「特撮の神様」と称される円谷英二の故郷である福島県須賀川市に、2020年11月3日「須賀川特撮アーカイブセンター」がオープンした。近年の特撮文化推進事業のひとつの集大成ともいうべき本施設は、特撮に関する資料保存体制が完備され、調査・研究に資するだけでなく、来館者への教育・普及に資する展示に関しても、これまでの特撮展示をさらに一歩進めたものであった。

「須賀川特撮アーカイブセンター」外観(写真提供:須賀川特撮アーカイブセンター)

「須賀川特撮アーカイブセンター」までの歩み

2020年11月3日、福島県須賀川市に「須賀川特撮アーカイブセンター」が誕生した。「貴重な特撮資料の収集、保存、修復及び調査研究を行い、それらを通じて特撮文化を顕彰、推進」(註1)を行うことを目的とする本施設は、完成に至るまでに非常に長い道のりがあった。

「須賀川特撮アーカイブセンター」誕生のすべての始まりは、2009年の夏であった。樋口真嗣、尾上克郎、原口智生、神谷誠とともに納涼会を行っていた庵野秀明は、ミニチュアをはじめとする特撮資料が消滅の瀬戸際にあることを知る(註2)。特撮文化の未来を憂いた庵野秀明は、公的なかたちでの特撮文化の保存事業を構想し、2010年より、その第一段階である「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」展(以下、「特撮博物館」/註3)の企画が開始されることとなる(註4)。2012年、東京都現代美術館で開催された「特撮博物館」は、29万1,575人の来場者を記録し(註5)、数多くの人々が特撮の魅力や価値を再確認するきっかけとなった。さらにその好評を受け、「特撮博物館」は愛媛、新潟、名古屋、熊本にも巡回することとなる。

この「特撮博物館」を機に、特撮をめぐる状況が大きく変化することとなった。特撮関連書籍やイベントの増加といったファン向けのマーケットの活性化は言うに及ばず、2012~2014年に文化庁メディア芸術情報拠点・コンソーシアム構築事業で行われた「日本特撮に関する調査報告書」をはじめとする、特撮を日本の文化として保存・継承していこうという具体的な動きが生まれたのだ。2017年には庵野秀明を理事長とする「特定非営利活動法人 アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)」も設立され、文化として特撮を残していく動きはさらに加速されていく。

こうした特撮をめぐる近年の動きが、須賀川市の動向と結びつくこととなる。東日本大震災以降、地域の新たな魅力創出を思案していた須賀川市は、郷土の偉人である円谷英二に注目し、特撮を用いた取り組みを考案する。2013年には円谷プロダクションの協力のもと「M78星雲 光の国」との姉妹都市提携が行われることとなり、現在では須賀川市内のあちこちにウルトラマン関連のモニュメントが設置されるまでに至った。2015年には後のATACに連なる特撮関係者と連携し、須賀川市内の施設を用いた特撮関連資料の保存が開始される。2018年には産学官連携による特撮文化の継承、発展に向けた活動の促進のため、福島県、須賀川市、ATAC、学校法人国際総合学園FSGカレッジリーグ国際アート&デザイン大学校、須賀川商工会議所、森ビル株式会社(オブザーバー)によって構成される「特撮文化推進事業実行委員会」が設立された。2019年には特撮文化の教育・普及機能と市民の生涯学習の場としての機能を併せ持つ「円谷英二ミュージアム」が市の複合施設内に設置されることとなる(註6)。そして「特撮博物館」の企画から10年を経て、特撮資料の収集・保存を行う公的施設である「須賀川特撮アーカイブセンター」が誕生することとなったのである。

