2022年8月1日(月)から28日(日)にかけて第1回が開催されている 「ひろしま国際平和文化祭」。そのメディア芸術部門のメイン事業となるのが国際アニメーション映画祭「ひろしまアニメーションシーズン」だ。17日(水)から21日(日)の5日間、学び合う「アカデミー」、表現を競い合う「コンペティション」、顕彰や評価を行う「アワード」の3本柱で実施するこの映画祭。本映画祭のプロデューサーである土居伸彰氏と、アーティスティック・ディレクターを務める山村浩二氏、宮﨑しずか氏の3人に、芸術祭の概要や狙い、これまで30年以上にわたり広島の地で開催してきた「広島国際アニメーションフェスティバル」とのコンセプトの違いなどを聞いた。

「ひろしまアニメーションシーズン」キービジュアル

時代に則した審査カテゴリーの提案

まず「ひろしまアニメーションシーズン」のコンペティションについてお話をうかがえればと思います。コンペティションの特徴として、「環太平洋・アジアコンペティション」と「ワールド・コンペティション」という、広い地域を対象とした2つのコンペティションを開催し、さらに両コンペティションともに長編と短編といった上映時間による区別をしていないことが挙げられると思います。こうした独自のコンペティションの枠組みはどのように決められたのでしょうか。

山村:映画祭では、インターナショナル部門と開催国を対象としたナショナル部門を用意することが多いですよね。ただ、その場合によく見られるのが、インターナショナル部門で入賞しなかった作品がナショナル部門に選ばれる、という傾向です。そうなると、どうしてもナショナル部門がインターナショナル部門の副次的な賞であるという、賞の価値の勾配が生まれてしまうのも実情です。
また、インターナショナルとは言いつつも、受賞する作品の多くはヨーロッパ中心の価値観で選ばれている。その基準ではこぼれ落ちてしまう作品がたくさんあると、多々感じてきました。
そういった観点から、インターナショナル部門としての「ワールド・コンペティション」と対等のカテゴリーとして「環太平洋・アジアコンペティション」を用意し、その存在を確立させていきたいと思います。

アニメーション映画祭においても、欧米中心の評価基準は存在しているわけですね。

土居:特にヨーロッパのアニメーション映画祭では、評価方法のフォーマットが定まっている印象で、やはりドラマツルギーがしっかりしているものが良い、という価値観が無意識のうちに刷り込まれているように思います。ヨーロッパの映画祭に審査員として参加すると、アジア人の審査員はどうしても数的にマイノリティになり、そういった内面化された審査基準をひっくり返すことはなかなか難しいわけです。
また、ヨーロッパのアニメーションの状況を鑑みると、フランスを中心に短編アニメーションに対する補助金制度が充実していて、制作予算が確保しやすいという実情もあり、その点でも期間や予算をかけて作品をつくりやすい。補助金は多様性をもたらすために用意されている制度ではあるのですが、一方で、補助金好みといえるような作品のあり方が定まってしまうところもある。ヨーロッパが「強い」なかで、そういった価値観から外れるものをちゃんと紹介する役割を「ひろしまアニメーションシーズン」では担保していきたいと思っています。

コンペティションにおいて、短編・長編といった区別をしなかったのはどのような意図からでしょうか?

山村:短編・長編の区別をしないと発案したのは僕です。私自身、個人作家としてこれまでに多くの映画祭に出品してきましたし、また審査員としても関わってきましたが、短編と長編の定義が映画祭や文脈によってまったく異なっていて、その不明瞭さが気になっていました。
また、作品の内容が多様化するなかで、作品の長短というカテゴライズから、徐々に実験性とストーリー性で分ける、あるいはナラティブの方向性で分けるというカテゴライズも出はじめていました。それでも僕はカテゴリーのなかに収まりきらないものがあると思っていて、すべてを対等にしながら各作品をきちんと見つつ、短編と長編の上下関係のようなものも消したかったわけです。

近年、CLIP STUDIOやBlender等のツールを使用したアニメーション制作が活発になり、長編制作のハードルも低くなってさまざまな形態の作品が生まれてきています。長編と短編を分けないという試みは、このような近年の傾向も念頭にあるのでしょうか。

