2022年3月から6月にかけて、東京都現代美術館にて開催の「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」(以下、「井上泰幸展」)を機に、特撮美術監督として活躍する三池敏夫氏に、特撮美術監督の仕事や系譜、そして井上泰幸について聞くインタビュー。前編で語られた井上の仕事ぶりとその特異性、成田亨との関係に続き、後編では本展の見どころであるミニチュアセット、そして同氏の特撮を超えた仕事についても話が及んだ。

岩田屋再現ミニチュアセット

岩田屋ミニチュア展示の発展

今回の「井上泰幸展」の目玉である、岩田屋再現ミニチュアセットについてもうかがいたいと思います。岩田屋のミニチュアそのものは前回の佐世保展でも展示されていましたが(註1)、今回はさらに街飾りにまで発展しました。

三池:そうですね。これは井上さんの姪御さんである東郷登代美さんから依頼された長年の課題でした。すでに岩田屋のミニチュアがあったのは、東京での井上展を進めるうえで大きかったですね。何が起きても岩田屋単体の展示は保証されているということですから。というのも、ホリゾント(背景画)やライトといった設備・機材が予算的に本当にできるかどうかが心配だったんです。ホリゾントも高さ7mで組んでいますが、当初は「5mで十分じゃないか」という話もありました。

ホリゾントといえば、背景画家の島倉二千六さんが描かれたものをデジタルで拡大する方法が採られていました。

三池:撮影スタジオの再現としては島倉さんにスプレーガンで作画していただくのが理想なのですが、美術館内でスプレーガンを使って塗料を噴霧するには大掛かりな養生が必要で、なおかつ島倉さんご自身も年齢的に高所作業車での作業が厳しいということだったので、今回は出力にしました。ただ完全無反射のプリント用紙というのが難しく、曲面には光の反射が出てしまって残念でしたね。ただ、紙同士の継ぎ接ぎの技術は見事でした。あのホリゾントは幅1mぐらいのロール紙を縦に貼っているのですが、1cm程度の重ねしろしかないのに、まったくズレがありませんでした。

まるで違和感がなかったですね。ちなみに、デジタル出力したものをホリゾントに使うというのは、撮影現場でも使われている手法なのでしょうか。

三池:写真を拡大して平面に貼ったものを使うというのは以前からあります。オフィスのワンフロアのセットで、窓から見える遠くの遠景のビルなどがそうですね。窓外の一面だけなら、正面からカメラで狙えばそれほど反射もしませんから。

島倉二千六による背景画(原画)

今回の展示での新しい点といえば、ラドンのボードもそうですよね。あれがあることでより特撮セットらしさが上がったように思います。

三池:ラドンを吊るというアイデアを出してくれたのは、ニュートラルコーポレーションの石津尚人さんで、「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」(註2)や「庵野秀明展」(註3)でも大きく関わっている、いわば展示における美術監督のような役割の方ですね。

平面を用いた手法ということで、『巨神兵東京に現わる』(2012年)や「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」(註4)のときに使われた人物切り出し(註5)を思い出します。

三池:そう解釈することもできますが、「特撮博物館」のときから飛んでいるメカゴジラや『地球防衛軍』(1957年)に出てくる超兵器のマーカライト・ファープとかを白黒写真の拡大パネルで展示していますからね。今回は撮影手段としての写真切り出しというより、展示としての写真ボード展示という意識でした。

そうでしたか。しかし、そのように多面的に解釈できる点でも、今回の岩田屋セットはおもしろいですね。あと、今回はセットのなかにいくつかカメラが入っていますね。

三池:展示の制約上、お客さんは舞台の周辺からしか撮れないのですが、撮影のためにつくられたセットは本来、セットのなかにスタッフが足を踏み入れてどんどんカメラが入っていきますからね。そのデモンストレーションとして、今回はカメラを設置しました。

カメラはセットの真上にも設置されていましたよね。

三池:あれはメインのポジションに対して、床と空の間が空いているといった平面図的な空間の感覚をお客さんが感じてもらうのが狙いでした。解像度が低くて、結果監視カメラの映像みたいになってしまいましたけど(笑)。

リアルタイムで撮影されているそれら2つの映像に加えて、事前に撮影された映像もモニターで上映されていましたが、本物の街かと見間違うほどの非常にリアルな映像でした。同じセットでも、撮影機材の種類や撮影方法の違いによって、これほどまで見え方が変わるのかと興味深かったです。