特撮の調査・研究の拠点として

「須賀川特撮アーカイブセンター」には、1,000点以上の特撮資料が保管されている。その資料の大半が収蔵されている場所が、施設1階の収蔵庫である。収蔵庫内は資料保存に適した環境を維持した空間となっているが、一部がガラス張りとなっているため、来館者は収蔵庫内の様子をガラス越しに見学することができる。東宝、東映、円谷プロなど、制作会社の垣根を超えて特撮資料が一堂に会する光景は「特撮博物館」以来であり、まさしくファン垂涎と言えよう。なお来館者は、携帯電話やスマートフォンであれば資料の写真を撮影することも可能である。これらの資料は実際に撮影で使用されたオリジナルのほか、オリジナルを修復したもの、オリジナルを利用して復元したもの、当時の技術を用いて再制作したものなどさまざまである。資料それぞれにキャプションがつけられてはいないが、収蔵庫入り口で配布されている収蔵資料リストと樋口真嗣直筆の「収蔵庫内収蔵品図解」に資料名、出典作品、修復・復元に関する情報が記載されている。特に「収蔵品図解」には特撮の撮影現場に関する小ネタも書かれており、来館者を楽しませるものとなっている。特撮資料の修復・復元に関する詳細情報を知りたい場合は、原口智生が雑誌「宇宙船」(註7)で連載しているコーナー「夢のかけら」(註8)を副読本として利用できるだろう。現在収蔵庫内に保管されている資料が紹介されたこともあり、特撮の資料保存に関心のある人物にとっては必見の記事である。「須賀川特撮アーカイブセンター」では、こうした図解や修復作業に加え、監修、展示実務などといった幅広い分野に特撮映像の制作スタッフが携わっている。制作現場の知識と経験が公的施設にも反映されているのである。

なお、特撮作品に欠かせない存在である着ぐるみは、ガラス越しに見える範囲では一部を除いてほとんど確認できない。これは、着ぐるみがその原材料として経年劣化するラテックスを使用しているがゆえに、より劣化しづらい環境で保管する必要があるためであろう。こうした長期保存の難しい着ぐるみについては、現在3Dスキャニングによるデジタルアーカイブの試みが検討されているという。

左:収蔵庫の様子
右:樋口真嗣による「収蔵庫内収蔵品図解」

膨大な収蔵庫の資料群の中でも特に目玉と言えるのが、円谷英二の実質上の劇場作品の遺作となった特撮映画『日本海大海戦』(1969年)で使用された1/21.428スケールの戦艦三笠のミニチュアである。この戦艦三笠のミニチュアは、撮影で使用された後、展示用に手が加えられて映画公開キャンペーンに使用されていたものを、文化庁の「メディア芸術アーカイブ推進支援事業」の助成を受けて撮影時の状態へと修復・復元したものである。その修復・復元作業の記録映像が収蔵庫内のモニターで上映されている。その映像によれば、このミニチュアは、制作当時の木工技術を目視で確認できるようにとの判断から、修復・復元作業の過程であえて未塗装の部分が残されることとなったようだ。映像作品における中間制作物である特撮の造形物のモノ性が、来館者の目の前に赤裸々にさらけ出されているのである。職人技術の保存・伝承という本施設の機能だけでなく、いかにして「モノ」を「リアルな事物」に見せるかという特撮の本質を見せる設備と言えよう。

1/21.428スケールの戦艦三笠のミニチュア。未塗装の部分と塗装の部分が区分けされている

収蔵庫を出てすぐの場所に位置するホールにも多数の特撮資料が展示されている。こちらは収蔵庫内の資料と異なり、ガラス越しではなく直接観察することが可能である。収蔵庫内の資料がヒーローや戦艦、スーパー兵器、ランドマークといったキャラクター性が強い造形物であったのに対し、ホールの展示資料は比較的キャラクター性の弱い、匿名的な造形物を中心に構成されている。

