◯HDRの持つ可能性(1)

◯「HDR」って?

 最近、家電量販店などのテレビコーナーに、「4K」だけでなく「HDR」マークの付いた商品がよく並んでいる。店員に聞いてみると「今までより明るく、クッキリ見えるようになります!」と言うのだが、これではなんだかよくわからない。2016年を「HDR元年」と謳ったメーカーがあるかと思えば、最近のデジカメにも「HDR」モードがあったりして、はたして「HDR」とはなんなのだろうか?というわけで、今回はアニメーション映像とも関係の深いこの「HDR」を整理し、解き明かしてみよう。できる限りやさしく解説するつもりなので、しばしお付き合い願いたい。

◯ひとつめ...今流行りの「HDR」

 「High Dynamic Range」...つまり、画像の一番暗い部分と明るい部分の差を今までより大きく表現できるということだ。一番暗い部分は、基本的には「真っ黒」で変化しないから、明るい部分の幅が広がったと考えればよいだろう。映像ソフトとプレーヤー、モニターの新規格として、今までの映像よりも鮮やかに、明るい方向への表現力を向上させているのが、ひとつめの「HDR」、4K Blu-ray(UHDBD)や4K放送、PlayStation 4の「HDR」だ。ホームシアターに関する記事などでは、「HDR」映像は、4K化よりも効果がある、と語られることもある。確かに、メーカーのショールームで見る新型モニターの4K+HDR映像は、今までにはない鮮やかさと明るさがあるように見える。

 デジタルテレビを購入した時、電気店の店頭では丁度よい明るさだったものが、自宅に持ち込むと眩しすぎて、明るさを調整することになる。乱暴に言えば、今まででもテレビモニターはある意味必要以上の明るさを持っていたのだが、それを明示的な表現に利用できるようにしたのがHDR規格、と言っても良いだろう。今までただ白く飛んでしまっていた部分が、明るさを保ったままで階調と色調がある状態になることが期待される。フォーマットとしては、今までの100倍の明るさまで表現できるらしい。同時に、表現できる色空間も拡大される。(※1

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従来の色域と、新しく表現可能になる色域との模式図。

 さらに、ただ明るさと色の範囲を広げるだけでなく、その段階の細かさも向上させる。従来の「フルカラー」の「色数」は、R(赤)、G(緑)、B(青)の各色が256段階(8bit)の階調を持っていて、この組み合わせで256×256×256=約1670万の色を扱える。(※2)これは一見膨大な数に思えるが、例えば「真っ黒」から「真っ白」まで256段階しかないことになり、グラデーションが階段状になってしまう「トーンジャンプ」が発生しやすい(※3)。これは当然、黒から白の幅が拡がるHDRではより目立ちやすく、画面を構成するドットの数が多いほど顕在化しやすいので、今後の高画質メディアでは各色1024段階(10bit)、約10億色の情報が使われることが多くなる。

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トーンジャンプの例。画像の下部は色数を減らすことでトーンジャンプを強調した。

◯その他の「HDR」

 数年前より、高画質を売りにしているデジタルカメラの多くには、「HDR」撮影モードが搭載されている。元は、画像編集ソフトの機能をデジカメに搭載したものであるが、このモードで撮影すると、通常の「適正露出」の画像に続いて、少し露出オーバーな画像、露出アンダーな画像の合計3枚を撮影し、これらを合成し、今までより幅広い範囲の明るさをぎゅっと圧縮して記録する。そのままでは単にコントラストの低い(眠い)画像になってしまうこともあるため、設定によっては、画像内の明るさの変化を強調する処理を加え、さらにメリハリのある絵画調の画像を生成する場合もある。

 こうして生成された画像は、基本的には従来と同じ8bit×3チャンネル=24bitのファイルとして保存される。つまり、従来の環境でより高ダイナミックレンジの気分を味わえる仕組み、と言えるだろう。「デジカメの機能としての疑似HDR」である。

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左が通常の撮影、右がHDRモードでの撮影。HDRは空の明るい部分から影の中まで階調が潰れていない。クッキリした方が良い場合もあり、どちらが良い写真かは好みの問題である。

 さらにもうひとつの「HDR」がある。「HDRI」とも呼ばれ、実はこれが一番古くからあるのだが、画像を合成・加工する際の劣化を避けるため、それまでの24bitより高いビット数で記録するために作られた様々なフォーマットの総称で、「High Dynamic Range Image」の略である。例えば、よく使われるAdobe Photoshopのファイル形式「.psd」は、RGB各色32bitまでの情報を持つことが出来る。また、画像合成や照明のシミュレーションで、ディスプレイに表示できない明るさを扱うのにも使用される。(※4

 露出をずらした何枚かの写真を合成し、デジカメのHDR合成と同じようなプロセスではあるが、ここでは明るさを圧縮せずに、高ビットデータとして記録する方法もある(本来はこちらがHDRの源流であって、デジカメのHDR機能はあくまで「疑似」である)。こうして作られた画像は、そのまま閲覧するとコントラストの低いぼんやりしたものだが、通常の画像や人間の視覚より高ダイナミックレンジの情報を含んでおり、適切な処理で用途に応じた画像を抽出できる。例えばAdobe Photoshopでは、HDR画像の「露光量」「コントラスト」を調整し、好みの画像を得る事ができる。HDR画像という「現実を記録した素材データ」を、カメラの露出を決めて再度撮影しているような気分である。

