9月23日(木)から10月3日(日)にかけて「第24回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッションなどの関連イベントが行われた。10月2日(土)には、アニメ・特撮研究家の氷川竜介氏とアニメ評論家の藤津亮太氏によるワークショップが開催。受賞作品展に展示されたアニメーション作品の中間制作物を現地で見ながらその見方を解説、さらに2人の対談形式で、アニメーションの中間制作物の取り扱われ方についてのカンファレンスが行われた。本稿ではこのワークショップの様子をレポートする。

受賞作品展の会場にて、氷川氏(右)、藤津氏による解説の様子
撮影:小野博史

氷川竜介氏と藤津亮太氏が案内するワークショップ

「第24回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」の会場では、今年も多くの受賞作品に関連する資料が展示され、特にアニメーション作品においては原画や設定資料をはじめとした紙による資料展示が多く見られた。一方、近年盛んに開催されるようになったアニメ作品に関連する展覧会も同様ではあるが、こうした中間制作物の展示については、アニメ制作についての専門知識がないと読み取れる情報に限界があることも実情だ。

今回のワークショップはこうした状況を受けて、アニメ・特撮研究家の氷川竜介氏とアニメ評論家の藤津亮太氏の2人の案内により、受賞作品展で展示されている中間制作物の見方を学ぶと同時に、さらにファンによる中間制作物の受容の歴史や、そのアーカイブが目指すところを語るものだ。

氷川氏は1958年生まれ、明治大学大学院の特任教授としてアニメ文化の歴史と表現、特撮の歴史と技術を互いの相関を含めて講義している。学生時代より同分野の雑誌記事や取材を経験、IT機器メーカーのエンジニアを経験後、2001年に独立。以後はアニメ文筆の第一人者として、関連書籍や雑誌、DVD解説書の編集や執筆で広く活躍。かつては文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員も務めていた。

藤津氏は1968年生まれで、新聞記者、週刊誌編集者を経て、フリーのライターとなる。アニメ・マンガ雑誌などに文章を多数執筆し、東京工芸大学非常勤講師も務めている。また、第25回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員も担当。

ワークショップはまず、この2人とともに、展示空間をまわりながら中間制作物を確認することから始まった。

左から、氷川氏、藤津氏
撮影:小野博史

展示された中間制作物から何が読み取れるかをレクチャー

最初に訪れたのは、エンターテイメント部門の大賞受賞作品である岩井澤健治『音楽』のブースだ。同作は実写映像をトレースして作画を行うロトスコープによって全編が制作されている。ロトスコープは20世紀初頭にフライシャー兄弟が開発した技術で、現実の人間と同じリアリティのある動きがつくれる一方で、熟練したアニメーターによる絵がなくても動きをつくれてしまい創作性が希薄という批判もあり、これまで毀誉褒貶にさらされてきた。しかし、氷川氏によれば、テレビアニメの『悪の華』や岩井俊二の『花とアリス殺人事件』、ほかの作品でも料理のシーンなど生活描写に部分的にロトスコープを採用するなど、近年では使用例がふえ、それぞれ独特のスタイルを構築しているという。氷川氏とともに藤津氏も解説に加わり、展示された原画にはすでに色が塗られており、デジタル彩色ではなくアナログで色を塗ってから撮影している点や、動きは実際の人間のようでありながらキャラクターの造形はシンプルに動きがデフォルメされていることなどが指摘された。

展示された『音楽』のカラー原画など

次に2人が向かったのは、アニメーション部門の大賞を受賞した、大童澄瞳の原作を湯浅政明監督の手でテレビアニメにした『映像研には手を出すな!』のブースだ。まず藤津氏が着目したのはアニメにおいてキーとなる動きを決める原画。原画に書き込まれた作画監督による修正指示など、注目するポイントを紹介した。氷川氏は作品の世界観を定めるための設定画を取り上げた。展示されていたのは、同作の舞台となる増築を繰り返した複雑な建築の高校や、登場人物である浅草みどりが描く作中作品のメカニックなどの設定画だ。氷川氏はそれぞれの設定画を例に出しながら、キャラクターが動く空間を意識して描かれていることを指摘した。

『映像研には手を出すな!』の設定画

アニメーション部門優秀賞の佐藤順一/柴山智隆『泣きたい私は猫をかぶる』のブースでは、原画からわかるアニメの動きづくりに注目。氷川氏が複製原画を見ながら、動きを補完する動画をどのように入れるのかの指示や、「タメツメ」と呼ばれる動きのタイミングのゲージによる指示など、そこから読み取れる情報を紹介。また藤津氏は、フレームの枠の外まで描かれたキャラクターの身体に注目し、画面に映る一部だけでなく、全体を描くことでよりリアリティのある動きがつくりだされていることを説明した。

