アメリカやフランスと比べて、コミック文化のイメージが一般にはまだ浸透していないアフリカ。実際のところアフリカのコミック作品を紹介される機会も少ないなか、2021年1月に京都精華大学アフリカ・アジア現代文化研究センター主催で行われたオンラインイベントで、カメルーンやコンゴ共和国など、西アフリカ諸国のマンガ(コミック)事情が紹介された。当日のレポートとともに、アフリカンコミックスの現状を俯瞰する。

オンライントークイベント「アフリカ×マンガ:カメルーンのマンガ家が語るアフリカのマンガ事情」

知られざる「アフリカンコミックス」

長年、アフリカはマンガ・コミック(註1)文化とは無関係な地域として思われることが一般的であった。しかし、フランス語と英語を公用語としている国が多いことから、フランス語圏のバンド・デシネ(註2)やアメリカンコミックスが紹介されることもしばしばあった。2010年代以降、アフリカでは西アフリカ諸国を中心にマンガ・コミック関連フェスティバルが複数登場し、アーティストや出版される作品も増えるなど、市場が活気付いてきている。世界的にも注目が集まりつつあり、2020年にはイギリスのコミックフェスティバル・The Lakes International Comic Art Festivalでアフリカ人アーティストを招いたイベントが開催された。また、2021年にはフランスを代表するフランス・アングレームのバンド・デシネミュージアム(Le musée de la bande dessinée)でもアフリカンコミックスをテーマにした展覧会「Kubuni」(キュビュニ、註3)が1月27日から9月26日まで開催され、サブサハラ(サハラ砂漠以南)アフリカ出身のアーティスト50名の作品が紹介された。

日本でも、外務省の主催で2007年に創設された日本国際漫画賞でブルキナファソやコートジボワール、南アフリカ共和国、ベナン共和国出身の作家が受賞したことはあるが、これまで日本でアフリカのコミック作品を紹介するイベントや展覧会が企画された例は皆無に等しい。そのような状況のなか、京都精華大学アフリカ・アジア現代文化研究センターの主催で行われた本イベントは、アフリカのマンガ・コミック市場の現状をうかがえる数少ない機会となった。

本イベントは、主に①Elyon’s(エリヨンズ)氏と著作紹介、②同氏がディレクターとして関わっているコンゴ共和国のバンド・デシネフェスティバル「Billili」(ビリリー)の紹介で構成された。

フランス・アングレームのバンド・デシネミュージアムで開催された展覧会「Kubuni」のキービジュアル

カメルーン出身、コンゴ共和国在住のコミック作家・エリヨンズ

イベントのメインゲスト、エリヨンズ氏(本名:Joëlle Ebongue〔ジョエル・エボング〕)は1982年、カメルーンで生まれた。子どもの頃から、フランス語圏のバンド・デシネはもちろん、アメリカンコミックスやディズニーのアニメーション映画、『ベルサイユのばら』(池田理代子、1972〜1973年)や『ドラゴンボール』(鳥山明、1984〜1995年)などの日本マンガに至るまで、さまざまな文化圏の作品に触れながら成長した。

カメルーンで現代文学を専攻した後、コミック作家になる決心をし、銀行員の父の反対を乗り切ってベルギーでグラフィックアートを勉強した。フランス文化センター(現・アンスティチュ・フランセ)で文化担当官としてキャリアをスタートし、グラフィックデザイナー、コピーライターなどとしても活躍した。アーティストとしては、ベルギーの著名なコミック誌「Spirou」(スピルー)をはじめ、カメルーンとレバノン、アルジェリアなどの雑誌に作品が掲載された後、2014年に初の単行本『La vie d’Ebène Duta』(エベーヌ・デュタの日常)を発表。本作品は英語版とフランス語版があり、第3巻まで出版されている。エリヨンズ氏は、現在コンゴ共和国に在住しながら、コミックワークショップやフェスティバル、展覧会などの企画・運営にも携わっている。アフリカ諸国では珍しい専業コミック作家であることから、「BBC」や「Le Monde」など、多くのメディアでも取り上げられ、名実ともにアフリカを代表するコミック作家の一人となっている。

カメルーン出身、コンゴ共和国在住のコミック作家・エリヨンズ氏

アフリカ出身の女性の暮らしを描いた『La Vie d’Evene Duta』

エリヨンズ氏の代表作『La vie d’Ebène Duta』は、他国で暮らしているアフリカ出身の黒人女性・エベーヌ・デュタを主人公に、アフリカ出身と非アフリカ出身の知人に囲まれて過ごす彼女の毎日を題材にしている。恋愛や友情から、黒人としてのアイデンティティとアフリカに対する偏見やファンタジー、クリシェまで。エベーヌが直面するさまざまな日常のシーンがユーモラスに描かれている。