 以上、①表示システム全体の拡張としての「新ビデオ規格」、②デジカメの「画像加工機能」、③専門的システムで利用されている「特殊画像フォーマット」、の3種類の「HDR」の概略である。どれも、従来よりも広いダイナミックレンジの画像、映像を取り扱おうという試みだが、目的も実装法も微妙に違っており、注意が必要だ(4K Blu-ray等のHDR規格を決める時、何らかの新しい名称を考えるべきだったのではないかと思う。「Universal Color」とかどうだろう?わかりやすさだけでなく、商品の訴求力にも影響すると思うのだが...)。

◯制作者の意図した色調

 そもそも、自然界の明るさというのは上限がない。そのうち、人間の視覚が反応できるのはごく限られた範囲である。フィルムやデジカメは、自然界のダイナミックレンジから「露出」を調整することでその一部を抽出する。実は、ネガフィルムやデジカメのセンサーは、かなり広いダイナミックレンジを持っている(※5)のだが、これをそのまま表示すると「眠い」画像になってしまう。デジカメ内のコンピューターは、この情報から更に「写真として程々にキレイに見える」範囲を切り取り、画像を生成している。カメラにプログラムされた「無難な」パラメーターが使われているわけだが、ユーザーがデジカメのRAWデータを現像したり、Logガンマ記録(※6)された映像をカラーグレーディング(色調補正)すれば、カメラの標準設定よりも多彩な結果を得ることが出来る。実写のHDR映像コンテンツも、基本的にはRAW撮影、Logガンマ撮影された映像を調整することで作られている。カメラがやるか人がやるかの違いはあるが、デジタルイメージというのは、何らかの意図を持って加工されることが前提なのだ。

 HDRで、間違いなく制作可能なイメージの幅は広がる。同時に、制作者は明確な意図を持って映像を作ることを迫られているとも言えるだろう。2Dアニメーションは、すべてのイメージが「絵」という、制作者の意図によってしか生まれ得ない映像である。映像がデジタル化され、実写作品の制作フローがアニメーションに近づいているとよく言われるが、色調・ダイナミックレンジの調整も同様である。ただ撮影するだけでなく、絵を描く様に、映像を作ることを考えなくてはならない。HDRでそれがさらに進むのは間違いない。

 次回は引き続き、アニメーションにおけるHDRの意味と可能性を考えてみたい。

※1:規格上100倍の明るさまで記録できるが、モニターがそれをすべて表示できるわけではないらしい。HDR対応を謳う機種の多くは明るさの上限を公表しておらず、製品によってかなり差があると言う。ただ、従来よりはずっと「明るい部分」「鮮やかな部分」を表現できるようになっている事に間違いはないようだ。特に顕著なのは、今まで難しかった「赤いライト」「緑のライト」が、色の鮮やかさを保ったまま、より明るく表現される。

※2:これはコンピューターの表示でよく使われる「RGB」色空間である。DVD、Blu-ray等のビデオ情報では「YUV」色空間がよく使われる。Y(明るさ)、U(青ー明るさ)、V(赤ー明るさ)で表現し、人間の視覚が色情報よりも明るさ情報に敏感な事を利用している(Adobe Photoshopでは「Lab」カラーモードがこれに当たる。「YCbCr」「YPbPr」も、類似の方式)。扱える色数は、YUV各チャンネルが8bitの場合は約1670万色でRGBと変わらない。ここでは、わかりやすいRGBの方を例とした。

※3:以前も取り上げたが、TVアニメの夕焼け空等で顕在化しやすい。現在のデジタルテレビ放送はMPEG2方式で圧縮されているが、今となっては古いこの方式も、トーンジャンプや圧縮ノイズを目立ちやすくしている原因のひとつである。

※4:光る電球の映像があったとする。電球の明るさは300%(露出オーバー状態)で、100%を超えているので画像上は真っ白である。電球の手前に半透明の物体(例えば透過率50%の板)を合成すると、従来の考え方だと電球は50%に暗くなるが、現実では「50%を遮られてもまだ150%の明るさ」であり、真っ白のはずである。HDRI画像の加工・合成では、こういったシミュレーションも可能になる。

※5:ポジフィルムのダイナミックレンジ(フィルムの場合は「ラティテュード」という)は6EV、ネガフィルムで10EV程度、と言われている。1EVで、2倍(1段)の差がある。デジカメのセンサーは、高画質のものでは10〜15EV程度になり、既にフィルムよりもダイナミックレンジが広い。

※6:RAWデータとは、撮像センサーの出力値を文字通り「生」でそのまま記録する方式で、多くのデジカメにこの機能がある(デジカメの機種によって形式が異なる)。Logガンマとは、映画のネガフィルムのダイナミックレンジをデジタルデータで記録するために作られた方式で、簡単に言えば、画像のコントラストを下げて従来の画像データ内により広いダイナミックレンジを記録するための仕組みである。どちらも、そのままだと「眠い」画像になってしまうため、色調補正が必須になるが、自由度の高い表現が可能になる。