山村:それは確かにあります。かつては産業としての制作システムが整ってないと、長編アニメーションをつくることは困難でした。しかし、今は個人レベルで制作環境を整えることができ、ベテランの作家も短編から長編へと作風をそのままに移行するという例も出はじめていますし、キャリアがなくても最初から長編制作にチャレンジするという若い作家も現れています。
かつて、長編アニメーションを制作できるのは、アメリカや日本といった限られた国でしたが、今は南米やアジアでも数多くの長編アニメーションが毎年つくられています。以前であれば長編と短編で方向性の違いが明確でしたが、長編でもよりパーソナルなものや実験的な作品が生まれてきています。一方で強い個性を持った作品が多かった短編の表現が平板化しているという印象もあり、もはや長編・短編という基準で作品を区別しようがないと考えています。

コンペティションの審査員もアニメーションの専門家や作家のみならず、マンガ、音楽、文筆など多彩な専門分野の方々が名を連ねています。

山村:アニメーション制作者の内向きのコミュニティではなく、外部からもいろいろな視点でアニメーションというものをとらえるということを重視しました。アニメーションの関係者の視点だけではない、広がりを持った視点を映画祭に持ち込みたかったんです。

役割の異なる2人のアーティスティック・ディレクター

アーティスティック・ディレクターには山村さんと宮﨑しずかさんのお2人が名前を連ねています。それぞれの仕事や役割の分担はどのようにされているのでしょうか。

山村:僕はコンペティションと、特別上映を含めたプログラム全体に関しての責任者で、土居プロデューサーとともにそれらをつくってきましたが、それ以外の多くは宮﨑さんが担っています。

宮﨑:「ひろしまアニメーションシーズン」の大きな目的に「広島の町や市民といっしょにつくりあげる」というものがあります。私は広島在住の広島市民ですので、広島という土地に根ざして、街とのつながりを強くする活動を担ってきました。例えばアニメーションを中心とするメディア芸術を用いた市民教育プログラムであるアカデミーの企画を進行したり、アーティスト・イン・レジデンスを進めたりといった仕事をしています。将来のアニメーション作家の育成も含めた、アニメーションの発信地としての土壌を広島につくっていくという役割を担っているわけですね。

宮﨑氏

いまおっしゃられたアカデミーやアーティスト・イン・レジデンスなどを中心に、広島に密着した試みが行われてきたわけですが、現状での成果や感じた意義などをお聞かせいただければと思います。

宮﨑:即効性を求めるというよりも、将来的な展望をもって継続していくという大前提があります。ただ、アーティスト・イン・レジデンスでいえば、参加作家が日本や広島の独特の文化に触れることで得た経験を、将来的に作品づくりに役立ててくれる可能性は大いにあるのではないかと思っています。アーティストにとって地元の人たちと触れ合う機会は刺激的でしょうし、エデュケーションプログラムにも責任感を持って取り組んでもらえています。

土居:私もプロデューサーとして、アニメーション映画祭がいかに地元に貢献しうるか、ということを常に考えながらプロジェクトを進めてきました。今回、アカデミーで僕がプロデューサーとして意識したのは「映画祭が存在することによって市民の方々にどういった良い効果をもたらしうるのか」ということでした。映画祭がある種のコーディネーターとして、あるいはプラットフォームとして機能し、世界中のさまざまなクリエイターの作品や考え方に触れることができる契機になることが理想です。
オーストリア・リンツで開催されるメディアアートのフェスティバル「アルス・エレクトロニカ」と連携し、オーストリアの高校生と、創造表現コースのある市立基町高等学校が交流を行ったり、短編アニメーションを使った教材を実験的に中学校の国語科の授業に取り入れたりと、映画祭によって教育の現場が変わる可能性のある有意義な試みもいろいろと試していますが、宮﨑さんにコーディネーター的に動いてもらってこそこの広島の地で実現しています。

宮﨑:基町高等学校ではオーストリアの高校と秋からアニメーションの共同制作をすることも決まったようです。それは、今回のプログラムをきっかけとして、お互いの高校が交流したからこそ生まれたものです。レジデンス作家がワークショップをした中学校では、最初は希望者だけだったものが最終的には全校ごとになり、秋の文化祭で大きな発表会が行われることになりました。始めるハードルは高かったのですが、一度やってみると現場からはもっとやりたいという意欲的なフィードバックがもらえました。かたちとして目に見えるようになるにはまだ時間がかかりますが、確かな反響をいただいています。

