『特撮と怪獣 わが造形美術』は成田亨の芸術家としての側面に光を当て、その芸術哲学と特撮での仕事との関係を体系的に記した書籍である。1996年にフィルムアート社より刊行された後、長らく入手困難な状態が続いていたが、『シン・ウルトラマン』の当初の公開予定時期であった2021年、リットーミュージックより「増補改訂版」として出版された。本稿では、『特撮と怪獣 わが造形美術』に記された内容を踏まえ、成田亨の特撮作品との向き合い方、特撮作品に対する考え方が、現代の特撮情勢においてどのように位置づけられるのかについての検討を行う。

『特撮と怪獣 わが造形美術 増補改訂版』表紙

芸術とデザインの狭間に立つ巨星

成田亨は、さまざまな映像作品で特撮美術監督を務めた人物であり、『ウルトラQ』(1966年)、『ウルトラマン』(1966~1967年)、『ウルトラセブン』(1967~1968年)において、ヒーロー・怪獣デザインを行った人物としても知られる。また、映像業界に関わる前から芸術家として活動しており、京都府大江町(現・福知山市)の《鬼モニュメント》(1990年)などの作品を遺している。

成田は、卓越したキャラクターデザイナーとして特撮愛好家のあいだで高く評価されていたが、1999年11月より水戸芸術館で開催された展覧会「日本ゼロ年」において出品作家の一人として選ばれ、成田のウルトラ怪獣のデザイン画が展示されたことを期に、美術の世界においても注目されはじめる。「日本ゼロ年」を企画した美術評論家の椹木野衣は、成田のデザイン画を「日本においてハイ・アートとサブカルチャーとの境界はたんに制度的なものであり、欧米のように歴史や階級によって一定の深みをもって保護されていない以上、一皮むけば、ハイ・アートとサブカルチャーもグチャグチャに混ざり合っているということの、象徴的存在」(註1)と評価している。その後、成田のデザイン画は青森県立美術館に収蔵され、2014年には富山、福岡、青森を巡回する大規模な回顧展「成田亨 美術/特撮/怪獣」が開催されるまでに至る。

『特撮と怪獣 わが造形美術』(フィルムアート社、1996年)は、そんな芸術家と特撮デザイナーの両面を持つ成田が、自身の来歴と芸術哲学、特撮での仕事の関係について語る書籍である。本書は特撮美術監督としての仕事と「特撮美術」の応用分野について焦点を当てた『特撮美術』(フィルムアート社、1996年)、芸術家とデザイナーのあいだで引き裂かれる自己認識による絶望と円谷プロとの確執に焦点を当てた『眞実 ある芸術家の希望と絶望』(成田亨遺稿集制作委員会、2003年)と並び、成田の仕事やデザイン理念を理解するうえで重要な文献のひとつである。いずれの書籍も入手困難な状態が続いていたが、2015年に羽鳥書店から『特撮美術』が『成田亨の特撮美術』として刊行されたことに続き、2021年についに『怪獣と特撮 わが造形美術 増補改訂版』が刊行されることとなった。

成田亨の作家性:キャラクターデザイナー/芸術家

本書では、成田が芸術家として培った自身の知識や経験、哲学が、特撮の仕事のなかにどのような形で表われているのかが詳述される。「怪獣三原則」は、その代表的なものである。「怪獣三原則」とは、「怪獣」概念の歴史調査と、「怪獣」と「妖怪」の比較検討を経て成田が導き出したデザイン理論である。本書においては以下の3つとして記載される(註2)。

一. 過去にいた、または現存する動物をそのまま作り、映像演出の巨大化のトリックだけを頼りにしない。
二. 過去の人類が考えた人間と動物、動物と動物の同存化表現の技術は使うが、奇形化はしない。つまり、頭が二つだの、八つだの、一つの胴に竜と羊の首がつくだのといったことはしない。
三. 体に傷をつけたり、傷跡をつけたり、血を流したりはしない。(註3

成田がこの三原則に基づく怪獣をデザインする上で重視したものが「意外性」、すなわちデザインの面白さである。そして「意外性」を生み出すために成田は「半抽象」形態を怪獣デザインに導入した。