『泣きたい私は猫をかぶる』の複製原画

ここまでは多くのスタッフによる共同作業で作り出される商業アニメーションを見てきたが、次のアニメーション部門新人賞を受賞したふるかわはらももか『かたのあと』は、個人制作ならではの中間制作物が展示されていた。ふるかわはらは、本作のアニメーションを鉛筆によって小さなメモ帳に描いた絵を撮影することで制作、会場では使用したメモ帳サイズの原画をズラリと展示した。規格にとらわれず、自分で考えたスタイルでアニメーションをつくれることが、個人制作の最大の魅力だと藤津氏は言う。

『かたのあと』の原画

Wabokuが手掛けた音楽ユニット「ずっと真夜中でいいのに」のミュージックビデオ『ハゼ馳せる果てるまで』はアニメーション部門のソーシャル・インパクト賞を受賞している。会場のブースでは本作のビデオコンテと完成した映像が並べて展示されていた。氷川氏はアナログの時代には予算と時間が多く必要だったビデオコンテも、デジタル時代になって、本作のように音楽と同期させた映像がつくりやすくなったことを説明。藤津氏も展示されたイメージスケッチや絵コンテのラフを見ながら、思考のなかのイメージを分解していくように、設定、アクション、カット割りをつくっていく、現代的な制作手法だと評した。

『ハゼ馳せる果てるまで』のイメージスケッチ
『ハゼ馳せる果てるまで』のミュージックビデオとビデオコンテ

中間制作物愛好の歴史と、アーカイブの生かし方

2人による展示会場での解説のあとは、7階のコンファレンスルームに場所を移して、主に藤津氏が氷川氏に質問をする形式で対談が行われた。まず氷川氏は、自身の個人的な経験から、アニメの中間制作物をファンが求めるようになったのはいつごろかを解説。子ども向け雑誌などでマンガや映画のつくり方はそれなりに紹介されてはいたが、発生するセル画をはじめとした中間制作物は、マテリアルとして認識されていなかったという。中学時代、マンガ研究部がアニメの制作プロダクションを訪れた際のことをまとめた文化祭での展示を見て、初めて設計書や原画・動画などに触れ、アニメの制作を体系づける素材としての魅力を感じたと語った。

藤津氏は中間制作物のなかでも、特に絵コンテから得られる情報の魅力を語った。絵コンテは演出家のプランがわかるもので、監督が自らの演出をスタッフみなに浸透させるために描いていることもあり、さまざまな書き込みを読むことで作品理解を深めることができるため、ファンとしては楽しいものだという。

コンファレンスルームでの対談の様子
撮影:小野博史

続いて、話題は中間制作物を保存し、次代に残していくという流れがどのように生まれたのかに移った。氷川氏はNPO法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)の副理事長を務めており、10数年前から設立に携わってきた。最初に中間制作物のアーカイブが課題となったのが特撮の分野で、ミニチュアが3DCGに取って代わられ、また高齢化により職人も減るなか、文化財として保存する必要性が強く生じてきたという。同時期にマンガの原稿の劣化も問題になり、また制作が終わった後は産業廃棄物だったアニメのセル画や絵コンテなどの保存も、2010年代に入り、強く問題視され始めた。こうした状況を受けて2017年にNPO法人として設立されたのがATACだ。

氷川氏は中間制作物の保存の必要性を強調する一方、ATACは商取引の現場などに積極的に介入してアーカイブをつくるわけではないと語った。寄贈と寄託を中心としたうえで、なるべく利活用を推進するコンセプトが根底にあるとも。「庵野秀明展」(国立新美術館、2021年)をはじめとして、アニメ・マンガ・特撮関連の展覧会への資料提供や協力も、こうした試みの一貫だという。

最後に氷川氏は、現在のアニメ作品に対するファンは「ユーザー」としての性格が強くなっている感があると語った。もっと観客とつくり手の距離が近くなければアニメの世界の盛り上りも永続的にならないのではないか、と持論を述べた。そのためにも、中間制作物からどんな情報が読み取れるのか、それを学ぶことは、極めて有効なことだと語った。

自らの経験から、中間制作物について論じた2人
撮影:小野博史

近年、多くのアニメに関連する展覧会が行われながらも、そこで資料として展示される中間制作物が何を目的につくられ、そこから何が読み取れるのかは、観客になかなか伝わりにくいのが現状といえる。今回のワークショップでは、専門家によるレクチャーを通して、それら中間制作物との距離を縮め、アニメをより深く楽しめる契機となるものだった。


(information)
第24回文化庁メディア芸術祭 ワークショップ
「アニメーションのできるまで〜受賞作の中間制作物を通じて〜」
日時:2021年10月2日(土)15:00~16:30
会場:日本科学未来館 1F 企画展示ゾーン+7F コンファレンスルーム土星
講師:氷川竜介(アニメ・特撮研究家/明治大学大学院特任教授)
   藤津亮太(第25回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門審査委員/アニメ評論家)
定員:10名
対象:アニメーションの制作過程に興味がある方
主催:第24回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/

※URLは2021年10月26日にリンクを確認済み