オーストリアの高校生と市立基町高等学校の生徒がオンラインで交流した
撮影:上川英紀

新たなアニメーション映画祭として

1985年から2020年まで隔年で開催されてきた「広島国際アニメーションフェスティバル」とは別に、新たなアニメーション祭として企画されています。

土居:オフィシャルには今回の映画祭とその映画祭のあいだにつながりはありません。しかし、広島という土地で、長年にわたりアニメーションの映画祭が行われてきたという歴史については、強く意識しています。私も山村さんも「広島国際アニメーションフェスティバル」には参加してきましたし、特に山村さんは自身のキャリアのスタート地点としても非常に大きなものだったと思います。運営主体は違っても、そういった広島から受け取ってきたレガシーを引き継ぎながら、今のやり方でアップデートしていきたいとは思っています。

新たな試みとしては、独自のアワードである「ゴールデン・カープスター」も大きな特徴となっています。環太平洋・アジア地域を対象に、2年間のあいだに特筆すべき成果を残したと思われる個人・団体・組織を対象とし、過去の経歴等も加味して選考を行い、賞を授与するものですが、この選考のプロセスやリサーチチームの動きについて教えていただければと思います。

土居:インターナショナルな評価軸からは漏れてしまうが、それぞれの土地で非常に重要な役割を果たしている作家が世界中にいます。そういった作家たちについての情報を集められるようにしたい、というのがこのアワードの原動力です。日本国内はさまざまな専門家の方をまとめあげたリサーチチームを組織し、一方で海外は環太平洋・アジア地域でアニメーション映画祭に関わる方々やジャーナリストに推薦委員になってもらい、60ページを超える推薦資料をつくり、それを基にアワードの受賞者を選定しました。この資料は、カタログ化して映画祭期間中に販売します。この2年間の環太平洋・アジア地域のアニメーションにおける動向が一望できる、ある種の年鑑のような役割も果たすものになっていると思います。

山村:毎年というくくりですと、どうしてもその時々で起こったことをキャッチアップするだけで精一杯になってしまいます。これは「ひろしまアニメーションシーズン」が隔年開催ということにも関わるのですが、2年に1度という一定の期間を置くことで作家や作品に対して熟考する時間ができ、文脈化を試みることもできます。即効性よりも、その作品がいかに歴史のなかで位置づけられるか、ということを探るようなアワードです。一般的な映画祭ですと、コンペティションではないアワードはいわゆる功労賞的な役割とほぼ同義になっていますが、「ひろしまアニメーションシーズン」ではコンペティションで拾えなかったが、今という時代の状況を知るうえで重要な作家や団体に注目して、作品単体ではなく活動全体で評価すべきものを取り上げることで、アニメーションの現在についての見通しがより良くなればと思います。

「ゴールデン・カープスター」を選考する過程で、何か新しい発見はありましたか。

土居:あまりに多岐にわたるリサーチ結果だったので、ディスカッションをしながら受賞者を決める作業は本当に大変なものでしたが、それぞれの国や地域を担当した方々の報告を読んで、自分が知らないさまざまな各国事情が存在することを改めて認識しました。
リサーチャーによっては、現地のシーンについてエッセイのような報告を書いてきてくれる向きもあり、インドやオーストラリアといった地域の、これまで見えていなかったアニメーションの歴史を改めて知ることができました。

環太平洋・アジア地域を対象にしたアワード「ゴールデン・カープスター」。プログラムチラシより

プログラムのなかには、「水」をテーマとした特集もあります。このテーマを選定した意図を教えていただけますか?

山村:「水」というテーマは、僕が設定しました。このテーマについては「アニメーションの歴史を振り返る」という目的があります。歴史のくくり方というのはとても難しく、例えば各国ごとのアニメーションの歴史を振り返る、もしくは個人の作家を回顧するかたちで歴史を振り返ることは多かったわけですが、そればかりでは総体としてのアニメーションの歴史はなかなか捉えづらいです。「水」というテーマを設定することで、アニメーションの歴史をひとつのパースペクティブとして見ることができ、同時にアニメーションとは何かという本質的な問いを考えるきっかけにもなると思っています。今後も、毎回ひとつのキーワードを設けてプログラムを組んでいきたいですね。

「広島国際アニメーションフェスティバル」のときの会場は「アステールプラザ」(現「JMSアステールプラザ」)のみでしたが、今回は複数箇所で開催されます。上映場所や開催地はどのように選定されたのでしょうか?