2014年にクラウドファンディングにより出版された本作だが、エリヨンズ氏によると当初そのような予定はなく、フランス語圏の出版社に持ち込んだこともあるという。しかし、彼女の作品を目にしたフランスやベルギーの(非アフリカ系)編集者たちは、主人公のエベーヌの服装や性格などがヨーロッパ人と似ており「アフリカ人らしくない」ため、おもしろくないと指摘し、より「アフリカらしい」作品を描くように勧めたそうである。出版社との話であまり希望を感じられなかったエリヨンズ氏は、別の方法を模索し、SNSに作品を発表した。SNSでの人気を受け、2014年にはクラウドファンディングも募った結果、15,000ユーロ(約190万円〔2021年12月現在〕)が集まり、単行本を刊行できた。その後も『La vie d’ Ebène Duta』の人気は続き、2015年には第2巻、2017年には第3巻が出版された。

多国籍な作品を読みながら成長したエリヨンズ氏にふさわしく、バンド・デシネとアメリカンコミックス、日本マンガの特徴を併せ持つ、もしくはどのスタイルにも属しないこの作品は、アフリカをはじめ、世界各国の読者の支持を得ている。2021年末現在、Facebookのページだけで50カ国以上から約2万人にフォローされているという。

エリヨンズ氏の代表作『La Vie d’Evene Duta』1〜3巻表紙

コンゴ共和国のバンド・デシネフェスティバル「Billili」

コミック作家として一定の成功を収めたエリヨンズ氏は、より多くのアフリカ人作家たちが活躍できる場を作りたいという思いから、2015年には在住中のコンゴ共和国でバンド・デシネフェスティバル「Billili」を立ち上げた。「ビリリー」は自費出版本の即売会から、展覧会、ライブドローイングなどのイベントで構成され、アフリカの作家たちを中心に毎年開催されている。会場にはエリヨンズ氏の作品を含め、世界中のマンガ・コミック作品のコスプレをした参加者たちが訪れるという。

作家個人の成功を超え、アフリカのコミック文化を盛り上げていきたいという願望は、同氏が共同キュレーターを務めているバーチャル展覧会「Afropolitan Comics」(アフロポリタン・コミックス、註4)からもうかがえる。「Afropolitan Comics」で展示されている16名のアフリカ人作家によるコミック作品は、西アフリカの水の精霊・Mami Wati(マミ・ワティ)が登場するSFから、バラク・オバマなど、アフリカンルーツを持つ人物の伝記に至るまで多彩である。多くのアフリカ諸国にはコミック専門の雑誌も、ウェブサイトもあまりないため、作家たちはSNSなどを利用し、個人の努力で作品を発表するしかない。彼らにとって、作家と作家、作家とファンをつなげてくれる「アフロポリタン・コミックス」の存在は「連帯」そのものである。その連帯の中心にエリヨンズ氏がいることは言うまでもない。

バンド・デシネフェスティバル「Billili」2020年(第5回目)のチラシビジュアル
16名のアフリカ人作家の作品が見られるバーチャル展覧会「Afropolitan Comics」

アフリカンコミックスへの期待

長いあいだ、マンガ・コミック界において未知の大陸だったアフリカが変わりつつある。マンガ・コミック文化のアウトサイダーから、インサイダーになり始めているのである。熱意のある作家たちはインターネットメディアを利用し、自らコミック市場を開拓している。このような状況のなか、エリヨンズ氏の作品の成功には単なる人気作誕生以上の意味がある。珍しい題材で多くの読者を楽しませ、アフリカンコミックスの潜在力を見せてくれたほか、これまではマンガ・コミック作品の中心人物になることが少なかったアフリカ人キャラクターの視点からみた世界を描いていることにもその意義がある。

アフリカの多彩な文化と言語を持つ55の国・地域には約13億人が住んでいるという。秘められた才能を持つアフリカのコミック作家たちが今後つくり出す作品は、現地の読者を満足させるだけでなく、世界のマンガ・コミック界にも新たな風を吹き込んでくれるに違いない。少なくとも、エリヨンズ氏の例からはその可能性を垣間見ることができた。


(脚注)
*1
イベントのタイトルには「マンガ」という言葉が使われているが、フランス語圏をはじめ、多くの国では「Manga」が日本スタイルの作品のみを指す言葉で使われている。イベントでもエリヨンズ氏は「バンド・デシネ」と「Manga」を区別して使っていたため、このレポートでは固有名詞を除き、「バンド・デシネ=コミック・コミックス、Manga=マンガ」の表記にする。

*2
Bande dessinée、フランス語におけるコミックの総称。

*3
スワヒリ語で「想像の産物」(Imaginary creation)の意。

*4
南アフリカ共和国のInstitut français(アンスティチュ・フランセ)とフランス・アングレームのバンド・デシネ ミュージアム(Le musée de la bande dessinée)の企画。


(information)
京都精華大学 現代アフリカ講座 2021
現代アフリカのパワーと可能性を知る ~ビジネスの視点から~
「アフリカ×マンガ:カメルーンのマンガ家が語るアフリカのマンガ事情」
日時:2021年1月14日(木)19:00~21:00
開催形式:オンライン
入場料:1,000円
出演:Elyon’s(マンガ家)
司会:伊藤遊、ユー・スギョン
通訳:阿毛香絵
※本イベントのほかに「アフリカにおけるコロナの現状と経済的影響」「日韓における「アフリカ」の捉え方と接し方:両国の「アフリカ・フェスティバル」を通して考える」と、全3回にわたって開催された

※URLは2022年1月26日にリンクを確認済み