ホールの様子。なお、奥に見える『シン・ウルトラマン』スタチューの展示は2021年春ごろまでを予定している

ホール内の収蔵品のなかでも目を引くのが、島倉二千六の手によって制作されたホリゾント(背景画)だ。「雲の神様」と呼ばれた島倉二千六の匠の技で描かれた空は、本物の空と見紛うばかりのクオリティである。ホリゾントの展示方法も、写真館のスタジオ背景のように吊り下げられる形式が採用されており、非常に独特なものだ。通常はミニチュアセットの背景として、その表面のみが注目されるホリゾントであるが、文字通りその「裏側」まで覗き見ることができるこの展示方法は、ホリゾントの支持体が板なのか布なのかという、特撮映像を見るだけでは意識にのぼらないホリゾントそのもののメディア性を意識させる。これも特撮の中間制作物の「モノ性」を暴露した展示形式といえるだろう。なお、「円谷英二ミュージアム」では島倉二千六のホリゾント作成風景を記録した映像資料が上映されており、両施設を相互利用することによって特撮の知識を深めることができる構造となっている。

ホールの様子。奥の青紫のホリゾントが布製、その隣の赤紫のホリゾントが板製であることがわかる

このホール上空には、飛行機、ヘリコプター関係のミニチュアが展示されている。飛行機やヘリコプター関係のミニチュアは、「吊り点」と呼ばれるポイントにピアノ線を通して吊り上げられることが通例で、その吊り方についても、飛行機は3点、ヘリは2点の吊り点を使うことが基本形である(註9)。だが今回の展示では、こうした通例とは異なる吊り方が行われている。それは、ワイヤーを通したシリコンチューブをミニチュアに巻き付けて吊るという方式である。これは、落下防止でもあり、資料保存の観点からミニチュアを傷めないようにするために採用されたものである。何本ものワイヤーを斜めに張って固定されているが、これは地震が来ても揺れがミニチュアに伝播しないようにするための工夫であるとのことだ。東日本大震災の経験が、展示のなかにも生かされているのである。

ホールに展示されている飛行機のミニチュア。シリコンチューブで巻かれて固定され、何本ものワイヤーで吊られていることが確認できる。展示作業は、実際に特撮映像制作でミニチュアを吊る作業を手掛けている株式会社特撮研究所の「操演」スタッフが担当した

特撮の調査・研究拠点として「須賀川特撮アーカイブセンター」を考えるうえでは、図書室の存在も見逃すことはできない。本施設の図書室には『宇宙船』や『B-CLUB』(註10)といった特撮を調査する際に欠かせない雑誌や各種ムック本だけでなく、アンド・ナウの会発行の「僕らを育てた」シリーズや開田裕治が発行する『特撮が来た』など、ほかの施設では閲覧することが難しい資料も配架されている。こうした高年齢向けの書籍だけでなく、低年齢向けの書籍も配架されているため、親子連れでも楽しむことができる。また、開架資料だけでなく、貴重書を保管する閉架資料室も併設されている。国会図書館などを活用しても特撮に関する文献資料を網羅的に調査することが難しい現状を考えると、本施設が特撮研究者の研究拠点として今後大きな役割を果たすであろうことは想像に難くない。ただし「図書館」ではなく、あくまでもアーカイブセンター併設の「図書室」という位置づけのため、複写サービス等は行っていないことには注意が必要である。

図書室、開架書架の様子

特撮文化の普及・継承の場として

「須賀川特撮アーカイブセンター」1階の設備が、特撮資料や文献の収蔵・保管といった博物館の収集、保存、調査・研究機能が強い設備であったのに対し、同施設の2階は来館者への特撮文化の教育・普及機能を強く持つ設備となっている。

2階設備のなかでも重要な位置を占めるのが、多目的スペースに設置された約3.6m×5.4mのミニチュアセットである。このミニチュアセットは特撮美術監督である三池敏夫が中心となって組み上げられ、ホリゾントは島倉二千六によって描かれた。建物は平成「ガメラ」シリーズや過去の「ウルトラマン」シリーズなどで使用されたものが活用されている。畑や立木といった自然物は今回のセットのために新規で制作されたものだ。本セットのモデルについて三池氏に尋ねたところ、畑があり、奥が山に囲まれているこのミニチュアセットは、モデルとなった具体的な場所があるわけではないものの、「須賀川のどこかの風景」をイメージして制作したものとのことである。須賀川ナンバーの車や地元の居酒屋の看板、須賀川市のマスコットキャラクターのボータンの看板など、セットにちりばめられた須賀川市ならではのオブジェクトは、須賀川市民に親しみを感じさせるだろう。また、特撮美術監督の大澤哲三の名前をもじった「大澤酒造」や「焼酎哲三」の看板など、特撮ファンをニヤリとさせる特撮美術スタッフの小ネタも確認できる。観察するたびに新たな発見があるというのも、数多くの情報量を盛り込めるミニチュアセットならではの魅力のひとつである。