土居:今回も「JMSアステールプラザ」がメイン会場であることは変わらないのですが、広島という街そのものをきちんとフィーチャーしたいという考えから「広島市映像文化ライブラリー」と「横川シネマ」や「サロンシネマ」という地元のミニシアター2館、そして「ギャラリーG」という広島市で大きな影響力を持っているギャラリーも会場に加えさせてもらいました。
例えばアヌシー国際アニメーション映画祭では、アヌシーの街の中に上映会場がいくつもあり、街の勢いのようなものを体感することができます。広島でも来場者のみなさんには、いろいろな会場を回遊しながら街を楽しんでもらいたいと思っています。

山村:もうひとつ、開催場所を増やすメリットとしては、広島市民の方々が映画祭に接する機会が格段に増えることがあります。「JMSアステールプラザ」まで足を運びプログラム上映を観なくても、映画が好きでいつも「広島市映像文化ライブラリー」や「横川シネマ」に通っている人々が、会期中はアニメーションに触れる。そういった街の人々の日常に変化をもたらすことが、アニメーションをとりまく文化の形成に繋がっていくと思うんです。

新型コロナウイルスの流行以降、実会場でアニメーション映画祭を開催することの意義や目的は、改めて問い直される段階にあるように思います。

土居:新型コロナウイルスの影響で、多くの映画祭は一時期オンラインになりました。オンラインにすることで多くの人々にプログラムが開かれる一方で、オンラインだけでは足りないものもより意識されるようになったと思います。

山村:同じ映画を同じ空間、同じ時間として共有しながら見るということが重要な体験であることが、改めて見直されたのではないでしょうか。言葉を交わさずとも、体感として作品の価値を共有でき、人々の作品の受けとめ方を肌で感じることができる。それはオンラインとは大きく違なる点だと思います。その点でも、リアルな場での映画祭は今後も変わらず必要だと僕は思います。コロナ禍によって、映画祭というものが持っている本当の価値が、再確認されたはずですし、「ひろしまアニメーションシーズン」がそのプレゼンテーションの場になればと思います。

山村氏

最後に、中長期的なビジョンとして「ひろしまアニメーションシーズン」がどのようなかたちになろうとしているのか、3人それぞれのお考えをうかがえればと思います。

山村:正直、まだ中長期的な視点で考える余裕がなく、初回をかたちにできるかどうか、という段階です。ただ、継続しないと意味がないので、クオリティを保ちつつ、市民からのものを含めたフィードバックを取り入れながら規模を大きくしていきたいという思いがあります。その価値を築くためには1年目だけでは当然無理で、少なくとも5回以上、つまり10年間開催してみて、ようやく本当の価値が見えてくるのかな、とは思っています。

宮﨑:初回を実現するだけでも、いろいろと解決しなければいけない課題があり、私も中長期的な視点はまだ具体的には考えられていないです。ただ、アカデミープログラムでこの広島にアニメーション制作の種をまき、コンペティションに応募してもらい、アワードで評価される作家を育てていくという、次世代のアニメーション作家の育成につなげていきたいというビジョンは持っています。

土居:私自身は約10年前に「新千歳空港国際アニメーション映画祭」の立ち上げに関わった経験がありますが、今回はそれとはまったく異なる新しいタイプの映画祭を立ち上げている感覚があります。具体的には、街や教育現場との連携です。教育プログラムも含めて行う映画祭は世界的にもあまり存在しないですし、まずは初回を見てもらうことで、はじめて私たちがどういうことを目指しているのかを共有できるのではないかと思います。
より多くの方がこの企画に賛同してくれて、次は自分たちも関わりたいと思ってくれれば、広島の街全体を盛りあげていけるのではないでしょうか。それを積み重ねていくことで、広島市民の方々にも映画祭を大事に思っていただけるようになるでしょうし、国際的にも、「環太平洋・アジア地域のアニメーションを知りたかったら『ひろしまアニメーションシーズン』を見ればいい」といったような、ワン・アンド・オンリーな存在にできるのではないかと思っています。

山村:また、詳細はこれから発表しますが、映画祭におけるハラスメント防止のためのガイドラインを出し、市民の方々が見ることを前提に、上映作品の性表現や暴力表現についての事前アナウンスも徹底しようと考えています。こうした取り組みによって、広い世代が安心してアクセスできるアニメーション映画祭として、ひとつのモデルを示すことができればとても嬉しいですね。


(information)
ひろしまアニメーションシーズン
会期:2022年8月17日(水)~21日(日)
会場:JMSアステールプラザ、広島市映像文化ライブラリー、サロンシネマ、横川シネマ、ギャラリーG
https://animation.hiroshimafest.org/

※URLは2022年8月1日にリンクを確認済み