念そのものを理解できなかったタケイ少年がその無邪気な瞳で見つめた収容所での生活が綴られている。それは必ずしも嫌悪感や怒りに満ちたものではなく、自身の子ども時代へのノスタルジアに彩られたものだ。幼いタケイ少年にとって収容所で暮らした年月は単純に否定されるべきものではない。

いっぽう作品後半では、戦後成長し「怒れる青年」となった彼が、父と夕食後に時々の状況について戦わせた議論が描かれ、この作品の語り手としてのタケイにとってはそのような青年期の怒りも(消失したわけではないにせよ)すでに過去の記憶として振り返られるべきものになっていることがわかる。

演劇青年となった彼は、アメリカ政府による戦時中の日系人の扱いに対し怒りを持ちつつ、ブロードウェイやテレビ業界でキャリアを重ね、仲間の俳優たちとともにアジア系、アフリカ系の演劇人たちの居場所をつくり出し、その成功とともにアメリカの日系人コミュニティの代弁者的な立場をも獲得していくことになる。

本書のような実在の人物の回顧録をマンガで描いた作品はアメリカのコミックス界では「グラフィック・メモワール(graphic memoir)」と呼ばれるが、本書が直接的に回顧しているのは収容所体験を生き抜いた日系アメリカ人としてのタケイの父と母の姿、そしてその行動の意味(とその結果)である。

ここで描かれているのは、すでに著名人となった現在のタケイが「日本とアメリカのあいだで戦争が行われている」というかつて体験した極限状況を顧みて、日系「アメリカ人」として現在のアメリカ社会に生きるマイノリティの人々に向けて語ったメッセージなのだ。

日本社会の相対化

じつはその意味で本書において語られるタケイのメッセージは「日本人」にとってストレートに共感可能なものではない。

ここでアメリカ社会に対してタケイが語っている愛国心や異議申し立ては、おそらく今の日本社会に暮らす「日本人」にとってはかなり違和感のあるものだろう。

タケイがルーズヴェルト夫人に対して感じる無邪気ともいえる憧憬と父の抱える屈託の対比や、太平洋戦争中の収容所内外での日系人の若者たちの苦闘はあくまで「アメリカ人」としてのものである。

控えめに劇中でも言及されるヨーロッパ戦線での日系人部隊、第442連隊戦闘団(註8)の奮戦とその戦後における再評価は日系アメリカ人社会においては伝説的なものになっているが、第442連隊戦闘団の若者たちのような戦中の日系人たちが自分たちの暮らす社会、その政治権力によって「潜在的な敵性外国人」として扱われながらも命を賭して国家への忠誠心を示したこと、そしてその努力が戦後社会の側から承認されたことは「日系アメリカ人」という人々にとっての「民族的」な誇るべき記憶になっている。

このような民族的誇りは「日本」という地理的なものに由来する民族的血統と無関係ではないが、現代の日本社会に暮らす「日本人」からは理解しがたいものだ。彼らは「アメリカ」という多民族社会のなかで歴史的な状況に強いられるかたちで主体的に「アメリカ人」になろうとした人々なのである。

タケイの語り(註9)から見えてくる、アフリカ系などほかの人種的マイノリティへの共感や自分たちがアジア系の「黄色人種」の一部であることも含みつつ、アメリカ合衆国国民としての自意識を主体的に獲得していった、この「日系アメリカ人」としての歴史意識は、生まれたときから漠然と「日本人」という意識を持って生活してきた日本列島に暮らす人間の多くが持つ国民意識、民族意識とは根本的に異なるものだ。

同時にこの「日本人」と「日系アメリカ人」という2つの意識は海外に暮らす日本国籍を持った人々、いわゆる「海外在留邦人」の感覚とも異なっている。

彼らは「日系人」と異なり「日本人」という自己認識を持ちつつも居住地域のコミュニティとの密接な関わりのなかで生きざるをえない――そこでは「アジアンヘイト」のような自分たちに対する人種差別の問題は、まさに現在進行形で起こっているリアルな脅威なのである(註10)。

わからないことの教訓

私は春頃から何度か海外在留邦人の方の話をうかがう機会があったのだが、そこで語られた暴力を伴うヘイトクライムに対する恐怖は、いつ自分がその被害者になるかもしれないという実感のこもったきわめて生々しいものだった。

身近で暴力事件が続発しているような環境のなかで人が感じる恐怖感はその人間が居住する「場所」の空気に由来するものだ。それはタケイが語るような日系アメリカ人の持つ民族意識とは異なるレベルで、日本に暮らす私たちには共有しがたいものだろう。

