インターネット・アートの保存活動を行っているアート機関「Rhizome」のプリザベーション・ディレクターとして働くドラガン・エスペンシードにインタビューを行った。前編はRhizomeで働くまでの経緯とともに、Rhizomeが開発したデジタル・アートのアーカイブ「ArtBase」や、これまで進めてきたインターネット・アートの保存活動、2015年以降の変化や現況などを詳しく聞いた。

ドラガン・エスペンシード、「Rhizome」のプリザベーション・ディレクター

筆者はNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]にてアーカイブ担当者として長年にわたり従事後、2015年に文化庁の新進芸術家海外研修制度を利用し、メディアアートや芸術的記録の保存を先駆的に取り組んできたニューヨークの美術館や関連機関にて研究調査を行ったことは以前のコラムで触れた。

その調査において、「Rhizome(ライゾーム)」のプリザベーション・ディレクターのドラガン・エスペンシード(Dragan Espenschied)にもインターネット・アートの保存活動についてインタビューを行った。それから約7年が経過した。この間、どのような変化や展開を迎えただろうか。

インターネット・アート(註1)は、ハードウェア、OS、ブラウザのバージョンなどが次々とアップデートされることで時代とともにアクセスできない作品が増えていく。その一方で、新しい作品はプログラムによってクローリングが不可能なソーシャルメディアや、動画共有サイト上にあることも多い。それらを利用した作品は、サービス提供側の都合で突然公開が停止になることや、サービス自体の停止がきっかけで作品が喪失される可能性もあり、いかに限りなくリアルタイムにアーカイブを行うことができるかが鍵となる。

Rhizomeについて

Rhizomeは、インターネット・アートを含むデジタル・アートに特化した国際的に高く評価されているアート機関だ。1996年の設立以来、インターネット・アートの保存にフォーカスし活動を行ってきた。新しい芸術的実践や展示をはじめ、デジタル・カルチャーの未来と過去を同時に注視しながら、幅広い活動を継続して行っている。

2003年からニューヨーク市マンハッタンのロウアー・イースト・サイドにある現代美術専門の美術館「New Museum Of Contemporary Art」(以下、New Museum)と連携を開始し、同じ場所に拠点がある。2014年にNew Museumが設立した、アート、デザイン、テクノロジーなど分野横断型のイノベーションやアントレプレナーシップを支援する初のインキュベータ「NEW INC」のアンカーテナントとして、ネットワーク・テクノロジーをベースとするアートの歴史やその普及にも大きな役割を担っている。2015年以降はインターネット・アートの保存が直面する課題に対処するため、オープンソースを使用したウェブ・アーカイブ・サービスの開発などを行っている。

Rhizomeが保有するデジタル・アーカイブは大規模なもので、個々の作品に個別で対応していくというより、一度に多くの作品に恩恵を与えられるような、システマティックな保存方法の開発、運用に重点を置いている。

今のところRhizomeはアジアでの活動は行っていないが、常に新しいパートナーシップには関心があるようだ。

Rhizomeのプリザベーション・ディレクターとして働くまでの経緯

ドラガン・エスペンシードは南ドイツで育った。ドイツの電機メーカー「SIEMENS(シーメンス)」で長年働いていた父の影響で幼少の頃からコンピュータに触れていた。父は退職後にフリーランスのソフトウェア・エンジニアになり、ドラガンの部屋にUnix端末を置いた。ドラガンはそれでゲームをしたり、短いC言語のプログラムを書いたりするようになり、次第にコンピュータとプログラミングにのめり込む生活を送るようになった。ユーゴスラビア出身の母は家で電子オルガンを弾いていた。その影響で彼も楽器を楽しむようになった。

その後、より主流になったAtariモデルを入手して作曲を始め、音楽アルバムをリリースし(註2)、友人とスクリーンセーバーを制作する会社を設立した。当時から彼の悩みは、コンピュータは新しいモデルが出るとすぐに古いモデルが廃棄されてしまうことだった。芸術的な可能性が探求され尽くす前に破棄されてしまうのである。この悩みは彼の現在のRhizomeでの保存活動とも密接に関わってくる。