岩田屋再現ミニチュアセットを撮影した映像を見ることができるモニター。左のモニターは、事前に撮影された映像が流されており、最も映画的な画調のもの。左から2番目のモニターは電車の模型前に配置されたカメラ(トップ画像参照)、右から2番目のモニターはミニチュアセット内に配置されたカメラが繰り返し向きを変える映像をリアルタイムで流している。右のモニターは、ミニチュアセットの上に配置されたカメラが捉えた映像をリアルタイムで流している

特撮の抱えるジレンマ

「井上泰幸展」にはいわゆる「特撮」ジャンルの作品に関する資料だけでなく、博覧会映像に関する資料も展示されていました。井上さんはほかにも、東武ワールドスクウェアの展示ミニチュアなど、「特撮」ジャンル以外の仕事もされていますね。

三池:博物館などの展示物、特にジオラマ関係の仕事は、特殊美術的な才覚が必要になることが結構あります。特に仕掛けでジオラマが繰り返し動くような仕事は、特殊美術の腕の見せどころですね。展示物のウェザリング(経年変化の処理)や電飾なども、映画関係の技術者が関わっていたりします。
ただ、映画の撮影で使う造形物の場合は、撮影の期間だけ持てばいいのですが、展示物の場合、動くものはずっと同じ動きをやり続けなければならないし、屋外に展示するものはなるべく長持ちして、壊れず色も褪せずに保ちたいわけで、映画とはまた違う耐久性のノウハウも必要になってきます。ですから、そういった仕事を通して新たな技術を蓄積していったでしょうし、それは映画の仕事にもフィードバックされていたと思います。

そういった技術の行き来があるのですね。一方で、特撮関係の方がそういった造形物の製作を担当されているということは、あまり知られていないように思います。

三池:そうですね。実は映画が斜陽化したとき、東宝特美(註6)はそういった特殊技能を生かした展示の分野で仕事ができたので、東宝撮影所のなかでもお金を稼ぐという意味で優秀な部署だったんですよ。それで有名なテーマパークに腕の立つ人材が引き抜かれてしまったということもありました。

日本万国博覧会 三菱未来館「日本の自然と日本人の夢」(1970年)展示物

東宝特美で長年勤めた長沼孝さんの本(註7)では、ミニチュアセットにパースをつける特撮的な技法をジオラマに応用する事例が紹介されていましたね。成田さんも著書のなかで(註8)ウィンドウディスプレイの仕事を紹介していました。

三池:そのほかにもCMやイベント造形物など、特殊美術が求められる仕事は結構あるんです。ただ、その手の仕事は契約上自分の仕事として表に出せないことが多く、ほとんど資料が残っていないんですよ。「コマーシャルフォト」などの雑誌に当時のメイキングが掲載されて、名前や会社が載っていれば探れるという程度ですね。本当に知られざる特撮美術関係の仕事はいろいろあります。

そういう意味では、特撮というジャンルを観ていない人も、知らず知らずのうちに特撮美術に触れているとも言えますね。

三池:そうですね。それに映像作品のなかでも知られざる特撮というのはあって、バレない特撮は「特撮」とわからないので、その貢献度がなかなか認知されないんですね。バレたらバレたで「チャチだ」とか「ミニチュアだ」とか散々に言われるのですが(笑)、上手い特撮は特撮だと誰からも気づかれないんです。特撮が気づかれないというのは、それだけ「いい仕事をした」という証なのですが、気づかれないがゆえに仕事として認知されず、映像業界のなかでもなかなか評価されないわけですよ。撮影所に力があって、腕のある職人にその技術を生かせる仕事が自動的に割り振られていた時代はいいのですが、今や職人が単独で活動しても腕を振るう仕事が来なくなるわけです。

「特撮」と言われなければ、映像がどのようにつくられているのか気にもしない人がほとんどでしょうね。「リアルに見えるということは、実際にその被写体を撮っているのでしょう」という素朴な認識が起きているというか。

三池:それに「巨費をかけて実寸大のセットで撮影しています」とか、「実際に厳しいロケ地で撮っています」という本物志向に宣伝する傾向が強いので、成功していても特撮で撮ったことは隠されがちです。

それが90年代、00年代となっていくと、今度は「最新技術のCGでやりました」と宣伝されるという感じで、結局特撮の方に光が当てられない。バレなければ知られないというのは特撮のジレンマですね。その結果、結局ジャンルとしての「特撮」だけが評価されがちというか。

三池:ただ、それは本編の美術にも同じようなところはあって、例えばドラマに登場する凝ったお店のセットをつくったとしても、実在する店舗をそのまま使って撮影したと思われがちです。でも大事なお芝居の部屋は大抵セットをつくりますし、狙いの映像を撮るために上からライトを当てるのに、天井がなかったりするわけですよ。あと「取り壁」と言って、カメラを入れるために壁が外れるようにしたりもします。でもそのことにお客さんは気づかない。ですから、昔から映画のセットを立派につくっても、あまり美術の貢献にまで話が及ばないですよね。