今回の東京オリンピックではアフリカ系の血を引く女性アスリートが聖火リレーの最終走者を務めたことが国内外で話題を呼んだ(註11)が、私個人は彼女のようなマージナルな立場にある人が「日本」に対して抱く(おそらくは幾重にも引き裂かれたような)想いを「多様性」のような言葉で語ってみせることで「わかったような気になってしまう」ことにこそ違和感を抱く。

新型コロナウイルスの流行やアジアンヘイトの渦中にいる現在の私たちが本書を読むことの意味もまた、おそらくは日系アメリカ人たちの悲劇や苦闘に対して安易に共感してみせることではなく、読むことを通じて彼らが内包する異質さを実感せざるをえない点にこそあるだろう。

「わからない」ということだけが教訓たりうる、そういう問題もあるのだと思う。


(脚注)
*1
例えば2021年6月6日付で次のような記事が出ている。
「トランプ氏「中国は世界に賠償を」 コロナ起源めぐり主張―米」、JIJI.COM
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021060600207

*2
出井康博「「名古屋入管で30代女性が死亡だけじゃない」政府がひた隠す「外国人留学生の不都合な真実」」、PRESIDENT Online、2021年5月16日
https://president.jp/articles/-/45949

*3
出井康博「コロナ禍で悲惨さ増す、外国人留学生の暮らし」、WEDGE Infinity、2021年4月15日
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22740

*4
今野晴貴「月給5万円で「失踪」を決意 「殺す、帰れ」といわれる技能実習の実態とは?」、Yahoo!ニュース、2021年4月30日
https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20210430-00234876/

*5
生田綾「黒人を描いたNHKのアニメ動画はなぜ差別的で、「許されない」表現なのか」、HUFFPOST、2020年06月11日
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5ee0a01bc5b6faafc92b76de

*6
ジャスティン・アイジンガー、スティーヴン・スコットはタケイとともに脚本の執筆を務めたと思われる。原書の書誌情報は次のとおり。
George Takei, Justin Eisinger, Steven Scott, Harmony Becker (Illustration), They Called Us Enemy, Top Shelf Productions, 2019.

*7
日本語吹き替え版では「カトー」。

*8
この部隊の物語に関してはアメリカで1951年『Go for Broke!(二世部隊)』(ロバート・ピロシュ監督)として映画化されているほか、日本でもドキュメンタリー映画(『442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍』〔すずきじゅんいち監督、2010年〕)やいくつかのノンフィクション、マンガ作品(『二世部隊物語』〔望月三起也、ホーム社、2001年〕)などがつくられている。

*9
本書は2014年に京都で開かれたTED(Technology Entertainment Design、アメリカで立ち上げられた講演会企画を行う企業。2000年代半ば以降インターネットを使った講演の配信事業で影響力を高めた)主催のものなどタケイがこれまで世界各地で行ってきた講演の内容をベースにしている。

*10
2021年3月にアメリカジョージア州でマッサージ店が次々と襲われ、店内で働く女性6人が銃殺された事件(死亡したのは合計8人)が起きたことに代表されるようにアジア人、特に女性に対する暴力を伴ったヘイトクライムが欧米では多発している。

*11
例えばアメリカのウェブニュースサイト『The Daily Beast』が8月4日付の記事で報じた五輪組織委員会の森喜朗元会長が「純粋な日本人男性」を最終走者として望んでいたという内容の記事は、日本国内でもYahoo!ニュースなどを通じて紹介され、森氏の女性蔑視発言や実際の走者となった大坂なおみ選手のプロフィールと関連付けて語られることになった。
Jake Adelstein, ‟Olympic Boss Wanted Flame Lit by ‘Pure Japanese’ Ex-Yankee Player, Not Osaka,” The Daily Beast, August 3, 2021.
https://www.thedailybeast.com/olympic-boss-yoshiro-mori-wanted-flame-lit-by-pure-ex-yankee-hideki-matsui-not-naomi-osaka
「森喜朗氏、聖火リレーの最終走者に「純粋な日本人男性」を望んでいた──アメリカで報道」、Yahoo!ニュース、2021年8月5日
https://news.yahoo.co.jp/articles/dd535860622892bf0fa20ac054dd3cbadb3a420a


『〈敵〉と呼ばれても』
ジョージ・タケイ
ジャスティン・アイジンガー、スティーヴン・スコット、ハーモニー・ベッカー(画)、青柳伸子(訳)
出版社:作品社
発行年:2020年
https://sakuhinsha.com/history/28263.html

※URLは2021年10月27日にリンクを確認済み