1999年、公私ともにパートナーとなる先駆的なネット・アーティスト、オリア・リアリナ(Olia Lialina)とドイツで出会い、共に作品制作を開始する。この頃からウェブの民俗学文化に2人は興味を持つようになったようだ。2002年から2003年のあいだ、Dia Art Foundation(ディア芸術財団)からの委嘱で《Zombie and Mummy》(註3)を制作し発表した。これは過去のデジタル・カルチャーやアーティファクトがテーマで、デジタル・フォークロア(註4)の喪失やウェブの産業化への悼みを表現した作品だ。このデジタル・フォークロアの概念については、2009年に出版したオリアとの共著『デジタル・フォークロア(Digital Folklore)』(註5)で提唱された。デジタル・フォークロアのさまざまな側面をプロジェクトとエッセイを交えて紹介している。

2010年には、1994年に設立された「GeoCities」のウェブサイトの保存と修復のためのプロジェクト《One Terabyte of Kilobyte Age》(註6)を制作。インターネット文化において重要でありながら周知されていないアマチュアによるウェブ上での実践をデジタル・フォークロアの文化的価値を再考する一環で取り組みはじめた。GeoCitiesのアーカイブのスクリーンショットやビデオキャプチャを実際のレガシーソフトウェア環境で作成するシステムを設計し、現在もプロジェクトは進行中だ(註7)。

2011年には、「現代の重要な3つのウェブサイト」を1997年後半の技術と精神で再現した作品《Once Upon》を制作。90年代からコンピュータを使っていた人にとってはSONYのCRTモニターやNetscapeのブラウザに見覚えがあるだろう。逆にその次代に誕生したような世代にとっては新鮮さを感じさせる作品かもしれない。

同時期の2011年に彼はドイツのカールスルーエとスイスのベルンのアーカイブ研究プロジェクトに携わっている。ここでドラガンに大きな影響を与えることになったクラウス・レヒャート(Klaus Rechert)註8)との出会いがあった。彼はデジタル・コンテンツの保存とアクセスのためのオープンソース・ツール「Emulation as a Service」(以下、EaaS、註9)をドイツのフライブルク大学で研究開発し、ドラガンは彼の研究グループと一緒にトランスメディアーレのアーカイブを中心とした大規模なCD-ROMのアート研究プロジェクトに関わっていくことになった(註10)。そしてこの頃、Rhizomeが保存スペシャリストを募集していることを知り、採用されたことがきっかけで彼はRhizomeでの仕事を2014年に開始する。求人を見たとき、「これはフリーランスではない仕事に就く唯一のチャンスかもしれない」と強く思ったそうだ。彼は美術やデザインを学び、ミュージシャン、ネット・アーティスト、研究者としてのキャリアはあるが、アートの保存に関する専門教育は受けておらず、すべて独学だ。

前回のコラムで取り上げたベン・フィノラディン(Ben Fino-Radin)も、当時Rhizomeで初のデジタル・コンサバターとして働いていた。ドラガンは以前からRhizomeで活動するベンの仕事に着目していて、自分のスキルに合った仕事を得られるのはRhizomeだけだろうと確信したそうだ。現在でも施設間を超えて彼らは交流している(註11)。

2009年に出版したドラガン・エスペンシードとオリア・リアリナの共著『デジタル・フォークロア』(merz & solitude)

Rhizomeの「ArtBase」について

1999年にRhizomeが開発した「ArtBase」(註12)は、ボーン・デジタル・アートが集積されたアーカイブだ。アーティストによる、インターネット・アート、ソフトウェア、ウェブサイト、コード、ビデオゲーム、電子文学、動画など、約2,200以上の作品が登録されており、バックエンドの再設計を経て一般公開されている。作品の制作年やアーティスト名からも閲覧が可能だ。

ArtBaseは最小限のキュレーションを施した、コミュニティ型のアーカイブだった。デジタル・アートのアーカイブを本格的に確立させるための未来型アーカイブとして開始し、ソーシャルメディアが登場する以前は、アーティストのためのソーシャルメディア・ツールとしても機能していた。しかし、ArtBaseが最も成長した時期は2010年以前の話で、Facebook、Instagramなどのソーシャルメディアが支配的になりはじめると成長は鈍化し最終的には停止した。停止に至った理由は以下だ。

ひとつ目は、ネット・アーティストにとって、ソーシャルメディアは、より多くのオーディエンスにリーチし、新しいタイプのコミュニティを構築し、インターネットで活動する上でそれらを活用することがますます魅力的になっていったことだ。