そういう意味で、自分の仕事が知られないことが作品に貢献していることを意味するというジレンマがあるわけですね、特撮に限らず。

三池:そうですね、美術の役割に対する世間の認知度の低さや映画界での地位向上については映画・テレビ美術監督協会でもずいぶん話題に上がりますよ。

そうなると、メイキングの公開が重要ですね。そもそも、特撮というジャンルにおいては昔の雑誌における技術紹介記事しかり、映像ソフトの特典映像しかり、メイキングをひとつのコンテンツとして扱っているところがあります。

三池:『巨神兵東京に現わる』は、まさにそうしたメイキングのおもしろさを狙ってつくった作品です。でも、会社やプロデューサーの方針によっては、舞台裏を見せることは夢を壊すということで、メイキングをあまり見せたがらない傾向の作品もありますよ。

円谷英二監督自身も舞台裏を紹介するのを嫌がっていたという話もありますね。こういったジャンル特有のジレンマがあるなかで、井上泰幸という陰で大きな役割を果たした人物にスポットを当てた今回の展覧会は、非常に重要な意味を持っていると思います。

三池:そうですね。素晴らしい技術を持っているにもかかわらず、井上さんのほかにも知られていない人はたくさんいますからね。そういう人たちを少しずつ知ってもらう努力はこれからも続けていきたいと思っています。

今後の展開も楽しみです。今回はどうもありがとうございました。


(脚注)
*1
佐世保で開催された井上展での岩田屋ミニチュアについては、本サイト記事「「「ゴジラ対ヘドラ」公開50周年記念 ゴジラシリーズを支えた特撮映画美術監督 井上泰幸展」レポート」に詳細についての記述あり。
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-18060/

*2
「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」
東京都現代美術館:2012年7月10日(火)~10月8日(月・祝)
愛媛県美術館:2013年4月3日(水)~6月23日(日)
新潟県立近代美術館:2013年11月8日(金)~2014年1月21日(火)
名古屋市科学館:2014年11月1日(土)~2015年1月12日(月・祝)
熊本市現代美術館:2015年4月11日(土)~6月28日(日)

*3
「庵野秀明展」
国立新美術館:2021年10月1日(金)~12月19日(日)
大分県立美術館:2022年2月14日(月)〜4月3日(日)
あべのハルカス美術館:2022年4月16日(土)〜6月19日(日)
山口県立美術館(予定):2022年7月8日(金)〜9月4日(日)
新潟県立万代島美術館(予定):2022年9月23日(金・祝)〜2023年1月9日(月・祝)

*4
「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」
熊本市現代美術館:2017年12月16日(土)~2018年3月18日(日)

*5
写真切り出しについては、本サイト記事「「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」がもたらした熊本の街の再生」に詳細についての記述あり。
https://mediag.bunka.go.jp/article/article-14565/

*6
東宝特殊技術課 特殊美術係、及びその流れを組む技能集団組織の通称。『ゴジラ』(1954年)の頃はまだ美術課の一室に過ぎなかったが、その後の特撮作品の量産に伴う専門部署の独立、組織化を経て、1960年頃には「美術」、「造形」、「模型」、「石膏」、「大道具」といった三次元の被写体そのものの造型に関わる部署のほか、「火薬」、「背景塗装」、「操演」、「電飾」などの部署が属する複合的な組織「特殊美術係」へと発展した。1970年に映画産業の斜陽化に伴い、東宝の美術部が「東宝美術株式会社」として独立したことにより、特美は「東宝美術株式会社 製作部 特殊美術課」として再編成される。その後1988年になると、「東宝美術株式会社」が1971年に東宝撮影所映像事業部から独立した「東宝映像株式会社」と合併して「株式会社東宝映像美術」となったことで、「株式会社東宝映像美術 特殊美術部」へと再々編成される。最終的に1998年に「特殊美術部」は廃部となり、その後は「株式会社東宝映像美術 美術製作部」が特殊美術の製作全般を担うこととなった。

*7
ににたかし『東宝特殊美術部外伝 上 模型少年、映画屋になる!?』大日本絵画、2016年

*8
成田亨『特撮美術』フィルムアート社、1996年


(information)
生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展
会期:2022年3月19日(土)〜6月19日(日)
休館日:毎週月曜日(3月21日は開館)、3月22日
会場:東京都現代美術館 企画展示室 地下2F
入場料:一般1,700円、大学生・専門学校生・65歳以上1,200円、中高生600円、小学生以下無料
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/yasuyuki-inoue/

※URLは2022年6月2日にリンクを確認済み