9月23日(木)から10月3日(日)にかけて「第24回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッションなどの関連イベントが行われた。9月24日(金)には日本橋の分身ロボットカフェDAWN ver.βにて、『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』でエンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞を受賞した吉藤健太朗(吉藤オリィ)氏、慶應義塾大学 大学院メディアデザイン研究科教授の南澤孝太氏、エンターテインメント部門審査委員/アーティストの長谷川愛氏、分身ロボットOriHimeパイロットのなおき氏、エンターテインメント部門審査委員/ライター/物語評論家のさやわか氏を迎え、「エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』トークセッション」が開催され、10月11日(月)には特設サイトにて配信もされた。本稿ではその様子をレポートする。

「『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』トークセッション」の様子
以下、撮影:畠中彩

人と人をつなぐもうひとつの身体

⽇本での特別支援学校卒業生における肢体不⾃由生徒の就職率は約5%にとどまり、当事者たちも企業への就職を諦めてしまうケースも珍しくない。そんななかで吉藤オリィ氏を中心とした研究チームは、移動外出が不自由な寝たきり状況でも操作が可能な分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を開発。遠隔技術を活用し障害者の就労を促進するプロジェクトとしてクラウドファンディングを行うなどし、2018年から4回の期間限定イベントを実施してきた。なかでも2019年10⽉に実施した東京・大手町でのイベントは大きな反響を呼び、この成功により2021年6月に念願の常設実験店「分身ロボットカフェDAWN ver.β」がオープンした。今回のトークセッションはその店舗で開催され、ロボットの制作過程や今回の受賞の意義について興味深い話題が展開された。

『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』キービジュアル

まずはエンターテインメント部門審査委員でもありセッションの司会を務めるライターで物語評論家のさやわか氏から、吉藤氏に開発動機について質問が投げかけられた。それに対して吉藤氏は、「私は小学校から中学にかけて健康状態が思わしくなく、1日の大半を布団の上で過ごすことを余儀なくされていた。移動ができず、友人たちと同じような遊びに参加できないという問題を解決するために、自らの分身となるような存在をつくることを目標とし、2010年にその第1号となるOriHime(Humanoid版)を完成させた」と語る。

吉藤氏

そしてその延長線上で2019年10月に大手町に3週間の期間限定でオープンしたのが、分身ロボットカフェだった。障害者、外出困難者30人が労働し、メディアでも取り上げられるなど反響を呼んだが、カフェというコンセプトにたどり着くまでには紆余曲折があったと吉藤氏は言う。「開発チームは当初この分身ロボットを、学校に行けない子どものために教室に設置し、授業を受けさせることを目標としていたが、実際にパイロットの声を聞くと、車いすと同様、介助者がいなければ移動ができない点などに不満があったという。それに対する解決を探るなかで、OriHimeで出社していた開発メンバーに私が料理を見せていた時、そのメンバーから、料理をお客さんに配ってみたいというアイデアが提示された。それを受け、より主体性を持った社会参加として、ロボットを操作しながら労働するという分身ロボットカフェというコンセプトが固まった」と述べる。

障害者や外出困難者にとって最も難しいのではないかと考えられる「身体的な労働」を、テクノロジーによって可能にする分身ロボットOriHimeだが、こうした遠隔で操作するテレイグジスタンス・アバターと呼ばれる種類のロボットについて、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の南澤孝太氏は歴史的な観点から補足を行った。同氏によればこうした研究は1980年代からあり、現在に至るまで進化を続けているという。当初は重厚なロボットをリモートで動かし、危険な作業を行わせるという応用が多かったが、2000年代以降はアバターロボットを通したコミュニケーション能力の拡張に注目が集まってきたと指摘する。しかし、このような一連の研究のなかで技術がどのような人々に必要とされているのかを掴み切れていなかったとし、だからこそ、技術で障害当事者と社会とをどうつなぐかという問題に向き合う吉藤氏の登場には衝撃的を受けたと語る。

南澤氏

では実際に、OriHimeを使っているパイロットはどのようなことを感じているのだろうか。トークセッションに参加したパイロットのなおき氏は次のように述べる。「それまでは外出と言っても病院に行くときだけで、しかもうつむいてばかりだった。しかしOriHimeを介してカフェで働くようになってから、それまで病気のことばかり考えていた自分がお客さんと話す話題を考えたりするようになった」。そしてその結果、自身は意識していなかったものの、家族から「表情が明るくなったね」と言われるようになったという。

肉体のあり方、社会に変化をもたらすための技術

今回の受賞理由について、さやわか氏はエンターテインメント部門の審査委員であるアーティストの長谷川愛氏に尋ねる。長谷川氏は、遠隔で動く肉体というとジェイムズ・ティプトリー・Jr.の「接続された女」という古典的SF小説などで描かれているが、なぜか現実ではそれを実現しようと積極的に動く人はいなかったように思う。しかしその一方で、爆撃も可能な無人飛行機など人を殺すための遠隔兵器の開発は活発だと述べ、次のように続けた。「しかし吉藤さんたちの試みは、そのようなテクノロジーの方向性とはまったく異なる発想。事故や病気で体の自由がきかなくなる可能性は誰にでもある。分身ロボットは、そのような状況下に置かれたときに絶望しなくてもいいようなテクノロジーになりうることが、受賞の理由として挙げられるだろう」。

さやわか氏
長谷川氏

吉藤氏は分身ロボットについて、「今後のことはあまりイメージをしていないが、ホビーやアートのように制作者側がロマンを込めるというよりかは、使ってくれるパイロットそれぞれがOriHimeにロマンを感じてくれたり、テクノロジーによって体の自由がきかない人々が抱える問題を解決することで、ロマンが生まれるよう展開していければと思っている」と語った。実際、分身ロボットカフェの従業員たちは続々と企業へとヘッドハンティングされているという。ロマンは、すでに私たちの社会に生まれはじめているのかもしれない。


(information)
第24回文化庁メディア芸術祭
「エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』トークセッション」
開催日時:2021年9月24日(金)19:00~20:00
配信日時:2021年10月11日(月)18:00~
会場:分身ロボットカフェ DAWN ver.β
登壇者:吉藤健太朗(エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』)
    南澤孝太(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)
    長谷川愛(エンターテインメント部門審査委員/アーティスト)
    なおき(『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』OriHimeパイロット)
    さやわか(エンターテインメント部門審査委員/ライター/物語評論家)
定員:20名
主催:第24回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※トークセッションは、特設サイト(https://www.online24th.j-mediaarts.jp/)にて配信後、12月24日(金)17:00まで公開

※URLは2021年11月1日にリンクを確認済み