2つ目は、アーティストがプロジェクトの技術的基盤を自身で管理する代わりに、商業的なウェブ・サービスやソーシャルメディアを使うことで、より複雑なサービスや機能に依存するようになったことである。その結果、Rhizomeのようなアーカイブ機関に作品を直接渡すことが不可能になった。例えば、アーティストがInstagramでパフォーマンスを行ったとしても、一連のプロセスは「Facebook / Meta」によって提供されているため、そのパフォーマンスの作品のコピーを作成することはできないのである。

3つ目は、キュレーションに対する非常に自由放任的なアプローチは、すでに支持者の多いアーティストには有利であるが、実際には、活動方法や活動規模、出身国や人種、学歴やキャリアなどバッググランドは多様であり、さまざまなアーティストが存在することである。Rhizomeはより幅広いアーティストをサポートするため、キュレーター主導のモデルへとシフトすることになった。

最後の3つ目について彼に詳しく説明をしてもらった。

例えば、Wikipedia、Open Street Maps、Flickrのような公共財やコミュニティのための貢献を目的としたオープン・アーカイブが存在しますが、公正で平等なアーカイブとは言えません。通常、彼らは「誰でも」参加するよう呼びかけます。しかし、実際には特定の背景を持ち、余裕のある人々だけが参加し、時間を割き、内容を享受できるのです。参加に余分な障壁を課そうとしない点で、プロジェクトは「オープン」ですが、これらのプロジェクトは構造的に特権的ユーザーの参加によって支配されているのが現状です。それ以外の、つまり仲間に加わっていないアウトサイダーが参加することは困難になっています。それと、西洋世界のデジタル・アートのケースで言えば、そのほとんどは裕福で高学歴の男性、白人、北欧や北アメリカの人々による活動が中心です。RhizomeではArtBaseがオープン・アクセッションであったときには、この事例で挙げたような構造でしたが、不公平な状況を克服するため、アーカイブへの投稿や登録をより慎重に改めて設計する必要がありました。

現在Rhizomeでは、多様性、公平性、包括性などを考慮し、定期的に対象を絞った公募(註13)を中心にアーカイブを充実させているようだ。

2015年にRhizomeが公開した「Webrecorder」と「EaaS」

ドラガンがRhizomeで働きはじめた2014年は、Internet Explorer、Java、RealMedia、Flashなどのソフトウェア・ツールの長期にわたる支配が終了した時期に重なった。多くのインターネット・アートがそれらを用いて制作されていたことで、以前はすべてのデータをローカルで利用できたにもかかわらずそれが困難になることが頻発していた。また、コレクションの数が増加するにつれてシステムの完全なコピーをつくるのではなく、ユーザーがウェブからデータを取り込んで作品を閲覧できるツールがないことも技術的な問題となっていた。彼が着目したのは、一度に多くのアートワークに恩恵を与えられるような、インフラの適切な抽象化レイヤーを見つけることだった。

彼はこれらの問題への施策として対応できるインフラの構築を試み、2015年、「Webrecorder」のプロジェクトを主導し、パブリック・リリースした。Webrecorderは閲覧中のウェブサイトの記録とその再生が行えるツールで、動的なウェブ・コンテンツのネットワーク保存が可能だ。同時期に公開した「EaaS」は古いOSやブラウザ、CD-ROMなどで動作する作品の保存のためのツールで、レガシーソフトウェア環境で作品をオンラインで鑑賞することが可能だ。

また、現在、これら2つのほか、同じく2015年に導入したWikibaseも作品を管理するうえで重要な役割を担っている。2014年にWikipediaを運営することで知られるWikimedia財団のオープン・ソフトウェアのWikibaseに可能性を感じ、導入したそうだ。テクノロジーの変化とともにインターネット・アートやメディアアートはそれぞれ作品の説明や解釈が変わってくる。ただ、その度にコレクション管理システムを完全に変更することやデータベースの再設計を行うことは困難であるので、彼は持続可能な別の方法を模索していた。Wikibaseは基本スキーマを備え、インターネット・アートのような常に変化する可能性のあるオブジェクトを記述する上で柔軟とのことだ。