左:ミニチュアセット全景
中央:須賀川をイメージした田園風景。左上のビルの看板には須賀川市のマスコットキャラクターのボータンが
右:民家のミニチュアの裏にはゴミのミニチュアまであり、生活感が演出されている

このセットで使用されたミニチュアは、昭和のゴジラやウルトラマンで多用される1/25スケールのものだけでなく、1/15から1/100まで幅広いスケールのものが使用されている。そしてそれらのミニチュアは、縮尺の大きいものがセットの手前に、縮尺の小さいものがセットの奥になるように配置されている。これはセット自体にパースをつけることによって、狭いセットのスペースでも奥行きを出すことを可能にする技術であり、特撮においては古くから使用されてきたものだ。奥になるほどに幅が狭くなる道路を見ると、直感的に理解することができる(下図参照)。この技法は、「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」など、近年の特撮技術を使ったミニチュアセット展示でも活用されていたものである。近景の山が立体物として制作され、遠景の山が板で平面的に制作されていることも、遠景になればなるほど物体の表面の凸凹のディテールが薄れ、平面的に見えるという我々のものの見え方を利用した表現方法だ。このように、特撮は我々の視覚の特性を巧みに技法として利用することで、「リアル」な光景を表現しているのである。そしてこのような、一見奇妙な形状のミニチュアセットが適切なカメラポジションから撮影されると「リアル」に見えるという見え方の二重性もまた、特撮の持つ魅力のひとつと言えるだろう。

左:遠景になるほどに狭くなる道路幅
右:近景の山(立体)と遠景の山(平面)

このミニチュアセットに使用されている特撮技法はこれだけではない。本セットにはこれまでの特撮展示ではあまり用いられてこなかった、グラスワークと呼ばれる戦前から使われていた合成技術が採用されており、来館者はそれを体験することができるのだ。鍵となるのはミニチュアセットに配置された、雲の絵が描かれたガラス板だ(下図参照)。この多目的室は部屋の高さの関係上、ホリゾントを高くつくることができない。そのため、ミニチュアセット内の人物の目線から撮影を行った場合、ホリゾントの高さが足りずに天井が映り込んでしまう。だが、このガラス板越しに適切なカメラポジションから撮影を行うと、写り込んでしまうはずの天井の部分がガラス板に描かれた雲の絵で隠れ、ホリゾントが天井を越えて上方向に続いているかのような写真を撮影することができるのである。これこそ、円谷英二が「特撮の風景や、劇の雰囲気として必要な豪華なセットなどを手軽く経済的に表現するために用いられる手」(註11)と述べたグラスワークの効果である。展示空間そのものの高さの関係でホリゾントの高さが足りず、適切なカメラポジションから撮影しても天井が映り込んでしまうというのは、「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」においても見られた弱点であったが、本施設では「グラスワーク」という技法の紹介を兼ねつつ、こうした弱点を(効果を発揮できる場所が限定されているとはいえ)克服したのだ。特撮展示も日々進化しているのである。

左:グラスワークのガラスを横から見た様子
中央:本来は左上に少し見えている天井が全体に写り込むはずだが、ガラス上の絵で巧妙に隠されている
右:適切なアングルから撮影したもの。違和感は少ない。手前の看板には「大澤酒造」、「焼酎哲三」の文字が