半抽象とは「ある題材出発点として、その形を翻訳することで抽象化を行う、あるいは逆に、漠然とした形態のイメージを、具体的な対象に置き換える」(註4)というものであり、成田自身の彫刻作品制作にも用いられるものである。すなわち、成田は自身の芸術家としての技法や知識を怪獣デザインに投入しているのだ。また時には、怪獣デザインに用いたアイデアを純粋化させ、自身の彫刻作品に導入することもあった(註5)。ある意味で、成田の芸術家としての活動と特撮におけるデザイン活動は、一本の線で結ばれるものなのである。

半抽象形態を用いた成田の彫刻作品《八咫》(1962年)
相原一士、富田智子、江尻潔編『怪獣と美術-成田亨の造形芸術とその後の怪獣美術-』東京新聞、2007年、118ページ
「怪獣三原則」に基づいてデザインされた最初の怪獣であるガラモン
成田亨『成田亨作品集=The art of Tohl Narita』羽鳥書店、2014年、38ページ

成田亨の作家性:特撮美術監督/芸術家

本書では前項で見たような、フォルムへの注力という、彫刻家とデザイナーの双方に通底する成田の作家性が成田自身により語られているが、成田デザインにはもうひとつ、特撮というメディアを考えるうえで注目すべき特徴が存在する。それは、人間の視覚認知特性のデザインへの応用である。例えばレッドキングは、「身体を、下を大きく、上を小さく作って、人が入る二メートルぐらいの縫いぐるみに五〇メートルの距離感を出そうとし」(註6)てデザインされた怪獣であり、怪獣造形そのものへの遠近法的パースの組み込みが試みられた。このような、二次元平面上で三次元的な奥行きを再現する「イリュージョン」である遠近法を、あえて三次元的な造形物に組み込むことにより、スクリーンやブラウン管という二次元平面上で観た時の奥行きを強調するという手法は、ミニチュアセット自体にパースを付ける「強遠近法」セットの技法にも確認できる(註7)。

遠近法とは異なるアプローチが行われたのが、ウルトラセブンのデザインと、改造怪獣のデザインである。ウルトラセブンの場合、スーツアクターの体系の都合からシルエットが五頭身半になるという問題を解決するため、成田は上半身にデザインのボリュームを集中させ、胸から足にかけて白い線を引くことで下半身を細く見せる試みを行った。また、予算の関係から以前登場した怪獣のスーツを改造し、新しい怪獣として演出しなければならない際、成田は「強烈に人目を惹くものを体のどこかに作って、『前の怪獣じゃないぞ』っていうイメージを、パッと作る」(註8)ことを念頭においてデザインしたという。

以上のように、成田は人が入るスーツによる怪獣・ヒーロー表現、狭い範囲のミニチュアセット、予算状況による改造怪獣の活用といった、特撮現場の制約を打破する方法として、人間の視覚認知の特性を巧みに利用していた。それは成田にとっては単なる問題解決の手段のひとつに留まらない。実現には至らなかったものの、エッシャーの作品にヒントを得た「錯視遠近法」セットのアイデアを終生温め続けていたこと、「錯視遠近法」をモチーフにした平面作品をいくつか制作していたことを鑑みると、人間の視覚認知、特に三次元の被写体と二次元の映像のあいだで起こる相互作用に対する強い関心を成田は持っていたと言える。この相互作用は「カメラを通して得られた映像で勝負をする」という特撮という表現手法における重要な観点のひとつであり、それはまた「地面から立ち上がるデッサン」(註9)を求めて武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)の西洋画科から彫刻科へと転科し、彫刻家として活動しながらも複数の絵画・平面作品を遺した自身の経歴とも通じるものと言える。ヒーロー・怪獣デザイナーとしてだけでなく、こうした特撮美術監督としての活動から「芸術家・成田亨」のありようを検討することも、今後は必要となってくるのではないだろうか。

レッドキングのデザインと遠近法の概念図
小松崎茂監修『怪獣大全集 第四巻 怪獣の描き方教室 きみもさし絵画家になれるぞ』復刊ドットコム、2014年、110ページ
強遠近法によって設計されたマイティジャック号ミニチュアの図面
成田亨『成田亨の特撮美術』羽鳥書店、2015年、187ページ

「特撮」概念の再構築

二次元と三次元の相互作用によるイリュージョンとしての特撮に強い関心を持っていた成田であるが、成田はまた本書のなかで、「特撮の二つの道」という、特撮そのものを検討する上で興味深い視座を提唱している。それは、「特撮」を用いて作られる映像作品を、「映画の中の特撮」と「特撮映画」という二項に分類するというものである(註10)。