2015年以降の変化と、2020年に新しく公開した「Conifer」

筆者が最初にドラガンにインタビューしてから約7年が経過した。この間、どのような変化や展開を迎えただろうか。

デジタル・アートの保存において、体系的なアプローチがより受け入れられ、一般的になってきたことに非常に満足しています。WebrecorderもEaaSも、多くの新しい機能を追加し、利用者が増えてきました。この2つのプロジェクトを通して、Rhizomeはデジタル・アートの保存において開発と成長のための重要な基盤であることが証明されました。EaaSに続き、年月を経てWebrecorderも独立したオープンソースのプロジェクトになったことも大きい展開でした。(註14

Rhizomeは2015年に公開したWebrecorderのプロジェクトを約5年間ホストした後、2020年にサービス名を「Conifer(コニファー)」へ変更しリブランディングを行った。ホストしていたあいだに開発されたオープンソース・コンポーネントがConiferの基盤となっている。Conifer、つまり、「針葉樹」という名前は、ウェブのアーカイブ・コレクションを一度取り込んだら季節に関係なく利用でき、適切な環境に置かれたときにはダイナミックに復活することへの願いが込められているそうだ。

Webrecorderから始まったConiferは、ユーザーがキャプチャしたいウェブサイトをブラウズすることで、記録したウェブ・アーカイブを作成し、保存し公開することができます。HTMLや画像、スクリプト、スタイルシートのほか、ビデオ、オーディオなど、ウェブページやウェブアプリが構成する要素をひとつのファイルにまとめて保存が可能です。また、エミュレータを介してFlashやJavaアプレットを利用することも可能です。主にプロのアーキビスト、アーティスト、そして一般の方々にも利用されています。Rhizomeでは、前出のArtBaseでインターネット・アートの作品を公開する際にConiferを活用しています。

それと、ユーザーが自身のブラウザ上で昔のウェブの閲覧や探索を行うことができる「oldweb.today」のほか、Webrecorderの技術を使っているプロジェクトやサービスは今や数多く存在します。(註15

今後、実現したい機能や開発中のツール

2015年のインタビューでは、インターネット・アートそれ自体の保存のみならず、例えば、YouTubeで発表された作品であれば、そこに書き込まれたコメントなどの現象もアーカイブしていきたいとドラガンは語っていた。この事を踏まえ、改めて今後の開発や実現したい展望について聞いた。

より深いレベルの「ぼやけたオブジェクト(blurry objects)」には未解決の問題が多く残されています。例えば、ネットワーク・トラフィックをキャプチャすることは可能ですが、キャプチャしたデータを後の時点で保存のために利用できるとは限りません。HTTPのように意味的に構造化されたネットワーク・プロトコルは、意味情報を含まない完全に自由形式のアドホックなストリームよりも、その点では管理が容易です。

また、外部からの攻撃から守るため、特にソフトウェアやモバイル・アプリは、古いネットワーク・トラフィックを受け入れないように高度な暗号技術を使うようになりました。この問題に対する解決策が早く見つかると良いと思っています。

ドラガンの仕事は主にインフラストラクチャー・レベルで行われ、彼はインターネット・アート保存のためのフレームワークを構築し、改良していくことに強い関心を持っている。

現在、インターネット・アートの保存作業はドラガンとソフトウェア・キュレーターのリンゼイ・ジェーン・モールズ(Lyndsey Jane Moulds)で担当し、前出のConiferはシニア・ソフトウェア・デベロッパーのマーク・ビーズリー(Mark Beasley)がサポートしている。

今現在は新しいEaaSのリリースに向けて準備中で、コンテナ化されたサーバ、ウェブ・アーカイブ、およびエミュレーションを組み合わせた、ますます複雑なセットアップを試しているところです。将来的にはそのようなプロジェクトをより簡単に実現できるようにしていきたいと思っています。

彼は2014年にRhizomeでの仕事を開始後、ArtBaseの再設計や新しいサービスの構築などインターネット・アートの保存に尽力してきた。現在、Rhizomeは当該分野において重要基盤でありハブとなっている。彼のバックグラウンドから生まれたスキル、特にインフラストラクチャーに対する卓越した視点、人的ネットワークの寄与は大きい。また、彼自身が若い頃に持った問題意識がなければ実現に至らなかったかもしれず、そのまま完全に踏襲できる再現性のあるケーススタディとは言えないかもしれない。