多目的スペースにはミニチュアセットのほかに、『いだてん~東京オリムピック噺~』(2019年/以下、『いだてん』)の撮影で使用された帝国製麻ビルヂング、東海銀行ビルディング、雑居ビル、日本橋三越本店のミニチュアも展示されている。1階の収蔵庫に保管された建物ミニチュアと異なり、ガラス越しではなく、間近で観察することが可能だ。360度どこからでも観察できるがゆえに、カメラに映る表側の細かいディテールと、カメラに映らない簡素な裏側のギャップがよくわかる。裏側が簡素であるのは、カメラに映らないということに加え、窓の処理や電飾などの仕込みといった、建物の中を表現する作業を行う際に邪魔にならないようにという作業上の関係からである。これもまた特撮で使用されるミニチュアセットならでは特徴である。特撮はあくまでも「カメラに映ることで成立する」技術体系なのだ。また、これらのミニチュア群が置かれている平台に「特撮研究所」の名が刻まれている点も興味深い。この平台は『いだてん』の制作時に須賀川の工務店によって制作されたもので、特撮研究所で撮影に使用されたのち、アーカイブセンターに寄贈されたものとのことだ。須賀川市は他にも『いだてん』のオープンセット撮影(註12)の際に撮影場所の提供を行うなど、作品に大きな貢献をしている。須賀川市と特撮の結びつきがますます強くなる中、こうした市による撮影協力も今後増えていくことになるだろう。それに伴って、この平台のような「須賀川生まれの特撮資料」も今後増えていくに違いない。

左:『いだてん』で使用されたミニチュア群
右:『いだてん』で使用されたミニチュア群の別アングル。平台には「特撮研究所」の文字が

多目的スペースに隣接する視聴覚室では、『巨神兵東京に現わる』の本編とメイキングが上映されている。『巨神兵東京に現わる』の本編は「特撮博物館」で上映されたのち、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012年)の併映作品として一部映像と音声を調整した「劇場版」が劇場公開され、同作のソフトにも収録されている。だがメイキングは併映時には上映されず、「特撮博物館」で上映された本編ともどもソフト化もされてこなかった。これまで特別なイベントでしか視聴できない貴重な映像だったのである。そんな『巨神兵東京に現わる』とメイキングが、本施設のオープンによってようやく(上映時間の指定があるとはいえ)いつでも観ることが可能な作品となったことは、ひとつの大きな事件と言えるだろう。そして本作メイキングにおける、『巨神兵東京に現わる』制作スタッフたちの「今まで見たことのない映像」に対する産みの苦しみと達成した際の喜びの様子は、どのような文字資料よりも「特撮がどのようにしてつくられるか」を来館者に伝えるだろう。

また、「特撮がどのようにしてつくられるか」を来館者に伝えるという点では、研修室や作業室で実施が計画されている特撮ワークショップも重要な役割を果たすだろう。特撮ワークショップは須賀川市でも2017年から何度も実施されているが、実際に自分が作ったミニチュアセットが、カメラのファインダー越しに捉えられることによってリアルに見えてしまうという特撮ワークショップの体験は、特撮文化の教育・普及の機能の面でほかに代えがたいものである。これまではイベントという形で実施せざるを得なかったために、時間や作業にさまざまな制限があった特撮ワークショップだが、「須賀川特撮アーカイブセンター」という常設施設を得たことで、これまでとは異なるワークショップへのアプローチも可能となるのではないか。今後の展開に期待したい。

特撮文化の教育・普及の今後の展開という観点に関しては、2階に展示されている、特撮作品で使用されたフィルムカメラも興味深い対象である。現在ではそもそもフィルムカメラには馴染みのない世代が増えており、来館者にとってはフィルムカメラを間近で見ることそのものが非常に貴重な体験となっている。そして「カメラを通して得られた映像で勝負をする」特撮において、カメラの持つ重要性は非常に高い。書籍の図版などでは、カメラのサイズや量感、詳しい機能を解説することは難しいが、実際に目の前で機材を見せることができるのであれば、その機能や働きを直感的に解説することも可能となるのではないだろうか。カメラについては、これまでの特撮関連の展覧会ではほとんど取り上げられてこなかった分野であり、これらのコレクションを活用したアーカイブセンターの今後の展開にも注目していきたい。