「映画の中の特撮」とはリアリズムが重視される作品における特撮技術であり、特撮を使用して映像を制作したことを観客に知られることが許されない、「本物そっくり」であることが求められるものである。そして「特撮映画」とは、いわば特撮によってつくり出される映像のスペクタクル性に焦点が当てられる作品であり、この作品においてはたとえ「特撮」でつくっていたことが観客の目に明らかであったとしても、その映像から得られる迫力や快楽を十全に観客に伝えられさえすれば成功となる。

成田のこうした「特撮」概念の再構築は、自分自身が特撮美術監督としての映像制作へ関わるなかで、肌で感じたものを言語化したものだろう。成田による制作者と観客のいずれにおいても特撮映像への向き合い方が根本的に異なるこの二項の「特撮」概念の提示は、映像制作技法を指す言葉でありながら、ジャンルを指す言葉でもあるという、捉えどころのない「特撮」概念を検討するうえで、重要なヒントとなるに違いない。

特撮文化の原点のひとつに

ここまで見てきたように、須賀川特撮アーカイブセンターの運用をはじめ、特撮に関する文化的な関心が高まる現在、特撮美術監督としての側面と芸術という側面の両方を持つ成田亨の著書の再検討は、これまでとは異なる新たな「特撮」に対する観点を我々にもたらすものである。成田がデザインしたウルトラマンや怪獣が、50年以上続くウルトラマンシリーズにおけるキャラクターデザインの原点となっているように、成田の特撮概念もやがて、特撮研究において常に立ち返るべき原点のひとつとして位置づけられるものともなっていくのではないだろうか。今後の特撮研究の動向に注目したい。


(脚注)
*1
森司編『日本ゼロ年』水戸芸術館現代美術センター、2000年、14ページ

*2
この「怪獣三原則」に類するものは、小松崎茂監修『怪獣大全集 第四巻 怪獣の描き方教室 きみもさし絵画家になれるぞ』(ノーベル書房、1967年)に収録された成田の「怪獣はこうして考える」をはじめ、ウルトラマンシリーズ放送当時からさまざまな媒体で記述されている。その内容はおおむね共通しているものの、時期や媒体によって微妙に変化しており、項目数が2であることもあれば、3であることもある。

*3
成田亨『特撮と怪獣 わが造形美術 増補改訂版』リットーミュージック、2021年、145-146ページ

*4
三木敬介「〈彫刻〉と〈怪獣〉の越境者・成田亨」『成田亨作品集=The art of Tohl Narita』羽鳥書店、2014年、362ページ

*5
成田の彫刻作品《翼を持った人間の化石》(1971年)は、『ウルトラセブン』に登場するシャドー星人のデザイン時のアイデアを、「特撮で用いるスーツ」という撮影に伴う制約から解放し、純粋化させたものとも言える。『眞実 ある彫刻家の希望と絶望』で成田亨は以下のように述べている。
「雛型で宇宙人の顔を表現したいと思ったけれど、所々出っ張りのある人間の顔に被せなきゃならんわけでしょう。どうしてもマスク全体は凹ますことができなくて、シャドー星人は鼻だけ雛型にするという中途半端な状態で終わってしまった。その時、今に必ず雛型の彫刻を造ってやろうと思ったんですよ」
成田亨『眞實 ある彫刻家の希望と絶望』成田亨遺稿集制作委員会、2003年、160ページ

*6
成田亨『特撮と怪獣 わが造形美術 増補改訂版』リットーミュージック、2021年、93ページ

*7
同上書、118ページ
なお、本サイト内「「須賀川特撮アーカイブセンター」レポート」で言及されている「遠景になるほどに狭くなる道路幅」は、成田が本書で言うようにミニチュアの建物に直接パースを付けたものではないが、同様の効果を狙った特撮技法が用いられたものである。
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-17446/

*8
同上書、204ページ

*9
同上書、68ページ

*10
同上書、114ページ


(information)
『特撮と怪獣 わが造形美術 増補改訂版』
著者:成田亨
出版社:リットーミュージック
発行年:2021年
https://www.rittor-music.co.jp/product/detail/3120317118/