しかし、インターネット・アートを含むデジタル・アートを収蔵する美術館においてはもちろん、その他の美術館や機関が長年にわたり集積してきたアーカイブの保存を自身で行っていく場合には参考事例となるだろう。また、インターネット・アートを制作するアーティスト自身が作品の保存を検討する上でも活用できるケースである。

現在、日本国内でも、「アーカイブ」という言葉自体は社会に広く浸透し、芸術や文化活動のテーマとしても頻繁に取り上げられるようになってきた。ただ、「アーカイブとは何か?」といった概念的な議論が依然多く、実際にメディアや機材を扱って実務を担当するアーキビストやエンジニア同士が知見や問題を共有できる機会は少ない。個々の施設や機関が有機的なネットワークやコミュニティを形成する活動を行い、さらに国を超えて実務者同士が連携していくことができれば、インターネット・アートを含むデジタル・アートの保存分野で大きな展開が生まれるだろう。

2020年にRhizomeが公開したウェブ・アーカイビング・サービス「Conifer」。5GBのストレージが付く無償アカウントを作成可能
https://conifer.rhizome.org/

(脚注)
*1
インターネット・アートは、ネット・アートとも呼ばれる。

*2
ドラガンが率いていたバンド「Bodenständig 2000」は、Aphex TwinとGrant Wilson-Claridgeが主宰するイギリスのレーベル「Rephlex Records」から1999年にデビュー・アルバム「Maxi German Rave Blast Hits 3」をリリースした。アルバムの収録曲のほとんどが、当時、すでに旧式になっていたAtariコンピュータと自作のソフトウェアを使って制作された。この経験は明らかに現在行っているデジタル・アートの保存活動につながる側面を持っているとのことだ。また、Rephlex Recordsを通じてさまざまなアーティストやミュージシャン、インターネット活動家などとの出会いがあったようだ。

*3
Dia Art Foundationからの委嘱作品《Zombie and Mummy》は、1995年頃に制作されたウェブサイトのような外観のオンライン・コミック作品。毎週月曜日にミイラやゾンビが繰りひろげる冒険が紹介され、各GIFを選択すると新しいウェブページが開かれ、訪問者はMIDIのテーマ音楽とともにPalmのPDAデバイスで描かれたイラストなどを楽しむことができる。現在もアクセス自体は可能だが、当時と同じように作品を体験することはできない。例えば、いくつかの箇所で使用されているシステムフォントが正確に表示されず、MIDI音楽は聴こえず、スクロールバーが表示されないなどの問題が起こる。また、Dia Art FoundationはHTTPの暗号化バージョンであるHTTPSを設定しているため、古いブラウザでは解読を行うことができない。

*4
デジタル・フォークロアとは、「20世紀最後の10年間から21世紀の最初の10年間にかけて、ユーザーがパーソナル・コンピュータ・アプリケーションに関わることによって生まれた、視覚、文字、音響文化の習慣、伝統、要素を包含する。」と2009年に発表されたオリアとドラガンの共著『デジタル・フォークロア』で述べられている。

*5
デジタル・フォークロア』は、2019年にそのPDF版がリリースされたが、配布に使用していたP2Pのウェブ・ブラウザ「Beaker Browser」の開発が停止されてしまったため、現在ダウンロードを行うことができない。

*6
1994年に設立された「GeoCities」の保存と修復のためのプロジェクト。GeoCitiesはすべてのユーザーが無料でウェブサイトを作成し公開できたウェブ・サービスで、初期のウェブ界において非常に重要な存在と言えた。1999年にヤフーに買収されたが、2009年に閉鎖され、そのデータはほぼ失われた。しかし、ジェーソン・スコット(Jason Scott)が率いるアーキビスト集団「Archive Team」が、閉鎖前に1テラバイト近くのGeoCitiesのページを救出することに成功した。

*7
2010年に《One Terabyte of Kilobyte Age》を制作後、2013年にTumblr上に救出したGeoCitiesのホームページのスクリーンショットが自動投稿されるページを公開した。GeoCitiesのユーザー文化を忘れさせないようにすることが目的だった。おもしろいことに、Tumblrもその後Yahoo!に買収されたが、こちらは今もなお運営されている。https://oneterabyteofkilobyteage.tumblr.com/