実際に特撮作品の撮影で使用された、ミッチェル社製のフィルムカメラ

特撮の未来を牽引する施設として

貴重な特撮資料を収集・保存し、その調査研究を行うだけでなく、豊富な蔵書を有し、特撮文化の教育・普及機能としてもこれまでの特撮イベント以上の機能を持つ「須賀川特撮アーカイブセンター」は、まさに今後の日本における「特撮文化拠点都市の構築・発信」の中心施設となるものであった。これまでの特撮関連イベントは、その資料収集・保存が急務であることもあり、ミニチュアセットをはじめとする「特撮美術」を中心とした展示となる傾向があったが、本施設はグラスワークの導入やフィルムカメラの展示など、さらなる特撮展示の可能性をも内包している。市内の「円谷英二ミュージアム」との連携も含め、今後のアーカイブセンターの発展が期待される。

また、庵野秀明のオープニングセレモニーのスピーチによれば、本施設の将来像として、第二、第三のアーカイブセンターの設立や、須賀川市への特撮スタジオの誘致まで視野に入っているようだ。「特撮=須賀川市」というイメージが人々に根付くことも、そう遠くはないだろう。


(脚注)
*1
「須賀川特撮アーカイブセンター/須賀川市公式ホームページ」
https://www.city.sukagawa.fukushima.jp/bunka_sports/bunka_geijyutsu/1006499/index.html

*2
スタジオジブリ編『館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技』(日本テレビ放送網株式会社、2012年)、8ページ

*3
館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技
東京都現代美術館:2012年7月10日(火)~10月8日(月・祝)
愛媛県美術館:2013年4月3日(水)~6月23日(日)
新潟県立近代美術館:2013年11月8日(金)~2014年1月21日(火)
名古屋市科学館:2014年11月1日(土)~2015年1月12日(月)
熊本市現代美術館:2015年4月11日(土)~6月28日(日)

*4
スタジオジブリ編『館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技』(日本テレビ放送網株式会社、2012年)、9ページ

*5
森ビル株式会社「平成24年度 メディア芸術情報拠点・コンソーシアム構築事業 日本特撮に関する調査」(平成25年3月)、5ページ
https://mediag.bunka.go.jp/projects/project/images/tokusatsu-2013.pdf

*6
本サイト記事「「円谷英二ミュージアム」レポート」に詳細についての記述あり。
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-15649/

*7
1980年に創刊された、朝日ソノラマ(2008年よりホビージャパン)発行の特撮・SF専門雑誌。

*8
「夢のかけら」は「宇宙船」のvol.121より現在も連載中(ただし、vol.128、138、141は休載)。なお、巻末目次上でのタイトルは、vol.121~137が「夢のかけら — Prop Grafiti」、vol.139以降が「夢のかけら」となっている。

*9
森ビル株式会社「平成24年度 メディア芸術情報拠点・コンソーシアム構築事業 日本特撮に関する調査」(平成25年3月)、76、78、98ページの図版、
https://mediag.bunka.go.jp/projects/project/tokusatsu-2014.pdf
および森ビル株式会社「平成26年度 メディア芸術情報拠点・コンソーシアム構築事業 日本特撮に関する調査」(平成27年3月)、83ページの図版に詳細が記載されている。
https://mediag.bunka.go.jp/projects/project/tokusatsu-h26.pdf

*10
1985~1998年にバンダイから発行された模型雑誌。

*11
円谷英二『定本 円谷英二 随筆評論集成』(竹内博編、ワイズ出版、2010年)、119ページ

*12
野外でミニチュアセットを組み、自然光の下で撮影を行う手法。


(information)
「須賀川特撮アーカイブセンター」
所在地:須賀川市柱田字中地前22
開館時間:9:00~17:00
休館日:火曜日(火曜日が国民の祝日のときは翌平日)、12月29日から1月3日まで
   *資料整理により臨時休館の場合あり。
入館料:無料
https://www.city.sukagawa.fukushima.jp/shisetsu/1004370/1004372/1006519.html

※URLは2021年2月5日にリンクを確認済み