*8
クラウス・レヒャートは、エミュレーションやデジタル・フォレンジックを専門とするコンピュータ・サイエンス分野の研究者。図書館、美術館、大学などへエミュレーション・ソリューションの実装を支援してきた。現在、International Conference on Digital Preservationの運営委員を務め、フライブルクのOpenSLXチームとともにEaaSI(Emulation as a Service Infrastructure)の開発をリードしている。

*9
EaaSはオープンソースのウェブベース・プラットフォームで、ユーザーは複数のエミュレータ、あるいは、ひとつのエミュレータの複数のバージョンに単一のブラウザ・インターフェースからアクセスできる。エミュレータを実行するために必要な煩雑な設定作業などを大幅に簡略化できることが特徴。https://www.softwarepreservationnetwork.org/emulation-as-a-service-infrastructure/

*10
トランスメディアーレはベルリンで開催しているアートとデジタル・カルチャーにフォーカスした年次フェスティバル。ポストデジタルの視点から文化の変容を批評的に考察することを目的としている。展覧会、シンポジウム、トークイベント、上映、パフォーマンス、ワークショップ、アーティスト・イン・レジデンスのほか、年間を通じてさまざまな研究や関連イベントが行われている。
ドラガンが2011年から2013年まで参加したトランスメディアーレのCD-ROMアート研究プロジェクトは、フライブルク大学のbwFLA(Baden-Wuerttemberg Functional Longterm Archiving and Access)プロジェクトの一部で前述のEaaSの前身となるものだった。研究の主なテーマは「機能的」なデジタル・アーカイブのためのマスキュレーションフレームワークの提供だった。トランスメディアーレのアーカイブから提供されたCD-ROMアートのコレクション(多くは1995年から2005年の間に制作された作品)を使用し、エミュレーションをベースとしたデジタル・アートの保存、プレゼンテーションのワークフローやツールなどのリサーチを行った。CD-ROMアートのコレクションを研究に使用したのは、構造化エミュレーションはかなり初期の段階にあり、当時必要であったのは比較可能なほど異なるアイテムでありながら、広範な技術研究プロジェクトを引き起こさない程度に類似しているソフトウェアのコレクションが適切であったことが理由だ。トランスメディアーレとbwFLAとを結んだのはFHNW(University of Applied Sciences and Arts Northwestern)の研究者であるタベア・ラーク(Tabea Lurk)とユルゲン・エンゲ(Jürgen Enge)とのことだ。
本プロジェクトの詳細は以下「Large-Scale Curation and Presentation of CD-ROM Art」にまとめられている。https://purl.pt/24107/1/iPres2013_PDF/Large-Scale%20Curation%20and%20Presentation%20of%20CD-ROM%20Art.pdf

*11
2022年5月、ベンのポッドキャスト番組「Art and Obsolescence」にドラガンが出演している。https://www.artandobsolescence.com/episodes/039-dragan-espenschied

*12
ロザナ・ロッセノヴァ(Lozana Rossenova)によって、ArtBaseの歴史、データベース構造、再設計のプロセスなどが記録された包括的なドキュメンテーションが以下で公開されている。https://sites.rhizome.org/artbase-re-design/

*13
例えば、2022年4月の公募ではブログサービスのTumblrでの作品提出を応募者に求めている。RhizomeはTumblrのアーカイブ化を将来的に進めていく可能性があるとのことだ。詳細については以下を参照。https://rhizome.org/editorial/2022/apr/01/artbase-open-call-tumblr/

*14
Webrecorderプロジェクトは既存のオープンソース・ツールを維持しながら新しいツール開発を目的としている。https://webrecorder.net/

*15
Webrecorderから生まれたプロジェクトやサービスは以下を含めて多岐にわたる。
The Portuguese Web Archive: https://arquivo.pt/
The UK Web Archive: https://www.webarchive.org.uk/
Saving Ukrainian Cultural Heritage Online: https://www.sucho.org/
Browsertrix Cloud: https://browsertrix.cloud/


ドラガン・エスペンシード(Dragan Espenschied)
Rhizomeのプリザベーション・ディレクター。美術やデザインを学び、ミュージシャン、ネット・アーティスト、研究者として活動後、2014年からRhizomeでの仕事を開始。アーカイブに関する専門教育は受けておらず、すべて独学。インターネット・アートを含むデジタル・アートの保存のためのフレームワーク構築や改良に強い関心を持っている。
https://rhizome.org
https://rhizome.org/profile/despens/

※URLは2022年9月15日にリンクを確認済み